・第二百九話 『紅雪の谷』中編
明確な宣戦布告、おれとロカさんは纏った魔力を爆発させる。
おれは雪人族の王を名乗った白鎧カリョウへ向けて駆けた。
ロカさんは逆側・・・氷人族の王を名乗るテンガを睨み付けて待機。
彼にはやってもらうことがある。
周囲の兵たちは構えていたはずなのに棒立ち。
おれはその横合いをあっさりと抜けた。
できればそのまま大人しくしていてくれ。
おれの目標は、あくまでも偉そうな素振りの二人だけ。
無理矢理デスマーチに付き合わされているのだろう兵士たちを、むやみに傷つけるつもりは無いのだから。
と、言っても・・・それは余りにも淡い期待だろうか。
呆けた表情から一転、カリョウとテンガは意気を取り戻し、おれたちを指差しながら吠えた。
「お前たち!その狼藉者を通すな!」
「こちらが平和的に話していれば・・・構わん!あの方の贄に捧げよ!」
出ました、生贄発言である。
この世界の住人・・・本当に生贄云々が好きだなぁ。
これも神様って存在が近過ぎる弊害かね。
ただ一つだけ引っかかるのは・・・「あの方」と言う発言だろうか。
なぜ奴らは、あえてノモウルザの名前を出さないのか?
そこが何とも気持ち悪い、もやっとした不快感を覚えた。
己が王の命令に、ハッとした雪人族、氷人族の兵士諸君が、慌てて身構え行動しようとした。
おそらくはいつも通り、氷刃や氷柱、雪玉や吹雪を形成するつもりだったのだろう。
各々が魔力を込めておれたちに、或いは天に向け掌を突き出す。
だが、それは時すでに遅しって奴だ。
「ロカさん!」
「承知!」
二人の会話はそれだけ、布石はすでに打ってあるのだから。
並み居る戦士たちも、残酷な未来を想像して酷薄な笑い浮かべた二人の王も、不思議な光景に凍り付いた。
兵士たちが突き出した掌、そこからは何も生まれない。
人体を易々切り裂く氷刃も、同じく易々と貫く氷柱も。
当然・・・巨大な質量を持つ雪玉や、防ぐのはさぞ難しいだろう吹雪に至るまで。
彼らが魔力を向けた先、鮮血で色づいた雪原には一切の魔力が通らなかった。
「なんだとっ!」
「一体何をした!」
呆然とした兵士とは裏腹、二人の王が激昂した。
無駄に紳士然とした様相すらかなぐり捨て、自分たちに迫る敵対者を睨み付ける。
注意して目をこらせばわかるかもしれない。
紅い雪原を覆うように、闇色の魔力霧が滞留していた。
その力、発生源はもちろんロカさんだ。
おれだって・・・普通に『有罪』としか思えない奴らを前に、のんびり押し問答を楽しんでいた訳じゃあない。
奴らとの会話が始まり、兵士が全く動く素振りを見せなかったからこそ、ロカさんには『水支配』を使ってもらっていたのだ。
血塗れとはいえ雪原・・・つまりこの一帯は堆積した水を敷き詰めている場所。
悪いが、まんまロカさんのテリトリーである。
「・・・そうか!『幻獣王』ロカ・・・!闇と水の精霊・・・『水支配』か!カリョウ、雪も元は水なのだ!」
ロカさんのことを周知していたらしいテンガが、正確に現状を把握していた。
本当は、何が起きたかわからなくて混乱を続けてくれた方が楽なんだが、さすがに全て狙い通りと言う訳にもいくまい。
ロカさんのネームバリューがマイナスになった感はある。
これが有名税・・・ちょっと違うか?
むしろ第一段階を妨害されずに良かったと思おう。
ただ、これで目標は決まった。
どうも氷人族のテンガより、雪人族のカリョウのほうが御しやすく感じる。
さすがに二軍同時はかったるいかと思っていた所だったが・・・
テンガの言葉を受け、カリョウが自軍に向けて叫ぶ。
「チィ!厄介な!特技や能力が使えぬのであれば、武具にて討ちかかれ!貴様らの腰や手に持つ剣や槍、飾り物で無いことを見せるのだ!」
そう言ってカリョウは、自身が腰に帯剣する両刃の剣を抜き放ち、その剣先をおれへと差し向けた。
続くように促されるように、白い装具の雪人族が、青い装具の氷人族が、示し合わせたように剣や槍を抜き放ち、一斉にその穂先を構える。
隙間無く並べ立てられた剣先の群れ、所謂一つの槍衾。
寒々とした輝きは人の恐怖心を容易く煽り足を竦ませる。
また、数の暴力はそれだけで簡単に人の命を刈り取るのだろう。
相手が・・・「普通」の人間だったなら。
おれはその凶器の群れに、無造作自分からずいっと踏み込んだ。
まるで自殺行為にしか見えなかっただろう。
戸惑いながらも繰り出された槍。
その有効範囲を無視して踏み込み、取り回しのきかない武器なればこその安全圏に身を隠す。
手元まで侵入してしまえば、その場所はフレンドリファイアを恐れた身内の攻撃からも、おれを守ってくれる。
追撃は無い・・・!
予想通り、氷人VS雪人に彼らは何の感慨も見せないが、同族の場合はさすがに諸共とはいかないようで。
■
槍持ちの雪人族、トンっと優しく振れるか触れないか、胸元に置いてきた掌底に魔力を込める。
魔力の爆発、吹き飛んだ雪人族戦士の身体を盾にステップ。
左右から振り下ろされた剣の腹、二本同時に拳を当てて砕く。
群がる戦士たちを、拳や蹴りで片っ端から無力化する。
うーん・・・あの魔法は結構危なそうだったが、剣や槍に関しては微妙だな。
回避率強化魔法『朧』の効果もあるんだろうが、おれの身体はおろか法衣にすらかすりもしない。
あっという間、武器や戦う手段を絶たれた兵士たちの山が出来上がった。
「人族の小僧相手に何をやっている!相手は一人、距離を取って囲んでしまえ!」
興奮するカリョウの指示通り後ずさり、おれから距離を取る雪人族。
中々に統制された動きで、おれの格闘が届く範囲外から槍を突き、或いは投げつけてきた。
点や線では無く面の攻撃。
これを全て避け切るのは厳しいだろう。
カリョウにもそれがわかったか、ここにきてニヤニヤ笑い、その唇が「死ね」と形作った。
だが・・・おれの背中には、闇色のマントがはためいている。
攻撃が当たるであろう瞬間、『朧』の特殊効果・・・破棄することによってワンタイミング全ての攻撃を無効化する・・・と言うそれを発動する。
おれの身体にマントが巻き付き、その上から幾多の刃や穂先が貫く。
弾かれたように嘲笑を上げるカリョウ。
「ハハ!アハハハハ!やった、やったぞ!たかが人族の小僧が我らを手こずらせおって・・・ざまぁみろ!大口を叩いた結果が・・・!」
ご機嫌に囀っていた青年は、物言わぬ兵士たちの様子に気付く。
そして口上は徐々に尻すぼみ、最後には無言。
無気力な顔に諦念を張り付けただけの戦士たちが、そこで初めて別の感情を浮かべて居た。
それは・・・意味不明、理解できない者に対する人類の根幹にある恐怖。
視線の先は当然おれ。
攻撃を受けたはずなのに全くの無傷、変わっている所は闇色のマントが消えたことくらいだろう。
「ば・・・ばけものが!」
カリョウは毀れんばかりに目を見開き、悠然と立つおれをねめつけた。
失礼な・・・ただカードの力を使っただけだろうが?
「カリョウ、落ち着け!そこな小僧が纏っていた魔力が一部消えている!おそらく特技か何かで一時しのぎをしたに過ぎん。継続して攻め続けよ!」
テンガの的確な助言。
事実、今の面攻撃を避けれたのは『朧』の効果だし、おれの継戦能力に関しては・・・お察しください。
まさしく正鵠を射ていると言っていい。
やはりカリョウよりテンガの方が上手のようだ。
テンガの言葉に勇気づけられたのか、「そうか!そうだな!皆の者・・・続けよ!」なんてカリョウも猛っている。
だが・・・。
(まぁもう・・・手遅れだけどな。)
時間は十分あった。
そして事前にヒントも与えていたのだが、彼らは終ぞそこに気付くことは無かった。
懐に入り込まれている以上、すぐに動き出さざるおえなかった雪人族と反し、あくまでロカさんに威圧されているだけの氷人族。
王たるテンガの性格なのか、それとも総じて氷人族が慎重なのかはわからないが、彼らはロカさんを警戒こそすれ、距離を詰めたり武器で威嚇したりと言った牽制をしなかった。
さらには派手に動いたおれに気を取られ、一時的とは言えロカさんから注意を逸らしてしまった。
自己意識を極限まで摩耗させてしまった・・・つまり自分で考えることをやめてしまった群れは、当然トップの意向に従う物だろう。
そして今回の構図、統率された多数対強力な一個人。
二人の王が取った行動はどちらも間違いとは言えなかった。
かたや果敢に打ち掛かり、数の暴力で鎮圧しようとしたカリョウ。
おれたちの力を見極めるため、様子見に回ったテンガ。
ある意味では当然の行動、あえて言うならば逆だった。
それを初見の相手に求めるのも酷な話だが、時として待ち、受動、受けの姿勢が破滅を招く。
カウントダウンは終わっている。
「やれ!ロカさん!」
「承知!」
相手の追撃を待たずにバックステップ、ロカさんの下へ飛び退り指示を出す。
「それを待っていたのである!」と言わんばかり、雪原に滞遊していた霧状の魔力が、一気に濃度を増した。
冷たい空気の中でもはっきりとわかる魔力の濃さ、生きているかの如く身体に纏わりつく。
「これは・・・!いかん!カリョウ、逃げよ!」
「な、な、何がぁ!?」
理解できたのはテンガだけのようだ。
慌ててカリョウに輿から降りるよう叫ぶがとうに手遅れ、雪人族の王は兵士諸共霧の中へその身を埋めていく。
雪人族陣営を覆い尽くす漆黒の霧、ロカさんの『魔霧』が牙をむいた。
「麻痺と睡眠マシマシの『魔霧』だ。遠慮しないで味わってくれ。」
ドサリ、ドサリと武器を取り落とす、或いは身体を倒れ伏す音が響く。
霧が晴れれば完全に弛緩した雪人族の姿。
そこには等しく貴賤の差、王も兵士も無い。
「やって・・・くれたな!」
憎々しげにおれたちを見据えるテンガに、おれは掌を上向きに肩幅、所謂「お手上げ」のポーズ。
最初から二軍は厳しいと思っていた。
片軍の無力化は急務、これが第一段階。
雪人と氷人、同時に襲い掛かられていたら、違う結果もあったかもしれない。
だが奴らは・・・テンガは様子見をし、結果としてロカさんが『魔霧』を這わせる時間を作ってしまった。
「少しばかり賢しいようだが・・・テンガ、所詮お前はその程度の男だよ。今ならまだ間に合う・・・大人しく武装解除しな?」
煽る、絶対に受け入れない事をわかっていて、あえて煽る。
「き、貴様ぁ!人族の分際でぇ!」
感情を露わに、手にした指揮棒のようなものをへし折るテンガ。
おー、興奮してるねー。
さて、そろそろ第二段階に移ろうか・・・。
いい加減あいつらも来るだろうしな。