・第二百五話 『遷都』
今日呼ぶのはあいつだ。
おれは自分の使役する盟友、彼らの理ならソラで言える。
それこそ詠うように自然、言霊になって辺り響き渡るのは力ある言葉。
『砂漠の瞳を追われし者、血の涙を流す者、我と共に!』
いつも通り金色の召喚光。
言の葉紡げば繋がり合う魔力、太古からの契約さながらに。
頭を過ぎるいつかのセリフ。
『其れは古を喚ぶ力、箱の内より生まれる世界』
まさしくカードゲーム『リ・アルカナ』のキャッチコピー。
今ならはっきりとわかる。
あれはこの世界、そして魔導師の持つ金箱それぞれを指している言葉。
召喚光を潜り抜け、恭しくおれに傅くのは隻腕の男。
稀代の禁呪使い、『憂いの司教』ジェスキスだ。
「マイロード、下命により馳せ参じました・・・。」
彼は無残にも糸によって塞がれた眼をおれに向け、いつも通りの挨拶をくれる。
相手には見えていないかもしれないが、一つ頷き懸念を問う。
「中はどうだ?」
「はい。今はだいぶ落ち着いております。イアネメリラとリザイア卿が最後に壮絶な相打ちを遂げましたが・・・。発端になった変態二人と悪ノリしたプレズント氏、ラカティス氏は厳重に拘束しましたので、問題は無いでしょう。」
いや、ジェスキス普通に言ってるけどさ・・・それ問題あるからね?
箱内でアフロが量産された原因はそれか。
流れる額の汗を我慢、今はそれどころじゃないと自分を必死に納得させる。
『魔導書』から一枚のカードを選択して彼へ渡す。
「ジェスキス、時間が無い。詠唱に入ってくれ。」
カードを受け取ったジェスキスは、例え目が見えなくても感覚でわかるのだろう。
それもそのはず、おれが彼に渡したカードは専属魔法のカードなのだから。
そして当然の確認。
「ロカさんが居てくれるなら、私が戻ってしまっても平気でしょうが・・・マイロード、手札は問題ありませんか?」
ジェスキスの問い、端的に「ああ。」と答えて詠唱を促す。
彼の詠唱と同時、おれの手札三枚が光の粒子になって、ジェスキスの持つ一枚のカードに吸い込まれていく。
仕方のない選択だった。
現状の打破には、ジェスキスの専属魔法が必要なのだから。
そして彼の専属魔法と言うのは、等しくそれ禁呪。
禁呪の履行には、デフォで使用盟友の全魔力と、魔導師の全手札を要求する。
ジェスキスの全身から、目視できるほどの魔力・・・噴き上がる。
「セイ!奴が動くべぇ!」
ポーラの『魔眼』煌めく。
ただならぬ気配に誘発されたか、雪像は巨木を投擲した。
ヒュガッ!ギチチチ!
雪像が投擲した巨木が、ロカさんの障壁と拮抗する。
しかしさすがはロカさん。
先ほどと同じ轍など踏まない。
少しの時間的余裕が功を奏したか、障壁は二段構えになっていた。
ふざけた質量の物体を強固な一枚目が弾き、二枚目・・・たゆたう漆黒の『魔霧』がそれを浸食、そして揺らめくように双方消失。
辺りには一切の被害を与えない。
「主!今のは吾輩の切り札である!」
なるほどどうして強力なはず。
おそらく魔力の消費も甚大な物だろう。
ロカさんが切り札を切った理由は、火を見るよりも明らか。
今の攻撃を耐えきれば、必ずやおれが何とかする。と言う、どこまでも裏の無い純然たる信頼だ。
ジェスキスの静かな詠唱終わる。
隻腕の指先に挟まれたカード、途轍もない魔力を含有していた。
「マイロード、詠唱が終わりました。何処を・・・移しますか?」
「任せる。やれ!」
指示を仰ぐジェスキスに、最後の選択肢は丸投げ。
おれの意を汲む奴のことだ、さぞかし的確な解を出すだろう。
ジェスキスは「御意。」とだけ呟くと、カードを頭上へ投擲。
禍々しい空気を放つ短剣を、腰元から一気に鞘走らせる。
引き抜いた短剣を逆手持ち、雪被る地面へと突き刺した。
『遷都』
何一つ気負いもなく、しごくあっさりと告げられた魔法名。
地面に突き立つ短剣を中心、闇色の波動迸る。
『絶滅』が発動した時同様、吹き抜けるのは自然と身体を竦ませるようなオーラ。
そして・・・。
範囲指定されていたであろう空間、雪像は元よりおれや仲間たちをすっぽりと囲むように、地面から幾本もの石柱が生まれる。
ズゴゴゴゴゴゴゴッ!
「なっなに!?」
「うおお!地面が揺れるべ!?」
「ヴォフ!」
「ヒヒーン!」
仲間たちの悲鳴と困惑の声がBGM。
取り乱していないのは魔法の使用者であるジェスキス、あとはおれとロカさんだけだ。
まぁ少し落ち着け、もう終わる。
天を貫かんが如くそそり立つ石柱が等間隔、同じ高さにまで到達した時、再度発光する世界。
眩い光と淡い酩酊感、周囲の景色は完全に別物になっていた。
■
天は吹き抜け、階段状に形成された石造り、円形の武舞台。
そのすり鉢の真ん中に、おれたちと本来の巨人姿に戻った雪像が立っていた。
どうやら予想通りだったらしく、目論見が通ったことに大いに安堵。
今おれが居るのは、石畳と乾いた土が支配する空間。
当然、周りに雪や雪崩、破壊された森林など一切無い。
「・・・『ロイヤルコロッセオ』か。悪くない。」
「マイロード、勿体無いお言葉です。」
おれの呟きに答える形、ジェスキスは丁寧な一礼。
実にクールな判断、やはり任せて正解だった。
「それではマイロード。くれぐれもお気をつけて・・・。」
「ああ、助かった。箱の中は頼むぞ?」
その言葉を最後に、魔力を使い果たしたジェスキスは、箱の中へと帰っていく。
「御意。」と確かに頷いていたし、いい加減箱の中も鎮圧されることだろう。
ジェスキスを見送っていると、興奮しきりアフィナとポーラ、『人化』したシルキーまでもが詰め寄ってくる。
「「「セイ(さん)!説明して(欲しいべ)!!」」」
近い近い!それにアフィナは、うるさいからもう少し落ち込んでおけ?
まぁ雪像も「何これー!?」って感じでキョドってるし、簡単に説明しておくか。
今回ジェスキスに使わせたのは、神代級地殻変動魔法『遷都』と言う。
この魔法の効果とは・・・。
対象の一定エリアの地形を、既存の別地形に上書きすると言うもの。
つまり雪山と言うフィールドを、『暗黒都市』グランバードに存在する『ロイヤルコロッセオ』と言う施設で、丸ごと塗り潰したのだ。
その際、辻褄合わせ的副次効果が生まれるのは知っていた。
新たに上書きされたフィールドに相応しくない地形、及び地形効果は消去されるのだ。
管理された人工の施設である『ロイヤルコロッセオ』には、雪も森も無ければ・・・当然地形効果である雪崩なんて存在し得る訳がない。
故に周りの雪や樹木、雪像に同化していた雪崩すらもキャンセルされたって寸法だ。
もちろんこれだけの効果だ。
お分かりの通り禁呪である。
だが・・・例え禁呪と言われても、「おいおい、その魔法最強じゃん?」とか思うだろう。
残念ながらその言葉には同意できない。
なぜなら発動するための条件に、下地となる地形よりも上書きする地形の方が上位であるだとか、ジェスキスの良く知る地形しか上書きの対象にできないだとか、多少面倒な制約があったりするからだ。
それに時間的には、約30分くらいで元の地形に戻るはず。
しかし今回の場合、下地になったのは固有名すら無いただの雪山、上書きするのもジェスキスの暮らしていた国内にある施設『ロイヤルコロッセオ』。
更に言えば地形が戻ってしまうのも、マイナスにはなりえない。
見事、全ての条件を満たしていた。
そして、ジェスキスが上書きに選んだこの施設、『ロイヤルコロッセオ』・・・これこそが正しく彼の先見の明を表している。
実際にカードゲーム、『リ・アルカナ』にも存在した地形の一つ。
そのテキストはこうだ。
【流浪の民集う『暗黒都市』グランバードに存在する剣闘場。このエリアに配置された盟友は特技と能力を使用することが出来ない。】
もうお分かりだろう?
この武舞台に降り立った時点で、全ての盟友が肉弾戦が殴り合うか、特技等に分類されない魔法で戦うしかなくなるんだ。
ここまで理解したら、もう一度現在の状況を振り返ってみよう。
能力や特技を多用する他のメンバーは別として、元よりほぼ素手の格闘、まして運動強化魔法『幻歩』がかかったままのおれと、『魔霧』や『水支配』を使わ無くても鋭い爪や牙を持ち、身体能力も超一流であるロカさん。
相対するのは一切の特殊能力を封じられた、でかいだけで動きの緩慢な雪像。
あえて言おう「雑魚」であると。
さて、それじゃ仕上げと行きますかね?
「行くぞロカさん!」
「承知!」
おれはロカさんに跨り雪像に肉薄する。
そこで初めて抵抗を見せる雪像。
だが・・・遅い!
すでにロカさんは側面へ回り込んでいた。
ジャンプ一番、一気に雪像の腰付近まで跳び上がる。
ザクザクっとロカさんの鋭い爪が雪像に突き刺さって固定、おれは彼の背を踏み台に更に上空へ。
ポーラの示した弱点は正確に覚えている。
胸の中央より左寄り、云わば心臓の位置。
(やべっ!ちょっと飛び過ぎた!)
思いの外勢いが付き、頭と同じ高さくらいまで飛んでしまったが・・・このまま行く!
両手を合わせて組んで頭上に掲げた後、猛然と振り下ろす・・・所謂「スレッジハンマー」。
雪像の肩口にぶつかった瞬間、ロケットエンジンのイメージで魔力を爆発。
「いけるかな?」と思ったけど、普通に出来てしまった・・・。
どうやらおれの魔力の使い方は、特技や能力には分類されないらしい。
雪像は所詮雪像、魔力に後押しされたおれの一撃が、肩口から胸元まで一気に叩き落される。
「会場に・・・帰りやがれ!」
胴体の半ばほどに埋まった両手、最後に一際硬質な何かを砕いた。
震える雪像が本来の雪そのものに・・・いつも通り投げ出されるおれ。
予想の範囲だったか、或いは毎度のことで馴れたのか、落ちていくおれをロカさんが空中でキャッチ。
荷重など一切感じさせずに、シュタっと着地。
呆然とする仲間たちの視線を背に、おれとロカさんはハイタッチを交わすのだった。
P.S
「娘・・・なにゆえ、お主はいつも・・・!」
紳士的なロカさんが珍しく、ガチの激おこである。
無理もない・・・。
戦闘モードの2mサイズも相まって、その威圧かなりの迫力。
「ちっ、違うのロカさん!ボクは雪像を・・・。」
アフィナは足が痺れるまで正座させられた上、晩御飯抜きになりました。
まぁシルキーが結局食わせてたけどな・・・。
いつもお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。