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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第四章 氷の大陸メスティア編
227/266

・第二百十七話 『隠れ家』

いつもお読み頂きありがとうございます。

ブクマ励みになります^^


※三人称 秋広です。


 魔法製の炎が煌々と灯る暖炉。

 気温はほとんど南国だ。

 誰しもが厚着などしていられない。

 その中でも特に薄着、所謂薄手のビキニを纏っただけの人物が家主。

 室内に居る全員が、「寒いならなぜもっと着ない?」と思いながらも、それを絶対口に出してはいけない空気。

 しばし続いた沈黙を破るように彼女・・・『真・賢者』ガウジ・エオが言う。


 「ちゃんちゃら・・・ごめんだねぇ?」


 ため息交じり、組み替えられる赤銅色の長い脚。

 深々と革張りの一人掛けソファーに身を沈め、気だるげに己が髪先を弄ぶ。

 人を食ったようなその態度に、燃えるような赤髪の少年・・・『皇太子』デューンは猛然と立ち上がり、声を荒げる。


 「なぜですか!我々の目的はお話したはずです。それに異国の・・・それも亡国とは言え神のもたらした神託ですよ!?」

 

 感情に任せた言葉など、この見目は麗しい・・・されど一万年を生きていると云われる、偉大な魔女に通じる訳も無い。

 チラリ一瞥、視線は極寒、返答は一言。 


 「知ったこっちゃないねぇ。」


 「なっ!あなたはっ!」


 「まぁまぁまぁ!デューン君は少し落ち着こう!」


 目を見開き、握った拳をプルプルさせはじめたデューンを宥めて、デュオル老に目くばせする秋広。

 察したデュオル老が、デューンを羽交い絞めで無理矢理着席させる。

 異世界転移時お世話になった無二の恩人、そして事情がありまくりと見える帝国の皇太子、二人の板挟みになっているのが秋広の現状であった。


 「ほれ、深呼吸をするんじゃ!」


 背中を一つドンっと叩かれ、渋々呼気を整えるデューン。

 少し落ち着いたのか、改めてお伺いを立てる。


 「ガウジ・エオ様。なぜ・・・我々に『トリニティ・ガスキン正史録』、『ソウイチロウの手記』の閲覧をお許し下さらないのでしょうか?」


 良く言えば真っ直ぐ、悪く言えば思慮が浅い・・・そんなデューンの性質は、神託一つでたった二人、北国の果てまで来てしまうことを考えれば、簡単に想像できる。

 しかしだめ、情熱だけでは彼女は動かない。

 そして動かないには彼女なりの理由があるのだろう。


 「くどいねぇ・・・あんたらがその二冊を見たところで、何も変わらないんだよ。」


 心底面倒くさそうに吐き捨てるガウジ・エオに、少しだけ違和感を感じた秋広。

 秋広は少ない情報からも答えを導こうと思考を巡らせる。

 彼の人物は決して愛想の良い人物ではない。

 されど理由も無く意地悪をするような女性でもない。

 元より『いにしえの図書館』と言う施設、今でこそガウジ・エオの管理下になっているが、本来は閲覧自由の空間であり、辿り着くことさえできたならその叡智を身に着けることができると云われているものだ。

 そして図書館に通じる扉、彼女の邸内に存在する。

 ただ・・・その言から察するに、二冊の本の内容を間違いなく把握しているだろう。

 その上で「何も変わらない」とはどういう意味なのか? 

 以前よりも遥かに不機嫌そうな態度に、秋広は推理が纏まらない。


 (うぅ~ん・・・情報が足りないな。)


 少しだけカマをかけてみることにした秋広。


 「ガウジ・エオ様?その二冊・・・手記の方だけでも良いんですけど、僕が見せてもらう訳には?」


 苦虫を盛大に噛み潰した表情になる魔女。


 「秋広は・・・確かに見る権利があるね。」


 (どゆこと?)


 権利があると言われてもさっぱりだ。

 予想としては、やはり『地球』の絡みなのだろうか?

 これに我慢できなかったのはデューンだった。 


 「どうして!シュウは良くて僕や老師はだめなんですか!納得できません!」


 「うるさいねぇ・・・だめなものはだめなんだよ。」


 「なんだとぉ!」


 またしても立ち上がり声を荒げる。

 終いにはずっと通していた敬語も忘れ、今にも掴みかからんばかりの勢いだった。


 「ええい、うるさいのぅ!殿下は少し黙っておらんか!」


 しかし、デュオル老が一瞬で腕を捻りあげ、床へと押さえつける。

 彼としてもせっかく秋広が掴んでくれた糸口、ここでデューンに壊されるわけにはいかなかった。


 何とも言えない空気が漂い、比較的怖い物知らずである秋広ですら二の句を躊躇う。

 そんな時、秋広のシャツ、袖口がちょんちょんと引かれた。

 彼に寄り添うように座っていたデイジー、上目遣いで見つめている。


 「ん?どうしたのデイジー?」


 チラリチラリと秋広とガウジ・エオの間、デイジーの視線が行ったり来たり。


 (何だこの可愛い生き物・・・!)


 途端秋広の思考がピンクに染まりかかるが、「いいよ、言ってごらん?」と殊更平静を装って促す。

 ガウジ・エオも興味の無いフリをしているが、気にしていることは明らかだった。

 意を決し自分の思いを伝えるデイジー。


 「あの・・・あのね。あき・・・『真・賢者』様は・・・どうしてあんなに悲しそうなの?あきたちは、『真・賢者』様に、何か酷い事を言ってるんじゃないかな・・・?」


 「「「え・・・?」」」


 驚愕に染まる男性陣。

 いや、声こそ発しなかったが、ガウジ・エオ本人ですら青ざめている。

 ただただ不機嫌に見えた美貌の魔女が、心で泣いているなどと・・・果たして誰が想像できただろうか。



 ■



 額に手を当て顔を隠し、今日初めて魔女が呻く。

 秋広もそんな姿を見たのは初めてだった。


 「やられたよ・・・あたしとしたことが・・・あんたは狐人族だったね。」


 「は、はい・・・ごめん・・・なさい。」


 女性陣二人だけで納得し合う。

 眼鏡、皇子、爺様は完全に置いてきぼりであった。

 彼女の声音を聞けばなんとなくわかるが、改めて言いだしっぺに確かめる秋広。 


 「デイジー、ガウジ・エオ様が悲しんでいるってのは本当?」


 コクリ頷く、デイジー・・・その表情は「間違いない」と言っている。

 「・・・獣人ってのはさ・・・。」語りだす魔女、その顔には先ほどまでの不機嫌さは無く、憐憫の感情だけが伺えた。

 誰も声を発しない、ただガウジ・エオの言葉に耳を傾ける。


 「獣人ってのはさ、色々と人族にゃ無い力を持ってんのさ。有名なのは犬人族の嗅覚だとか、猫人族の身軽さかね。そんで・・・狐人族ってのは、周囲の温度調整と人間の感情をある程度把握できちまうんだよ。」


 ガウジ・エオの説明を聞き、「そんな力が・・・」と呟くことしかできないデューン。

 デュオル老は獣人の特殊能力自体は知っていたが、狐人族のことは知らなかった。

 大いに慌てたのは秋広である。


 「デ、デ、デ、デイジー?もしかして・・・僕の感情も見てたっ!?」


 いつになくドモり、彼女の肩を掴んで目線を合わせる。

 何を気にしているのかわかったデイジーも、「あ・・・うん。」と言った後真っ赤になって目を逸らした。


 「ぬうおおおお!恥ずかしい!」


 顔を覆ってしまう秋広、人生最大の照れである。

 それもそうだろう。

 「デイジーたんは俺の嫁」思考、彼女には筒抜けだったのだ。


 「だ、大丈夫だよ!あき!私そこまで深くまで読めないから!それにあきの好意は・・・その・・・嬉しかったし・・・。」


 盛大な自爆、デイジーも顔を覆い悶絶。

 非常に生暖かい空気が流れた。


 二人が悶えること約五分、そこには『真・賢者』ならぬ新たな賢者が現れた。

 

 「うん、大丈夫。デイジーは僕の嫁!」


 やたらすがすがしい笑顔で宣言する秋広と、ソファーに撃沈したデイジー。

 他の三名、「もういい?」と瞳が雄弁に語っている。


 「それでガウジ・エオ様?何をそんなに悲しんでいるんです?」


 「あんた・・・いきなり復活したね・・・。」


 今までのピンク世界を強引に切り替える秋広と、つっこまざるおえないガウジ・エオ。

 明暗がはっきりと分かれていた。

 彼女は「はぁ・・・まぁ仕方ないか・・・。」と呟き、どこか懐かしい物を思い出すような顔をする。


 「あたしゃね・・・『レイベース帝国』って国が心底嫌いなんだ。なぜって?簡単さ、あの国は戦争が大好きで、人族以外を認めないからね・・・。」


 そんな言葉を皮切りに、咄嗟「それは!」と反論しかけたデューンを制すデュオル老。


 「殿下、認めなされ。彼女の言はまごうこと無き事実じゃよ。」


 悔しげに顔を歪ませるデューン。

 彼とて自国の方針が正しいなどと思ったことは無い。

 そんなジレンマとも戦うため、血の滲むような特訓を重ねて確固たる発言権を得たのだから。


 「一つ昔話をしてやろう・・・。」


 それから語られた物話、それは『真・賢者』と称された女の半生だった。



 ■



 誰もが押し黙る、正しく伝説の一幕。

 異世界の魔導士と共に邪神を討ち、世界を救った偉大なる魔女の話。

 魔導士は三人、二人は帰り、一人は残った。

 魔女は残った一人と共に二つの国を作る。

 一つは『記録の都』トリニティ・ガスキン、もう一つが『レイベース帝国』。

 それが崩壊の序曲だとも知らないで。


 「では・・・トリニティ・ガスキンと帝国、根幹を作ったのが貴女だと?」


 「ま、そういうことさね・・・。」


 デューンの問いに軽い調子で答えるガウジ・エオ。

 しかしその顔は憂いに満ちている。


 「あの頃はバカだったのさ・・・。自分がこの世界を変えてやれると信じてた。浮かれてたあたしは気付かなかったんだよ。あいつが・・・ツツジの奴がこの世界を救う気なんぞ無かった事に。」


 「「ツツジ!」」


 その名前がここで出てくるとは予想だにしていなかった。

 デューンとデュオル老、血の気が引く。


 「ガウジ・エオ殿・・・まさか、まさかその残った魔導師と言うのは!」


 答えは出ている、それでも確かめずにはいられない老将軍。


 「そうさね、今あんたたちの国で『特設内政顧問』だっけ?そんなのをやってる男だよ。」


 「そ、そこまで知っているのなら、なぜ!」


 あっさりと告げられた最悪のファクターに、思わず詰め寄るデューン。

 それをきっと睨み返したガウジ・エオ・・・彼女の目には雫が光る。


 「あたしゃね・・・もう、うんざりなのさ!プレズントは・・・あの子は人一倍優しい子だった。それがどうだい、戦争なんざ行ったばっかりに・・・。プリエイルはあたしの言うことを聞きやしない!何度あの国が危険だって言っても、「貴女には関係ない」の一点張りだ!だからあたしも好きにさせてもらうのさ!今更あんたらがソウやイバの事を知って、今の状況を覆せるのかい?」


 秋広は眩暈がしていた。

 ソウ、イバと言う聞き覚えのありすぎるフレーズ。

 ならばどうしてツツジと言う存在に心当たりがないのか。

 何かしら大いなる意志のような物を感じずにはいられなかったのだ。

 

 「あたしには実の子が居ない・・・あの子たちを本当の子供として育てたつもりさ。なぁあんたら・・・帝国の偉いさんなんだろ?プリエイルを返しておくれよ?馬鹿げた戦争を止めるために命を捨てたプレズント、あの子を返しておくれよ?」


 プリエイルはまだしも、プレズントが命を落としたのは帝国と直接関係があった訳ではない。

 筋違い・・・と言ってしまえばそこまでだろう。

 しかし、一同そんなセリフを吐けるはずも無く。

 そこに達観した理知的な女性は存在せず、ただ我が子の為に心痛める母が居るだけ。


 無粋な・・・横やりだった。

 いち早く気付いたのは当然彼女。

 心揺れ動いていても、世界と隔絶した力を持つ魔女だ。 

 魔力の振動にピクリ、眉根を寄せて震源を辿る。


 「あんたたち!あたしの傍に来な!」

 

 自身もソファから身を起こし、秋広たちの側へ。

 膨れ上がったあり得ない魔力。

 彼女の隠れ家の地下に、本来存在しえない攻撃魔法の波紋。

 突き上げるような魔力の波動、咄嗟に魔力壁を展開する。

 直後押し寄せる白光と炎の渦。

 床下を切り裂いて浮かんでくる人影は二つ。

 捕縛して地下室に押し込めていた蛇面の男と、初顔となる鳥面の人物。


 「ほぉ・・・流石は『真・賢者』。いや、テツの火力が弱いんだな。」


 「うるせぇよ、サカキの旦那!さっきまで縛られて転がされてたんだ!大目に見ろ!」


 「それを助けたのも俺だけどな?」


 「わかってるよ!ありがとな!」


 強固な魔力障壁の中、無傷の面々を見て漫才のようなやり取りを交わす。

 

 「お前ら・・・どうやって・・・!?」


 簡単に破られた『隠れ家』の効果、ガウジ・エオの余裕は無い。

 答えが返ってくるとは思わないが、問いかけずには居られなかった。 


 「・・・そういうのが得意な奴が居るんだよ。」


 思いがけず返ってきた答え、容易に想像が付いてしまう「ツツジ」の存在。


 「で、どうすんだい?相手の役者が揃いすぎてないか?」


 言外に「ここでやんのか?」と聞くテツに、鳥面の男サカキは頭を振った。

 

 「どうもレオの方でもトラブルらしい。素直にお暇させてもらおう。」


 サカキの匂わせた逃げの一手。

 ガウジ・エオが獰猛な笑みを浮かべる。


 「この家は存外気に入ってたんだよ?こんなにまぁ、風通し良くしやがって・・・逃がすと思ってんのかい!」


 言い切ると共に空間に生まれる、雷を纏った無数の円環。

 刹那、宙に浮く二人の白ローブに殺到する。

 秋広は鳥面の男が懐からカードを取り出すのを目撃した。


 (あれはっ!)


 「エオ様!待った!」


 制止むなしく、無数の円環が着弾。

 しかし・・・白ローブたちには一切効いていない。

 どころか、その着弾をトリガーにサカキの使用した魔法カードが発動する。

 『跳躍リープ』・・・戦闘をリセット、最寄りのバトルエリア外へワープする魔法。


 「逃げられた!」


 言葉にならずとも、その場に居た者たちの気持ちは一緒だった。

 今、『氷の大陸』メスティアに、魔導師が続々と集まっている・・・。






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