・第百九十五話 『アイドル』前編
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※三人称視点 地球側のお話です。
SSっぽいですが本編ですw
とある商店街。
大通りから一本入った人通りの疎らな裏路地。
制服姿、三人の美少女が人目を憚り走っていた。
それは明らかに何者かから逃げていると言った焦燥感を見せるもの。
三人の呼気は総じて荒い。
時間はほぼおやつ時、曇天とはいえもはや夏。
陽光が降り注いだり、アスファルトから照り返したりこそしていないが、それでもこの季節この時間に駆ければ自ずと身体は火照る。
一しきり駆け抜けた後、誰ともなく足を止め、揃って胸元に手を。
ゆっくりと深呼吸、各々心の臓を落ち着ける。
栗色の髪をショートカットに、小柄で童顔にも関わらず、何とも不思議な色香を放つ少女。
主人公『悪魔』のセイ、最愛の妹である九条美祈が言った。
「さすがに、もう、諦めてくれた、かな?」
呼吸を整えながらの問いは誰ともなし、もちろん共に追手を避ける二人の友人に向けられたものなのだが。
残念、その答えは両者ともに持ち合わせていないようだ。
豪奢な金髪を冗談みたいな縦巻きロール、スーパーモデルのように均整の取れた肢体、大財閥の令嬢でもある少女。
天京院飛鳥は、秀麗な眉目を器用に歪ませて肩を竦める。
「本当に一体何なのでしょう?ワタクシたちがアイドルだなんて・・・美祈ちゃんと若菜ちゃんならともかく、冗談が過ぎますわ・・・。」
彼女の言に慌てて異を唱えたのは美祈だ。
「ななな!何言ってるのアスカちゃん!わたしの方がお門違いだよぅ!」
ため息交じり、「こいつらまじか。」と視線を向ける図書委員。
黒髪のおさげを整え、走ったことで曇ってしまった眼鏡を拭いていた少女。
二人の親友でもある井上若菜は、拭き終えた眼鏡をかけ直して気持ちを抑えつける。
一見して明らかな美少女「すわ!イヤミか!?」とすら思えてしまうが、この二人に限ってそれは無かった。
完全に天然、信じられないことだが二人そろって、やたらと自己評価が低いのだ。
むしろこの二人に並ばされた、自分の身の上こそが哀れである。
それでも情に厚い若菜としては、今更この気の良い友人たちから距離を取ると言う選択肢、持ち合わせていなかった。
意を決し、努めて真剣な表情を作る。
「みきちゃん、あすかちゃん、もう認めようよ。私たちのあずかり知らない所で、すでに状況は動いてる。何とかこの場を切り抜けないと・・・。」
言いかけた言葉が途中で止まる。
三人の耳には「MAWはどこだー!」「今日は三人揃ってるらしいぞー!」「感じる・・・ッ!俺のセンサーが美少女を感知している!」などと言った叫びが飛び込んできていた。
そのどれもが若い男の声。
ドヤドヤと騒ぎ、走り回る音まで聞こえてくる。
うら若き乙女には恐怖しか感じられない。
「「わかなちゃん・・・。」」
期せずして重なる美祈と飛鳥の声。
揃って若菜に縋る不安気な表情、自然若菜の保護欲を激しく揺さぶった。
一瞬クラリ、そのケなど一切持ち合わせていない若菜でも、思わず危ない道に足を突っ込みかける。
(この・・・この二人はどうしてこうも・・・とんでもない美人さんのくせに、異性に対する免疫が・・・。)
仕方のないことだった。
二人ともセイや山本と言った絶対的庇護者によって、これまでは十全に防備されてきたのだから。
風向きが変わったのは、セイの異世界転移と一つの動画。
『地球』上のほとんど大多数の記憶から、彼の存在が無き者として補完されたされた所に、バレンタインデー時に盗撮された日常風景が火を点けた。
それにより発足した本人たち非公認のアイドルグループMAWと、その親衛隊及びファンを自称する大きなお友達の皆さん。
親衛隊と名乗る連中はまだマシであった。
こちらが何もしなくてもコールやMIXなど、謎の行動を取る不思議集団でこそあれ、彼らは一様に一定の距離・・・おおよそ不快には覚えない適正距離を保っており、むしろ他者を統制する素振りまで見せていた。
そのおかげである程度の秩序を持ち、彼女たちが極度のストレスを抱えることを未然に防いでいたのだ。
しかし状況が一変する。
美祈と飛鳥が現在大ブームのTCG、『リ・アルカナ』の世界大会において優勝、準優勝を勝ち取り、代名詞でもあるタロットの称号を襲名してしまったのだ。
この時の映像が全世界にネット配信されたのは、もはやどうしようもないことだった。
強く美しい二人の姿に世界は沸きに沸いた。
一気に情報は拡散、MAWは全世界の注目の的に。
そのおかげでMAW親衛隊が、「にわか」と呼称する悪質なファンが増えている。
今回も美祈、飛鳥両名が更なる修行のためブラッド・伊葉の下を訪れようとしていた際に、「にわか」の皆さんに捕捉されてしまい、恐怖に駆られて逃げる羽目に陥っている。
今日に限って山本が、伊葉本人に呼び出され離席していたのも痛かった。
若菜にとっては完全に巻き添え、流れ弾も良いところではあったのだが。
基本善良である彼女は、思うさまこの「お祭り」に巻き込まれていたのだった。
「ほら、二人とも!走ろう!」
若菜は怯える親友二人を鼓舞して、駆け出す。
■
(まずいな・・・このままじゃどこかで追いつかれちゃう。)
若菜の胸中を焦りの色が塗り潰していく。
勝手知ったる町の中。
裏路地とはいえこの町で生まれ育った若菜にとって、土地勘の無い「にわか」の連中を撒くことは、そんなに難しいことではなかった。
しかし相手には当然この町の住人も居るのだ。
彼らには着実に距離を詰められていることが、引っ越してきたばかりの飛鳥以外、美祈にも若菜にも理解できていた。
たとえ追いつかれて囲まれたとしても、それ程おかしなことをされるとも思えないが・・・。
親友二人が完全に怯えきっているし、ひたすらに面倒くさいことだけは間違いない。
普段使わないような道程なら或いは・・・とも思う。
だがあんまりにも宜しくないルートは取れない。
未だこの町には前時代的チンピラ予備軍、素行の優れないお兄さんたちも潜んでいるのだから。
セイが居た頃にはすっかりとナリを潜めていた彼らも、今は大手を振るって我が物顔になっていた。
美祈が独り歩きした際に暴漢に襲われ、飛鳥のSS山本に救われたことは記憶にも新しかった。
四つ辻を曲がりあと一歩で大通り、バス停も近いし次の便まで五分も無い。
最悪付近の交番に駆け込めば良いだろう。
一瞬の安堵、遭遇は突然だった。
出来うる限り忌避すべき通りを避け、意表を突くルート。
されど所詮は素人考えである。
本気になった大きなお友達の情報網を掻い潜ることは不可能であった。
鉢合わせビクリ、双方身体を竦ませる。
先に動き出したのは、胸に「図書委員」とプリントされたTシャツを着た男。
「わかにゃーん!居たぞー!」
イラッ!
目に見えて若菜の額、青筋が浮かぶ。
若菜は実際に図書委員だった事実はない。
それととにかくその呼び方、「わかにゃん」が途轍もなく気に入らなかった。
男の叫びで続々人が集まってくる。
誰もが一種異様な雰囲気を纏い、怪しげな情熱を瞳に宿す。
時間が経てば経つほど包囲は狭まるのだろう。
逃げ切るには混乱収まらぬ今の内だ。
若菜はきゅっと唇を結び、きりきりと眦を釣り上げる。
「どいて!どいてくださいっ!みきちゃん、あすかちゃん行こう!」
群がる不心得者をかき分けながら、美祈と飛鳥の手を取り大通りを目指す。
さっと影が落ち、一際大柄な男が通せんぼ。
身長2mあるかもしれない・・・そして体重は100kgを容易く超えているだろう。
身長150cmに満たない美祈と対比すれば、それはもう大人と子供そのものだった。
ただのデカいデブではない。
タンクトップから溢れる筋肉が凶暴に黒光りしている。
どう見ても堅気の存在ではなかった。
「何ですか?私たち用事があるんです。」
ギロリ睨み付けてくる大男を恐れることなく若菜は言う。
当然大男は怯まない。
にちゃっとした厭らしい笑み、人の神経を逆なでする耳障りな声で答えた。
「お高く止まってんじゃねぇよ?多少見た目が良かろうが、どうせ今時の女子高生なんざあちこちでヤリまくってんだろ?金なら持ってんだ。お前ら三人で幾らだよ?」
「なっ!」
ストレートな悪意の物言い、一瞬で若菜の顔が朱に染まる。
美祈、飛鳥は余り良くわかっていないのか、顔を見合わせ怪訝な表情。
今時珍しいほどの純情培養である。
但し大男の物言いが失礼極まりないことであるのは、若菜の顔色から容易に想像できた。
これには周囲の有象無象も何か言おうと身構えた。
しかし所詮は普段荒事に馴れない大きなお友達。
大男の見回すような一瞥に、様子を伺うことしかできない。
少女三人が何か言い返そうと、逆に大男は一番小うるさそうな若菜を黙らせようと、野球のグローブみたいな手を伸ばした瞬間だった。
大男のこめかみに革靴の先っぽが深々突き刺さり、声も出せずに吹っ飛んだ。
有無も言わせず大男を蹴り飛ばした男。
「お嬢様、遅くなって申し訳ございません。お怪我はありませんか?」
サングラスに黒いスーツ・・・そしてピンクの鉢巻とハッピ。
背中に大きな「A」一文字、肩には「アスカ様命」の文句が躍る。
「山本!・・・やま・・・もと!?」
そして三人の乙女を守るように、ピンクのハッピなお兄さんが集結する。
きれいな整列、まさに一糸乱れぬ様相。
「我らMAW親衛隊!「にわか」共は100m離れろ!」
彼らの交通整理により、飛鳥の所有するピンクのロールスロイスまで、見事な花道が形成された。
親衛隊から三名の男が進み出る。
背中で「M」「A」「W」の三文字を描く。
山本へ向けビシリ敬礼、軍隊さながらハキハキと大声で。
「山本名誉会長殿!MAWの皆様の進路、確保できました!」
「はい、親衛隊長殿。ご苦労様です。」
お互いに敬礼、山本は恭しくロールスロイスの後部座席ドアを開いた。
「ではお嬢様、美祈様、若菜様、参りましょうか。」
サングラスで目元こそ見えないが、なんともさわやかな笑顔を見せる山本。
絶句したまま頷き、とりあえず車に乗るしか無かった三人。
ややあって走り去るピンクのロールスロイスを、MAW親衛隊総勢30名がやたらイイ笑顔と敬礼でどこまでも見送っていた。