・第二百四十四話 『金貨(コイン)』
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※『地球』側のお話です。
その男は恐怖した。
コンボによって無数、呼び出したはずの『剣闘奴隷』の群れが、ボロボロの帆船・・・『幽霊船』の弾幕によって、もろとも吹き飛ばされるのを見て。
「だが!これなら!」
相手が大型で来るなら、こちらにも考えはある。
手札を二枚タップ、召喚の理を早口で。
中空生み出された武骨なエンジンが、瞬時に巨大な装甲列車へと変化する。
魔力で編み上げられた線路を、滑るように走り出す鉄の戦車。
砲門はピタリ、『幽霊船』に狙いをつける。
気を取り直した男は戦慄した。
己が切り札、『魔装甲列車』エルダーサインが、突然現れた海原と大渦、ストーンサークルの中へ呑み込まれていくのを見て。
「降参しませんか?」
(いつのまにっ!?)
ゆっくりと近付く人影に、その男は驚愕した。
穏やかな声、見た目はシスターのような法衣を纏う丸眼鏡の美少女。
こてんと傾げられた肩に、純朴そうな黒髪のおさげが揺れる。
誰が見ても可愛らしい仕草、そのことが逆に不気味。
彼女の行う戦法とは、余りにも空気が違うのだ。
可愛らしい少女が使用するカード、一言で言い表すならば・・・蹂躙。
自分の必勝パターンは悉く食い破られている。
「う・・・あああ!!!」
ズガガガガガッ!!
反射的、携帯していた魔銃を乱射する男。
男には、どうして自分がここまで追い込まれているのか理解できなかった。
自分は『金貨』の称号持ち、『聖杯』と『剣』が昇格して不在になった今、最もタロットの称号に近いはずである。
それが・・・名も知らぬ少女に完全に翻弄されていた。
(いや・・・待てよ・・・。)
男は思う。
そういえば、『聖杯』も『剣』も、女子高生では無かったか?
男の脳裏に過ぎったのは二人の少女。
先日の称号争奪戦で優勝した九条美祈、『世界』のミキと、準優勝の天京院飛鳥、『月』のアスカだった。
銃撃の後、彼が見たのは銀色の壁と、その壁からちょこんと覗く無傷の少女。
銀色の壁は少女の影に溶け込んで、彼女の全貌を見せつける。
さっきまでは存在し無かった物体に、その男は絶望した。
彼女の華奢な腕に余りにも似合わない異物。
禍々しいとしか言いようの無い大鎌が、しっかりと握られていた。
ヒュンと手元で一回転、天頂達した得物を振りかぶる少女。
「ごめん、ね!」
その一撃は、想像以上に速く鋭い物だった。
(そういえば・・・あの子たちは三人組って言ってたか・・・まさか!『MAW』!?)
迫り来る凶刃を前に、男が考えていたのはこんなこと。
戦闘結果を告げる無機質なアナウンス・・・響く。
短いため息、どちらかと言えば安堵の吐息。
そんな物憂げな呼気を洩らし、眼鏡でおさげな少女が繭型VRマシン・・・PUPAから体を起こす。
対面、ほぼ同時に起き上がってきたのは先ほどまで対戦中だった男性。
(はふぅ・・・勝っちゃったな・・・。)
眼鏡の少女・・・井上若菜は一人ごちる。
相手は『金貨』の準称号持ち、とても『リ・アルカナ』を始めて半月しか経たない自分が勝てる相手ではないと思ったのだが・・・。
蓋を開けてみれば、結果は圧倒的。
観戦していた人々もさぞかし驚いたことだろう。
しかし若菜が感じたのは勝利の喜びでも対戦の楽しさでも無く、戦闘中常に纏わりつくような違和感だった。
(ほんと・・・何なんだろ・・・コレ。)
実際には見当が付いている。
それでも認めたくなかった、故に出てくるそんな言葉。
「あの・・・。」
対戦を受けてくれた男性が、恐る恐ると言った体で声をかけてきた。
面倒はいやだな・・・そう思った若菜、先んじて思い切り頭を下げると、「対戦してもらってありがとうございました!」と言い捨て逃げるように退室する。
「待って!君ってもしかして・・・『MAW』のわかにゃん!?」
(やっぱり!もう!)
「人違いです!じゃ!」
若菜は脱兎のごとく走り去った。
■
慌てて次世代ゲームセンター『サプライズ』から飛び出せば、級友二人と黒スーツにサングラスの男が待っていた。
「わかなちゃん!すごかったね!」
「ええ、ワタクシも驚きですわ!」
「うーん・・・どうにも私の実力って感じがしないんだけど・・・。」
待っていてくれた級友、美祈とアスカに苦笑を浮かべ、手を取り合う三人。
どこか気持ちが和む、心穏やかな時間は脆くも崩れ去る。
後方から大勢の走る音、叫ぶ声。
「おい!『MAW』が来てるらしいぞ!?」
「さっき、わかにゃんが『金貨』を倒したらしい!」
「「「探せーーー!!!」」」
黒スーツの男・・・アスカのSSである山本が、「お嬢様方、お早く・・・!」と言って車の後部ドアを開ける。
促されるままピンクのロールスロイスに乗り込めば、そこには先客が居た。
筋肉でピッチピチに盛り上がったYシャツと紺色のスラックス。
明らか殺人者の眼を気だるげに片方だけ開いた男・・・『戦車』のブラッド・伊葉。
そしてその対面、不機嫌そうに目を逸らす黒髪オールバックに眼鏡の男。
「え・・・宗一郎・・・さん?」
美祈はいち早くその男性の正体に気付く。
『法王』の神館宗一郎。
世界ランキング、一位と二位の揃い踏み。
伊葉に師事している女子高生三人もこれには流石に面喰う。
「まぁ座んな。」と伊葉、少女たちが座席に着くと、車体はゆっくり動き出した。
静かな車内、牽制し合うかのように誰も言葉を発しない。
今、最も混乱しているのは間違いなく若菜だろう。
車内には『法王』、『戦車』、そして近しい存在であるはずの美祈、アスカも『世界』に『月』。
更には運転手でさえ『吊られた男』の山本。
実に・・・『地球』の『リ・アルカナ』トップランカー、そのほとんどが一堂に会した形。
どうにも場違い、そんな思考しか出てこない。
重苦しい沈黙、破ったのはやはりこの男。
「問題が起きた。」
運転手である山本と事情を知っている宗一郎以外、少女たちの視線は発言者・・・伊葉の下へ。
このメンバーで話す問題と言うなら・・・それは当然、異世界のことなのだろう。
各人が心の中で当たりを付けつつ二の句を待つ。
伊葉はおもむろ、自身のYシャツ胸ポケットに手を入れる。
取り出されたのはいつもくしゃくしゃの煙草・・・では無く、『リ・アルカナ』のカードが二枚。
一枚は・・・砂漠を煌々と照らす太陽・・・『太陽』のカード。
そしてもう一枚、王酌を構え宝冠を頂く女性・・・『女帝』のカード。
「これは・・・。」
思わず若菜の口から洩れる呟き。
余りにも似ている、自分の持つ『死』のカードと。
「やっぱり・・・そうなんですか?」
問いかける美祈の声も硬く、アスカに至っては顔色を失っている。
「ああ。」と端的に答えた伊葉、それが意味することを社内の面々は知っている。
つまり・・・異世界転移したトップランカー、その魂とでも言うべきものがカードに宿っていると。
黙していた宗一郎が口を開く。
「渡嘉敷哲、『太陽』のテツが有する記憶には、九条聖、北野竜兵、そして・・・鈴原保奈美の姿が確認された。だが・・・桜庭春、『女帝』のハルに関しては何も見えなかった。」
「姉さん!ホナミ姉さんが見えたんですの!?」
叫んだのはアスカ、ずっと安否のわからなかった姉の情報に堪えきれなかったのだ。
伊葉の手から奪うように『太陽』のカードを引ったくり、指を這わせるアスカ。
密かに便乗、美祈と若菜もそれに倣う。
カードから流れてくる情報が三人を翻弄した。
「姉さんは・・・生きていると思いますか?」
ハラハラと涙を零し、誰にともなく問うアスカに宗一郎は残酷だった。
「わからん。無駄な希望は持つな。」
「おい!そんな言い方ねぇだろ?」
「それが・・・事実だ。」
宗一郎の突き放したようなセリフ、しかしその裏にある気持ちも理解しながら伊葉は諌める。
だが、彼女には全く効いていなかった。
そう・・・『悪魔』の妹、九条美祈には。
「落ち着いてください。アスカちゃんも・・・ね?お兄ちゃんと竜君はホナミさんを守っていたみたい。きっと無事なはずだよ。」
美祈に肩を抱かれ、少しずつ落ち着きを見せるアスカ。
若菜は美祈の強さに驚きながら、彼女たちの親友となった自分を誇りに思った。
美祈は宗一郎、伊葉の両名をしっかと見据える。
「それより今は・・・伊葉さんが言った問題と言うのが、重要だと思うんです。これが・・・問題じゃないですよね?」
このカード自体は確かに驚愕だろう。
しかし、宗一郎まで引っ張り出して始める話だろうか?
答えは・・・否。
ならばもっと深刻な、重要な話が待っている。
確信を込め、その瞳に宿る強固な意志。
伊葉は彼女と血の繋がらないはずの兄・・・『悪魔』と呼ばれる少年を想起した。
「問題ってのは・・・PUPAのことだ。」
『リ・アルカナ』のカードを含め、謎組織が作り上げたと言われるVRシステム。
そこに言及しなければいけない時が近付いていた。
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