・第二百三十二話 『氷雪神』後編
図らずも視線が引き寄せられる。
わかりやすいプレッシャーと、不快感煽る巨人の声。
自らを封印していた透明な壁を割り割いて、まごうことなくこの場に顕現した青い巨体が、おれたちを見下ろしている。
棍棒を手に祭壇へ降り立ち、ねめつけるように一人一人視線を向けた。
「中々どうして・・・面白いことになっておる。ワシに楯突いた人族の小僧も居れば、封印を砕くのに苦心する人族の輩も居る。その上『古龍』に『真・賢者』とは・・・。」
ノモウルザはゴハァっと、口から霜交じりの吐息を洩らし言った。
その吐息だけで周囲の気温が下がった気がする。
大物ぶった口調だが、その目にはギラギラしたものが宿っていた。
「こうして・・・本体で降臨するのも久々だ・・・。さて・・・供物を頂こうか。」
「供物」、そう言った奴の視線の先にはホナミ、キアラ、そしてガウジ・エオの姿がある。
あいつが供物って言うからには所謂処女なんだろうが、ホナミとキアラはまだしも?えーっと、ガウジ・エオも・・・なのか?
そんな思考の隙間を切り裂くように、「待て!」と竜兵の声が響く。
直後、ノモウルザの足元に二人の人影が移動。
「さっきのは助かった。礼は言っとくぜ、『氷雪神』」
「やっと起きたか・・・。」
サカキと、さっき竜兵に両断されたはずのレオだ。
完全に切られた腕を繋げ終えたサカキもそうだが、レオも仮面こそ割れて素顔を晒しているが、到底傷ついた様子は見られない。
細部に入って言えば、おれとの戦いの痕跡は残っている。
しかし、そこには切られた痕のような物が無い。
竜兵と二人の『略奪者』が居た場所に注視して理解する。
レオが立っていた場所には、一枚のカードが浮いていた。
失念していたそれは・・・『白騎士』レオナルドの能力『献身』。
使役する魔導師が致死性のダメージを受けた時、自身がそのダメージを全て肩代わりすると言う物。
仮面が割れた直後、本体に竜兵の斬撃が届く寸前にレオナルドの能力が発動したのだろう。
正に身を挺して主を庇う騎士の本懐と言った所だ。
カードがレオに向かって飛んでいく。
ダメージを与えたのは竜兵なんだろうが、この場合アンティルールは適用されないのか。
レオナルドの能力による自爆?みたいな扱いなのかね?
その辺りはすごくアバウトな気がするわ。
ともあれ、奴は手元に戻ってきたレオナルドのカードを懐へ回収。
未だ『魔導書』や金箱を使う素振りが見られない。
その光景は何度見ても相いれないものだ。
もしもの話だが・・・。
おれたちがアルカ様から『加護』を受け、『図書館』や『カード化』の力を得たのと同様、奴ら・・・『略奪者』の一部も、何らかの神から『加護』を受けていたとしたら?
そいつがまかり間違って・・・手札の概念も無く、持っているカードを使用できるものだったとしたら・・・。
正直ゾッとするしかない。
よそう、所詮は推測・・・一切根拠のないことだし、むしろ何がしかの制限を受けていると考えておいた方が良い。
じゃなきゃもっと物量なり何なりで圧倒されているはずだ。
レオナルドとの『千年手』を終えたアルデバランが、関節部から炎を噴き上げて推参する。
「我が君・・・。『白騎士』との、決着は、着きませんでした。」
おれの少し後ろに並び立ち、いつも通りの声音に少しだけ不満を混ぜるアルデバラン。
そりゃそうだろう。
自分の『好敵手』が、半ば自爆のような形で手にした勝利。
戦闘狂って訳でも無いだろうが、ちゃんとした騎士の矜持を持つアルデバランからすれば不本意な結果だ。
しかし今はそのことに構っていられる状況でもない。
「ああ、良くやったアルデバラン。お前がレオナルドを抑えていてくれたおかげで、最悪の事態は避けられた。」
おれの手放しの称賛にもアルデバランは、「いえ。」と言葉少なく答えるのみ。
睨み合い、何とも言えない緊張感が漂う中、気温とは別の意味でやけに冷気を帯びた声。
「セイ・・・あんた、どうやらノモウルザの性質を理解しているようだけど・・・その上で何か言いたいことでもあるのかい?」
(え?今、そこを掘り返すの?)
にっこり微笑む『真・賢者』様・・・決して目は笑っていない。
一万年物の処女についてつっこむなんて・・・おれにはハードルが高すぎる。
できやしない・・・できやしないよ。
「・・・ガウジ・エオ・・・結界は?」
当然おれの口に上ったのは、当たり障りのない確認事項である。
相手もおそらくわかってはいるのだろうが、特にそこへは言及せず「ハン、今終わったよ!」との答え。
「ただ・・・。」
眉間にしわを寄せ、エキゾチックな美貌を顰めた魔女が、おれ以外には聞こえない程度の小声で言う。
「いくらあたしが稀代の魔女だったとして・・・曲がりなりにも相手は神・・・だからね?」
言外に告げられた言葉の意味。
相手は神・・・ノモウルザが本気になれば、結界もどこまで持つかはわからない。
■
ノモウルザを盾にしようと動くサカキとレオ。
青い巨人はまだ動かない。
いや、身体は動かないがその目線、明らかにホナミとキアラ、ガウジ・エオを追いかけている。
「相変わらず・・・気持ち悪い奴だねぇ・・・。」
自分の身体をぎゅっと抱きしめガウジ・エオ。
舐めまわすように見られるのは確かに気持ち悪いだろうが、この寒空でビキニ一着のあなたにも問題はあると思いますよ?
あと変に身体をぎゅっとするの止めようか。
なんというかアレだ・・・余計に強調されて・・・ぶっちゃけかえってエロい。
「ここは・・・任せて良いのだろう?」
さっきまで素顔を現していたのに、いつのまにか獅子面再着用のレオがノモウルザに尋ねる。
(任せて・・・ってことは、また逃げるつもりか。)
そう当たりを付けつつも、対応して動くのも難しい。
辛うじてガウジ・エオの結界が作用している今が、捕縛のチャンスではあるのだが・・・。
声をかけられた祟り神は、レオヲ胡乱に仰ぎ見て、「・・・ふむ。」と呟く。
「本来なら・・・なぜワシが?と言うところではある。・・・だが、あそこにおる人族の小僧と『真・賢者』にはワシも恨みが無い訳でも無い。それに・・・おぬしらが封印を解くために尽力したのも確か・・・その労に報いてやるのも吝かではない。」
おれだけじゃなくて『真・賢者』様も恨み買ってるんだな。
おい、目を逸らすな・・・何したんだ?
それとノモウルザ、たぶん最後の労に報いるなんたらは完全に詠ってるだけだな。
あいつがそんな殊勝な考え方するかよ。
案の定、続く言葉は・・・。
「しかし・・・永い封印で腹が減ってな。一人でも食えば力も戻るかもしれん。」
チラリチラリと女性陣に目線を向けながら、そんな風に『略奪者』二人を煽るノモウルザ。
容易に想像が付く言葉の意味。
ノモウルザはサカキとレオに取引を持ち掛けている。
自分に動いて欲しいなら、処女を喰らうことを手伝えと。
「ちっ!そういうことかよ!」
毒づいたサカキ、懐からカードを抜きだすと解き放つ。
狙いは・・・離れているとは言え未だ意識なく床に伏すホナミ。
『花咲く揺籠』
(まずいっ!)
サカキが唇に乗せた魔法名と共に、横たわるホナミの周囲を花咲く茨で編まれた籠が覆い尽くそうとしていく。
木属性の捕縛魔法・・・あれは見た目に反してかなりの硬度を誇る魔法。
完全に発動してしまうとかなり厄介だ。
『竜の嚙砕』
割り込むのは良く知った声。
サカキの使った魔法効果の更に外縁、生まれた竜の咢が中に居るホナミを一切傷つけず、花咲く茨を嚙み砕く。
使用者は竜兵、効果は対象の魔法破棄。
おれの『握り潰し』と同系の魔法だ。
「あぁ!くそ!」
妨害され歯噛みする鳥面。
大切そうに『図書館』にヴェルデの母親・・・『嵐竜』のカードをしまった竜兵が、ホナミを庇うように前に立った。
「アニキ・・・ホナミは守るんだよね?そして、あいつが?」
視線の先には青い巨人。
コクリ頷き、「そうだ。」と一言。
竜兵に多くの言葉は必要ない。
少々独善的な事を言ってしまえば、二人の守りたいものは一致しているはずだし、おれ敵は竜兵の敵だからだ。
特に・・・この世界『リ・アルカナ』においては。
チャキリ、大剣を正眼に構えてノモウルザ、及びサカキとレオを睨み付ける竜兵。
合わせて、バイアがその巨体を感じさせずふわりと横手に舞い降りる。
【こうなってはもはや選択肢も無かろう。お竜ちゃんと兄者君には、神殺しをしてもらうしかないのぅ・・・。】
「そう・・・だな。」
おれの呟きを聞きつけて、ノモウルザの額に青筋が浮かぶ。
全身青いのに器用な物である。
それにおれの呟きに反応したってことは、バイアがおれたちに向けて行った『念話』も傍受していたらしい。
その辺やっぱ、腐っても神か。
「できると思っているのか小僧・・・!あの時の分体とは訳が違うぞ!」
怒号と共に襲ってくる吹雪を、バイアが柔らかく暖かい吐息で追い払う。
「竜のじじぃ!神の邪魔立てをするかっ!」
【ふぉっふぉ!当たり前じゃ!今のわしはお竜ちゃんの盟友じゃからのぅ!】
場はすでに一触即発。
いやむしろ、もう動き出していると言ってもいい。
「ガウジ・エオ。彼女とキアラが回収した青白を任せて良いか?」
ホナミとカリョウにテンガ、目線で指し示せば頷きが返ってくる。
これで憂いは無くなった。
いつもの丹田の構え、呼気を整え言い放つ。
「ノモウルザ!お前を倒すことが出来るかと聞いたな?」
ノモウルザは・・・野放しにするには危険すぎる。
ここで潰しておく必要があった。
それは、レオとサカキにも言えること。
これ以上『略奪者』の好き勝手にはさせられない。
「出来るさ。あの時のお前と違うと言ったが、今日はおれもあの時と違う。なんたって今回は・・・おれの頼れる弟分が一緒なんだからな!」
そう、他のどんな障害が邪魔をしていようが、おれと竜兵が揃って居て負ける未来など考えられない。
それこそウララと秋広のタッグでも連れてこいってもんだ。
「アニキ・・・!!」
感動に声を震わせる竜兵に頷き、青い巨人にニヤリ。
さぁ、神殺しの時間だ。
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