・第二百十四話 『孤高』
「「「セイ(さん)!」」」
仲間たちが口々、おれの名を呼びながら走ってくる。
ポーラがどんな説明をしたかはわからないが、ホナミの叫びが聞こえたのだろう。
彼、彼女らの表情、一様に引き締まっている。
ポーラを先頭に、なんだかよたよたしているアフィナに肩を貸すシルキー。
何かあったのかと思ったが・・・ああ、正座か。
(フォルテは・・・。)
視界に入らないもう一人、ニートな弓兵を探せば、一人岩陰に隠れて弓を構えている。
番えた矢じりの先、当然ホナミとアリュセ。
あいつの射撃能力なら十分射程範囲なのだろう。
おれがその姿を見止めると、小さくコクリ頷いた。
どうやら今日はあいつも真面目モードらしい。
ポーラが真っ先に辿り着き、次いでアフィナとシルキーもおれの下に駆け付けようとした。
しかし、バチンッ!雷走るような音がして、吹っ飛ばされるアフィナとシルキー。
「「えっ!?」」
地面に転がり驚愕、そりゃそうだ。
彼女たちが吹っ飛ばされた場所には何も無い。
だが・・・おれにはその現象が理解できてしまった。
「『孤高』か・・・!」
「そうよセイ。これは『地球』の魔導士、『悪魔』のセイと『節制』のホナミが行う対話。余計な外野は目障りなの。そこの・・・熊さんは称号持ちじゃないみたいね。」
一時の激情、すでにホナミは冷静さを取り戻していた。
逆におれは、この状況になるまですっかり忘れていたんだ。
『氷の天使』アリュセの能力『孤高』。
その効果は一定エリア内のネームレベル数・・・つまり称号持ちの盟友数を制限する。
具体的に言うと一軍一人、ホナミの場合はアリュセ、おれの場合はロカさんだ。
この場合の一軍とは友好関係の有無、云わば仲間かどうかってことになるだろう。
すでにエリア内にお互いのネームレベルが存在している以上、改めて仲間内の称号持ち・・・『風の乙女』アフィナ、『一角皇女』シルキー、そして『嘆きの射手』フォルテがここに踏み込むことはできない。
カリョウとテンガもどう見てもネームレベル、にも関わらず同一空間から弾かれないのは仲間ではない、つまり第三軍扱いなのだろう。
カードゲームでアリュセの事前知識があったおれは一瞬でそこまで思い至ったが、仲間たちは違う。
見る感じなにも無い空間に突然弾き飛ばされて、「定員オーバーです。」「わかりました。」とは行かない。
「ど、どういうことっ!?」
混乱したアフィナがもう一度とばかり突っ込んで、同じ場所で弾き飛ばされる。
シルキーも何もない空間に『浄化の雷』を放ったが、結界宜しく吹き散らされた。
「こんのぉ!」
見えない壁で阻まれていると当たりを付けたか、ロカさんの正座教室に懲りることなく馬鹿げたサイズの火球をひねり出そうとするアフィナ。
あかんて!どこかの放火魔の影響が強すぎる!
これはアリュセの能力、しかも常時発動だ。
火力の問題じゃねーんだよ!
「ポーラ!リライと一緒にアフィナとシルキーの傍に居てやってくれ!ついでにカリョウも頼む。」
二次災害を恐れて指示、ポーラも慌ててアフィナを止めにかかる。
カリョウはリライが咥えていった。
見た目完全に喰われる前である、喰わない・・・よな?
ホナミとアリュセがそれを阻む様子は無い。
まぁなんかしようとしやがったら、おれとロカさんが放っとかないけどな。
「茶番は終わったかしら?」
「律儀に待ってくれて・・・ありがとよ。」
いかにも呆れた素振り、冷たく言い放つホナミにイヤミで返す。
「別に良いわ・・・。私だって別に好きで・・・。」
どこ吹く風で腕を組む彼女の呟き。
本人は聞こえないと思ったのかもしれないが、微かに耳に届いていた。
(別に好きで・・・なんなんだ?)
やはり違和感、さっきは思わず激昂しちまったが・・・100万枚のカードってのは、本当に彼女の望んでやってることか?
いくら死と理不尽溢れるこの世界でも、ただ自分が帰りたいって理由だけで彼女は虐殺者になれるだろうか?
そりゃマドカみたいな状況もあるのかもしれないが・・・。
マドカだって最後には、後悔しかない表情を浮かべてたじゃないか。
やっぱ異常だろ・・・『地球』の一般人が抵抗無いはずが無い。
『地球』での付き合い、理知的で面倒見の良かった彼女の微笑みが脳裏を過ぎる。
おれは信じたくなかったのかもしれないな。
「あなたの知ってる帰還手段・・・教えてもらうわ。」
空気が変わる、言外に込められた意味は「力尽くでも。」と言った所。
一触即発、アリュセとロカさんが殺気を迸らせる。
おれは一歩前へ、両手を大きく広げてそんなやり取りを制す。
「なぁホナミ。いい加減その悪趣味な仮面脱げよ?おれが知ってることを話すのもそっからだ。学校で習っただろう・・・人と話す時は目を見て話せってな?」
ある意味で賭け、今なら通じるかもしれない。
そう思わせる漠然とした予感があった。
逡巡、沈黙、ややあって「・・・良いわ。」と仮面を外したホナミ。
そこに現れたのは黒髪の美女、良く知った素顔。
これで・・・少々気が引けるが感情の機微が読める。
■
「もう一つだけ良いか?」
彼女の聞きたい情報を握っている優位、ズルい焦らしだとわかっている。
でも確かめておきたかった。
ホナミは明らか不機嫌そうだが、どこか諦念した様子。
「こんな時まで駆け引きとか・・・セイはホントに変わらないわね・・・。」などと呟く姿は記憶の中の彼女そのもので。
「どうしてそこまで『地球』に帰りたい?いや・・・この世界が厳しい物だってわかっちゃいるが・・・おれにはお前が他者を虐殺してまで我を通すってのが、いまいち信じられないんだ。それに・・・。」
「それに・・・なに?私は天涯孤独の身だから?」
言いよどむ、残酷な事実、引き継ぐのは彼女自身。
以前語られた彼女の家族、両親から祖父母、親類縁者全て無し。
「仕方のない事だ」と微笑むホナミに、美祈やウララ、それに竜兵が泣きながら抱き着いていた。
ホナミの叫びが悲痛だったから、なおのことそこが引っかかっていた。
静かに・・・。
「・・・居たのよ。」
「あ?」
きょとんとしてしまったおれに、ホナミは声を荒げた。
「だから居たのよ!家族が!」
彼女は堰を切ったように語った。
自身を探していた異母妹のこと、妹も称号持ち、トップランカー同士『リ・アルカナ』を通じての偶然の出会い、そして相手が天京院財閥の令嬢だったこと。
迷惑をかけたくなかったホナミが身を引き、それを強引に妹が引き取ったこと。
妹にねだられ何度も、何度も何度も『リ・アルカナ』で遊んだこと。
そして妹の転校を機に、二人は同じマンションで住む予定だったこと。
「幾年を経てやっと出会えた可愛い妹。アスカとの暮らしが始まるその前日よ?私がこの世界に飛ばされたのは・・・。」
彼女の事情、身を切られるように、同じく美祈を想うおれにとっては他人事じゃない。
それに・・・。
(アス・・・カ?どっかで聞いたような・・・。)
聞き覚えがあるようなないような、記憶の海を探っても答えは出てこない。
そしてホナミはおれを伺うように、試すように爆弾を投下した。
「それにねセイ。知ってるかしら?」
「何をだ?」
「このままだと世界が壊れるらいいのよ。それもこの世界と『地球』両方ね。ツツジ曰く、それを止めるための策が100万人のカードだそうよ?」
重いため息を吐きながら言うホナミ。
余りの事に言葉が続かない。
(真実・・・だろうか?)
いや、もしそれが真実ならば、アルカ様が何も察知できないのはおかしいんじゃないか。
確かめるのは後だ、おれは心を決める。
「これで満足?さぁ・・・あなたの知ってる帰還方法ってのを教えて。」
真摯な瞳がじっとおれを見つめていた。
誤魔化し、ウソ、一切許さない・・・瞳は雄弁に語る。
相手は歩み寄り要求を飲んだ。
おそらくこれは、ホナミにとっても賭けなんだ。
ここで選択を間違えたら、たぶん彼女は二度とこちら側に歩み寄ることは無い。
「主!」
ロカさんの制止、おれの気持ちが感覚で伝わってしまったのだろう。
不用意に信じちゃいけないと、彼の赤い目が言っている。
だが・・・。
「おれたちが知っている帰還手段は遺失級転移魔法。この魔法に必要なのは封じられたカードのみ。100万人分のカードを奉納する、さもなくば世界が壊れるなんて話は一切無い。これは・・・『カードの女神』アールカナディア、『自由神』セリーヌ、この世界の神二柱から聞いた確かな情報だ。」
おれが告げた言葉はホナミの顔色を奪った。
「なんて・・・こと・・・。」と一言呟き彼女、膝からがっくりと崩れ落ちる。
そんな主に、アリュセが冷徹な美貌を顰めそっと寄り添う。
「信じる・・・のか?」
おれの投げかけた問いに返ってきたのは更なる問い。
「美祈ちゃんは・・・この世界に居ないのでしょう?」
「・・・たぶんな。」
自分でも顔が歪み、声が硬質だったろうことはわかった。
しかし、その問いが何を意味するのか。
そして教えた情報が、ホナミにとってどれほどの衝撃だったのか、それはおれにはわからない。
しかし彼女はコクリと頷き、小さいがはっきり「信じるわ。」と答えた。
「私は・・・私たちはね。ツツジの言う100万人分のカードを奉納する神・・・その名前すら知らないのよ!美祈ちゃんの下に帰ろうとするあなたの方が・・・遥かに信用に値する!」
ホナミはローブに手を入れると一枚カードを取り出し、あっという間に破り捨てた。
倒れ伏すテンガと兵士たちから、黒っぽいモヤが立ち昇り消えていく。
(これは!?)
「『誘惑』を解いたわ。このくらいじゃ償いにはなりえないけれど・・・お願いよ。その魔法に私も便乗させて!」
恥も外聞も無く涙ながら地に伏すホナミ。
その姿に裏や狙いなど感じられず、おれも毒気がドンドン抜かれていくことに気付く。
「「主・・・。」」
ロカさんとアリュセ、双方使役者を主と呼ぶ盟友が、図らずも声を合わせていた。
一瞬の空白。
「それはつまりホナミ、俺たちを裏切るってことで良いんだな?」
誰一人、その人物が声を発するまで気付けなかった。
ホナミの真横に突如現れた獅子面の白ローブ。
見下すように冷やかに、ホナミをじっと見つめていた。