・番外編 ある王様の袋小路
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※書下ろしSSです。
カサリ、タン、タン・・・。
めくる、目を通す、判を押す、次。
カサリ、タン、さらさら、タン・・・。
めくる、目を通す、サイン、判を押す、次。
カサリ、タン、チラッ、タン・・・。
めくる、判を押す、様子を伺う、判を押す。
ガタッ!ダッ!!
逃げる。
その男は、己が執務机を飛び越え、室外への脱出を試みる。
身のこなしは軽く、それこそ軽業師のそれ。
山と積まれた書類を一枚たりとも巻き上げることなく、一瞬にしてトップスピードに。
常人には目にも留まらぬと表現されるであろう動きは、まさに疾風の如し。
(ふふ・・・部屋から出てしまえば、後は竜兵殿の作った転移門まで走れば良い。障害は・・・斬って捨てるっ!)
かなり不穏な事を考えつつも、その実こっそりと執務室の扉を開け、細やかな首振りで廊下の様子を伺う。
抜き足、差し足・・・物音ひとつさせずに廊下へと脱出を果たした時・・・。
「何処へ、行くんですか?」
背後からかかる平坦な声。
そこには一切の感情が籠っておらず、だからこそ恐怖を誘う。
男は大いに焦った。
(馬鹿なっ!?廊下には誰も居なかったはず!)
しかし現実に声をかけられている。
「ねぇ、何処へ、行くんです?」
二度目の問いかけ、区切り方が何とも危機感を煽る。
ギギギギ・・・錆びついたドアを開けるような動き、静かに背後を振り返れば。
目の前には長い紫の三つ編みを床側へ垂らした女性の顔。
そう、天井を床に、逆向きに男を見つめる天使の女性。
完全に恐怖映像、子供なら間違いなくタイガーホースである。
むしろ悲鳴を洩らさなかった男の胆力たるや・・・流石と言わざるおえないだろう。
いやな汗はダラダラだが。
スタッと、重さなどまるで感じさせず、廊下へ降り立つ紫髪の天使。
額に流れる漫画汗を隠しながら、彼・・・『天空の聖域』シャングリラ、現国王『裁断王』マルキストは、引き攣った笑みを浮かべた。
「いやぁ・・・アーライザ。ほ・・・ほら?根を詰め過ぎても逆に効率が悪いだろう?一段落したし、ちょっとだけ外の空気を・・・。」
「ダメです。」
言い訳など言い切らせてもらえる訳も無い。
満面の笑みで否定の言葉を吐くアーライザ。
当然、その目は全く笑っていないのだが・・・。
「だ、だけどね?セイ殿が、無事にメスティアも解放してくれたって言うし、一国の王としては・・・。」
「ダメです。」
もっともらしい事を言って切り抜けようとしても結果は同じ。
静かな笑顔の圧力で、徐々に追い詰められるマルキスト。
背中に当たった扉の感触に、半ば絶望しかけるが一念発起。
不自然にならぬよう活路を探すマルキスト。
元より、ウララによって無理矢理座らされた国王の椅子。
あの時の国内情勢と人材を見れば否やは無かったのだが、彼は現場畑の人間である。
まさしく「事件は会議室で起こっ・・・(以下自主規制)」な気持ちだった。
いつまでも終わりの見えない書類仕事、以前の逃亡が後を引き(自業自得)毎日の睡眠時間は三時間を割り込んでいる。
彼もこれ以上は限界なのだ。
ただし、それは他の二名、目の前に居る般若・・・アーライザとカーデム老人にも言えたことなのだが・・・。
マルキストは思考を巡らせる。
(本気を出せば・・・イケる!)
アーライザは強敵だが、直接対峙したならばマルキストに軍配が上がる。
身体能力だけで言うなら、『裁断王』は『戦天使長』を上回っているのだ。
マルキストが静かに身体強化を始め、その様子にアーライザの目がすーっと細まる。
全身に巡らせた魔力、爆発的踏み込みからの離脱を試みる瞬間、アーライザが塞ぐ通路とは逆側から声がかかった。
「無駄ですぞ。転移門はサラ様が移動する際に、封印していきましたからな。」
「なん・・・だと!?」
『法政官』の制服を着込んだ老人・・・カーデムの発言に驚愕するマルキスト。
一瞬の気のゆるみ、アーライザにしっかりと肩を掴まれる。
「さぁ、マルキスト様?お仕事をしましょう。」
間違いなく語尾に「^^」が付いている彼女のセリフに、マルキストは絶望した。
■
逃げようとしたのがまずかった。
現在、マルキストの監視体制は四人である。
しかも、アーライザとカーデムまでセットになっていた。
これでは流石のマルキストとてどうしようもない。
「はぁ・・・王印を渡すから、後は二人でやっておいてくれないかな?」
「ははは、お戯れをおっしゃいますな。」
「そうですよ?私たちもお手伝いしているでしょう?」
何度目かの同じ話を繰り返し、見かねた見張り役の天使がお茶を淹れた。
「あの・・・皆さまお疲れでしょう?少し休憩されては・・・?」
これ幸いとあっさり書類を放り出すマルキスト。
アーライザとカーデムも苦笑混じりでそれに倣う。
もちろんマルキストのように放り出したりはしないが。
コンコン・・・。
そんなタイミングを見計らったように響くノックの音。
「ちょっと良い?」
声の主に当たりをつけ、マルキストは「どうぞ」と促す。
執務室の扉を開けて入ってきたのは、目の覚めるような蒼い髪をセミロングに切り揃え、青い胸甲を身に着けた天使。
『四姉妹』の長女・・・『蒼穹の天女』エナ。
『天空の聖域』シャングリラの英雄であり、ウララの盟友でもある高位の天使だ。
シャングリラで起きた事変後ウララが召喚し、主に内政において次女のサラ同様酷使されている。
彼女の姿は室内のメンバーも見慣れた物、しかし今回は少々様子が違った。
それは、続いて入ってきた竪琴を携える妙齢の女性の存在である。
「エナ様?それに・・・セリシア殿まで・・・。何かあったのですか?」
困惑する一同を代表して問うマルキスト。
『精霊王国』フローリアの指導者、『神官王』クリフォードの懐刀とでも言うべき彼女の来訪。
会談の予定などを思い浮かべたシャングリラ側の面々も、全く思い至らない事態に首をひねる。
「少し・・・お伺いしたいことがありまして。」
「はぁ・・・?」
思い当たる節も無く、マルキストは頬をポリポリと掻く。
ずっと立たせたままであることに気付いたアーライザが、「とりあえずお座りください。」と促し、お茶を提した。
エナ、セリシア共にソファに腰かけ、一口お茶を飲んだ後ため息。
自然、室内に緊張の糸が張りつめる。
ゴクリ、喉を鳴らしたのは誰だろうか。
「お聞きしたかったのは、アーライザ様とカーデム様になんです。」
重い沈黙から口を開けたセリシアの言。
発せられた自身の名前に、揃って首を傾げる天使と老人。
「単刀直入に言いまして、またクリフ様が護衛も付けずに転移されまして。ここ最近・・・そうですね、セイ君たちが現れてからは「ん?セイの傍が一番安全な場所だろうに?」などと言われる始末。お二人はどのように、マルキスト王を諌めておられるのでしょう?」
「「それは・・・。」」
思わず言いよどむアーライザとカーデム老人。
それもそうだろう。
セリシアの質問、その内容とは・・・王に首輪をつける方法だった。
王本人を目の前にして非常に不遜であるが、復興に尽力してもらった手前、当のマルキストも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのみ。
実際言われても仕方ないのだ。
マルキストは彼女の滞在中に散々逃亡を繰り返しており、ついさっきも逃亡を企てたばかりなのだから。
「いくらあの方が長命なエルフ族でも・・・せめてお世継ぎを残して頂かないと・・・。」
「いやそれは・・・我が国とて同じです。」
国の重鎮として、悲痛な表情を見せるセリシアに、カーデム老人も額の汗を拭き拭き同意する。
マルキストの噛んでいる苦虫は大量に増加した。
何とも言えない微妙な空気が漂う室内。
突如、蒼髪の天女が爆弾を落とした。
「セリシア・・・『神官王』と結婚しましょう。」
「・・・はぁ!?」
どこでどう話がそうなったのか、さっぱり理解できない。
普段の落ち着いた雰囲気をかなぐり捨て、全力で混乱するセリシアを他所に、ことのほか自分の考えが気に入ったらしいエナは、更なる爆弾を投下する。
「そうね、丁度良いわ。マルキストもアーライザと結婚。それでこの問題は解決ね。」
「「ぶふぅーーーー!!」」
揃って口に含んだお茶を吹き出すマルキストとアーライザ。
「汚いわねぇ。」などと言いながら回避するエナ。
「何がどうしてそんな話に!?」
詰め寄るセリシアと、それに追随するマルキストとアーライザ。
エナは逆にそれがわからないと言った態度。
指を一本ずつ立てながら理由を語る。
「王に首輪を付けたい。部下なら大変でも妻ならだいぶ楽になるでしょう。世継ぎが欲しい。セリシアもアーライザも十分母親になれる年齢でしょう?それに・・・これはシャングリラの事情になるけど、やっぱり王族に天使の血が入らないのはまずいのよね。ウララ様はいずれ帰ってしまうから。」
戸惑うセリシア、「いや・・・しかし・・・。」と呟くマルキスト。
アーライザに至っては口をパクパク、過呼吸一歩手前である。
プルプル震えていたカーデム老人は、バッと顔を上げて叫んだ。
「エナ様!素晴らしい考えですぞ!」
「でしょう?ただ、問題は時期が時期だから・・・婚約ってことにしておいて、帝国との片が付いた時かしら・・・。」
当人たちを蚊帳の外、話がドンドン加速する。
「「待ってください!」」
我に返った女性陣が、声まで合わせて抗議したのだが・・・。
「ああ、言い忘れていたわ。一番の理由はセリシアが『神官王』を、アーライザがマルキストを愛しているからよ?」
「「ふぁっ!?」」
見計らっていたように告げられたエナの一言で轟沈した。
双方、耳まで赤く染まっていれば、反論の余地など無いだろう。
「え?そうなの?え?」
狼狽えるマルキストの肩を、ポンと一つ叩くカーデム老人。
「王・・・鈍すぎですな。」
異世界『リ・アルカナ』、四国連合の中心である『精霊王国』フローリアの『神官王』と、『天空の聖域』の『裁断王』。
ビッグネーム過ぎる二人の、同時婚約が世界を駆け巡ったのはこのすぐ後。
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※今話でメスティア編完結です。
次回から『亡国』トリニティ・ガスキン編開幕。
どうぞよろしくお願いします!