・第百九十八話 『宴の後』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、いかな強敵とは言え倒せないもんじゃない。
兄貴は頑張ったぞ!
たぶん・・・賞賛の域に達する類の物だと思う。
「また戦闘!?」いや、ちが・・・ある意味戦場だったけど・・・。
だって、獣人族の皆さんがな?どうも初対面の時は遠慮してたらしくてだな。
本気だしたらまじすげーのよ。
なにが本気って・・・うん、尋常じゃない健啖ぶりだったんだ。
いや、あの、料理なんですがね・・・。
鯔族の漁師さんが秘蔵の燻製鮭を引っ張り出し、そいつを片っ端からスライスしてクリームチーズやオニオンスライスを盛りつけたり。
「お手伝いする!」と気合の入った獣人幼女に、一口サイズのウインナーやボイル野菜を爪楊枝で纏める作業をさせたり。
そんな簡単な作業中に、なぜかアフィナから爪楊枝を刺されたロカさんを救出したりだな。
撫子姉さんお手製のミートローフに、久々舌鼓を打ったりしていた。
うん、そんな冷たい目で見なくていいと思うんだ。
別に状況を楽観してる訳じゃ・・・遊んでないよ。
ほんとだよ?
■
宴もたけなわだろう。
急きょ設営された里唯一の広場、宴会場は中々に惨憺たる状況だった。
獣人族の奥さん方総勢とおれや撫子姉さん、それにお手伝いのシルキーや邪魔係りのアフィナ。
それぞれがあり得ないほどの料理を用意したのだが・・・。
地面やテーブルに空の皿や杯が乱雑に放り投げられ、男衆は見事撃沈。
奥さん方に蹴り起こされ各々の自宅へ帰っていく。
さすがに子供たちは途中で寝かしに行っていたがな。
うちの残念と馬の方も力尽き、さっき長老の家に転がしてきた。
結構な強行軍だったし、またしても神様登場だったからなぁ。
天幕から広場に戻れば、人もずいぶん疎らになっていた。
おれもやっと人心地、約三時間ぶりに座れましたよ。
ロカさんがてくてくと近付いてきて、ジャンプ一番、おれの膝の上で丸くなる。
白夜のおかげで十分明るいんだが、暖と景気づけの為?煌々と焚かれたかがり火の下、まんじりともせず、紅茶のカップを傾ける。
ついさっきまではそれなりに人も居たんだが、今はもう長老を加えたポーラ一家と、おれ、ロカさん。
あとは・・・アルカ様とノモウルザの祭壇を見に行った撫子姉さんだけだろう。
目的は聞いていない。
神となった撫子姉さんにしかわからない何かがあるようだ。
時折響くポーラ一家の会話をBGM、静かな時間流れる。
ある意味での人払い、おそらくだが・・・里の連中も気を利かせたんだと思う。
家族水入らずってのもあるんだろうし、撫子姉さんのこともある。
ほとんどさっくりした説明しかしていないのだが、彼女が『狂気の女神』アギマイラと同じ姿であることに気付いていないのは、一部の幼い子供たちだけだった。
それでもおれたちを信用し、何も説明を求めずに受け入れてくれたここの住人たちは、よっぽど懐が深い。
もちろん、ポーロ氏やロントラさんの生還って言う影響があるんだろうけどな。
ロカさんもおれの膝の上、伏せった状態で静かな寝息を立てている。
寝ていたロカさんの耳がピクリ、ふいに背後に人の気配。
良く知っていた懐かしい、何とも言えない柔らかな気配。
「せーちゃん、お疲れ様。」
「姉さんもね。」
そんなやり取りを交わし、撫子姉さんがおれの横にふわりと腰かけた。
姉さんはおれの手杯を覗き込み、「何を飲んでるの?」と尋ねてくる。
「紅茶・・・ぽいものだよ。姉さんも飲む?」
『図書館』を展開しながら答えれば、「ふふ・・・。」と柔らかい微笑み。
「撫子はお酒が良いな?」
(ああ、そういやこの人お酒好きだったな。)
そんないつかの思い出を想起しながら、『図書館』を操作。
酒は・・・料理酒以外無かった気がする。
おれたちの会話を何処となし聞いていたのだろう。
ポーレ長老が、酒杯と酒瓶を持ってのっそりと顔を出す。
「お二方、わしらも混ぜてもらって良いべかのぅ?」
「ああ、長老気にしないでくれ。姉さんに酒を入れてやってくれるか?」
おれはこくり頷き、撫子姉さんも「もちろん。」と笑顔を見せた。
ポーラとポーロ氏が連れだって席に着く。
最後にロントラさんが、多少残った料理の見栄えの良い部分を皿に纏めてテーブルへ。
こういう心遣いは助かるな。
作るのがメインでおれ、ほとんど食ってないんだよ。
円形のテーブルに各々腰かけ、誰となし杯を軽く打ち合わす。
乾杯の文化は異世界でも共通らしい。
因みにおれ以外・・・同い年のポーラも飲んでいるのは酒だ。
白熊族は酒にめっぽう強いそうな。
おれはと言えば・・・。
串に刺してあるウインナーをはずしてロカさんの口元へ、おれは下の部分・・・フライドポテトをつまむ。
しばし沈黙が過ぎる。
ロカさんの「むむ!これはなかなか・・・。」などと言う呟きと、モグモグ可愛らしい咀嚼音を聞きながら、各々杯を重ねていた。
程なくして・・・。
撫子姉さんが表情を陰らせ、「ほぅ・・・。」と物憂げなため息を吐いた。
全員の視線、自ず彼女に集まる。
姉さんが「祭壇を見に行く。」って言った時から何となくは察していた。
たぶん詰めなきゃいけない話がある。
■
まぁ予想通りっちゃ予想通りだった。
青いおっさんご乱心である。
いや、祟り神としてなら本懐なのかもしれないが。
要は・・・姉さんがノモウルザの祭壇を調べたところ、「祟っちゃうぞコノヤロウ!」状態だそうで。
おれたちや、本来なら自分の信者であるはずの白熊族、白兎族にまで見放されたこと。
しかも分身体だったにせよ追い返された原因が、権能を減じた二柱の女神や、パッと見ただの人族なおれだった。
奴としては甚くプライドを傷つけられたそうな。
こちらとしてはまさに、「知らんがな。」である。
「はぁ・・・で、姉さん?あのおっさんはいつ、何をしようとしてる?」
話の一段落、うんざりとした思いをため息に変えて吐き出し、撫子姉さんに問いかけた。
彼女は悲しげに眉を八の字にする。
「何時っていうのは正直わからない。ただ・・・そんなに時間は無いと思うよ。やろうとしてるのは・・・伝わってきた魔力の波形から察するに・・・無差別の雪崩とか吹雪かな・・・?」
(おいおい・・・。)
自分の頬が引き攣ってるのがわかる。
シャレにならんってレベルじゃねぇぞ?
『氷雪神』の称号そのまま、無差別雪崩と吹雪のテロかよ。
「無差別ってことは・・・おれたちがここから移動しても?」
宴の時間はまずかったか・・・いやしかし、アフィナやシルキーは割と限界だったと思うし・・・。
思い悩むおれに、撫子姉さんはゆるゆると頭を振る。
くそっ!この里の連中は関係ねぇだろうが・・・。
「今はアールカナディア様が、神々の領域から干渉を制限してるみたいだけど・・・。」
一度切ったセリフは「・・・長くは持たないと思う。」と締めくくられる。
こうなれば答えは一つしかない。
いや、きっと最初っから答えは出ていたんだ。
「主!吾輩は、一応言わねばならないのである。無茶はいかんのである。」
今まで黙って話を聞いていたロカさん。
おれを見上げるその赤い瞳には、確かな諦めが宿っていた。
さすが・・・長い付き合いだな。
「ノモウルザは・・・おれがぶっ飛ばす。」
この地域の守護神と言われている存在に対し、決定的言葉を吐いた。
もはや後戻りはできないだろう。
「せーちゃん・・・。」「主・・・。」
何か言いかけて止める、そんな撫子姉さんとロカさん。
その時、ポーレ長老が重い口を開いた。
「息子や孫にも話は聞いておったが、ほんにノモウルザ様がのぅ・・・。」
宗教の根は深い。
特に神が現実に顕現するこの世界なら・・・。
例え血を分けた息子や孫の言葉でも、実際に目撃した訳ではないポーレ長老が、俄かに信じられなかったとしても仕方のないことだ。
だが・・・黙考する長老は言う。
「ですが・・・今わしらの目の前には、アギマイラ様が顕現しておられるべ。他国の神と言え、その言に疑う余地は無い。ましてや主神アールカナディア様も、息子たちをお救いくだすったと言うべ。それに比べてどうだべ?わしらが信奉しておった『氷雪神』は、罪も無い女神を捕らえ、あまつさえ主神様を喰らおうとしたと言う・・・。そのうえ更に祟り?わしらを馬鹿にするのも大概にするべ!」
長老の言葉にポーラたちがこぞって頷いた。
彼らの表情は真剣そのもので、冷汗が背中を伝っていく。
何だろうか?信じていたからこそ裏切られた思いが深いのか?
だが・・・このセリフに続く危険性、おれはそれを言わせてしまって良いのだろうか?
いずれこの世界を去るおれが、この世界で暮らしていく彼らのアイデンティティーを・・・。
言霊ってあるだろ?
言葉は力だ。
一度握った拳は解けても、口から紡いだ音は決して消し去ることはできない。
「ポーレ長老・・・それは!」
止めようとしたおれを手で制し、ポーレ長老は朗々と告げる。
「それにわしらはすでにセイたちと友誼を結んでおりますべ!『メスティアの民は何よりも友誼を重んず』。わしの・・・遠い祖先からの決して違えることならぬ掟だべ!今この時より・・・ノモウルザ様・・・いや、悪神ノモウルザはわしらの敵だべぇ!」
一度瞑目した長老、再度開いた眼差しに迷いの色は一切なく、何とも男臭いウィンクを向けてくる。
■
宣言に面喰らい二の句が継げないおれと撫子姉さん。
瞬間、怒号が冷たい空気を割り割いた。
「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」
「話は聞かせてもらったべぇ!」
「良く言った!良く言ったべ!里長ぁ!!!」
「んだべ!んだべ!アールカナディア様を喰らおうとするなんざ、神様の風上にも置けねぇべ!」
「こんな若い友達が戦うってのに、あたしらが何もしない訳にゃいかねぇべ!それにあたしらにゃ女神さまが二柱もついてるべさ!」
「んだぁ!アールカナディア様とアギマイラ様のお墨付きだべぇ!」
里の大人たち大集合である。
どうやら密談だと思っていただけで、里の衆にはまるっと聞かれてしまっていたらしい。
それにしても・・・アルカ様と撫子姉さんの評価が思いのほか高ぇな?
まぁ実際敬うにしても、見目麗しい美女と毛むくじゃらの青いおっさんとか、二択の余地も無いわ。
大人たちの意気はとどまるところを知らず。
せっかく寝かしつけただろう子供たちも起きてしまい、大人たちの傍でぴょんぴょん飛び跳ねる。
なんかもうすげーんだけど・・・酒瓶とか握りしめた鯔やら海驢やら、果ては白ウサのお姉さんとかまで「やってやる!やってやるべ!」なんて闘志を剥き出しに。
色々溜まってたんだろうか・・・。
この状況で全く起きる気配のない、うちの残念と馬の人はどうなってんだ?
盛り上がっていく村人たちと反比例。
どんどんおれの心は静かになっていく。
素直に気持ちはありがたいと思う。
ただ・・・何と言うか・・・普通の村人に神様とドンパチは無理ですよね?
決定的瞬間は刻一刻と迫っていた。
一しきり騒いだ後、ポーレ長老が皆を鎮める。
「セイ、それにアギマイラ様!わしらの覚悟はわかってもらえたと思うべ!これは勢いで言ってるんじゃ無いべ!ただ・・・わしらは所詮田舎の村人だべ。魔物程度ならまだしも、神様となんか戦ったことは無いべ・・・。」
長老は意外と冷静だった。
良かった、竹槍握って突貫とかされたらどうしようかと・・・。
そりゃ神様とガチンコした人の方が少ないと思いますよ?
あれ・・・おれ、この数か月で二回目?これから三回目・・・?
なんだろう、おかしいな、目から汗が・・・。
しかし・・・おれの懸念は続けられた言葉で現実のものとなる。
「お願いするだ!わしらにできることを、戦い方を教えてくれ!」
興奮のまま視線が集まる。
うわぁ・・・全然わかってなかったYO!
おれは、殊更ゆっくりと頷いた。
全員の視線、おれの顎先に集中している。
まるで次の言葉を催促する如く。
「えっと・・・とりあえず、『平角鹿王』を一頭、都合してくれるか?」
「もちろんだべ!」
即答である。
それは良い・・・しかし、彼らの目は「それからそれからぁ!?」と、雄弁に語っている。
おれは撫子姉さんとそっと目線を交わした。
アイコンタクト、二人の意見は一致している。
「わしらには他に何ができるべ!?」
沈黙に耐えられずポーレ長老、村人も期待を込めておれの言葉を待っている。
万感の思いを込めて、おれは告げた。
「待機かな・・・?」
「ズコーーーーッ!!」
一斉にずっこける村人たち。
子供も一緒に、まるで示し合わせたかのようなタイミング。
どこの雛壇芸人だよ。
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