・第二百四十六話 『古の図書館』
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※秋広のお話です。
左右に莫大な量の蔵書。
天辺が見えないほど高い高い本棚に、様々な本が納所されている。
合間に作られた通路とも言うべき隙間を、四人の男女が歩いていた。
異世界の魔導師、セイの幼馴染の一人である『運命の輪』の川浜秋広。
狐の獣人族女性、デイジー。
『レイベース』帝国の『皇太子』デューンと『剣聖』デュオル老だ。
『真・賢者』ガウジ・エオに無理言って送ってもらった『古の図書館』。
そこで一同は完全に閉じ込められる形になっていた。
「うーん・・・やっぱりメスティア側の出入り口は無いみたいだねぇ。」
キラリと輝く眼鏡の中央を、中指できゅっと上げながら秋広が言う。
彼の言う通り、自分たちが入ってきた出入口はもはや存在しない。
まぁ元より秋広は、ガウジ・エオ本人の匂わせた雰囲気によって、そのこと自体にはとっくに予想を立てていたのだが。
どうしても行きたいと言うデューンに、巻き込まれる形でこの地に入っていた。
「それに、本も見つからんのぅ・・・。」
やれやれとばかり首をコキコキ鳴らすデュオル老。
なにせ蔵書が膨大過ぎる。
ガウジ・エオ本人に案内でもしてもらえたら別なのだろうが、図書館を彷徨うまま数時間。
目的の二冊は影も形も見えないまま。
「・・・少し相談をしませんか?」
一同を見回すデューン。
デュオル老とデイジーは自然、秋広に目線を向けた。
視線を受けた秋広は、一つ小首を傾げながらも同意する。
「ん?別に構わないけど・・・何の相談かな?」
十分以上に彷徨った後であるし、休憩がてら本棚を背に座り込む秋広。
自然寄り添うようにデイジーが座り、デュオル老とデューン自身もそれに倣う。
そしてデューンは語る。
ガウジ・エオの隠れ家では、中途になってしまった旅のきっかけと目的。
そして今の帝国を変えるため、『紅帝』カーマインと『特設内政顧問』ツツジをどうにかしなければならないだろうこと。
その為には戦力と知識が足らず、秋広を頼りにしていること・・・。
「と、言う訳で・・・シュウにはこの後も僕たちと同行してもらいますよ!」
「・・・うーん。」
話している途中で興奮してきたのだろう。
息巻くデューンに対し、秋広の反応は鈍かった。
元よりメスティアまでの道案内と、ガウジ・エオへのつなぎを求められただけ。
仮面の魔導師たちは気になるが、さりとてデューンに同行して帝国へ行く気などなかった。
乗り気でない様子に気付いたか、デューンが秋広に詰め寄る。
「良いですね!?」
その剣幕に苦笑いする秋広に反して、予想外の者から声が上がる。
デイジーだ。
「なんで?」
普段の柔らかい声音からは想像もつかない乾いた・・・そして冷たい声。
思わずデューンも「・・・え?」と間抜けな声を上げ、問いかけたデイジーを振り向いた。
いつの間にか立ち上がっていた彼女。
彼女の感情を体現するが如く、狐耳はピンと立ち、尻尾の毛も逆立っている。
視線が合えば、デイジーは終生の仇を見るような目で睨んでいた。
そして、想いが爆ぜる。
「ふざけないでよ!なんであきが貴方に従わなきゃいけないのっ!?貴方たちがあきと関わらなければ、私たちは二人で幸せだった!それを勝手な理由で踏みにじって、優しさにつけ込んで、今度はあきを何に利用するつもりっ!?」
デューンにとっては、ある種必然とも言う誘い。
強者を重んじる帝国の教えと、ツツジへの警戒心から・・・カードを自在操る秋広が重要人物に見えるのは当然だったから。
ただ・・・デューン本人からすると、利用と言うより助力を願っただけ。
世間知らずゆえの高圧的発言。
デイジーの怒りを正面から受け、デューンは完全に狼狽えた。
「あ、あの・・・デイジーさん?」
デイジーはずっと耐えてきた。
彼らが帝国の人間だとわかった後でも、彼女はずっと耐えていた。
本当なら・・・同じ空気を吸う事さえ嫌悪する相手とだ。
だが限界、もう無理だった。
爆ぜた想いは止まらない。
「貴方たちは!帝国はいつもそう!他の人々の生活も心も関係ない!自分たちの勝手な都合でどれだけの悲劇を起こしたの?私の故郷だって・・・!あきは・・・あきだけは、貴方たちの思うようになんてさせないっ!」
叫んだデイジーは、自分の周りに多数の火球を生成した。
「ちょ!デイジー!火はまずい!」
普段は冷静な秋広も、デイジーの事情を知っているがゆえに焦る。
■
ここは魔法空間とは言え『図書館』だ。
周囲は無数の本棚・・・当然、火気厳禁である。
慌てた秋広が止める間もなく、デイジーは全ての火球をデューンに向けて放つ。
「殿下!」
ある種、仲間だと思っていた人物からの攻撃に立ちすくむデューンをデュオル老が叱咤する。
ドンドンドンッ!
着弾して火の粉を上げる火球。
ただ、その狙いは足元で、最初から当てるつもりが無かっただろうことも明確だった。
「あき!行こう!」
呆然とする男たちに構うことなく、デイジーは秋広の手を引いて走り出す。
されるがままの秋広、理解できずに見送るしかない帝国の二人。
その後、秋広に説得され少しだけ心落ち着かせたデイジー。
同様、デュオル老と話し合い自分の言い様を後悔したデューン。
十数分の空白を得て再会する。
と言っても、秋広とデイジーが待っていた所に二人が追いついただけなのだが。
深く落ち込んだように見えるデューンは、秋広とデイジーの前に出ると深々頭を下げた。
「シュウ、デイジーさん。お二人の気持ちを考えず高圧的な物言いになった事を許してください。それでも僕は・・・。」
デューンの謝罪を遮るように、デイジーは一言呟いた。
「・・・帝国なんて、滅べば良いのよ。」
吐き捨てるように言われた言葉が、デューンの幼い心を貫いた。
「な・・・なぜ・・・。」
口から零れるのは乾いた問い。
いや、なぜなどと聞く時点でおこがましいのだ。
理由など容易に想像が付く・・・否、他の誰より想像が付かなくてはおかしいのが、帝国のトップであるデューンだ。
デューンの無防備とも言われかねない問いに、またしても眦が吊り上がるデイジーを、秋広が優しく抱きしめた。
目線を合わせて頭を撫でる。
「デイジー、少し落ち着こうね。それと・・・。」
デイジーを気にしながらも、秋広はデューンに言う。
「デュー君も言葉を選ぼうか?と言うか、ごめん。デイジーの神経に触るから、少し黙っててくれるかな?」
こちらもいつもの秋広とはまるで違う凄み。
歴戦の猛者であるデュオル老ですら、秋広の威圧に後退る。
デイジーは、己が能力によって流れ込んでくる秋広の感情に、とてもいたたまれない気持ちになった。
そこには自分に対する深い愛情と、彼らしからぬ昏い怒りの炎があったからだ。
もちろん秋広が怒っているのは、自分のようにデューンやデュオル老・・・帝国関係者に向けた無差別の・・・言わば逆恨みのような物では無いとわかっている。
純粋に自分に対する深い愛が、それを傷付けた者に対して向いているだろうことも。
しかし、そんな感情を愛する男に抱かせてしまった自責の念で、デイジーは泣きそうになってしまった。
思えば秋広と出会ってから・・・自分は随分涙もろくなってしまっている。
「ごめんなさい、あき。もう・・・大丈夫だから・・・。」
自分からもぎゅうっと抱き返し、そっと秋広から身をはがすデイジー。
そこへ声をかけたのは、事の推移を見守っていたデュオル老だった。
「もし良ければ・・・話を聞かせてくれんかのぅ?帝国は・・・儂らの国は、デイジー殿に何をしたんじゃ?」
「老師っ!」
ストレートな問いかけに、さすがのデューンも息を呑んだ。
これ以上、彼女の気持ちを刺激するのはまずいのではないか、と。
しかし二人に相対したデイジーは、先ほどの怒気をおさめ淡々と語る。
ただ・・・秋広のロングコート、その袖口を握りしめながら。
「よくある話よ・・・。帝国に滅ぼされた小国。その道中に私の、私たちの一族が住む隠れ里があった。物資の接収と景気づけの為、私たちの住んでいた隠れ里は蹂躙され、男たちは虐殺、女たちは帝国兵の慰み者になった。」
彼女が前置きした通り、よくある話と言われればそれまで。
だがそれは、当事者にとって何一つ慰め足りえない。
「私が助かったのは偶然だった。偶々病床の母の為、森へ薬草を探しに行っていたから。でも・・・やっとみつけた薬草を使うはずだった相手・・・母は、帝国兵の玩具にされてこと切れていた・・・。父は・・・きっと激しく抵抗したのでしょうね。私が見つけた時には、他の男の人たちと同様、原形すらわからない死体だったわ。生きている者が誰一人居ない里の中、彼らのお墓を作ってから訳も無く森を彷徨い、そこで盗賊に襲われた所を助けてくれたのが・・・あきよ。あの日、あきと出会わなければ、私もきっと死んでいた。」
自国の軍が行う非道。
それだけじゃあない。
帝国に襲われた後も、よしんばデイジーのように生き残れたとしても、そこに待っているのは残酷な世界。
弱肉強食を体現した世界は、弱き者、傷ついた者に手を差し伸べることは無い。
知識としては知っていても、当事者の口から聞かされたのは初めて。
デューンは己が身から溢れる憤りを抑えるため、食い込んだ爪が血を流すほどに拳を握りしめていた。
「デイジーさん!僕は・・・!謝っても許されないことだとわかっていますが・・・!」
「謝らないで!貴方が謝ったって、死んだ両親も、里の人たちも帰ってこない!」
再度謝罪の言葉を述べようとしたデューンを、すげなく遮るデイジーの叫び。
その通りだった。
デューンが謝っても、そこに存在するのは罪悪感から逃れたいだけの自己満足。
「老師・・・これが現実なんですね?」
「殿下・・・。」
呟くデューンに、老練たるデュオル老もかける言葉が見つからなかった。
ただ、デューンの胸には熱い炎が宿る。
今まで以上に、今の帝国は間違っている、帝国の後継者たる自分こそがかの国をどうにかしなけらばならないと。
今度は秋広に向き直るデューン。
「シュウ・・・済みませんでした。貴方たちの都合も考えず・・・。」
「うん。まぁ、いいよ。デュー君はこれから自国をなんとかするんでしょう?」
「はい!」
迷いの無い返事、顔つきの変わった少年に、秋広は自身の幼馴染・・・デューンと同い年の竜兵を重ねていた。
この世界のなんと残酷な事よ・・・。
高校生にも満たない少年に襲い掛かる、非情なる運命の奔流。
少しだけ、手を貸したくなった。
「とりあえず、話の続きは後で。本は見つからなかったけど、ここが出口っぽいよ?」
秋広とデイジーが待っていた場所のすぐ側に、ガウジ・エオの隠れ家にあった入り口同様の扉。
四人は本の探索を一時中断、まずは脱出を優先した。
扉を開ければ・・・。
四人の前に現れたのは広大な広間。
暗闇の中、デイジーが周囲に炎を浮かべる。
複数の狐火によって照らされ、室内の威容をさらけ出す。
「これは・・・!」
声を洩らしたのは四人の中の誰だろう。
しかし、声を出さなかった者たちも気持ちは一つ。
そこには、巨大にして異質な壁画が描かれていた。
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