・第二百三十五話 『魂の攪拌(ソウルミキシング)』
暗闇に光明。
舞い散るは赤、オレンジ、そして灰。
視界がはっきりしてくると、目に入るのはあり得ない景色。
溶岩逆巻く火口に一本架けられた吊り橋と、対峙する二人の人影。
それは非現実的であるにも関わらず、どこか懐かしく感じる光景だった。
(おれは・・・この場所を知っている・・・!)
戸惑いが確信に変わるまで、ほとんど時間はかからない。
そう、おれはこの風景に間違いなく見覚えがあった。
この世界に来てから・・・では無い。
かと言って『地球』と言う訳でも無い。
ある意味では『地球』でのことになってしまうが、厳密にいえば実在しない場所。
答えは・・・VRの中。
『決闘用』等と呼ばれる特殊なバトルフィールド、『火室の架け橋』だ。
そして・・・。
(あれは・・・おれ?)
対峙する人影の片方、良く見知った姿・・・。
否、良く見知ったも何も、鏡を見ればいつでも目の前に現れる、漆黒の法衣纏った生意気そうな男。
更には、吊り橋の中央を基点に相対する人物にも見覚えがあった。
黒髪に黒目の如何にも日本人然とした容貌、服装だけがパンク系・・・所謂革製のジャンパーにダメージジーンズ、肩掛けに巨大な円柱状兵器ガトリングを携えた男。
服装は変わっている。
白いローブも、あの奇怪な蛇の仮面も被ってはいない。
そう・・・つい先ほど戦っていた、そして目の前でホナミの代わりに饗された。
タロットカード『太陽』に変わってしまったはずの男の姿。
(・・・テツ!)
おれとテツはしばしの睨み合いを経て、同時に『魔導書』を展開すると、お互い相手に向かって吊り橋を走り出した。
双方手札は・・・一枚と三枚。
相変わらずおれの手札は枯渇気味。
混乱はしていてもすぐにわかる。
これは・・・現実にあった光景、全国大会の準決勝。
VRでの出来事を、現実にあったと表現するのもどうかとは思うが、実体験として蘇る記憶がある。
目の前でおれとテツは、急に蘇った記憶通りの戦いをしていた。
奴のガトリングから放たれる火線をおれは全て避け、猛然と拳を叩きこむ。
おれの拳をガトリングの砲身で受け流しながら、テツは『魔導書』を使用した。
直下、火口から噴き上がる溶岩が、アーチを描いておれへと降り注ぐ。
(この後は・・・はっきり思い出した・・・。)
案の定、『炎乗り』を発動したおれが、驚愕の表情張り付けたテツを溶岩で押し流した。
「あれが・・・分岐点だった。後から見ればそう思えるぜ・・・。」
気付けば、おれの横浮かんでいる人影。
「・・・テツ・・・。」
「もうお前に恨みなんか無ぇから安心しな・・・。」
再生された記憶の中、戦っていたはずのテツが・・・極間近に浮いていた。
そしてテツは、自嘲気味に「違ぇな・・・。」と呟いておれと目線を合わせる。
「最初から・・・恨みなんか無かった。俺はてめぇに眼中無しと思われることが・・・ただ悔しかったんだ。」
どう言う意味なのだろうか?
良く分からない空間で、敵だったはずのテツの語り。
だが・・・何故だかちゃんと聞いてやらなくてはいけない気がした。
「自慢じゃねぇが俺は昔から・・・大した努力もせずに大抵の事はこなせた。おかげで飽きっぽかった俺が、初めて本気になったゲーム、それが『リ・アルカナ』だ。『悪魔』、てめぇならわかるよな?こいつぁすげぇゲームだったぜ。」
語りかけてくるテツの顔は、本当に楽しい物を勧める・・・まるで友達のような表情。
キラキラと輝く瞳は、無垢な少年のそれ。
返事を求めているかはわからない。
だが、おれは静かに頷いた。
「上には上が居る。井の中の蛙だった俺が、タロット持ちになれるまでにどんだけ大変だったか・・・は、まぁ関係ねぇから割愛すんぜ。とにかく、このゲームは強くてかっこいい奴がうじゃうじゃ居やがった。『教皇』や『戦車』なんて本当に別格だしな。」
まぁ・・・テツの言っていることはおれにもわかる。
事実奴は必死で這いあがったのだろうし、そんな努力すら嘲笑う存在がうじゃうじゃ居るのがこのゲームだった。
しかし、そんなおれの思考は意外過ぎる一言で遮られた。
「だけどな・・・何よりも俺が憧れたのは・・・他の誰でもねぇ・・・そう、てめぇだよ『悪魔』・・・。」
「・・・おれ?」
■
「ああ・・・本当に格好良かったぜ?決勝戦・・・炎と闇の二色使いな癖に、俺より遥かに巧く火魔法を使いこなし、あの『戦車』相手に一歩も引かず殴り合う。そして・・・てめぇの仲間たち、幼馴染どもとの関係性にも憧れた。俺は・・・ずっと一人だったからよ。」
この空間のせいなのかもしれないが、偽らざる本心が届いてしまう。
両手を頭の上に組んでそっぽを向きながら奴は言う。
「あ~ぁ!俺も・・・お前らの仲間になりたかったんだぜ?強敵として現れた奴が、どこかで味方になるなんて・・・そんなお約束でよ?」
「テツ・・・。」
(そんな・・・理由で・・・!)
おれはただ、奴の名を唇に乗せることしかできない。
もっと早く出会っていれば、もっと『地球』で奴と話していれば・・・。
どれもこれも既に・・・手遅れ。
記憶の中の出来事をトレースしている、云わば追憶。
戻らない時間、変わらない結末。
突然・・・視界が眩い光に覆われる。
(身体が熱い・・・!)
比喩でも何でもなく、暑いでは無く熱い。
言うなれば・・・まるで身体の中で炎が燃えているような感覚。
(一体・・・何が?)
はっきりとしない視界の中、ただ体奥に感じる熱さだけが鮮明。
真横に感じていたテツの存在感だけが薄れていく。
「どうやら・・・もう時間みてぇだわ。最期にてめぇと話せて良かったぜ・・・。まぁ、こんな俺でも人一人救ったんだ、天国にゃあ行けなくても地獄の浅いとこくらいで勘弁してもらえるかもな?
「テツ!どういう意味だ!」
最後まで適当な感じ、それでも残る違和感に引き止めの声をかけざる得ない。
沈黙、ややあってテツは言う。
「ホナミにゃあ・・・せいぜい俺に感謝するように言ってくれや・・・。おっさんの生贄ってのがなんとも情けねぇ最期だがな・・・。」
この発言で気付いた。
テツが『時刑』に囚われたのは・・・事故じゃない。
奴は狙ってあそこへ飛び込んだのだ。
「じゃあな『悪魔』。それは俺からの餞別だ・・・。まぁ、なんかの役に立ててくれや・・・。」
「おい!どういう意味だ!?」
ドンドン希薄になっていくテツの存在感。
何言ってんだ?と思われるかもしれないが、そうとしか表現のしょうがない。
呟くような囁くような小さな声、最後に聞こえた問いかけは・・・。
「来世じゃよぉ・・・友達になってくれや?」
間髪入れず、考えるより先に声が出た。
「当たり前だ!!!」
またも薄れゆく意識の中、「くっく、ありがとよ・・・セイ。」と聞こえた奴の声は幻聴だったのか、それともおれの願望だったのか・・・。
どれぐらい気絶ていたのかわからない。
一瞬だったような気もするし、逆に酷く長かったような気もする。
だが・・・おれはあの不思議な記憶の懐旧で、確かに『太陽』のテツと通じ合った。
目が覚めると、辺りは完全に吹雪に覆われていた。
「アニキィィィーーー!!!」
「我が君ぃぃぃーーー!!!」
「うるっさいねあんたら!だ・か・ら!そっから先に出るんじゃないって言ってんだろ!?何度言わせりゃ気が済むんだい!」
後方から響くのは竜兵とアルデバランの悲痛な叫びと、それを押し留めるガウジ・エオの怒声。
いつのまにやら、仲間たちは全員結界の中。
『略奪者』二人、サカキとレオも仲間と対角線、結界を張って耐えている。
おれと荒れ狂うノモウルザだけが吹雪の中。
(うん、ちょっと寂しいな・・・。)
だが、不思議と寒さは一切感じられない。
徐々に落ち着いていくおれとは逆に、結界の中はハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
「エオ姉!出して!出してよぅ!」
竜兵がいつのまにかガウジ・エオをエオ姉と呼んでいる。
驚きの適応力。
「我が君!今行きます!」
アルデバランが何かをしようとする。
ボゴッ!ゴスッ!
「「げふぅ!?」」
硬い物を殴打した音と、聞きなれた弟分、盟友の苦鳴が聞こえた。
「ったく!余計な手間かけさすんじゃないよ!あたしゃ結界の維持で忙しいってのに!」
ブツブツと文句を言いながら、ガウジ・エオはおれに言う。
「セイ、起きたんだろう?さっさとこのバカどもを安心させてやんな!」
ハッとした表情、仲間たちがおれに注視する。
一つ頷き、「心配かけたな。」声をかければ、全員が安堵の息を洩らした。
安心すれば疑問も生まれる。
「アニキ・・・どうして・・・吹雪の中で・・・それにその姿。」
竜兵の疑念も当然、おれは吹雪をまるで意に介していない。
むしろ吹雪はおれの身体に届かない。
おれの身体は今、暖かい膜に包まれていた。
そして、背中には一対の炎で出来た羽根が産まれていることだろう。
『魔導書』と念じ手札を確認すれば、やはり残っているのは『祝福された痛撃』一枚のみ。
その事実が先ほどの不思議体験・・・テツとの遭遇を後押しする。
やはり・・・おれが気絶する直前触れたカードは、『魂の攪拌』だった訳だ。
『魂の攪拌』・・・魔導師と盟友を融合させる魔法カード。
盟友の持つ力を魔導師が纏うこの魔法、今おれが纏っているのはテツの盟友だったはずの・・・『白炎鳳』トゥラケイン。
これがテツの言った「餞別」ってことなんだろう。
原理や理屈はわからない。
ただ勝手な言い分で推測させてもらうなら・・・。
主の遺志を汲んだ盟友が、おれと言う媒介を持ってその本懐を遂げようとしている。
そんな風に思いたい。
ともあれ、おれは念願の火属性を手に入れた。
今なら『祝福された痛撃』も十全に機能するだろう。
さて・・・あの暴れおっさんを大人しくさせねーとな。
言わせてもらおうか。
「勝利へのルートは見えた。」