・第二百四十七話 『誤想』
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマ励みになります^^
※『略奪者』の動向です。
今日も今日とて、いつもの真っ白な謎空間。
ツツジが事務椅子に逆向きで腰かけ、くるくると何度も回転している。
その手に握られているのは大ぶりな真珠。
ツツジは、くるくると回りながらもその玉を目の前、光に透かして見たり・・・ぐっと握りしめ力を込めたりしているようだった。
しばらくそんな事を続けた後、大げさな身振りで息を付く。
掌で組んだ両手を、肩上にぐぅーっと掲げて伸び。
「んっん~・・・やっぱりだめかぁ!」
ぽいっと興味を失ったが如く、手に持っていた真珠を後ろ手に、無造作投げ捨てる。
床面へと落ちる手前、颯爽と受け止めたのはツツジ同様の白ローブに身を包んだ小柄な少女。
ベリーショートの黒髪に、一度見たら忘れないだろう印象的な猫目。
猫面『略奪者』、『女帝』の桜庭春。
しかし、以前の彼女を知りうる者なら、誰もがこう思ったであろう。
「本当に・・・ハル本人なのか?」と。
なぜなら、良くも悪くも感情が顔に現れやすい、天真爛漫を地で行くような彼女の表情が、完全に消失していたからだ。
だが、ツツジは一切気にしない。
そもそも彼女の事情など、彼は全て承知しているのだから。
「なんだハル。戻ってたんだ?しっかしそれ・・・本当に何なんだろうねぇ?」
半ば呆れた感情を抱きつつ、ハルが手にした真珠を仰ぎ見るツツジ。
ハルは小首を傾げると、淡々と答える。
「さぁ?つつじっちがわからへんもの、うちにわかる訳ないやん?」
ツツジとて解答など当てにしていない。
それにしても・・・ずいぶんと味気ない返しをするようになった。
無表情のハルを見て思うツツジ。
全て・・・彼のせいなのだが・・・。
「それもそっか。」と簡単に話を終わらせ、それでも自分の中で答えを想像した。
(俺が干渉できないような『謎の道具』ねぇ・・・。)
どう考えても神代級以上、下手をすると遺失級なのだろう。
まず間違いなく神が絡む事象だった。
勘の鋭い方ならすでにお分かりであろう。
この真珠、『平穏の神』オーディアが封印した『回帰』のパーツであり、ハルの使役した『天尊』カルズダートの特技『強奪』によって奪い去られた物だった。
もう一度憎々し気に真珠を睨んだツツジは、「それはハルに預けとくよ。」と一言。
ハルもただ「わかった。」と呟きローブへしまう。
「ところで、このタイミングでハルが来たってことは、帝国の方で何かあったのかい?」
コクリ頷いたハルに、ツツジは報告を促す。
「遠征の準備は七割がた終わっとるで。貴族連中も先日の暴走が堪えたんやろ。えらい大人しいし従順やわ。」
「ふんふん、中々良い傾向じゃない。」
「まぁ『大将軍』自ら声をかけられたら、ほとんどの衆は俯くんちゃう?」
なるほどなるほど。
やはりあの男は役に立っているようだ。
早めに取り込んだ自身の英断を自画自賛するツツジ。
まぁ・・・『悪魔』と相対した時は、弾除けにすらならなかったが・・・。
ツツジは頭の中で軍備の進退と、カーマインへの進言をいつにするか組み立てる。
ハタと思い当たり聞いてみた。
「そういえばアレは?『魔導元帥』殿 (笑)」
初戦で『悪魔』にぽっきりと折られ、二戦目は周囲の干渉で出陣すらさせてもらえなかった。
今頃は地盤固めに奔走しているか、それともあくまで戦場に拘り、折られた牙を研いでいるのか。
一体どうしていることだろう?
「キルア・アイスリバーも準備完了やで。今回は『魔導機獣』タイラントを出す言うて、『紅帝』に直談判しとったわ。」
「へぇ・・・。」
ハルの情報に、ツツジの目が細まった。
タイラント・・・あの未完成な欠陥品をねぇ・・・。
いよいよ我らが『魔導元帥』殿も進退窮まったらしい。
今度は何人・・・いや何万人が犠牲になるのか楽しみだ。
昏い炎を瞳に宿し、「くふ、くふふ。」とツツジは嗤う。
そんなツツジを無表情に見つめながら、ハルは一つの懸念を語った。
「せやけど、つつじっち。一人どうにも捕まらん奴がおんねん。」
その言葉ですぐに当たりが付く。
ハルがそんな事を言う人間、『皇太子』や『剣聖』が居るならまだしも、今の帝国には一人しかいないだろう。
「『氷の賢者』様ねぇ・・・。彼は何を考えているのかなぁ?」
ツツジは彼の人物を思い浮かべながら、宙に視線を彷徨わせる。
『紅帝』カーマインの命令にこそ従うが、彼は決してツツジに気を許したわけではないだろう。
かと言って一時のガイウスのように、改まって妨害や苦言を呈する訳でも無い。
カーマインとの表の計画も、『略奪者』としての本当の計画もバレているとは思わないが、用心に越したことは無いはず。
「しょうがないね~。ハルは継続して賢者様の様子を探ってよ?」
現状維持を指示するツツジに、「わかった。」と答えたハル。
現場へ戻ろうと退室しかけた時、新たに空間へ転移してくる気配があった。
■
白い空間に、シミのように現れた黒い渦。
中から二人の人物が飛び出してくる。
双方、薄汚れ擦り切れた白ローブ、片方は鳥を模した面、もう一方は獅子を模した面。
『略奪者』のメンバーである、『魔術師のサカキと、『皇帝』のレオ。
満身創痍の帰還だった。
二人とも、お互いの身を支えに立っていたが、ツツジの所有する謎空間に辿り着けた安堵からかどちらともなく座り込む。
「おかえり、二人とも。随分派手にやられたみたいじゃん?」
一瞬だけ眉を顰めたツツジ。
その表情を悟られたくなかったのか、即座二人に声をかける。
ことさら軽く、労いとからかいが混ざり合ったような声音で。
「済まん、ツツジ。『悪魔』と『力』が出た。」
「その上『真・賢者』までだ。いくらなんでも過剰戦力だろ・・・。」
一言、真っ先に謝りを入れたのはレオだ。
次いでサカキが吐き捨てるように。
いつのまにやら二人の傍、回復魔法のカードを使用していたハルに、レオは一枚のカードを手渡した。
カードを受け取り、そのまま二人から離れたハルが、ツツジに受け取ったカードを渡す。
「そっかー!テツは死んじゃったかー!残念だなぁ。」
カードに描かれたイラスト、砂漠を煌々と照らす太陽と『太陽』の文字を確認し、大げさに嘆いて見せるツツジだが、その表情は全く動いていない。
そして、「それと・・・。」と言いかけたレオを遮り、核心を突く言葉。
「ホナミが裏切ったかい?」
ひどくあっさりと、しかしねっとりとした憎念のような雰囲気を滲ませるツツジ。
それはきっとこう表現するのが正しい。
お気に入りの玩具を取り上げられた子供のような・・・と。
「・・・知って居たか。」
レオは一瞬息を呑むも、努めて冷静に肯定した。
「知ってたって言うか・・・予想だね。」
ツツジにしては珍しい諦念の口調。
「『悪魔』を見つけた時点で、この可能性は考慮していたさ~。ま、予想よりかなり早かったけど・・・。」
期せずして転移前の世界、『地球』での事を想起する男三人。
ツツジに言われて納得、確かにセイやホナミの関係性なら裏切る・・・と言うよりあちら側に戻ってしまうのも頷ける。
逆に、だからこそツツジがセイたちと交わることはありえないだろうことも。
「まぁいいよ。手は・・・打ってあるからね。」
話を区切り、凶悪な笑みを浮かべたツツジに、仲間であるはずのレオやサカキも背筋を凍えさせた。
レオとサカキは思う。
彼がそう言うのなら事実なのであろう。
果たして、どんな手が展開されているのか。
それはきっと、ひどく残酷でむごたらしいもの。
そんな中、ハルだけは一切表情を変えないのが何とも異質だった。
テツ、ホナミの件を報告し、サカキがツツジを問い質す。
「あいつは一体何者なんだ?なんで・・・七つの大罪を知っている?」
「あいつ・・・?」
主語がぼかされたため、ツツジには心当たりがすぐには浮かばない。
サカキを視線で黙らせ、レオが質問を受け継いだ。
「『聖域の守護者』だ。今回おれたちは奴の助力によって逃げおおせた。協力者とは聞いていたが・・・ツツジ、あれは信用して良い者なのか?」
サカキとは異なり、レオはティル・ワールドとの関係性のみは聞いていた。
ただ、今回の介入も意識外、完全にイレギュラーの物ではあったのだ。
現場では、そんな様子を一切見せなかったレオと言う男も・・・十分に曲者である。
称号を聞いてポンと手を打つツツジ。
逆に気になって確かめる。
「彼は何か言ってなかった?」
「ツツジに、貸しだと言っておけって言ってたな。」
その時を思い出すように告げたサカキに、「ふぅ~ん。」と気の無い返事を返すツツジ。
頭の中では思考を巡らせている。
(まだバレてないってことかな?それとも判ってて泳がせてる?どちらにせよ・・・。)
あの男の出番はまだ先。
少なくとも、自分の計画の方が先に発動しそうであった。
「とりあえず・・・今の所、彼は敵じゃあないよ。今の所は・・・ね。」
言い聞かせるように説くツツジに、一同は釈然としないままもその話題を終わらせる。
元よりサカキもレオも、計画の詳細を完全に把握している訳では無いのだから。
「それで?『悪魔』と『運命の輪』はどうなったっぽい?」
聞かれても答えようが無い二人。
秋広は『真・賢者』の隠れ家を攻撃した後会っていないし、セイには『憤怒』を仕掛けて逃げるのがやっとだった。
まさかあの状態から何とかできるとも・・・いや、奴ならやりかねん。
それがサカキとレオ、引いては『リ・アルカナ』トップランカーたちの総意だろう。
そのまま正直に答えることにした。
「『運命の輪』は行方不明。『悪魔』と『力』は、ノモウルザを媒介にした『憤怒』に巻き込んだ。・・・だが。」
「ま、すぐに復活するだろうね。」
ツツジとて皆まで言わずともわかる。
とにかく・・・あいつらはしぶといのだ。
(ヘルモードなんて言って、喜んでる場合じゃ無かったな。)
計画が片っ端から邪魔されている。
これ以上は遅らせたくないものだ。
「ツツジ、指示してくれ。奴らが次に現れるのはどこだと思う?」
レオの問い、真剣に考えたツツジは、自分たちにとっての痛手を注意することした。
なぜなら、今までのセイたちはいやな場所いやな場所に現れていたから。
「レオは『暗黒都市』グランバード。サカキは『砂漠の瞳』かなぁ。」
「良いだろう。」
「わかった。」
ツツジの指示に、にべもなく従う二人の『略奪者』。
当初の人数を減らし、リーダー的立ち位置のツツジに任せた結果なのだが。
セイも秋広も・・・『亡国』トリニティ・ガスキンへ向かっていたとは露知らず、ここにきてツツジ、予想を大きく外す。
「あ、そうそう。これ持っていきなよ・・・。」
レオとサカキ、その去り際に渡されたカードは一枚ずつ。
果たしてそのカードの内容とは・・・。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。