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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第四章 氷の大陸メスティア編
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・第二百十五話 『振動(バイブレーション)』


 ホナミ同様、まったく前兆を見せずに現れた獅子面の人物。

 声からして男だろう。

 彼が現れた瞬間、おれと話している間もどこか超然としていたホナミの表情に、明らか怯えの色が走る。


 「レ・・・レオ!どうしてここに!?」


 彼女は新手の名を叫びながら、それでも気丈に立ち上がると油断無く距離を取る。

 獅子面の名はレオと言うらしい。

 ライオンだからレオなのか、それともレオだから獅子面なのか。

 レオと呼ばれた男は、じっとホナミを見つめて嘆息。


 「ツツジがな・・・お前の行動を気にしていたんでな。」


 「追跡けたのね・・・。」


 ホナミは悔しげに唇を噛む。

 アリュセが彼女を庇うように移動、おれたちと対峙していた時よりずっと危機感に満ちていた。


 「愚かな考えはやめるんだなホナミ。今ならまだ間に合う、俺と一緒にツツジに釈明に行くぞ。」


 「・・・お断りよ!」


 説得・・・に見える。

 レオとか言う奴はすぐにホナミを襲う訳じゃ無いようだが、もちろん油断はできない。

 奴の余裕ぶった態度は、己が力に絶対の自信を持つ超越者のそれに見えたから。

 脳裏を過ぎる『女帝エンプレス桜庭春さくらばはるの凶行と、妻の名を呼びながらカードに転じたマドカの最期。

 あんな光景を二度と再現させる訳にはいかない。

 いかにも「残念だ」と言わんばかり、レオが身に纏う魔力を数段強めたのがわかった。

 迸る魔力、まるで暴風・・・そう表現せざるおえない。


 「主・・・奴は危険である!」


 小声でおれに伝えてくるロカさん。

 『魔眼』持ちのポーラは、おれたちよりもはっきり視えてしまったのだろう。

 「こ・・・こんなの・・・ありえないべ」と呟きながら、膝をガクガク・・・崩れ落ちた。


 「「ポーラ!!」」


 アフィナとシルキーが慌てて彼に駆け寄る。

 崖の上と下、十分な距離があってもこれだ。

 目の前で相対しているホナミの重圧はいかほどか。

 名前、声、雰囲気・・・おれの記憶に引っかかり、言葉にできない不快感があった。


 (レオ・・・か。)


 たぶんこの不快感はあれだ。

 認識阻害とやらによって忘れている『地球』のタロット持ち。

 おれは間違いなく・・・奴を知っている!


 「俺はお前の事を信頼していたんだがな・・・。いいのか?計画が滞れば帰れないのはもちろん、『地球』も・・・つまりお前の妹も死んでしまうんだぞ?」


 奴ら・・・少なくともレオとツツジにとっては必勝の一手なんだろう。

 それこそ、他のメンバーをその言葉で縛り続けてきたんじゃないか?


 「くっ・・・無駄よ!私はもう信じない!」


 レオの吹き散らす魔力の暴風に抗いながら、叫ぶように宣言するホナミ。

 彼女の瞳にはもう迷いはない。

 おれのもたらした情報が、かつての仲間の豹変が、いっそう彼女の決意を頑なにしたのだろう。

 だが・・・一つだけ言いたい。

 うん、おれら完全に蚊帳の外ですよね?

 一触即発の空気ながら、放置プレイも甚だしい。

 それにホナミ、たぶんお前じゃそいつに勝てねーんだろ?


 「おい!レオとか言う奴!嫌がる女にいつまでもしつけーんだよ。おれが相手してやんよ・・・かかってこいや!」


 挑発、されど一瞥。

 感情の伺えない仮面から感じる敵意とは違う何か。

 大げさ肩を竦め、「『悪魔デビル』のセイ。俺は今お前に構っている暇はない。」のたまうレオ。


 「それに・・・俺がお前に手をかければ、ツツジが気を悪くするからな。」


 (どういう意味だ?)


 迷いは一瞬、状況を動かしたのはホナミ、心からの必死な声。


 「レオ聞いて!セイは帰還の方法を知っていた!私はそれに賭ける!あなただって、あなただって・・・浩二よりセイの方が信じるに値するってわかるでしょう!?」


 (浩二・・・?)


 どんどん新しい名前が出てくるぞ。

 誰だよ、浩二って・・・。

 だが、ホナミの一言はレオにとって看過できないものだったらしい。

 元より北国で低いはずの気温、それが更に一気・・・二、三度は下がったような気がする。


 「本当に残念だ。ならもう・・・『加護』も要らないな?」


 レオのセリフは、尖った氷片のように怜悧、知らず背筋がゾッとする。

 パチリ、奴が手元で小さく指を鳴らす。

 異変は・・・突然だった。



 ■



 バヅンッ!バチチチチチッ!

 紫電閃く。

 レオが指を鳴らした瞬間、ホナミの全身を紫の雷が這い回る。


 「きゃああああああああああああああああ!!」

 

 空中で磔にでもされているように、ビクビクと背筋を反らせて悲鳴を上げるホナミ。


 「ホナミ!」


 崖の上と下、物理的距離のあるおれは叫ぶことしかできない。

 最速で動いたのは、当然彼女の盟友ユニットである『氷の天使』アリュセ。

 

 「貴様!主に何をしたぁ!」


 普段の怜悧な面立ちをかなぐり捨て、四枚の翼から無数の氷羽根を放つ。

 一発一発が十分な威力、しかも点では無く面、おれでも避けるのに苦労する攻撃。

 怒りに任せた攻撃も意外と理に適っていた。

 しかし・・・。


 「小煩い羽虫だ。」


 着弾点、氷羽根が吹きすさぶ領域、とっくにレオの姿は無かった。


 「え?」

 

 奴の声が聞こえてきた場所、それはきっとアリュセにとって理解不能な場所だろう。

 それは真後ろ、自身に息が届きそうな程の近く。

 無数の氷羽根をすり抜け、レオはアリュセの背後に立っていた。

 見えなかった・・・攻撃していたアリュセはまだしも、側面から注視していたおれやロカさんも、レオがどう動いたのかわからなかった。

 予想するしかない。

 おそらくは短距離転移、おれが『魔王の左腕』召喚発動時だけ使える、『混沌カオスボンド』のようなもの?

 それを素でやるとか・・・チート過ぎるだろ!

 

 レオが右手でアリュセの翼・・・その根元を掴む。

 逆の手には光り輝く一枚のカード。


 「はっ離せ!」


 身体を揺するアリュセを物ともせず、レオは淡々と魔法名を唇に乗せる。


 『振動バイブレーション


 カードが解けて光の粒子に、レオの右手に集まっていく。

 ガガガガガ、バギンッ!

 

 「あ・・・ああ・・・あああああああああ!」


 粉々、弾け飛ぶアリュセの翼、両手で身体を抱き蹲る冷貌の天使。

 無造作彼女を蹴り飛ばし、ゆっくりとホナミへ向かうレオ。

 気付けばおれは走り出していた。

 追従、あっという間横並びになるロカさんへ飛び乗る。


 「ホナミ!アリュセを戻せぇ!」


 雷に打たれ虚ろ、それでもおれの声が届いたか、ローブから出した金箱にアリュセを送還するホナミ。

 そう、アリュセがずっと邪魔だった。

 『孤高』の空間は定員オーバーのネームレベル、全ての攻撃を弾いてしまうから。


 「フォルテェーーーーーーーーー!」


 隠れていた岩の上、片膝突きで構えたフォルテが銀矢を放つ。

 不意打ちの方が良かった?

 いや、ここは少しでも注意を引きつけておきたかったんだ。

 レオが称号持ちの魔導士であることは間違いない。

 ならば、おれの使う盟友ユニット、『アルシェ・ドきの射手・シャグラン』フォルテのことだって周知のはず。

 遠隔物理の英雄級・・・カードの知識があるなら放置できる訳がない。

 事実、レオの動きが一瞬止まり、今まで無視していたおれたちに視線をよこす。


 (かかった!) 


 フォルテが目にも留まらぬ三連射、牽制、攪乱、そして本命の一矢。 

 崖に爪を引っかけたロカさんが大ジャンプ。

 おれはその背を蹴って更に跳び上がる。

 ほぼ同時にレオへと迫る二本の矢。

 バックステップで一矢を避け、もう一本を手で払う。

 そのすぐ後ろ隠れるようにもう一矢。

 直撃・・・誰もがそれを疑わないタイミング。

 しかし、完璧な仕込み矢も奴の身体には届かない。

 案の定と言うか何と言うか、アリュセの時にも見た光景。

 さっきより随分短いが、それでもホナミの方へ突然転移する獅子面の男。


 「さすがに少し肝が冷えた。相変わらず厄介な男だな。」


 余裕の態度、崖に降り立ったとはいえおれやロカさんともまだ距離があるしな。

 凌いだと思ってるんだろ?


 「そうかよ。おれはお前のこと忘れてんだけどな・・・『中断インタラプト』!」


 すでに手は打ってあるんだよ!

 後ろ手に隠したカードが解けて光の粒子に変わる。

 レオとホナミの足元から漆黒の腕、瞬時全身に絡みつく。

 全身のバネを使って肉薄、拳に魔力纏うイメージ。


 「おおおっ!」


 レオの身体に全力、回転を加えて叩きつける左拳。

 

 (生身を・・・殴った感触じゃねぇ!)


 衝撃で吹き飛んだのは、殴られたレオでは無くおれの方だった。


 「主ぃ!」


 無様に崖上の雪原を転がりながら、ロカさんの悲鳴を聞いていた。

 パンパンと殴られた場所、ローブの上から埃を払うように。

 レオの身体を覆った光の膜が、罅割れて空気に散っていった。

 そのエフェクト、当たりを付ける。 


 「ぐっ・・・『反射リフレクト』かよ・・・!」


 「ああ、念の為にな。役に立って良かったよ。」


 こいつはマジでヤベー奴だ。

 ここまでの準備、すでに終わってたってことかよ。

 もはや興味は失ったとばかり、おれに背を向けホナミに近寄っていくレオ。

 まずいっ・・・!

 

 「ロカ・・・さん!」


 「主!済まぬ・・・身体が!」


 ロカさんの身体、巻き付くのは・・・見覚えがありすぎる漆黒の腕。

 気付けばおれの身体にも。

 レオが肩越しに振るカードは『物真似ミミクリー』・・・直前に使われた魔法カードをコピーする魔法。

 おれたちは完全に奴の掌の上だった。


 目の前に立たれてホナミは呆然、「転移が・・・できない!」と呟くのみ。


 「そりゃそうだ。お前はもう『加護』が無いからな。『放逐ディメッジョン』」


 ホナミの背後、暗い洞穴が口を開く。


 「やめ・・・ろ!」


 (早く・・・早く解けろ!)


 ギリギリと歯ぎしり、身体を縛る『中断インタラプト』の効果が切れない。

 1アクションが、こんなに長く感じるのは初めてかもしれない。

 無情、空間の穴に呑み込まれていくホナミ。

 おれへ向けて手を伸ばす・・・その手におれは届かない。

 彼女の瞳に諦念が浮かぶ。

 最後の力振り絞り、ホナミは叫んだ。


 「セイ!トリニティ・ガスキンへ行って!壁画を見て・・・そして、堤浩二つつみこうじ審判ジャッジメント』のツツジと、『皇帝エンペラー』のレオ、普源寺玲雄ふげんじれお・・・彼らの計画を止めてっ!」


 それは、新たな地への誘いとツツジ、レオ両名の正体だった。


 「ちぃ!余計な事を!」


 レオが初めて苛立ちを洩らし、ホナミと共に洞穴に飛び込む。

 二人を呑み込むと、空間に溶けていく暗い穴。


 「ホナミー!必ず助けに行く!必ずだ!」


 知らず叫んでいた。

 声が届いたかはわからない。

 そして最後に届いた「・・・待ってる。」の言葉も・・・おれの願望なのかもしれない。

 『中断インタラプト』の効果が解け、地面打ち付けた拳が、粉雪を空中に舞い上げた。





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