・第二百四話 『雪像』
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アフィナの放った火球は、そのフォルムやポーラの言「ノモウルザの魔力に似ている」から推察される、青いおっさん所縁と思われる雪像にはかすりもせず、見事山の斜面・・・それも一撃で雪崩を引き起こせるような場所に命中する。
ゴゴゴゴと唸りあげ、細かな振動が伝わってきた。
斜面から剥がれ落ち、徐々に滑落を始める雪塊。
それにしても雪崩の進行方向、実に的確なルートだと言えよう。
このまま進めば・・・間違いなくおれたちを直撃するはずだ。
どこか冗談めいていて、思わず現実逃避したくなる。
おれは大慌てでぐったりするフォルテの傍へ。
アフロニートを小脇に抱えて振り返れば、ロカさん、ポーラ、そしてリライまでが同じ表情。
口をポカーンと開けたまま、迫りくる雪の濁流を凝視している。
思考が一瞬固まってしまったのだろう。
だがいつまでも呆けている訳にはいかない。
逃げる一択だと思いフォルテを回収したが、人の足・・・どころかリライやロカさんに騎乗せてもらっても、果たして逃げ切ることができるだろうか?
それでもだ、じっとしていたら事態が好転するなんてことは無いだろう。
「お前ら動け!このままじゃ呑み込まれるぞ!」
大声、仲間たちを無理矢理現実へと引き戻す。
「済まぬ主!」と叫び、即座ロカさんが反応、一瞬でおれの下へと駆け寄る。
その間におれは、邪魔なフォルテを金箱に押し付ける。
素直には入っていかない。
完全に脱力したフォルテは、盟友であるにも関わらず、まるで現実の人間同様、妙な重量がある。
(ええい!意識が無いからうまくいかんのか!?)
「キアラ!中から引っ張れ!」
おれの切羽詰まった声に慌てたキアラが、「は、は、は、はいぃぃぃ!」と叫びながらフォルテを箱内へ引きずり込む。
これ傍目から見たらかなり怖い。
某国民的コンシューマーゲームに登場する、人喰い箱orミミックそのものである。
それはともかく。
「ロカさん、『魔霧』か『水支配』で防げるか?」
彼なら或いは?と思い問いかけるも、返ってきたのは堅い声。
「主、さすがに厳しいのである。」
やはり難しいか・・・彼の視線の先、原因は明確だ。
ただの雪崩だけならばどうにかなった可能性はあった。
しかし今現在おれたちに迫る雪崩は、彼我の間にある森林を次々に呑み込み、巨木をなぎ倒して取り込んでいる。
これが異物。
当然雪そのものである雪崩とは違い、『水支配』では掌握しきれないし、速度と質量を兼ね備えた雪と巨木の暴威は『魔霧』の障壁すら貫くのかもしれない。
何よりロカさん自身が、不確かな結末を忌避している。
唯一の救い・・・と言えるのかはわからないが、森の上から顔覗かせる雪像がおれたちより雪崩に近い。
先に巻き込まれることになるだろう。
だが、当然それだけじゃ雪崩の勢いを相殺できるとも思えないし、最悪雪像を巻き込んで、その規模を更に膨れ上がらせる可能性すらあった。
「とりあえず・・・全員できるだけ距離を取るぞ!」
防ぐことも完全に回避することもできないなら、せめて威力を最小限に。
そのためにはまずこの場所から離れなければ。
おれはすぐ傍にいるロカさんに乗せてもらう。
ポーラはリライに飛びつき、するすると背中の鞍へ移動。
自身の行動でこの事態を引き起こしたことで呆然とするアフィナは、本来の姿である『一角馬』に戻ったシルキーが自分の背へ。
後で正座と説教は確定しているが、とりあえず今はまともに動いて欲しい。
大体にして、今までおれがどれだけアフィナの地雷に巻き込まれてると思ってるんだ?
今更っちゃ今更だし、お前はそんなことで落ち込むような殊勝な人間じゃ無いはずだ。
奴の辞書に「学習」とか「反省」って言葉が載っていないこと。
おれは間違いないと確信している。
あれ・・・なんか少し悲しくなってきた。
ともあれシルキーはグッジョブ、後で人参をやろう。
「ブルルッ!」
『一角馬』状態に戻ったことで、人語を話せなくなったシルキーが「怒るよ!」と目線で訴えかけてくる。
いやいや、今はそんな状況じゃないぞ?
済まん、原因はおれだな、遊んでる場合じゃない。
おれが決断した直後、雪崩の先端が雪像へと着弾。
無慈悲なる自然の暴威・・・(発端は完全に人為的な物)は、目も鼻も口も存在しない巨大な人型の雪像を、その腹中へと呑み込んでいく。
そこで初めて気付いたのか、雪像は緩慢な動きながら暴れだす。
しかしその姿もしばらくすると、雪煙に紛れて見えなくなった。
思ったより雪像の抵抗、或いは留めてくれた質量が大きかったのか、雪崩の勢い・・・目に見えて鈍った。
これを幸い、揃って爆発するように走り出す。
雪原走行に一日の長あるリライもそうだが、ロカさんとシルキーも十分速い。
パウダースノーに足を取られることも無く、木々の間・・・縦横に駆け抜ける。
見ればシルキーは雪面から少し浮いているようだし、ロカさんは雪と足が触れる際に淡く光っている。
双方、『空中歩行』や『水支配』と言った、能力を使用しているのは明白だ。
「山の斜面から側面に走れ!」
「ヴォフ!」「ヒヒーン!」
リライとシルキー、「了解!」とばかり嘶く。
雪崩は当然高いところから低いところへ、要は上から下に向かって落ちてくる。
これは自明の理。
速力が足らないなら下山するしかないが、このペースなら十分安全圏に回り込むことができるかもしれない。
滑落の範囲から逸れれば御の字。
雪像のおかげで鈍った流速と、現在騎獣となってくれているメンバーなら或いは・・・。
しかしおれは、その考えがまだ楽観であったことに気付いてしまった。
■
「いいぞ!そのまま行・・・!」
皆にかけるはずの励ましの言葉、あえなく途中で止まる。
(おいおい!ウソだろ!?)
直線よりも拡散して範囲を影響に置いたと見える雪崩。
その中央と思わしき部分が、自然の重力に少しずつ逆らったかと思えば・・・。
呑み込んだはずの雪像が立ち上がった。
正確には立ち上がったと言うより、下半身は雪崩そのもの、雪流から巨人の上半身がにょきりと生えてきた形。
雪崩ライド雪像である。
冗談にしても趣味が悪い、もちろん冗談なんかじゃないのだが。
余りにも非常識、数受けてきた理不尽の中でも中々ひどい状況に、一瞬遠い目をしたくなった。
おれの気持ちを他所、更に事態は悪化。
「避けろぉ!」
振り返らず一目散の仲間たち、結果把握できたのはおれだけ。
自身でもはっきりとわかる切迫した叫び、ギリギリ間に合う。
おれのただならぬ声に反応、ロカさん、シルキー、リライは咄嗟に横っ飛び。
ズッドォ!
おれを乗せたロカさんが走る予定だったルートに、轟音を立てて幹の半ばほどまで突き刺さる巨木。
「なっ!何事であるか!」
これにはロカさんも驚いた。
思わず急制動、反射的に背後を振り返る。
おれたちが止まった事を察し、シルキーとリライも停止しその動作習う。
期せずして振り返ることになったおれたちの目に映るのは、雪崩によってぶち折られ取り込まれた巨木を、陸上競技槍投げ宜しく投擲の姿勢で構えた雪像。
当然雪崩ライドのままである。
目が無いはずの雪像、明らかにおれたちを狙っているとわかった。
ただそこには感情など感じようもない。
雪像、おもむろに丸太そのものの巨木、振りかぶる、投げ下ろす。
「ロカさん!」
「承知!」
ゴッ!ズガァ!
ロカさんの身体から漆黒の霧、『魔霧』の障壁が飛来した巨木を弾き、双方粉々に砕け散る。
(一撃とか・・・マジか!)
ロカさんの『魔霧』はかなりの強度だ。
それこそ、相性が悪い光属性の攻撃すら、十分に耐えきって見せる。
そんな障壁がただの一撃、それも属性攻撃でも何でもない丸太の投擲によって粉砕されるなど・・・。
考えられることはやはり尋常ではない雪像の膂力と、純粋に巨木の質量による問題だろう。
「何と言う威力!主・・・まずいのである!」
ロカさんの焦燥も然り。
少しでも彼の負担を減じるべく、おれは雪原に降り立つ。
「セイ!また来るべぇ!」
ポーラの注意喚起、おれももちろんわかっている。
雪像の腕にはまたしても巨木が握られていた。
覚悟を決める、このままじゃジリ貧、逃げるのはやめだ!
「魔導書ッ!」
万感の思い込め、いつもより殊更気合を入れて開く『魔導書』。
おれの眼前に浮かぶA4のコピー用紙サイズ、六枚のカード。
『幻歩』を使用してから、即座に一枚のカードが補充されていた。
確かにそこにある答え、引いてきた一枚こそが道標。
立ち向かうと決意したなら、今までもカードは決しておれを裏切らなかった。
今回だって当たり前、それはもはや盟約と言えるのかもしれない。
ただ一つだけ不安があるとすれば・・・。
「キアラ、ジェスキスは動けるか!?」
箱の中へと呼びかける。
一瞬の間、飛び出すキアラの頭。
「も、も、も、問題無いって言ってますぅ!」
よし、これで憂いは晴れた。
「シルキー、リライ、ロカさんの後ろに回れ!ロカさん、あと一発だけ耐えてくれ!」
おれの指示に「ブルル!」「ヴォフ!」と答え、ロカさんの背後に移動する二頭の騎獣。
『人化』ができるシルキーは元より、リライは本当に賢い。
後で存分にもふってやろう。
そしてロカさん。
「その顔は主・・・!承知!」
おれの表情を見止め確信したのであろう、黙っておれより前へと・・・しっかりと庇える位置に移動する。
そしておれは二枚のカードを選択、一枚を瞳の紋章三つに変換。
召還の理を高らかに詠唱する。