・第二百四十五話 『繭』
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※続『地球』編です。
静かに進むリムジンの中、それぞれの視線が交錯する。
伊葉の発言・・・PUPAに関する問題とは一体何なのか?
単純に考えて、それが異世界との話に繋がろうことだけはわかる。
「伊葉さん?PUPAの問題って何ですか?」
相対する三人の女子高生、口火を切ったのは美祈。
「待て・・・。」
待ったをかけたのは宗一郎だ。
訝しむ面々を見回し、言葉を紡ぐ。
「俺はまだ納得していない。やはり・・・これ以上彼女たちを巻き込むべきじゃない。」
伊葉を見据えて淡々と、宗一郎には未だ葛藤があった。
異世界『リ・アルカナ』は地獄だ。
自身の経験から鑑みるに、平和な『地球』で生きてきた女子高生が、無事に生きて帰ってこられるとは思えない。
現に彼と伊葉、それにツツジと共に転移した一名・・・『杖』の一人は死んでいるのだから。
だからこそ・・・今回この場に姿を現したのも彼、彼女らの計画を頓挫させるため。
「宗一郎・・・それは何度も話したはずだぜ・・・。」
しかし伊葉にとっては今更だ。
「話が違う。俺は彼女の存在を知らなかった。」
元より納得のいっていない計画に、更に現れた不安要素が宗一郎を頑なにする。
鋭い目線、射抜かれたのは若菜。
「彼女は・・・若菜は向こうには行かねぇよ。あくまで・・・『死』の関係から生じた協力者だ。」
乱雑に頭をガリガリと掻いて伊葉は言う。
「馬鹿な事を言うな!それがどれだけ危険な事かわからんとは言わせんぞ!」
宗一郎も語気を荒げた。
カードゲーム『リ・アルカナ』のトップランカーと言うだけではない。
警察の高官という社会的な地位も伴った無言の威圧、思わず若菜が身を竦ませたとして誰が責められることだろう。
流れ弾でアスカも怯えてしまう。
しかし・・・。
「宗一郎さん。少し黙ってもらえませんか?わたしたちは、伊葉さんとお話してるんです。期待するなとか危険とか・・・そんなの百も承知ですよ。アスカちゃんも若菜ちゃんもちゃんと理解してます。それでもわたしたちは前を向いています。その気持ちを・・・愚弄しないでください。」
さっと若菜の前差し出された掌が宗一郎の視線を遮り、静かな、けれどよく通る美祈の声。
眼差しは熱く、挑むような表情。
そこには兄の庇護にあった気弱な少女の面影は無い。
最愛の兄を救い出すために産まれた彼女の確固たる信念は、いつのまにかこのグループのリーダーとも言うべきスタンスになっていた。
どこかしら主人公・・・兄である九条聖、『悪魔』のセイを彷彿とさせる雰囲気。
その姿に目を見張る宗一郎。
自分の年齢の半分にも満たない・・・どころか、『リ・アルカナ』と言う異世界での修羅場を経た者からすれば、遥か年下である少女から発せられた威圧のような物。
如何に称号持ち、それも『世界』などという名を冠したとして、果たして16歳の少女が持てる物だろうか・・・。
絶句する宗一郎に伊葉、万感の想いを込めて肩を叩く。
「宗一郎・・・お前さんの立場や気持ちからしたら、到底認められないってのはわかるぜ?だがよ・・・この嬢ちゃんたちの目を見て・・・同じことを蒸し返せるのかい?」
「だが・・・!」
なおも言いつのろうとした宗一郎、二の句が継げなかった。
意図的に見ないようにしていた彼女たちの目、その瞳に宿る覚悟は余りにも似過ぎていたから。
そう・・・己が親友であるブラッド・伊葉が何かを決意した時の目。
自分が何を言っても覆すことの無い漢の目に。
漏れたのは、ため息だけだった。
「駄々はこね終わりましたー?」
対峙の切れ目、軽い声音とバックミラー越し、珍しく口元をニヤニヤさせた運転手・・・山本の茶々が入る。
彼は彼でタイミングを見計らっていた。
伊葉同様、宗一郎の気持ちがある程度わかるがゆえに。
口下手で誤解を招きやすい元上司が、三人の少女たちとこれ以上の軋轢を生んでしまわないために。
「由孝っ・・・!」
イラっとした宗一郎が声量を上げた時、「はいはーい。」と後ろ手に放り投げられてくる銀色の円盤。
円盤と言うには少々小さな手のひらサイズ。
「ちょ!お前!」と言いながらも、宗一郎はその金属片を受け止める。
装飾された銀製の円盤を受け取り、おもむろ蓋を開いた。
言うなれば懐中時計に近いシルエット。
しかし、その文字盤が埋められているべき場所にあるのは、真っ赤に染まったオイルタイマーのような液体。
伊葉もそれを脇から覗き込み、「やっぱりか・・・。」と呟いた。
「それは・・・何ですか?」
問いかけた美祈に、男二人視線を合わせて頷くと、そのアイテムの内容を語る。
「これはな・・・んー、何と言うか魔力?を計る道具だ。」
「「「魔力・・・?」」」
期せずして重なり合う少女たちの疑問符。
伊葉の後を引き継ぐのは宗一郎。
決して納得はしていないが、彼女たちの目に宿る力に思うところがあったらしい。
「こいつは俺たちの数少ない協力者・・・異世界やPUPAの危険性に理解を示してくれた奴からの預かり物だ。」
初めて明かされた協力者の存在。
そして、それが意味することとは・・・。
「それってやっぱり・・・そうなんですのね?」
異世界も、その危険も認識できるのは・・・『リ・アルカナ』と所縁ある者だけ。
それも相当な実力を持つ・・・。
当然気付くアスカが伺えば、伊葉は頬をポリポリと掻き、目を逸らしながらも頷いた。
■
「これを作った奴は『地球』最高の科学者・・・そして『リ・アルカナ』トップランカーの一人。通称『愚者』。」
称号だけ、名前すら語られないその人物。
そして発明品、『魔力』なんて怪しげな物を計ると言う懐中時計。
俄かには浸透しない怪しげな単語と情報を、疑う者は誰も居ない車内。
それは、この騒動に巻き込まれて日が浅いはずの若菜ですら、全く同じだった。
宗一郎は彼女たちを見誤っていたことを痛感する。
当然それを億面に出したりはしないのだが・・・。
ただ、なんとも反応しづらかった。
微妙な空気に伊葉、よくわからない弁明を始めた。
「まぁ・・・性能は間違いねぇ・・・作った奴の人格は完全に破綻してるが・・・道具に罪は無ぇからな。」
宗一郎もそれに続く。
「そうだな。道具の性能は・・・問題ない。」
伊葉と宗一郎を持ってしてこの態度、『愚者』とは如何様な人物なのか。
なんだか深追いしてはまずそうな・・・人格破綻などという不穏な単語も混じっていたが、一同あえてそこへは触れない。
「話が逸れたな。・・・それでだ。」一言、前置きして伊葉は語る。
「さっきまで、眼鏡の嬢ちゃんと『金貨』のバトルを計測してたんだ。その前にもセイの妹ちゃんやお嬢様、それから場所も色々・・・俺の所有しているPUPAやお嬢様のマンションで調査をした。この『魔力計』と俺たちの調査、それがPUPAって奴の異常性、そしてこれからの問題に気付かせたのさ。」
伊葉の語る問題とは果たして・・・。
少女たちは彼から目線外すことなく、真剣に続きを待っていた。
「順に説明していくぞ?まず、眼鏡の嬢ちゃんと『金貨』のバトルで大量の魔力が計測された。それこそ・・・異世界転移なんて物が発生してもおかしくないくらいのな。そのことは、セイの妹ちゃんやお嬢様は同じだ。ただな・・・魔力って奴が発生したのは、『サプライズ』のPUPAや公式大会の時だけなんだよ。」
それぞれが伊葉の言葉を受け止める。
結論は、一度眼鏡を外し目頭を押さえた宗一郎が引き継いだ。
「結論から言うとだ。ここに居るメンバー、それに『金貨』と『愚者』がダブルスを行った際、異世界転移が発生する可能性は非常に高い。そして・・・その為の前提条件として、天京院財閥や伊葉の所有するPUPAでは不可能。得体の知れない謎組織、『リ・アルカナ』の公式機関とやらが関与する施設によってしか、その状況を作り出せないようだ。」
少女たちにとって、自分たちが異世界転移の条件を満たしているだろう推測は構わない。
若菜は別だが、少なくとも美祈とアスカはそのつもりで動いてきたのだから。
もちろん、怪しげな『死』と言うカードを入手して半月も経たない若菜が、『リ・アルカナ』トップランカー同等の扱いを受けている違和感もあるにはあるが。
それよりも、伊葉と宗一郎が危惧しているのは、謎組織が作ったとされるPUPAでしか計画を実行できないと言う事だろう。
そもそも、その謎組織とは何なのか?
各人が同じ疑問に突き当たる。
そして、伊葉は更なる懸念を語るのだ。
「それとな・・・こっちの方が、もっと嫌な予感ビンビンの話なんだがよ・・・。」
事情を知らない少女たちは、等しくその眉根を寄せる。
自分たちが師事するこの伊葉と言う男、見た目こそ犯罪者以外の何者でもないが、その実頼りがいのある優しい男であると知っていたから。
そんな伊葉がここまで忌避する情報だ。
どんな隠し玉が出てくるのかわからないと覚悟しつつ、彼が口を開くのを待つ。
そして・・・その予想は間違っていない。
「『リ・アルカナ』とPUPAを作った運営。正体不明の謎組織って言われてるやつだが、調べれば調べるほど一つの組織に行き当たるんだよ・・・。」
もったいつけるような、或いは言いたくないという気持ちがにじみ出るような、しかし聞き逃せない情報にアスカが食いつく。
「伊葉さま?その情報は一体どこで・・・?天京院財閥の情報力でも探し出せなかったはずですが・・・。」
事実、アスカの実家を持ってして初耳の情報だった。
そんなお嬢様に伊葉は言う。
「まぁ・・・蛇の道は蛇ってやつだ。」
言いたいことはわかった。
その謎組織と言うのが問題なのだろう。
気ばかり焦ってしまうアスカは、簡単に考えてしまった。
どうにも焦らされているようで・・・。
「その様子ですと・・・既に確かな情報を持たれているのでしょう?なら、ワタクシの実家に・・・。」
言いかけた所を手で制され戸惑う。
まだ・・・伊葉の話は終わっていないのだ。
早合点と言うのはおかしいだろうが、問題があろうともただの謎組織、正体がわかってしまえば実家の力を・・・などと思ってしまったアスカは、そのことを盛大に後悔することになる。
「その謎組織の名前がな・・・『隠者』って言うんだよ。」
「ハー・・・ミット・・・!?」
驚愕を隠せないアスカの声、からからに乾いていた。
声も出さない美祈、若菜とて驚いていない訳ではない。
ただ、アスカよりは多少マシと言うだけ。
『リ・アルカナ』に触れたことがあるなら気付かぬはずも無い。
『隠者』とは、タロットカードに存在する名称なのだから。
「伊葉さん、『隠者』は・・・空位ですよね?」
今現在『リ・アルカナ』を猛勉強中の若菜が問う。
自分の記憶が正しいなら、その称号はまだ誰も得ていないはずだと。
しかし、返ってきたのは不可思議な答え。
「それが・・・運営に確かめたらよ・・・既に任命されている称号だって言うんだ。おれも宗一郎も、果ては由孝や『愚者』の野郎ですら・・・覚えてないって言うのによ。」
誰も覚えていないのに、運営が任命していると言う称号『隠者』。
そして謎の組織がその名を名乗る。
到底無関係とは思えない情報だった。
美祈は背筋を走る寒気を自覚し、ぎゅっと己が身を抱きしめた。
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