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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第四章 氷の大陸メスティア編
257/266

・番外編 ある強面の拾い物

活動報告で投稿したSSになります。

SSと言いながら普段と変わらない文量だったりw

 『地球』にある中都市、人口30万人前後を行ったり来たり、都会と言うのにはほど遠く、かと言って田舎にカテゴライズするには難しい。

 それが全世界で大人気を誇るTCGトレーディングカードゲーム、『リ・アルカナ』のトップランカーが複数人住んでいるならなおの事。

 そんな少々複雑な事情を抱えた町がある。

 現在、美祈や飛鳥が住み、以前はセイや幼馴染たちも住んでいた町。


 土地の余った郊外には大型の量販店やアウトレットモールが並び建ち、駅前の商店街などはシャッター街一歩手前の様相を晒す。

 数並ぶ雑居ビル、靴屋と合鍵屋の間、いつから存在しているのかもわからない古い店。

 等価交換が謳われる昨今、珍しいまでの低価交換。

 一日の大半を一島に二、三人。

 夜には電球切れした後何年も放置され、少々以上卑猥な感じになってしまったネオンの看板。 

 どうやって経営が成り立っているのかは、この町の七不思議とも言われているようなパチンコ店。

 その名も『パチンコ将軍』。


 良く言えば古き良き時代、昭和の空気感漂うノスタルジックな・・・。

 ありていに言ってしまえば、今にも潰れそうなと枕詞が付く店舗から一人の男が現れた。

 筋肉でムチムチに張りつめたYシャツと紺のスラックス。

 間違いなく堅気ではない殺人者の眼差しと、トレードマークと言える咥え煙草。

 伊葉だ。

 

 この潰れかけのパチンコ屋が伊葉のホームグラウンド。

 週に必ず二、三回は通う常連の中の常連であった。

 今日も今日とて何の因果かそれなりに勝ち、いつもの如く紙袋いっぱいの戦利品を抱えている。

 紙袋の中には彼愛飲の煙草「ラッキーセブン」が1カートン。

 それと各種スナック類であったり、乾き物が複数詰まっている。


 伊葉は空を一睨み、見事なまでに曇天に眉を顰めた。

 「やれやれ、降って来そうじゃねぇか・・・。」と呟き踵を返す。

 今日は弟子たちが訪れる予定だ。

 そろそろ根城に戻った方が良いだろう。

 大股に歩き出して少し、何と為しビルの隙間、積み上げられた段ボールの一つが気になった。


 (なんか・・・動きやがったな?)


 直観に従い歩み寄り、先ほど動いたように見えた段ボールの蓋に手をかける。

 開けてみてやれやれ、「やっぱり」と思う気持ちもどこかにあった。


 「にゃーん」


 箱を開けた途端、目に入ってきたのは茶色と白の縞模様。

 まだ目も開いたばかりだろう小さな毛玉が、伊葉の顔を見て小首を傾げ、何ともテンプレな鳴き声を上げた。


 「子猫・・・じゃねえか・・・。」


 額にタラリ、箱の中に鎮座する五匹の子猫と見つめ合う強面。

 誰が聞いている訳でも無いのに、「くっ!」と怯む伊葉。

 直後、ポタリ・・・ポタリ、ポッポ、ザァー!

 曇天を堪えきれず天空が、バケツをひっくり返したような大雨を降らせ始めた。


 「チィ!本降りじゃねぇか!」

 

 忌々し気に舌打ち、子猫の入った段ボールを抱え上げる。

 気付かなければ良かった・・・されど見てしまったからには放って置けない。

 この男、見た目に反して意外と情が深いのだ。

 伊葉は、パチンコ屋の戦利品と子猫入りの段ボールを抱え、大股で帰路につくのだった。



 ■



 「伊葉さん、今日もよろしくお願いし・・・って、またですか?」


 伊葉が滞在中のクラブ、そのバックヤードにサングラスと黒スーツの男が現れた。

 挨拶をしながら室内に入り、部屋の惨状を見て状況を瞬時把握する。

 

 「おう良孝!一匹持ってけ!」


 身体に三匹の子猫を纏わりつかせた伊葉が、入室した山本に向けて開口一番言い切った。

 その突き出された右手には、親猫に咥えられて運ばれる子猫宜しく、一匹の首根っこが掴まれている。

 山本、こめかみを抑えながらため息。

 見た目は殺人者にしか見えない伊葉の拾い物、何も今回が初めてではない。

 どこかで彼が捨て猫捨て犬を見れば、「ちぃ!かわいそうじゃねぇか!」と拾ってきてしまうのは昔からの事なのだ。


 「伊葉さん。また面倒も見きれないのに拾ってきて!」


 責められればバツの悪そうな顔、事実伊葉本人が面倒を見るのは難しい。

 彼は常日頃、仲の良い飲み屋や水商売で働くお姉さんの家を転々としており、はっきりとした定住地を持っていないから。

 痛いところを突かれ唇を尖らし伊葉は言う。


 「だから飼い主探してんじゃねーか。一匹はナギサの奴が引き取ってくれたんだがよ。あと四匹もいやがるんだ・・・なぁ、良考持ってってくれや?」


 気を取り直しズイっと子猫を押し出す伊葉。

 子猫も意味がわかっているのか媚びるように、「うにゃーん」と追随した。

 しかし山本、しっかりと首を横に振り、「無理です。」と断る。


 「お嬢様がね、猫アレルギーなんですよ。本人は疎か、近しい人間が触っただけでも、くしゃみ、鼻水、涙が止まらない。とてもじゃないが飼えませんよ。」


 「ああー、それは・・・確かにまじぃか・・・。」


 アレルギーは本人の力でどうにもならない。

 伊葉の脳裏に浮かぶ金髪縦ロールのお嬢様。

 その時、室外から姦しい声が聞こえてきた。


 「「「こんばんはー(ですわ)!」」」


 「おっ!来たか嬢ちゃんた・・・ち!」


 伊葉が声を駆ける間もなかった。

 一陣の疾風と化した山本が、飛鳥を横抱きにして走り去る。


 「ちょ!?山本!一体何ですのぉぉぉ・・・!?」


 「申し訳ありませんお嬢様!ここは危険です!」


 そんなやり取りが遠のいていく中、扉を開けたままの姿勢で固まった美祈と若菜。

 伊葉はそんな二人を手招きする。


 「伊葉さん?」「一体・・・何事?」


 「お前さんたち、猫飼わねーか?」


 恐る恐る入室した二人へ向け、満面の笑みを浮かべた伊葉は言うのだった。


 ・・・十数分後。

 コーホー、コーホー

 

 「ごめんなさい、家は犬が居るんです・・・黒いヨークシャテリアでロカさんって言うんですけど・・・。」


 申し訳なさそうな美祈。

 愛犬のネーミングセンスにどこか悪魔の匂いがする。

 コーホー、コーホー


 「伊葉さん。家もペット不可のアパートなので・・・。」


 続けた若菜も眉根を寄せる。

 伊葉の腕の中で眠りについた子猫たちは非常に愛くるしい。

 ペットが飼えないとは言え後ろ髪引かれる思いだ。

 コーホー、コーホー


 「で・・・それはなんなんだよ!」


 耐えきれず突っ込む伊葉。

 可愛らしい女子高生が三人並んでソファーに腰かけているのだが、その内の一人が大変なことになっていた。

 

 「猫の毛は危険ですから。」


 キラリ、イイ笑顔の山本が代弁。

 彼女の主である天京院飛鳥、天京院財閥の令嬢が・・・宇宙戦争のラスボスで実は主人公のお父さんみたいなマスクを被っていた。

 しかも色がショッキングピンク。

 もうなんだか色んな所がカオスである。


 「申し訳・・・ありませんわ・・・コーホー、ワタクシ・・・ひどい、猫アレルギー・・・コーホー・・・ですの!」


 一生懸命さは伝わってくるのだが、もうギャグにしか見えない。

 あえて何も言わない美祈や若菜の方が余程大物に思えてきた。


 「しかし参ったな・・・。まだ四匹もいやがるしよ・・・。」


 天を仰ぐ伊葉に美祈は尋ねた。

 

 「伊葉さん?知り合いで猫好きの方はもう居ないんですか?」


 「んー・・・。」と唸った伊葉だったが、天啓が降りてきた。

 

 「そうだ!あいつが居るじゃねえか!わりぃ、俺はちょっと出かけてくるからよ・・・そうだな、この『魔導書グリモア』でも崩して考察しといてくれ!」


 そう言い捨て金箱を一つテーブルに置く。

 少女たちの返事も待たずに立ち上がり、無造作子猫をバスタオルにくるむと、山本を急かして部屋を出て行った。

 「ど、どうする?」と顔を見合わせた少女たちは、とりあえず言いつけ通り金箱の蓋を開くのだった。



 ■

 

 その夜・・・。


 「全く・・・来るなら来ると!俺だって暇じゃ無いんだ!」


 そんな愚痴を洩らしながら、自室の扉を開けたスーツと眼鏡が似合う理知的な男。

 神舘宗一郎かんだてそういちろうは絶句する。


 「おう!邪魔してるぜ!」


 しごく当たり前、軽く手を上げ笑う伊葉。


 「なんで・・・お前がここに居る?・・・山本!?」


 用があると訪ねてきた山本と共に自室に向かえば、自分の部屋で我が物顔に寛ぐ凶悪犯。

 ちょっとしたサスペンス映像と、去来する嫌な予感に振り向けば・・・。

 さっきまで一緒に居たはずの黒スーツ、今は影も形も見当たらない。

 宗一郎が呆けたのは一瞬だった。

 しかし、室内に視線を戻せば伊葉がすでに目の前に立っている。


 「じゃ!後は任せたぜぇ!」


 シュタッ!と片手を上げ立ち去ろうとする伊葉を、押しとどめようとする宗一郎が「何のことだ!」と叫ぶ。

 伊葉は黙って後ろ手に隠した手を突き出した。


 「猫バリアー!」


 「にゃーん」


 「なにぃ!?」


 ぽいっと投げ渡された子猫を落とさぬよう、思わず両手で抱える宗一郎。

 その間に伊葉は部屋の外へ躍り出ていた。


 「ちょ!?待て!伊葉ー!!!」


 慌てて追いかけた宗一郎をあざ笑うように伊葉は、「あばよ、とっつぁ~ん!」と巻き舌で言いながら宵闇に消えていった。

 

 「くっ!あの馬鹿・・・!」


 苦虫を噛み潰しながら自室へと戻る宗一郎。

 「んなー?」と鳴く子猫を、「お前のことじゃない。」と優しく撫でながら。

 宗一郎は・・・猫派だった!


 「しかし・・・猫を置いていきたいなら、直接言えば良い物を・・・!!?」


 ブツクサと文句を言いながら、それでも子猫の一匹くらいと切り替えた宗一郎を、彼の自室で待っていたのは・・・。

 ウン十万円する革張りのソファーが爪とぎでバリバリー!

 書きかけの書類に飲みかけのグラスをビターン、バシャー!

 今夜宗一郎が寝る予定のベッドにおしっこがシャー。

 心なしか・・・抱いている子猫もプルプルしている。


 「ま、待て!お前ら!ぬうぁああああ!」


 その夜、宗一郎は泣いた。


 「ふ、ふふ、ふふふ・・・あの馬鹿を指名手配してやる!」


 子猫を撫でながら笑う宗一郎の目に、光が一切灯っていなかった。





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