・第二百三十四話 『溶岩竜帝(ヴォルカニックドラゴンロード)』
ノモウルザの単調な攻撃は、おれと竜兵を捕らえられない。
しかし・・・おれたちの攻撃も、神の強固な表皮によって痛打にはならない。
よしんば傷を入れたにせよ、謎の氷回復であっさり傷を塞ぐ。
下手をすればその余波で冷気を浴びかねない。
ノモウルザもやはり、腐っても祟っても神だった。
感想としては、ただただ面倒である。
勝利へのルートを繋ぐ布石。
それは、おれの弟分が買って出た。
空中、飛び出した紋章とカードは光を放ち、竜兵の携える金箱へと呑み込まれる。
隙と見たか、ノモウルザが竜兵に迫るが、そうは問屋が卸さない。
竜兵本人も振り下ろされる棍棒を易々と避けているが・・・。
「よそ見・・・してんじゃねぇ!」
ドンッ!ゴガァ!
狙いはノモウルザ・・・ではない。
おれの「なんちゃって発剄」が、奴の踏ん張った足下の床を破砕する。
「ぬぉぉ!おのれぇぇぇ!」
割り切っていく、本体に効かないなら足場を崩す。
バランスを崩して倒れかけたノモウルザが、威圧のこもった睨み。
まぁ・・・今更ビビったもんでもないが。
ダメージはないんだろう。
だが、たぶん奴はおれの行動自体が気に食わないはず。
この国に来てから、図らずも散々コケにしてしまった訳だし。
処女厨がひどいから仕方ないよな?
まぁおかげで、今が初対面だろう竜兵よりヘイトは上がっているはずだ。
事実さっきも、竜兵が詠唱を始めるまではおれを優先していた気がする。
手を前に出し、人差し指でクイックイ。
あえての挑発、ニヤリと口元を歪めてやるのも忘れない。
ノモウルザの額、浮き出た血管が太さを増す。
「があああああああああああっ!!!」
駄々をこねるガキんちょさながら、腕を振り回し地団太。
サイズが凶悪過ぎて、ちょっとした『災害』が起きかけてるがな。
もうこの世に居ない先達たちには申し訳ないが、さすがに一言言わせてもらいたい。
まじで、神様はちゃんと厳選しようぜ?
ちょっと・・・こいつを神格化したメスティアのご先祖様たちには、正座が必要じゃないかと思う今日この頃。
そんな中・・・。
一切途切れることも無く、竜兵の唱える呪文は朗々と。
詩のように響き渡る召喚の理、盟約の確認。
『炎の竜の長たる者、火口に産まれ飛び立つ者!我と共に!』
竜兵の持つ金箱が光り、厳かにも思える空気で蓋を開ける。
視界を埋める金色の輝きを、目の前かざした掌で防ぎながら数秒。
完全に姿を現した竜兵が召喚したそいつを見上げた。
なるほどどうして、炎の紋章を見た時点で見当を付け、実際召喚の理を聞いて確信。
竜兵はおれの手札を、完璧に近い形で把握しているのだろう。
「ガルァァァァ!!!」
咆哮してホバリングする巨体。
竜兵が呼び出した盟友は・・・ドラゴンモードのバイアより二回り、凡そ20mに少し足りないくらいの体躯。
真っ赤な宝石にも見える鱗、鋭い爪と咢から覗く凶悪な牙、明らか自重を支える能力は無さそうなサイズなのに、難なく巨体を空に浮かべるこうもりのような一対の皮翼。
所謂、西洋風ドラゴン(どちらかと言えばずんぐりとしたアレ)と言えばわかりやすいだろうか?
その竜の名は『溶岩竜帝』。
竜兵の使役する数多のドラゴンの中でも、特に古参の盟友だったはず。
(と言うか・・・あれ?)
竜兵が「ドラゴン!ドラゴン!」騒ぎ出したのって・・・あのカード使うようになってからか?
っと、今はそれどころじゃないな。
何かが引っかかったが、思考を強引に戦場へ引き戻す。
出会いがしら、ノモウルザに炎の『吐息』を吐きかける赤き竜。
「何が出るかと思えばぁ!片腹痛いわぁ!」
しかし同様、口から吹雪を吐き出し炎を迎撃する青いおっさん。
炎と吹雪が上空でぶつかり、水蒸気を撒き散らす。
不明瞭な視界の中、竜兵とおれの視線が交錯。
せっかく竜兵が張ってくれた布石、無駄にするわけにはいかない。
まだ足りないが・・・一応のお膳立ては済んだ。
残る問題は、『溶岩竜帝』のコントロールを、おれに譲渡できるのかなのだが・・・。
正直、ウララに贈られたカードとは別の一枚、おれの残った手札がキーになるかと思っていた。
しかし竜兵、自信に満ち溢れた表情。
(盛り込み済みってことかね?)
■
おれたちに現在不足しているのは純粋に火力だけ。
ウララから贈られたカードは、手詰まり感漂う現状を打ち破る手立てだ。
おれの手札の中、燦然と輝くそのカード名は・・・『祝福された痛撃』。
字面からは光属性の一撃に見える魔法カードだが、その内容はかなり異なる。
このカード、実は攻撃魔法では無く強化魔法。
自身の攻撃に何かしらの効果を付与する・・・その点においては、おれの使う『藍の掌』や『朱の掌』に近いだろう。
しかも『渦の破槌』や、『二重』のように回数制限も無く時間制の強化魔法。
そして、これが一番重要な事なのだが、『祝福された痛撃』によって付与される効果とは・・・。
そのカードテキストがこれだ。
【この魔法が付与された魔導師、盟友が、逆属性の魔導師、盟友に攻撃を成功させた場合、その攻撃は能力『貫通』を得る。但し、この魔法は自分及び自身が使役する盟友にしか発動できない。】
覚えているだろうか?
『天空の聖域』シャングリラの英雄、『戦天使長』アーライザの所有する能力『貫通』。
如何なる防御も貫き、ダメージをまるっと浸透させる凶悪な力。
ウララが何を想い、このカードを持って居たかは本人に聞くしかない。
確かに・・・『祝福された痛撃』。
聞いただけなら光属性っぽいからウララが使っていても違和感は無い。
本当にそれだけか?
良く・・・考えて欲しい。
ウララも彼女が使役する盟友も光属性な事、おれたちは幼馴染四人でダブルスに挑む直前だったこと・・・。
うん、そうだよね。
どう考えても、闇属性のおれ対策な一手であろう。
『白昼夢』三枚に加えて、更に発覚したこのカードの存在。
間違いない・・・。
あのダブルス時、ウララは確実におれを殺るつもりだった!
それはさておき。
『祝福された痛撃』の効果を踏まえてだ。
やたらめったらかったいおっさんを張り倒す・・・このカードを十全に使いこなすためには、属性の相互関係を洗い出す必要がある。
目の前の青いおっさん、『氷雪神』ノモウルザは・・・当然氷と雪の属性だろう。
攻撃方法もさることながら、称号が『氷雪神』で別属性ってのは幾らなんでもあり得ない。
ゆえに、奴に痛撃を与えたいならば答えは明白、正に火属性一択。
ところがである。
皆さん聞き飽きているかもしれないが、あえて確認するぞ?
おれの属性は闇!そう闇なんだ!
そしておれが現在呼び出している盟友は・・・身体から炎が出てるけど、あくまで闇属性120%な『暗黒騎士』アルデバラン。
部屋の外で現在戦闘中、闇と水属性なチート犬、『幻獣王』ロカさん。
見事なまでに闇の軍勢。
傍から見ると悪役にしか見えないですよね・・・いや、別に正義の味方って訳でも無いけどな?
とにかく、火属性を付けたいのに自分、盟友手札でも悉く不可能。
しかも『祝福された痛撃』は他人には使えない。
むしろ竜兵がこのカード持ってたら・・・バイアって火属性あったよね?
よそう!気持ちが沈んできた!
とりあえず、この時はまだ勝利へのルートが見えなくても仕方無かった。
しかし、竜兵が『溶岩竜帝』を召喚してくれた事で状況は変わる。
これがダブルスならすでに勝負は決していた。
なぜなら、ダブルスのルールでは・・・味方の盟友を自分のコントロール下に置くことが出来るから。
言うなれば、おれと竜兵はダブルスを組んでいる状況とも言えるだろう。
しかしこの世界、現実ではそう簡単にはいかないようで。
残念ながら、お互いの盟友のコントロールを譲るには、それなりの手順・・・つまりカードの効果が必要らしい。
あと一手あれば、おれが火属性を得る。
もしくはおれのコントロール下で『溶岩竜帝』が無双することもできるかもしれない。
竜兵の残された手札一枚が何なのかによって動きは変わる。
「アニキ・・・この子と繋いで良い?」
そのセリフで把握する予想外のカード。
目線の先は赤き竜、少しだけ申し訳なさを滲ませた顔。
おれは無言で頷いた。
終の一手、竜兵が投じたのは・・・。
指先滑らせたカードから光の粒子、続くのは力ある言葉、特殊な魔法。
だが、その魔法が発動することは無かった。
「ノモウルザァァァ!それを止めろぉぉぉ!」
突如叫んだのはアルデバランと交戦中のレオ。
全員が驚きで一瞬竦む。
そして真っ先に我に返ったのは名指しされた神だった。
「・・・ワシに・・・命令するなぁぁぁ!!!」
余程腹に据えかねたのだろう。
おれたちと戦っていた時以上の怒号。
ノモウルザの全身から噴き出した冷気が、吹雪となり氷柱となり氷片となって荒れ狂う。
軌道は無差別。
間近のおれや竜兵、『溶岩竜帝』は元より、離れていたバイアとアルデバラン・・・それに先ほどまでは味方認定していた『略奪者』二人にも、容赦なく降り注ぐ。
「セイ!こりゃまずいよ!あのハゲ、後先考えないで力を解放してやがる!」
おいおい、まじですか?
世界一の賢者様が「まずい」発言だ。
「キュアアアアア!」
「ああっ!そんなっ!」
自身が氷雪の風塵を避けるので手いっぱいだった。
苦鳴と悲鳴に目をやれば・・・。
舞い躍る氷片から竜兵を庇ったと思われる『溶岩竜帝』が、光の粒子を撒き散らしてカードに転じようとしているところ。
(最悪だ!)
せっかく見えかけた勝利へのルートが閉じていく。
そしてノモウルザの暴走は、おれの予想をはるかに超える猛威だった。
ゴッツ!
「がっ!」
避けたと思った横合いから、無軌道に飛んできた氷の塊が頭に直撃したらしい。
瞬時、視界が暗闇に囚われていく。
「アニキ!」「兄者君!」「セイ!」「我が君ぃ!」
(こんな・・・こんな所で気絶する訳には・・・!)
意識を保とうと発破をかけるも無力。
薄れゆく意識の中、仲間たちの悲痛な叫び。
(このパターンは・・・まずいだろ・・・。)
おれが最後に感じたのは、指先触れた一枚のカード・・・。