・第二百三十一話 『氷雪神』中編
壊れた玩具のように宙を舞い、床にドサリと男の腕。
一瞬戸惑い状況を把握。
切断された場所を押さえ絶叫したサカキと、超然見据えて言い放つ竜兵。
完璧な奇襲、おそらく派手な登場の後、ずっとタイミングを伺っていた。
単純な戦闘以上に、ずっとおれたちが悩まされている問題。
『略奪者』の十八番、転移からの不意打ちや逃げを許さないため。
仇敵であるはずの鳥面・・・サカキを眼前に、その選択を実行した竜兵の胆力。
簡単に真似できるもんじゃない。
「ガウジ・エオ!」
「今やっている!」
奇しくもおれとガウジ・エオ、二人の声が重なった。
おれの要望などとっくに読み取り、ビキニ姿の魔女は結界の再構築を始めていた。
「ったく!『古龍』の爺め!もうちょっと壊し方ってもんがあるだろう!?」
悪態が聞こえてきた所を見るに、がっつり壊されているのだろう。
それにあの呼称、二人は面識があるようだ。
まぁそれも当然か。
双方、一万年越えの長命。
その人生?竜生?で交錯することがあっても、全く不思議ではない。
それはともかく。
(間に合う・・・か!?)
とりあえず駆ける、おれと奴らは離れすぎている。
手負いとは言え、竜兵に相対する『略奪者』は二人。
それも傍から見ていたらチートにしか見えない『真・賢者』様を持ってして、「少々厄介」と言わしめた『使徒』なんて言われる奴ら。
弟分の作り出した千載一遇のチャンスを無駄にしないため、兄貴としては全力でフォローだ。
だがこんな時、一番に竜兵のヘルプに入るはずの彼は・・・?
違和感、『古龍』バイアが動いていない。
彼は現れた時のまま、いつもの老人姿になることもなく上空に鎮座する。
(何を・・・そうか!)
視線の向かう先で納得。
バイアは神を・・・ノモウルザを警戒しているのだ。
一瞬逸れた思考を引き戻したのは、耳元響いた甲高い声。
「セ、セ、セ、セイ様!わ、わ、わ、私はどうすればっ!?」
なぜかおれを追いかけ跳んでいるキアラ。
ええい!なんで付いてきてるんだよ!?
「箱に入って・・・。」言いかけて、気付く。
「キアラ!あの倒れてる白いのと青いのを頼む!」
そう、構っている暇が無かった故、戦場に放置されたままのカリョウとテンガを回収だ。
ああ、でもホナミも・・・。
くそ、守る奴が多すぎるだろ。
ここは仕方ない・・・明らか重傷の王様二人を優先だ。
「は、は、は、はいぃ!」
ドモりながらも転身しようとしたキアラ、「あああああ!!」と叫ぶ。
なんだおい、気になるけど止まれない。
再度おれを追いかけ、更に即座に追い越し振り返る。
バック飛行でおれの前を跳びながら、腰に下げたポシェットを探るキアラ。
「あわわ!違うの!これ!?じゃない!いやーん!」
目的の物は中々みつからないようだ。
とりあえずモチツケ!
バック飛行で全力疾走のおれより速く飛びながら、ポシェットをガサゴソ。
竹とんぼ・・・とか、懐中電灯のような筒・・・とか、食べかけの和菓子、まるでドラや・・・うっ!危ない!
とにかく色々とつっこみたくなるものが、ポシェットからドンドン飛び出してくる。
こいつドモる以外の属性を!?
一言だけ言わせてもらえるなら、何えもんなんだよ!
とりあえずキアラとは、後でゆっくり話し合いをする必要がありそうだ。
ややあって、「ありましたー!」と変な効果音がしそうな勢いで取り出したのは一枚のカード。
鳴ってないぞ!?
断じて「テレテテッテテー」などと鳴っていない。
「これをっ!ウララ様がセイ様にって!」
「ウララが?」
訝しみつつも、差し出されたカードを受け取り確認する。
(これはっ!)
さすがはウララ、心憎い演出だぜ。
「助かった!」とサムズアップを示せば、キアラは満面の笑み。
「青いのと白いのは任せてくださいっ!」
むんっ!と両腕を前に気合、瞬時飛び去る天使の少女。
それを尻目、走りながら金箱の蓋を開ける。
咄嗟、一番上のカードを引き抜く。
・・・火属性初級攻撃魔法『炎』だ。
火属性攻撃魔法なら好き勝手やらかせるプレズントが居れば、こんな等級でも十分見せ札以上の効果はあるだろう。
だが、今までの・・・現在の状況では使い道も無い。
「図書館!」
宙に浮かんだ黒い背表紙のカタログへ、無造作引き抜いた『炎』を突っ込み、代わりにウララから贈られたカードを挿入。
蓋を閉じれば、箱内でカードがシャッフルされる。
「魔導書!」
おれの目の前に浮かび上がるのは、ドロータイミングを過ぎて二枚に増えたカード。
聞くまでも無いだろう?
当然・・・ウララが託したカードは、手札の中に舞い込んでいる。
■
おれが駆け付けるよりも速く、残念ながら間近の獅子面が動いた。
「『力』ッ!!」
不意打ち、その片腕を両断したとはいえ、未だサカキを注視する竜兵に、レオがスネークソードの一撃を放つ。
地を這った後、跳び上がる剣先が竜兵を立体的に襲う。
ギャリンッ!
チラリと横目、あくまでもサカキから目は離さず大剣の一閃。
あえなく弾かれると思ったレオのスネークソードは、軌道こそ逸らされたものの、竜兵の振るう大剣の刀身に絡みつく。
更に刀身を遡るように蛇腹が伸びて、剣先を輝く金属の蛇に変え噛みつこうとした。
明らか物理法則など無視した動き。
隠しギミック、或いはこれも『加護』の力か?
レオの奥の手・・・なのだろう。
『地球』でのバトルで見たことは無い。
それに対し竜兵、冷静・・・としか言いようのない反応を返す。
己が身に蛇頭が届く寸前、あっさりと得物を手放した。
「魔導書、『土槍』」
普段の快活な声音からは、想像もつかない冷たい声。
竜兵は、目の前に浮かび上がったカードから魔法カードを選択、一切の迷いも見せずに行使した。
床に散らばるガレキが槍を形成し、レオへ向けて飛来する。
しかし、敵もさるもの。
「くっ!」と呻くも、同様スネークソードの柄から手を離すレオ。
土槍の着弾間際、獅子面の男は消失する。
お得意の短距離転移だ。
跳んだ先は・・・未だ蹲るサカキの間近。
竜兵はそれでも慌てない。
見えているのかもしれないな・・・。
おれにはまだ見えない「勝利へのルート」って奴が。
無造作、大剣を拾い上げ、絡みついたスネークソードごと床に叩きつける竜兵。
レオの手を離れた時点でその『謎の道具』は本来の力を果たせないのだろう。
さっきまでの蛇頭も消え、長さも常識的なものに転じていた。
バギャ!
粉々、砕け散り宙に舞う煌めく刀身。
そのまま接敵しようとした竜兵に、レオはサカキの懐を漁り、一枚のカードを提示する。
「なっ!?」
竜兵の動きが止まる。
「やはり・・・これが狙いか。『嵐竜』の子供を気にしていたとは聞いていたからな・・・。」
おれの角度からレオの示したカードは見えない。
だが、サカキの懐から出てきたこと、竜兵の動きが止まったこと、そしてレオのセリフから鑑みれば答えは明白だった。
つまり『嵐竜』・・・ヴェルデの母親だ。
憤るおれたちに、「破るぞ。」と牽制。
(クズがっ・・・!)
ホナミが、『誘惑』のカードを破いて破棄していたのは、おれにとって記憶に新しい。
竜兵はその場にこそ居なかったが、死者の魂が宿っているとも言えるカードを破かれても大丈夫とは思わないだろう。
レオは切り落とされたサカキの腕を拾い上げ、「おい、いけるか?」と声をかける。
その声には焦りとは別に僅かばかり、サカキの身を案じる雰囲気が感じられた。
テツやホナミと何が違うんだろうな。
たぶん『加護』云々なんだろうが釈然としない。
おれもこいつらも・・・『地球』ではただのカードゲーマーに過ぎなかったはずなのに、どこで分岐点を間違ったのだろう。
レオに肩を貸されて立ち上がるサカキ。
切られた手をくっつけ、回復魔法で癒している。
「『力』・・・!この痛みは・・・忘れないからな!お前にも同じ・・・いや、何倍にもして返してやる!」
どこの銀行マンだお前?
呪いの言葉は重く暗く。
しかし・・・竜兵は動じない。
どころか、その怒りは更に燃え上っていた。
「ヴェルデのお母さんや他のドラゴンたち・・・魔獣たちはもっと痛かった、悲しかった、苦しかったんだ。」
「・・・・・・。」
「だからこいつらは嫌いなんだ・・・。あれが中坊のする目かよ・・・。」
無言のレオ、毒づくサカキ、もう腕は完全に繋がったようだ。
二人が転移する挙動、竜兵は動いた。
「勝手なことばっか言うなぁぁぁ!!!」
神速の踏み込みで大剣の一閃。
真上から振り下ろされた刃は、完全にレオを捉えていた。
警戒していただろうレオやサカキ、離れていたおれですらはっきりとは見えない斬撃。
常識では考えられない速度の答えは一つ。
竜兵の展開した『魔導書』が一枚減っている。
思わずレオが手放した『嵐竜』のカードを掴み、更にサカキへ向けて横薙ぎの斬撃を見舞う。
寸前、竜兵の大剣が凍り付いた。
「くぅ!何っ!?」
突如重みを増した得物に、竜兵は戸惑い追撃を失敗してしまう。
【お竜ちゃん、兄者君、済まぬ。わしの妨害もここまでのようじゃ!】
頭に直接響く声は、聞きなれたバイアの『念話』。
そして、巨大なプレッシャーと共に響くのは・・・。
「ぬあああああああああ!!くそまずい男の贄だったが・・・ワシを封印から解いてくれたのは、お前らのようだな!まずは礼を言っておこう!そして・・・どうやらそこの人族のクソガキと敵対しているらしい・・・ワシもそいつには煮え湯を飲まされてな・・・今度こそ頭から喰ろうてやるわ!」
(長セリフご苦労さん、そろそろだとは思ってたよ。)
場は一気に混沌を増していく。