・第二百三十話 『氷雪神』前編
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ベキベキ・・・ゴキゴキ・・・ガリガリ・・・と。
凡そ人の身から奏でられるはずの無い騒音。
姿を変え拷問器具、所謂万力と呼ばれる道具の形状。
ノモウルザの封印された古代兵器を破るためなのだろう。
微細振動する器具の部品さながら、ホナミの身代わりとなったテツの身体が引き絞られる。
壁内のノモウルザ顔面、古代兵器の三角錐を中心に広がっていく罅割れ。
どう考えても、封印が破れかけている。
「あ・・・うああ・・・旦那ぁ!」
テツ・・・既に半身は引き裂かれ、夥しい血を流している。
たとえ今救い出しても、出血多量で長くないことは明らかだった。
朦朧としているだろう意識の中、それでも仲間であるサカキとレオに手を伸ばす。
動こうとするサカキをガウジ・エオも、あえて止めることはしなかった。
逆に押し留めたのは・・・仲間であるはずの獅子面、レオ。
「サカキよせ。無駄だ。」
言葉少なに語られる、そこには一片の情も無く。
レオに手で制されれば、サカキも「そうだな・・・。」と呟き習った。
吐き捨てるように続く、身勝手なセリフ。
「所詮は『加護』も得られなかった半端者。『悪魔』への対抗心だけは一人前だったゆえ使ってきたが・・・最期は自爆で生贄とはな・・・。裏切り者のホナミを処理するついでで丁度良いと思ったんだが、辛うじてテツでも事足りるらしい。」
「最優先は成ったか。」
「ああ、何とかな。」
自分たちのみで納得。
もはや惨劇からは完全に目線を逸らし語らうその姿に、テツの伸ばしていた手が力無く垂れた。
最悪だ。
なぜかおれを目の敵にしていた。
今までこっちの世界に散々迷惑もかけてきただろう。
とは言え、同郷の人間が目の前で贄と為る。
しかも仲間たちはどこ吹く風、そりゃあ心も折れる。
決して許容できるものでは無い。
気付けば・・・おれはホナミを床に横たえ、全力で『時刑』が変化した拷問器具・・・万力を殴りつけていた。
「おおぉ!らぁ!」
ガッ!ゴン!ドガァ!
叩いても蹴っても、武骨な機械はびくともしない。
ただ、おれが万力を打ち据える音だけが響く。
「なにを・・・して・・・いる?」
蛇の仮面もいつのまにか外れ、黒髪黒目の『地球』人。
テツは血塗れの顔面に、きょとんとした表情を浮かべておれを見つめていた。
シカト、何度も何度も拳を万力へ叩きつける。
「セ、セ、セ、セイ様!手から・・・血がっ・・・!」
バイアの頭、竜兵の隣に乗っていたのは彼女か。
おそらくは道案内として、竜兵と共に来たのだろう。
いつものようにドモりながらキアラ、おれの周りを旋回しつつ叫ぶ。
(・・・気付かなかったな。)
言われてみれば、おれの両拳が破れて血が滴っていた。
「ぐっ!お前は・・・敵・・・だろうがっ!」
「・・・うるせぇ!」
ごぷり、血を吐き叫ぶテツに、負けじとおれも叫び返す。
こんな隙だらけの状態で、他の面々は誰一人動こうとはしなかった。
いや・・・違うな。
仲間たちが無言で牽制してくれているのだろう。
『略奪者』がおかしな動きを見せたら、ガウジ・エオやバイア・・・それにおれの弟分が黙っていない。
だからこその空白。
ボソリ、空間に響く獅子面の呟き。
「無駄な事を・・・。」
わかってんだよ・・・無駄だってことは!
この万力が『謎の道具』なら力尽くで壊すことも可能だったかもしれない。
しかし『時刑』は魔法カードだ。
中断したのならまだしも、一度発動してしまった魔法効果は、効果が完了するまでそのエフェクトを消すことは無い。
そう、既に結果は出ている・・・生贄は発動してしまったんだ。
ホナミの時とは違い、今テツが囚われている万力は・・・ただのエフェクトなんだ。
ややあって・・・テツは言った。
「なぁ・・・『悪魔』・・・本当に・・・もう、いいぜ?」
「うるせぇ!」と返したおれにも、その声が果てしなく弱っていることが理解できた。
もはや虚ろになった視線。
それでもおれを捉えて奴は言う。
「もう・・・粗方意識が・・・無ぇんだ。旦那方は・・・こんな・・・こんな残酷な方法で・・・ホナミを殺そうとしてたんだな。」
その顔はまるで、憑き物が落ちたように。
いつのまにかおれから視線を外し、どこか遠くを見つめていた。
『略奪者』として相対した男、『太陽』のテツと別れが迫っている。
■
限りある時間で問い詰める。
テツが自分でも言ったように、こいつはもうどうやっても助からない、助け・・・られない。
ならばせめて・・・。
「なんで・・・お前はあっちに行ったんだ?」
沈黙、重い口、だが奴にも伝えたい想いがあった。
「それを・・・てめぇが聞く・・・かねぇ・・・。」
意味は何となくわかる。
奴がこだわっていた最強の火魔導師と言う言葉。
だがおれには心当たりが一切無かった。
「単純な・・・話さ・・・。俺は・・・てめぇに勝ちたかった・・・。だから・・・旦那方の誘いに乗った・・・それだけだ。」
「そんな・・・ことで!」
『地球』に帰ってからだって、何度でもバトルすればいい。
なぜこの世界で、こんな風に命のやり取りになってしまったのか。
「まぁ・・・『悪魔』にゃ・・・人間の気持ちは・・・わからないだろうよ?」
揶揄、おれの称号を持ち出しニヤリ。
最後に口角を上げて笑みの形を作り、奴は光の粒子になって弾けた。
「セイ様・・・セイ様は優しい方です!」
絶句するおれと、なぜか憤慨して頭の上を飛び回るキアラ。
慰めて・・・くれているのだろうか。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
その時、今日一番の地揺れ。
もう地揺れどころか、世界が揺れてるんじゃないかってくらいの衝撃だ。
いつのまにやら、万力と古代兵器の三角錐も消失していた。
ノモウルザの埋まる壁の前、ただ一つ残っているのは・・・砂漠を燦燦と照らす『太陽』のカード。
(また・・・!同じ現象!)
既視感、見覚えがありすぎる。
マドカが倒れた時に現れた『死』のカードとリンクする。
思わず手を伸ばせば・・・狙いすましたかのように奴の声が聞こえた。
「それに勝手をされては困るな。」
「なにっ!?」
「うぇぇ!?」
余りにも近い声に、キアラと二人慌てて振り向けば、獅子面。
未だ様子見していたはずのレオが、いつのまにか真横に立っていた。
手が止まった瞬間、横合いからカードを掻っ攫うレオ。
おれたちが行動を起こすより早く姿を消し、気付けばサカキのすぐ傍に居る。
「てめぇ!転移はできないはずじゃ!」
おれの詰問に対して肩を竦めるだけのレオ。
(いや・・・待てよ?)
ふと、思い出したのは竜兵が現れる直前の事だ。
もしかしてと思いつつ、結界の主・・・ガウジ・エオの様子を伺えば・・・「うむ。『古龍』の爺が壊したねぇ。」との言。
やっぱりだよ・・・そういや、結界に干渉されてるって言ってたわ。
原因に思い当たる頃には、世界の揺れが立っていられないほどになっている。
そして壁面からビキリビキリと不穏な音。
『氷雪神』ノモウルザ様もスタンバイオッケーだな。
あ・・・今目が合ったわ。
やっべ・・・あれ完全におれのこと覚えてるね。
こうなると案の定だ。
「さて・・・最低限は果たしたからな。そろそろお暇しよう。」
「そうだな。ちょっとばかしイレギュラーが多すぎる。」
毎度の如く逃げの一手。
さっさと立ち去ろうとするレオとサカキ。
だが・・・そうは問屋が卸さねぇぜ?
こっちが何回同じパターンで辛苦を舐めてると思ってるんだ。
短距離転移の連発で息切れなのだろう。
近付いたレオの肩に、片手を乗せようとするサカキ。
おれやガウジ・エオは遠い。
だが・・・最初の登場で視線を集めた後、あいつはずっと息を潜めていた。
目立たずに乾坤一擲、そのタイミングを図っていた。
そう、竜兵だ。
(本当に成長したな・・・。)
『地球』に居た頃だったら、まず一番に殴りかかったはずだろうに。
「まぁせいぜい・・・祟り神と戯れてくれ。『悪魔』、『真賢者』ガウ・・・!?サカキッ!」
レオが放つそんな捨て台詞、途切れて注意を喚起。
しかし間に合うはずも無い。
竜兵の近接戦闘能力は、おれやウララに匹敵するのだから。
ゾブンッ!
肉を絶つ音、サカキの伸ばした腕が・・・肘先から宙を舞った。
「あ、あ、ああああ!俺の腕がああああ!?」
絶叫のサカキ、呆然のレオ、二人の間に割って入る竜兵。
くるり、回した鉈状の大剣・・・『竜王の牙』から飛ぶ血糊。
大剣を肩に担ぎ、普段からは想像も付かない低い声で竜兵は吠えた。
「逃がすと思う?おいら、怒ってるんだよ・・・サカキィィィ!!!」
うん、本当に・・・成長・・・した・・・な?