・第二百十話 『紅雪の谷』後編
手にした指揮棒、怒りに任せてへし折ったそれを乱雑に投げ捨てるテンガ。
「散れ!『凍土の陣』だ!」
視線交わしたのは一瞬、テンガの鋭い指示が飛ぶ。
一糸乱れぬ統率された動き、氷人族の戦士たちが散開する。
三、四名ほどの小集団に別れ、集団自体も仲間からは一定の距離。
武器も様々、剣と槍、投擲具と思わしき兵装をそろえているように見える。
各々が構成員を、或いは別の集団をフォローできるような位置取りと言った所か。
これが『凍土の陣』とやらの動きなのだろう。
おれが一歩踏み出す前に、足元へ手槍の投擲。
見るからに牽制・・・なのだが、こいつは参った。
距離も・・・絶妙だな。
飛び込めば拳が届かない訳でも無いが、その後には剣や槍のご馳走、無傷の別団体の熱烈歓迎が待っている。
この陣形、おれやロカさんの射程をある程度把握した結果と言えるだろう。
なるほど、どうやら様子見も無駄ではなかったらしい。
「災害級大型魔獣に使う包囲陣形、その名も『凍土の陣』。矮小な人族の身で、簡単に破れるなどとは思わぬことだな・・・。」
動きを止めたおれ相手、テンガが告げてくる衝撃の新事実。
ちょっと奥さん聞きました?災害級大型魔獣用とか言われたんですけどー?
しかも勝ち誇ったようなセリフだけどさ、矮小な人族相手に災害級大型魔獣用の陣とか、もう言ってることが支離滅裂じゃねーか?
評価してんのかしてねーのかどっちだよ。
(まったく・・・大物ぶった小物の多い世界だぜ。)
そんなことを考えた時、一瞬黒髪おかっぱのおっさんと茶髪天パのおっさんが頭を過ぎったが・・・うん、アレは違うな。
あの二人は小物じゃなくて変態だった。
益体もない追憶に流れかけた思考を引き戻す。
「ロカさん・・・。」
打開策はと頼れる相棒を見れば、ロカさんは赤い瞳を鋭く輝かせて、未だ輿の上に居るテンガを睨んでいた。
「主・・・あやつは口だけではないようである。小癪にも吾輩の『魔霧』に干渉しているのである!」
言われて注視すれば、どうも・・・ロカさんが雪原に振り撒いた『魔霧』と、ダイヤモンドダストのような煌めく結晶がせめぎ合っている。
感覚としては、発生した『魔霧』が片っ端から凍らされ、拡散することを遮られている感じ?
言葉面を捉えるなら、あのダイヤモンドダスト状の奴は、テンガの行使した特技か能力なのだろう。
ロカさんの視線を真っ向から受け止め、テンガが鷹揚に語る。
「ふっ!浅慮なカリョウ相手ならまだしも、我にはこのようなペテンは効かぬぞ。種さえ解れば対処も容易いと言うもの!」
余裕を取り戻したのか、何処からか装飾された手槍を取り出し、おれとロカさんに向けてビシリ。
カリョウと言い・・・こいつら本当にこの手の動きが好きらしい。
それに大層な口上が的外れも良いところ、種も仕掛けもあるけどペテンじゃあねえぞ?
『魔霧』は歴としたロカさんの特技だからな。
ロカさんもまともに取り合って、「ぐぬぬ!」とか言わないで良いから。
最近なんだかロカさんのノリが良すぎる。
変なのに影響受けてないと良いんだが・・・ほら、放火魔の影響受けたと思われるハーフエルフとか・・・居るだろ?
(それにしても、ちと・・・気になるな。)
あのダイヤモンドダストみたいな奴、『水支配』の方で発動しなかったのは、何でなのかねぇ?
もう少し早く行動してりゃあ、雪や氷の生成を制限されて苦戦することも、カリョウを含む雪人族がこぞっておねんねする事態も防げたと思うんだが・・・。
純粋にテンパってたか『水支配』の方が圧倒的上位だった・・・もしくは発動に条件があると言った所か。
条件の内容はわからんが、たぶんトリガータイプのそれな気がする。
このテンガって男、切れる札はすぐに切ってくるように思えるんだ。
現に今、一人と一匹の敵対者相手に、災害級大型魔獣用包囲陣なんて大それた策を打ってきてる訳だしな。
「焦るなよ・・・お前たち。『幻獣王』ロカは今現在我と戦っている。さすがは名の知れた精霊・・・我ですら現状維持が手一杯だが、それは奴とて同じ。」
旗色が悪い。
ロカさんが「むぅ!」といつもの唸り、その声には苦々しいものが混じっている。
「むしろここで、お前たちが奴の集中を乱せば・・・どうなるだろうな?」
自分の部下を鼓舞しつつ、テンガはニヤリと口角を上げる。
その言葉を受け、兵士たちが投擲用の武具を構え直した。
「やれぇい!」
テンガの号令一下、おれたちに狙いを定めた刃の雨、その数は視界を埋めるほど。
投げナイフや手槍と言ったものから、中にはチャクラムやブーメランのようなものもある。
直線的に、はたまた放物線を描いて飛び交う凶器。
(これは・・・避け切れない!)
瞬時に判断、おれやロカさんでも全て避けるのは不可能だ。
「ロカさん!もういい、退避だ!」
揃ってバックステップ、大回りの諸々から身をかわし、おれの目の前でロカさんが四肢を突っ張る。
彼の全身から溢れだす漆黒の霧、『魔霧』の障壁だ。
直線的に迫っていた武具は、漆黒の霧を貫く事も無く弾かれ地に落ちる。
とりあえず眼前の脅威は去ったが、当然事はそんな単純な話じゃない。
転身し障壁を張らざるおえなかったロカさんは、テンガとの主導権争いに敗れてしまったのだから。
この攻防で、赤い雪原を滞流していた『魔霧』は、完全に払拭されていた。
■
投擲武器の雨が止み、ロカさんも障壁を解除。
まぁ物量に限りもあるのだろうし当然だわな。
「主・・・済まぬのである・・・。」
ロカさんが耳と尻尾をペタンとさせてしょんぼりだ。
まぁやむなし、今回はテンガが思ったより戦略的な動きをしたため、むしろそこまで読み切れなかったおれの責任だろう。
決してロカさんのせいじゃない。
落ち込む彼の背中をポンポン叩き魔力を譲渡、「いや、十分だ。」と慰める。
事実、雪人族の一派は完封したのだ。
おれが本当に気にしていないのがわかったのだろう、ロカさんの耳と尻尾が立ち直っていく。
しかし・・・。
「ふん、如何に高位の精霊であっても所詮畜生、過去の遺物!永劫の戦場を生きる氷人族の王、我の敵ではないわ!」
ただ単に周りの兵士が頑張っただけなんだが・・・テンガ、途轍もないドヤ顔である。
ご機嫌に手槍をくるくると回し、何度もビシィとおれたちを指し示す。
あれ、本人的にはかっこいいつもりなんだろうなぁ。
うん、やっぱりこいつも小物だわ。
そしてお前は即座にロカさんに謝れ。
せっかく立ち直った耳と尻尾が、またしおしおになってるじゃねーか!
勘違い発言に、自然漏れるため息。
「はぁ・・・てめぇは何もしてねぇだろうが?」
ま、ロカさんの『魔霧』発動を、一時的とは言え遅延させてはいたようだが。
それはそれ、これはこれだ。
未だ輿から降りることすらしない相手を評価するのも馬鹿らしい。
おれの呟きが耳に届いたのか、ご機嫌だったテンガの額に青筋が浮いた。
どういう原理か、奴の感情に反応するように包囲を狭める戦士たち。
テンガは、そんな彼らを手で制し、少々下がらせる。
「どうやら・・・我の力がわからないと見える。直接手を下すまでも無いと思ったが・・・。」
「大物ぶって余裕を見せたいみたいだが、頬っぺたがヒクついてるぞ?御託は良い、何かするならさっさとしろよ。」
まるで劇の役者、大仰に両手を開いて語る口上をぶった切る。
テンガは一瞬目を白黒させた後、「きさ!貴様ぁ!」と叫びながら、この日初めて輿から降りた。
思った以上に煽り耐性が低い。
ちょいちょいと人差し指で挑発すれば、掌を地面に向けて魔力を爆発させた。
「我に直接相手して貰える幸運を、いや・・・己が過ぎたる無礼を呪うが良い!」
キチ・・・キチチ・・・キチキチキチキチ・・・
雪原から異音が走る。
ロカさんの『魔霧』が無くなって、魔力が通るようになったらしい雪原。
テンガが魔力を放った場所を中心に、赤色に染まった氷片が浮かび上がる。
氷片は交差しぶつかり合い、一塊に纏まり始める。
おいおい、見るからにやばそうな感じだぞ?少し煽りすぎたか?
邪魔できないかとロカさんを見るが、小さく頭を振ってる所を見ると無理なんだろう。
おのれ・・・まさか異世界で、戦隊物の合体シーンを見守る悪役の気持ちを味わうことになろうとは思わなかった。
長いような実際には短い時間。
おれたちの目の前に現れた赤い氷で出来た存在は・・・。
「ワニ・・・である。」
そう、ロカさんの言う通りワニだった。
体長は5m以上あり、全身がごつごつと尖った氷刃に覆われている。
身体の三分の一ほどもある口には巨大なのこぎりのような歯。
あんなもので噛まれれば、ロカさんですら無傷では済まないはず。
「見たか、愚かなる人族と過去の遺物『幻獣王』ロカよ!これが我の真の力・・・『結晶鰐』を召喚させてしまったからには、貴様らに万に一つも生き残る術はない!」
偉そうに語りながらもワニの背後に隠れるテンガ。
結局自分では戦わないようだ。
召喚だから自分の力だと言い張るのだろうか?
いやまて、盛大なブーメランになりそうだから言及しない方が良さそうだ。
「兵士どもよ、距離を取って戦えよ?人族の小僧は魔導士などと名乗っていたが、最初の炎以外魔法を使っておらぬ。云わばはったりだったのだろう!あの身体能力は驚異的だが所詮は無手。我の『結晶鰐』を盾にして戦えばどうと言うことも無かろう!」
おれたちにも聞こえるよう、テンガはあえて大声で指示を出しているのだろう。
確かに魔法は『炎嵐』しか使わなかったけど、まさかの魔導士否定が来るとは思わなかった。
しょうがねーじゃねーか、手札の一枚は単体じゃ発動しないんだよ。
それにまぁ・・・剣と魔法の世界で格闘技ってのはよっぽど珍しいらしい。
そういえばカードゲームの『リ・アルカナ』に登場する盟友でも無手の奴は居なかったなぁ。
圧倒的数の優位を誇りながら、それでも慎重にじりじりと。
巨大ワニのサイドを守る如く、散開して迫ってくる兵士たち。
殴っても倒せそうだけど・・・あのトゲトゲはちょっと痛そうだな。
何よりその必要はもう無い。
「主、策は?」
振り返りおれの顔色を伺うロカさんに、小さく首肯を返す。
ロカさんもすでに気付いているはず。
あいつらが、おれの仲間たちがもう近くに居ることを。
ヒュカカッ!タタタン!
突然響く風切音と銃声。
崖上から多数の矢と三連の銃弾、音の分だけ兵士が倒れるのは当然の帰結。
腕とか足とか狙ってるぽいから、死んではいないと・・・思う。
「な!なにが!?・・・え?」
フォルテとポーラの援護射撃に、狼狽えたテンガが上空をふり仰ぎ、そして見事に言葉を詰まらせる。
見えたのは絶望だろう。
おれもその魔力を感知した時はあほかと思った。
崖の上からゆっくりと降りてくるのは、太陽のように煌めく火球。
5m越えの巨大ワニすら一撃で呑み込めそうなサイズ・・・言うなれば『炎帝』相当。
言わなくてもわかるだろ?
フォルテやポーラが動き出したのに、あいつが黙っていられるはずが無いんだ。
戦場に響き渡る少女の声。
「セイー!避けてー!!!」
ですよね!この火球、ワニじゃなくておれとロカさんに直撃コースだろうが!
ロカさんが完全にガビーン、「あの娘!狙っておるのであるか!?」口があんぐり。
だけどなアフィナ・・・今回はそれで良い。
「魔導書」
目の前に浮かぶ一枚のカードを迷いなく選択、カードが砕けて光が収束、おれとロカさんの身体がぼんやりと発光する。
その光景を見て絶叫したのはテンガだった。
「なっ!なぜ貴様がその力を使える!?」
(カードの力・・・『魔導書』を知っている?)
テンガの発言は気になるが、今はとりあえず火球をなんとかしないとな。
『炎乗り』
唇に乗せる魔法名。
直後、おれの掌に着弾する巨大火球。
爆発、確かな熱量を持った炎の波動が突き抜けた。
火球は炎の川となり、谷を縦横に蹂躙する。
為すすべなく呑み込まれる巨大ワニ。
氷人族は・・・テンガを筆頭に氷の障壁を張って、なんとか生きてるな。
どう贔屓目に見てもアフィナはやりすぎだ。
しかし、膨れ上がった火炎が、おれやロカさんを傷つけることはなかった。
今、おれとロカさんは炎の上に乗っている。
『炎乗り』・・・他属性にも存在する文字通り、攻撃魔法に乗ることができるようになる魔法。
単体では使いどころの難しいこの魔法は大抵コンボとして使われるのだが、今回は放火魔見習いが落とした火球を利用させてもらった。
いくらあほみたいな火力で放った火球とは言え、周りは雪と氷の地形・・・そう長くは持たないだろう。
徐々に沈静化する火の川に乗って滑走、テンガとの距離は一瞬で埋まる。
ロカさんが跳躍、「あの娘はまた後で正座である!」と叫びながら豪爪を繰り出す。
バギンッ!乾いた音を立て、テンガの障壁が砕けた。
後ろにはすでにおれが控えている。
繰り出された手槍を手の甲で弾いて肉薄、間合いは完全におれの物。
「ま!待て!なぜ・・・あの方と同じ力持つ貴様が、我らに敵対するのだ!?」
武器すら手放し逃げようとしたテンガの懐に潜り込み、鳩尾に拳を突き刺した。
(やっと・・・終いだ。)
それにしても・・・あの方は『魔導書』が使えるようだ。
かなり気になる発言だが、まぁ後でゆっくり問い質せば良いだろう。
そう思ったおれの耳に届いたのは予想外の一言。
膝からゆっくりと崩れ落ちていく、テンガが洩らした謝罪の呟き。
「申し訳・・・ありません・・・ホナミ・・・様!」
(ホナミ・・・だとっ!?)
ここまでお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。
※更新遅れがちでごめんなさい。
お盆中はお台場にガ○ダム見に・・・もとい、VRバトルフィールド『摩天楼』の現地取材に行っておりました。
あと夜勤と頭痛が続いておりまして・・・楽しみに待っていて下さる方にはお詫びしかできませぬ。
これからも更新がんばりますので、変わらぬご愛顧をお願いいたします。
まだまだ暑い日が続いております。
皆様もどうぞ体調にはお気をつけて。