・第百九十六話 『アイドル』後編
緩やかに風景が後方へ流れていく。
山本の運転するロールスロイス。
アスカのお気に入り・・・ピンク色のアレだ。
後部座席のコンソールを、アスカがいくつかタップ。
車窓が不思議な光沢を帯び、マジックミラーへと変化する。
趣味の良い落ち着いた感じのティーセットが現れ、彼女の手ずから友人たちに紅茶を振舞う。
(相変わらずすごいなぁ・・・。)
美祈は何度か乗せてもらったことがあるため、漠然とそんな風に考えていただけだが、今回初の同乗となる若菜は完全に気圧されていた。
それでもおいしい紅茶で一息つき、三人の少女は誰ともなし・・・視線で会話。
再度コンソールを操作し、運転席と後部座席を遮る強化ガラスを開く。
夢ではなかった。
彼女たちの目には、やはり普段の黒スーツの上にピンクのハッピを着こみ、黙々とハンドルを操作する山本の姿が飛び込んでくる。
何とも言えない空気が流れ当然の帰結、主であり最も彼と親しい間柄であるアスカが口火を切った。
「ええっと・・・山本?そ、その・・・ふざけた格好は何ですの?」
所在無げ、己の縦ロールを弄りながらアスカが問う。
「はっはっは!どうですお嬢様、似合いますか?」
バックミラー越し、サングラス装備の山本が一目でわかるイイ笑顔。
完全に意表を突かれ、二の句が継げないアスカに気付くことなく山本は語る。
「いえね、親衛隊長殿に私のアスカ様に対する忠節を見込まれてですね。ぜひ名誉会長としてMAWのお三方をお守りして欲しいと頼まれたのです。いやぁ、彼らも親切な人たちですよ。ハッピと鉢巻が羨ましい旨を伝えたところ、私専用の戦装束を準備してくれました!」
妙に誇らしげ、肩に「アスカ様命」と銘打たれたピンクのハッピを見せつける。
「PUPAの戦装束も、これにしようと思ってるんですよね!」などとのたまう彼を、少女たちは死んだ魚の目で見つめていた。
(それはどうなんだろう・・・?)
期せずも同じことを考える少女たち。
凄腕且つ万能なSS山本は、ことアスカの絡む事由において時折明らかな迷走をする。
今回もそれが原因だろう。
三人は何も言えなくなり、アスカはそっと窓ガラスを閉めた。
どうにも目の毒である。
「あ、愛されてるね・・・アスカちゃん。」
若菜は己の笑みがひきつっているのを理解しつつも、思わずそんな軽口をたたく。
「あ、あ、あ、愛!?愛されてるなどなどなど!!?」
突然放り込まれた爆弾にアスカは過剰反応、不自然にドモりまくり顔が真っ赤になる。
誰が見ても明らか、アスカが山本のことを憎からず想っていることは明白だ。
これはさすがに、美祈と若菜揃って生暖かい視線を向けていた。
「そ、そ、そ、そんなことより!わかなちゃん!お家まで送らせて頂きますわ!」
赤らんだ顔を誤魔化すように、豪奢な金髪ロールを振り回してアスカ、強引な話題転換を行う。
その言葉に若菜は、申し訳なさそうに目を伏せた。
美祈が彼女の様子に気付き、「わかなちゃん、どうしたの?」と気遣う。
しばし逡巡、意を決し顔を上げた若菜の瞳には、熱い情熱が籠っていた。
「二人に・・・お願いがあるの!」
居住まいを正し真摯、美祈とアスカの顔を順繰りに見詰める若菜。
その態度に少々気後れしながらも、「なに・・・かな?」と先を促す。
「二人はこれから『リ・アルカナ』をしに行くのでしょう?私も・・・一緒に連れて行ってもらえないかな?」
「それ・・・は・・・。」
予想外の申し出に、思わず口ごもる美祈。
アスカも困り顔だった。
歓迎されていないのは若菜にもわかっている。
しかし一度唇に乗せた以上、彼女は引くつもりは無かった。
「一緒に遊びたいから?違うよ。二人が遊びでやってるんじゃないってことはわかってるつもり。私には想像しかできないんだけど、もしかして・・・失踪したお兄さんとお姉さんのことが絡んでいるんじゃない?」
絶句・・・時が止まったようだ。
ポロリ洩らされた一言は、美祈とアスカ両名から、完全に表情を消し去った。
断わっておくが二人、異世界転移してしまったのであろうセイとホナミに関して、若菜に語ったことは無い。
ましてや彼、彼女らは近しい人間からさえもその存在を抹消されている。
唯一例外なのが美祈やアスカと、一部のタロット持ち・・・伊葉や山本、宗一郎などの面々である。
「どこで・・・それを聞きましたの?」
「アスカちゃん!」
普段からは絶対想像できないゾッとするほど冷たい声。
迸る警戒心を隠そうともせず問い質すアスカは、整った容貌と相まって凄絶な迫力を醸し出す。
アスカの物言いに、堪らず美祈が諌めた。
二人の様子に若菜、逆に得心と確信を抱く。
自身の可愛らしいバッグ、女子高生に人気のブランド物であるそれを開き、中から金色の箱を取り出した。
『リ・アルカナ』のトップランカーである美祈とアスカにとっては、余りにも見慣れた・・・むしろ見ない日が無いであろう代物。
間違いなく『魔導書』を収納する為のBOX。
「これを・・・見て欲しいの。」
若菜の眼鏡、キラリ光った。
■
いつもの三人、美祈とアスカに山本、そこに新たに加わった一人。
見るから賢そうな図書委員、制服が同じなのだから美祈とアスカの学友なのだろう。
それはわかるが・・・なんのつもりだ?
革張りのソファーにドカッと腰かけ、四人を出迎えた筋骨隆々の男。
彼は間違いなく人を2.30人殺しているはずの凶悪な人相を一層顰めた。
「チッ!」
図らずも漏れる舌打ちが、彼・・・『リ・アルカナ』世界ランク第二位、『戦車』のブラッド・伊葉、正直な気持ち。
図書委員が完全に怯えた目、美祈に小声で「ヤの付く職業の人?」と尋ねているのも気に食わないし、相変わらず事前連絡のない山本の飄々とした態度もイラつく。
(・・・と言うかアイツは、なんつー恥ずかしいもん着てるんだ?)
MAW親衛隊云々の話、事情を知らない伊葉にはピンクの装束が目に痛かった。
むしろふざけているとしか思えない。
なんとも言えない空気が漂い、凶悪な視線を避けるようにしながら図書委員は呟く。
「みきちゃん、あの目は絶対犯罪者の目だよ?本当に大丈夫?もしかして・・・何か弱みでも・・・。」
慌てた美祈が「し、失礼だよ!若菜ちゃん!」と窘めるが、若菜と呼ばれた少女の胡乱な目は変わらない。
「おい、嬢ちゃん。全部聞こえてるからな?」
途端「ひっ!」と乾いた悲鳴、身長150cmに満たない美祈の背後に隠れる若菜。
伊葉は後ろ頭を乱暴にガリガリと掻き、深々と嘆息した。
結局伊葉が警察手帳を提示することで一応の納得を得る。
(むしろなんで俺が自分の保身をせにゃならんのよ・・・。)
ささくれ立つ伊葉の気持ちこそ真理だろう。
ただまぁ・・・彼が町を歩けば予備軍の皆さんは揃って壁とお話しするし、野良犬や野良猫はこぞって逃げ出す。
見た目とか雰囲気と言うもの、人格を慮る重要なファクターだ。
それはともかく。
本日も修行予定な三人は良いとして、新顔の若菜・・・突然の訪問。
はたしてその真意は何なのか。
勧められたままに三人の少女、伊葉の対面に並んでソファーに腰かけた。
「伊葉さん、この子は井上若菜、わたしとアスカちゃんのクラスメートです。」
伊葉のブラックコーヒーや少女たち用の紅茶を用意する山本を尻目、胸ポケットからくしゃくしゃの煙草を取り出し火を点けた伊葉に、美祈が代表して紹介する。
「ふぅん」と気のない返事をしながらも、伊葉は目線で先を促した。
「今日彼女をここに連れてきたのは、伊葉さんに相談があったからなんです。」
そう前置きして美祈は、若菜の持つBOXの件を切り出した。
コトリ、小さく硬質な音を立て、ガラスのテーブルに置かれた金の箱。
「見ても?」問いかける伊葉に、即座頷く若菜。
伊葉の掌にすっぽりと収まるサイズ、蓋を開き中に収納されているカードを確認していく。
言ってしまえば何の変哲もないカード束。
パターンは『レイベース帝国』を軸として、異界属性の盟友で補助した、二色の『魔導書』と言えるだろう。
一枚一枚確認していた伊葉の手が止まり、瞳に驚愕がありありと浮かぶ。
(こいつぁ・・・!)
伊葉は一枚のカードに目を奪われる。
そのカードとは・・・。
『リ・アルカナ』の背表紙はそのまま、大鎌を携えた骸骨のイラストに、『死』と名称が書かれていた。
そして彼は、そのカードに触れた瞬間、あり得ない光景に襲われた。
真っ白な空間、何事か話し合う桜庭春と鈴原保奈美。
そして一人だけ事務イスに腰かけた堤浩二。
「ハル・・・ホナミ・・・それにツツジだとっ!?」
知らず洩らした呟き、三人の少女と山本もこの光景を見ていた。
音声はないまま映像は続く。
それは迫る黒衣の青年や人魚、漆黒の翼持つ美女と影そのもののような男。
侍らせた蛇頭人身、クリーチャーの群れ。
セイとマドカの戦いの情景だった。
そして・・・映像の最後は冷たく見下ろすハルの顔と八枚翼の天使。
天使の放った光の槍が眼前いっぱいに広がるところだった。
「かはっ!」
伊葉は思わず咳き込む。
余りにもリアル過ぎたのだ。
まるで自分に光槍が振ってきたようなイメージ。
「死・・・デス・・・円谷翔太・・・マド・・・カ。」
この光景、手にあるカードがラインを繋いだ。
途轍もなく気分が悪い。
伊葉は胸に手を当て呼気を整える。
「これが・・・私が今日ここへ連れてきてもらった理由です。」
静かに語る若菜と伊葉の視線が交錯した。
彼女は美祈、アスカが参加した世界大会のネット配信を見て、自身も興味を持ちカードを購入したらしい。
そして公式にも登録されていないカード、『死』と遭遇しあり得ざる光景を目撃した。
その際・・・忘れられているはずの他者、タロット持ちのトップランカーたちの情報も、全て入手したと言う。
まるで異世界転移を擬似的に体感したかのように震えたとの言、同様の光景を見た一同には到底否定できるものではない。
『地球』に現存する称号持ち、伊葉や山本のことなどは知らなかったことが、却って今回の異変に信憑性を持たせていた。
「私にも・・・美祈ちゃんのお兄さんや、アスカちゃんのお姉さん・・・他の皆さんを救うお手伝いをさせてください。」
「危険だ。」「関係無い。」と一蹴するには、若菜の決意に満ちた瞳、余りにも澄んでいて・・・。
一同押し黙ったまま、いたずらに時が流れていく。
不可思議な歯車が回りだしていた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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※次回はセイ視点に戻る予定です。