・第二百一話 『氷積湖』
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマ励みになります^^
異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、最大の懸念・・・どうやら解決したようです。
兄貴もほっと胸をなで下ろした。
いや、ごめん、帰還がどうこうの話じゃない。
わかってる、もちろんそれが最優先ですよね。
兄貴自身、これが最大の懸念とか言ってる時点で「なんか違うか?」とは思っていたんだ。
でもさ、考えて見て欲しい。
これから、やたら凶暴な毛むくじゃらのおっさんとのガチバトルが控えている。
その前におれの箱内が、いつ終結するかもわからない戦争状態とか、どう取り繕っても最悪だろう?
まさに両翼をもがれた鳥・・・さすがにそれは言いすぎか。
いやでも・・・メインで戦ってるのがイアネメリラとリザイアなら・・・一応言っといた方が良いのか?
「お前たちがおれの翼だ!」
待て!その手に持った石を置くんだ・・・そう、ゆっくりだ。
違うんだ・・・秋広が全て悪いんだ。
■
ポーラの里から旅立つこと約一日。
特に問題も無く、実にあっさりと『罅割窟』を踏破した。
ポーラとロカさんの談だが、おれたちが地下に潜った分かれ道、今現在は完全に埋まっているのだが・・・そちら側ではない洞窟を抜けるための通路には、未だ氷雪系の魔物が居たらしい。
大物こそ居なかったと言うが、『雪蝙蝠』や『雪蜥蜴』を筆頭に、小規模な『雪狼』の群れもあったとのこと。
そのどれもがリライの気配を感じ取り逃げて行ったと、ロカさんが『索敵』、ポーラが『魔眼』を駆使して教えてくれた。
すげーな『平角鹿王』・・・まさにリライさまさまである。
リライが居れば普通に洞窟踏破できたんじゃねーのか?とも思ったが、さすがに『雪巨人』までは埒外か。
そもそもポーラの両親と、図らずも撫子姉さんを救うためにはその選択肢、最初から存在していなかった。
益体も無いことを考えている間に、おれたちは遠くに山脈を抱えた平坦な場所に辿り着く。
そこはどこまでも平らな場所だった。
もちろん白一色、どこにも生命の息吹は感じられない。
いや・・・一か所だけ木造の物体がある。
いかにも古めかしい、普通なら朽ちていてもおかしくない。
当然雪や氷が吹き付けられ、白く彩られてはいるのだが・・・逆にそのせいで経年劣化を感じさせないそれは、桟橋に見えた。
「桟橋・・・か?」
呟くおれを振り返り、ポーラがこくり頷いた。
「セイ、着いたべ。ここが『氷積湖』だぁ。」
『氷積湖』・・・『罅割窟』を抜けた先にある湖のなれの果て。
所謂、ノモウルザと共に封印された古代兵器の余波で凍り付いたとされる湖で、遠目に見える山脈に至るために避けては通れぬ場所。
唯一肉眼視できる桟橋が、前時代・・・まだ氷に閉ざされる前の名残と言うわけだ。
なるほど、確かにここが湖の凍った物だと考えれば、山裾まで続く平坦な地形も頷けるというものだろう。
「何にもないね・・・。」
アフィナがポツリ、シルキーもその言に反応して首肯を返す。
ポーレ長老の忠告では、湖の踏破は朝一から始めるべきとのことだった。
今は平穏に満ちた湖、どうも天候の変化が激しいらしい。
朝一からならリライの脚力で昼過ぎには渡りきることもできるが、いくら強固な氷とはいえ真夜中に湖の上を歩くのは確かにゾッとしない。
現在の日差しは中天、どう考えてもお昼時だ。
「セイ、どうするだ?」
おれの思考を把握してか、ポーラがお伺いを立ててくる。
「周囲の安全はどうなんだ?」と問いかけたおれに、「おいの目にはなんも映らねぇべ。」との答え。
リライの頭部にすっく立ちしていたロカさんも、振り返ってしっかりと頷く。
ならば是非もない。
そろそろ真剣に解決しなきゃいけないこともあるしな・・・。
「リライ、休憩にしよう。あの桟橋の方へ向かってくれるか?」
ポンポンと身体を叩いてやり、語り掛ければ賢いリライ、「ヴォフ!」と一鳴きして正しくおれの示す方へ歩を進める。
リライから降りて野営の準備。
できれば風が遮れるような遮蔽物が欲しかったんだが・・・一面更地ではどうしようもない。
しかしおれが何を言った訳でもないというのに、リライはその巨体を横たえ腹這いになる。
「自分を使えって言うのか?」
「ヴォフ!」
奥さん聞きました?この子なんて賢くって健気なんでしょう!
おれは彼を優しく撫でながら、申し出を有難く頂戴する。
彼を起点に『図書館』から出した天幕を設置、簡易の拠点を形成。
白ウサのお姉さんからもらった毛皮をふんだんに敷き詰め暖を取る。
「リライ・・・ナチュラルにセイを誘惑・・・恐ろしい子!」
すわっと目を見開いたアフィナとシルキーが手を繋ぎ、何やら天幕の陰からブツブツ言っている。
お前らは一体何がしたいんだ・・・。
寒いからさっさと入れ?
■
ダッチオーブンをかけたたき火を見つめながら一息。
仲間たちも思い思い寛いでいる。
昼食兼夕食は、『カード化』してあった宴会料理の残りを温め直し、簡単に済ませていた。
今は食休みと言ったところか。
リライの飼料は何だろうかと思ったが、どうも結構な雑食、ほとんど好き嫌いも無いらしい。
要は肉も魚も、野菜だって何でも食べるらしい。
まぁ特に喜んでたのは生野菜と、おれが作ったコンソメスープもどきだったが。
熱々のスープへ丁寧に息を吹きかけて冷まし、ゆっくりと舐めとる姿には色々とつっこみたくなったものだが、リライの賢さならそのくらいのことはしてもおかしくない。
むしろスープを飲み乾した後のやたらキラキラした瞳が、おれの料理チートを再認識させて冷汗タラリだった。
この子も・・・どこかの残念みたくなったりしませんよね?
さて、馬鹿なことを考えて誤魔化すのも限界か。
いい加減向き直ろうと思う。
現実問題、VS青いおっさんで苦汁を舐めたばかりなのである。
ただ・・・これだけは思う。
ロカさんすまん、先に謝っておく。
「ロカさん・・・悪いんだが・・・。」
おれの膝の上、完全に子犬と化して丸まっていたロカさん。
声をかけた瞬間、目に見えてビクリ、全身を強張らせたのがわかった。
「主・・・吾輩・・・もうアフロはいやなのである!」
振り返って見上げてきたロカさんの瞳に溜まる涙、心がぎゅっと締め付けられそうだ。
案の定彼は正確に理解していた。
おれの頼みたいこと・・・つまり、箱内の状況を探ってきて欲しいということを。
「そういえば・・・フォルテ様も帰ってこないね?」
あのニートにも様を付けるあたり、アフィナの『伝説の旅人』好きはもはや信仰の域に達しているのだろう。
シルキーとポーラは何も言わないが、ロカさんのただならぬ様子に不安そうにしている。
「そのこともある。フォルテとのラインはまだ繋がったままだから、魔力が切れた訳でも箱内でえらいことになってる訳でも無いとは思うんだ。現状なら同行して欲しいとこだが・・・最悪送還するのもやむなしだと思ってる。そのためにも一度出てきてもらわんとな?」
おれの言葉に逃げ場無しと、悲壮な覚悟を決めたロカさんは膝の上から降りて、キリッとした表情に変わる。
「わかったのである!しかし主、吾輩を本来の姿へ!吾輩がリザイア殿とイアネメリラ殿を屠ってでも、フォルテを連れて戻るのである!」
いやいや、本来の姿に戻すのは良いけどさ。
リザイアとイアネメリラ屠ったらあかんよ?
おれから魔力譲渡を受け、2mの戦闘モードにチェンジしたロカさん。
「ええい!ままよ!」とどこか聞き覚えのある気合の叫びと共に、金箱の中へと飛び込んだ。
箱から彼の叫びが聞こえる。
「ぬぅぅ!まだやっておるのであるか!リザイア殿!イアネメリラ殿!いいかげ・・・のあっ!ぐああああああ!!!」
明らかな悲鳴である。
まじで箱の中どうなってんだよ?
覗けないのが幸か不幸か・・・いやたぶん幸運なんだろう。
おれの精神安定のためには。
「あ、ロカさん!やっと戻ってきた!手伝ってください!イアネメリラさんがとうとう堕天ファイナルモードにぃ!」
次いで上がるフォルテの絶叫。
ねぇ、それより堕天ファイナルモードってなに?
初耳なんだけど・・・そんな機能がイアネメリラに付いてるの?
いやいや、そもそも貴女すでに堕天使じゃないですか、ヤダー!
「ぬぅぅ!小癪なぁ!ラカティス殿もジェスキス殿も何をしてるのであるか!このままでは・・・このままでは・・・うおおおお!?」
ちょ!このままでは何なの!?
今回の事変、見事に箱外までダダ漏れである。
ロカさんとの付き合いが長いアフィナとシルキーは元より、この大陸で決して浅くない友誼を結んだポーラも金箱から目が離せない。
耳からしか入ってこない情報が、なお一層おれたちの不安を煽る。
「当たらなければどうということはないのである!」
「盟友の階級の差が、戦力の決定的差で無いことを教えてあげます!」
なんか色々まずいセリフが聞こえた気がする!
それにフォルテ、お前もイアネメリラも階級は英雄!差は最初から無いぞ!
「おのれ!これでもだめであるか!?・・・みんな、吾輩に魔力を集めるのである!」
ロカさんの悲痛な決意を感じさせるセリフ。
なぜ少年漫画のVSラスボスみたいな展開が繰り広げられているのか。
疑問は尽きない。
なんかとんでもない大事になってる気がするんだけど、これっておれの箱の中でイアネメリラがご乱心ってだけの話じゃなかったの?
箱内が急に静かになる。
ややあってロカさんの危険な一言が聞こえてきた。
「・・・やった・・・であるか!」
あかん、ロカさんそれフラグー!
「・・・危ないロカさん!うわぁぁぁ!!!」
「フォルテ!?吾輩をかばって!?ぬおおおお!」
もうほんと何が何やら・・・とりあえずイアネメリラの鎮圧には失敗したのかな・・・。
ロカさんとフォルテも魔力のラインは切れてないから、箱内で戦闘不能とかじゃないんだろうけど。
仲間たちの表情も暗く、おれ自身絶望しかけた。
声だけしか聞こえてこなかった金箱が、突如眩い黄金光に包まれる。
ボフっと飛び出し毛皮に突っ込むのは、見るからに弓兵然とした革鎧に身を包む小柄な少年。
フォルテだ。
「うぅ・・・ひどい目に・・・。」
のそのそと立ち上がるフォルテに声をかけようとして噴き出した。
なぜなら、奴の頭部がロカさんも真っ青のアフロに変貌していたのだから。
相変わらずしっかりと目が隠されているのは何なのか。
「若様・・・笑うなんてひどいですよ?」
いや、そりゃ笑うしかねーだろ。
しかしその衝撃は、次いで現れた真打によって完全に食われてしまう。
箱から真っ黒な毛玉の塊が飛び出してきて、すぽっとおれの腕の中に納まる。
「黒い・・・まりも?」
そうとしか表現できない・・・いや、正確にはもうわかっている。
その真っ黒なチリチリの中に、見慣れた赤い瞳が輝いているのだから。
「主・・・なんとかあのじゃし・・・もとい、イアネメリラ殿は落ち着けたのである。ジェスキス殿がほかの者にも回復を施していた故、しばらくすれば箱内は元の状態に戻ると思うので・・・ある。」
そこまで言ったロカさんは、「けふっ」と黒い煙を吐き出し気絶した。
「「「「ロ、ロカさーん!?」」」」
期せずしておれと仲間たち、全員の叫びが綺麗にハモる。
ロカさん、君の挺身は永劫忘れないよ・・・まぁ普通に生きてるけどね?
フォルテ・・・?
うん、誰にも構われずに人知れず気絶してたよ。
日頃の行いって大事だよね。
とりあえず・・・しばらくイアネメリラは呼ばない!絶対に!
ここまでお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。