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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第四章 氷の大陸メスティア編
259/266

・番外編 ある王様の袋小路

いつもお読み頂きありがとうございます。

ブクマ励みになります^^


※書下ろしSSです。


 カサリ、タン、タン・・・。

 めくる、目を通す、判を押す、次。

 カサリ、タン、さらさら、タン・・・。

 めくる、目を通す、サイン、判を押す、次。

 カサリ、タン、チラッ、タン・・・。

 めくる、判を押す、様子を伺う、判を押す。

 ガタッ!ダッ!!

 逃げる。

 その男は、己が執務机を飛び越え、室外への脱出を試みる。

 身のこなしは軽く、それこそ軽業師のそれ。

 山と積まれた書類を一枚たりとも巻き上げることなく、一瞬にしてトップスピードに。

 常人には目にも留まらぬと表現されるであろう動きは、まさに疾風の如し。 


 (ふふ・・・部屋から出てしまえば、後は竜兵殿の作った転移門まで走れば良い。障害は・・・斬って捨てるっ!)


 かなり不穏な事を考えつつも、その実こっそりと執務室の扉を開け、細やかな首振りで廊下の様子を伺う。

 抜き足、差し足・・・物音ひとつさせずに廊下へと脱出を果たした時・・・。


 「何処へ、行くんですか?」


 背後からかかる平坦な声。

 そこには一切の感情が籠っておらず、だからこそ恐怖を誘う。

 男は大いに焦った。

 

 (馬鹿なっ!?廊下には誰も居なかったはず!)


 しかし現実に声をかけられている。

 

 「ねぇ、何処へ、行くんです?」


 二度目の問いかけ、区切り方が何とも危機感を煽る。

 ギギギギ・・・錆びついたドアを開けるような動き、静かに背後を振り返れば。

 目の前には長い紫の三つ編みを床側・・へ垂らした女性の顔。

 そう、天井を床に、逆向きに男を見つめる天使の女性。

 完全に恐怖映像、子供なら間違いなくタイガーホースである。

 むしろ悲鳴を洩らさなかった男の胆力たるや・・・流石と言わざるおえないだろう。

 いやな汗はダラダラだが。


 スタッと、重さなどまるで感じさせず、廊下へ降り立つ紫髪の天使。

 額に流れる漫画汗を隠しながら、彼・・・『天空の聖域』シャングリラ、現国王『裁断王』マルキストは、引き攣った笑みを浮かべた。


 「いやぁ・・・アーライザ。ほ・・・ほら?根を詰め過ぎても逆に効率が悪いだろう?一段落したし、ちょっとだけ外の空気を・・・。」


 「ダメです。」


 言い訳など言い切らせてもらえる訳も無い。

 満面の笑みで否定の言葉を吐くアーライザ。

 当然、その目は全く笑っていないのだが・・・。


 「だ、だけどね?セイ殿が、無事にメスティアも解放してくれたって言うし、一国の王としては・・・。」


 「ダメです。」


 もっともらしい事を言って切り抜けようとしても結果は同じ。

 静かな笑顔の圧力で、徐々に追い詰められるマルキスト。

 背中に当たった扉の感触に、半ば絶望しかけるが一念発起。

 不自然にならぬよう活路を探すマルキスト。


 元より、ウララによって無理矢理座らされた国王の椅子。

 あの時の国内情勢と人材を見れば否やは無かったのだが、彼は現場畑の人間である。

 まさしく「事件は会議室で起こっ・・・(以下自主規制)」な気持ちだった。

 いつまでも終わりの見えない書類仕事、以前の逃亡が後を引き(自業自得)毎日の睡眠時間は三時間を割り込んでいる。

 彼もこれ以上は限界なのだ。

 ただし、それは他の二名、目の前に居る般若・・・アーライザとカーデム老人にも言えたことなのだが・・・。

 

 マルキストは思考を巡らせる。


 (本気を出せば・・・イケる!)


 アーライザは強敵だが、直接対峙したならばマルキストに軍配が上がる。

 身体能力だけで言うなら、『裁断王』は『戦天使長』を上回っているのだ。

 マルキストが静かに身体強化を始め、その様子にアーライザの目がすーっと細まる。

 全身に巡らせた魔力、爆発的踏み込みからの離脱を試みる瞬間、アーライザが塞ぐ通路とは逆側から声がかかった。


 「無駄ですぞ。転移門はサラ様が移動する際に、封印していきましたからな。」


 「なん・・・だと!?」


 『法政官』の制服を着込んだ老人・・・カーデムの発言に驚愕するマルキスト。

 一瞬の気のゆるみ、アーライザにしっかりと肩を掴まれる。


 「さぁ、マルキスト様?お仕事をしましょう。」


 間違いなく語尾に「^^」が付いている彼女のセリフに、マルキストは絶望した。


 

 ■



 逃げようとしたのがまずかった。

 現在、マルキストの監視体制は四人である。

 しかも、アーライザとカーデムまでセットになっていた。

 これでは流石のマルキストとてどうしようもない。


 「はぁ・・・王印を渡すから、後は二人でやっておいてくれないかな?」


 「ははは、お戯れをおっしゃいますな。」


 「そうですよ?私たちもお手伝いしているでしょう?」


 何度目かの同じ話を繰り返し、見かねた見張り役の天使がお茶を淹れた。


 「あの・・・皆さまお疲れでしょう?少し休憩されては・・・?」


 これ幸いとあっさり書類を放り出すマルキスト。

 アーライザとカーデムも苦笑混じりでそれに倣う。

 もちろんマルキストのように放り出したりはしないが。

 コンコン・・・。

 そんなタイミングを見計らったように響くノックの音。


 「ちょっと良い?」


 声の主に当たりをつけ、マルキストは「どうぞ」と促す。

 執務室の扉を開けて入ってきたのは、目の覚めるような蒼い髪をセミロングに切り揃え、青い胸甲を身に着けた天使。

 『四姉妹』の長女・・・『蒼穹の天女』エナ。

 『天空の聖域』シャングリラの英雄であり、ウララの盟友ユニットでもある高位の天使だ。

 シャングリラで起きた事変後ウララが召喚し、主に内政において次女のサラ同様酷使されている。

 彼女の姿は室内のメンバーも見慣れた物、しかし今回は少々様子が違った。

 それは、続いて入ってきた竪琴を携える妙齢の女性の存在である。


 「エナ様?それに・・・セリシア殿まで・・・。何かあったのですか?」


 困惑する一同を代表して問うマルキスト。

 『精霊王国』フローリアの指導者、『神官王』クリフォードの懐刀とでも言うべき彼女の来訪。

 会談の予定などを思い浮かべたシャングリラ側の面々も、全く思い至らない事態に首をひねる。


 「少し・・・お伺いしたいことがありまして。」


 「はぁ・・・?」


 思い当たる節も無く、マルキストは頬をポリポリと掻く。 

 ずっと立たせたままであることに気付いたアーライザが、「とりあえずお座りください。」と促し、お茶を提した。

 エナ、セリシア共にソファに腰かけ、一口お茶を飲んだ後ため息。

 自然、室内に緊張の糸が張りつめる。

 ゴクリ、喉を鳴らしたのは誰だろうか。

 

 「お聞きしたかったのは、アーライザ様とカーデム様になんです。」


 重い沈黙から口を開けたセリシアの言。

 発せられた自身の名前に、揃って首を傾げる天使と老人。


 「単刀直入に言いまして、またクリフ様が護衛も付けずに転移されまして。ここ最近・・・そうですね、セイ君たちが現れてからは「ん?セイの傍が一番安全な場所だろうに?」などと言われる始末。お二人はどのように、マルキスト王を諌めておられるのでしょう?」


 「「それは・・・。」」


 思わず言いよどむアーライザとカーデム老人。

 それもそうだろう。

 セリシアの質問、その内容とは・・・王に首輪をつける方法だった。

 王本人を目の前にして非常に不遜であるが、復興に尽力してもらった手前、当のマルキストも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのみ。

 実際言われても仕方ないのだ。

 マルキストは彼女の滞在中に散々逃亡を繰り返しており、ついさっきも逃亡を企てたばかりなのだから。


 「いくらあの方が長命なエルフ族でも・・・せめてお世継ぎを残して頂かないと・・・。」


 「いやそれは・・・我が国とて同じです。」


 国の重鎮として、悲痛な表情を見せるセリシアに、カーデム老人も額の汗を拭き拭き同意する。

 マルキストの噛んでいる苦虫は大量に増加した。

 何とも言えない微妙な空気が漂う室内。

 突如、蒼髪の天女が爆弾を落とした。


 「セリシア・・・『神官王』と結婚しましょう。」


 「・・・はぁ!?」


 どこでどう話がそうなったのか、さっぱり理解できない。

 普段の落ち着いた雰囲気をかなぐり捨て、全力で混乱するセリシアを他所に、ことのほか自分の考えが気に入ったらしいエナは、更なる爆弾を投下する。


 「そうね、丁度良いわ。マルキストもアーライザと結婚。それでこの問題は解決ね。」


 「「ぶふぅーーーー!!」」


 揃って口に含んだお茶を吹き出すマルキストとアーライザ。

 「汚いわねぇ。」などと言いながら回避するエナ。

 

 「何がどうしてそんな話に!?」


 詰め寄るセリシアと、それに追随するマルキストとアーライザ。

 エナは逆にそれがわからないと言った態度。

 指を一本ずつ立てながら理由を語る。


 「王に首輪を付けたい。部下なら大変でも妻ならだいぶ楽になるでしょう。世継ぎが欲しい。セリシアもアーライザも十分母親になれる年齢でしょう?それに・・・これはシャングリラの事情になるけど、やっぱり王族に天使の血が入らないのはまずいのよね。ウララ様はいずれ帰ってしまうから。」


 戸惑うセリシア、「いや・・・しかし・・・。」と呟くマルキスト。

 アーライザに至っては口をパクパク、過呼吸一歩手前である。

 プルプル震えていたカーデム老人は、バッと顔を上げて叫んだ。


 「エナ様!素晴らしい考えですぞ!」


 「でしょう?ただ、問題は時期が時期だから・・・婚約ってことにしておいて、帝国との片が付いた時かしら・・・。」


 当人たちを蚊帳の外、話がドンドン加速する。


 「「待ってください!」」


 我に返った女性陣が、声まで合わせて抗議したのだが・・・。

  

 「ああ、言い忘れていたわ。一番の理由はセリシアが『神官王』を、アーライザがマルキストを愛しているからよ?」


 「「ふぁっ!?」」


 見計らっていたように告げられたエナの一言で轟沈した。

 双方、耳まで赤く染まっていれば、反論の余地など無いだろう。


 「え?そうなの?え?」


 狼狽えるマルキストの肩を、ポンと一つ叩くカーデム老人。


 「王・・・鈍すぎですな。」


 異世界『リ・アルカナ』、四国連合の中心である『精霊王国』フローリアの『神官王』と、『天空の聖域』の『裁断王』。

 ビッグネーム過ぎる二人の、同時婚約が世界を駆け巡ったのはこのすぐ後。







ここまでお読み頂きありがとうございます。

良ければご意見、ご感想お願いします。


※今話でメスティア編完結です。

次回から『亡国』トリニティ・ガスキン編開幕。

どうぞよろしくお願いします!

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