・第百九十二話 『接合(コネクション)』
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ノモウルザが結界に再度拳を振るう。
眩いスパーク光と耳障りな金属音。
撫子姉さんが結界の保持から抜けたことで、残る四名・・・アルカ様、アフィナとシルキー、それにポーラの母であるロントラさんの表情が目に見えて歪んだ。
「きさまらは!わしの!供物だろうが!」
血走った眼で狂ったように、結界を打ち据える青いおっさんは、とうに理性を放棄しているようで。
堪えながらアルカ様、おれに向かって叫ぶ。
「セイ君!策があるなら早めにお願いする!長くは持たないよ!?」
青ざめた彼女に追従、頷いて目線で語る他三名。
歯噛みしているのはおれも同様、全ては撫子姉さんのカードに託された。
おれはただタイミングを推し量り、目の前で踊る一枚の魔法カードを構える。
朗々と撫子姉さんの祝詞、召喚の理が儀式の如く厳かに。
目を閉じ片手には薙刀、もう片方はやはり胸元から引っ張り出された金箱を。
選択された二枚のカード、一枚が空中で解けて光の粒子に変わる。
光の粒子は、おれが余りにも見慣れた三つの紋章・・・瞳を模したそれへと転じ彼女が携える箱の中へと消えていく。
金箱の蓋が開き輝く世界、一人の盟友を導いた。
先ほどの召喚、リザイアのおかげで自分の腕を失ったノモウルザは、明らか怯えた表情で警戒を強める。
結界への攻撃を中断、更には数歩距離を取り、自身が産み出した謎の壁を前面に押し出す。
まぁあんなパターンはよっぽど無いんだが、それをわざわざ教えてやる必要も無いだろう。
距離を取ってくれて好都合。
「お館様、召喚に応じ馳せ参じましたぞ!」
箱から飛び出した盟友、慇懃な態度で撫子姉さんに傅く存在。
頭部がヤギ、体表は黒く、足が蹄・・・蝙蝠のような翼を背中に生やし、二叉の槍を横抱えにしたそいつ。
「って、山羊じゃねーか!」
現われた異形、そいつを見た瞬間におれはつっこんでいた。
ギギギっと錆付いた動きで振り返る山羊。
おれの姿を見止めた途端、「ひぃっ!」と悲鳴が零れた。
期待からの落胆、おれとロカさんそろって「うわぁ・・・。」である。
なんだろうこの上げて落す感じ。
通販で届いたカニの身が、スッカスカだった時とでも言えば良いのか?
(確かに・・・『大悪魔』は『詠唱』持ちだけども!)
釈然としないおれたちを他所に、理解していないのは撫子姉さん。
「ん?」と疑問符、頭に浮かべて小首を傾げる。
「せーちゃん、ぐれちゃんは『詠唱』持ちの魔族だよ?」
(ぐれちゃんって貴女・・・。)
ほぼ誰にでもちゃん付け呼称の撫子姉さん、それにしても『大悪魔』だから「ぐれちゃん」って、さすがに山羊への同情を禁じえない。
なんとも言えない空気がおれと山羊の間に流れる。
何も言えないおれに不安を覚えたのか、「条件に合わない?」と心細そうにする姉さん。
(いや・・・条件は合ってますけどね?)
そういう問題じゃあ無いんだが・・・まぁいいか。
おれは割り切り次のステージへ進むべく、固まったままの山羊に声をかけた。
「おい山羊。ちょっと手を貸せ。」
しかし山羊、完全に怯えているくせに「だ、誰が愚かな人族になど!我は誇り高き悪魔族の将軍だぞ!」と抗弁した。
これには・・・。
「「あ゛?」」
期せずも重なり合う声は二つ。
おれだけでは無く、静観していたリザイアの琴線にも何かが触れたらしい。
まぁそれもそうか・・・リザイアにとっては自国の民、要は部下みたいなもんだしな。
途端撫子姉さんの背後に隠れる山羊頭。
(おいお前・・・それでいいのか?)
肩越しにこちらを伺い瞠目、「リ、リ、リ、リザイアさまぁ!!!???」と素っ頓狂な声を上げる。
即座姉さんの背中から飛び出し平伏。
「長!お久しゅうございます!」
これにはおれたちも言葉をなくした。
なんつーか、変わり身早すぎ。
姉さん・・・なんでこんなの使ってるんだろう?
山羊の痴態に頭痛を覚える。
一瞬ほの暗い表情を見せたリザイアが、「お前みたいな奴が居るから・・・イアネメリラが・・・。」と呟いたが、もちろんおれには聞こえていない。
聞こえていない・・・はずだ!
「な、何も起きないではないか!きさ、きさきさきさまら!ふざけるなよぉ!?」
おれたちの醸し出した空気に、青いおっさんが肩を震わせていた。
あぁ、忘れてたわ。
■
とにかくだ。
おっさんがまた暴れまわる前に行動しなければ。
姉さんに結界の維持へ戻ってもらい、おれはリザイアに一枚のカードを渡した。
素直に受け取り困惑するリザイア。
おれの指先から離れる時、紅く発光したそのカードは言わずもがな『魔王の左腕』召喚。
「マスター・・・確かに俺は魔族だが、専属魔法の詠唱能力が無いぞ?」
もちろんわかっているさ、百も承知。
だからこそ姉さんに、『詠唱』持ちの魔族盟友を呼んでもらっている。
かと言って山羊に、『魔王の左腕』召喚を唱えてもらうのではない。
元より不可能、如何に協力体制にある魔導師同士でも、コントロールはあくまでその召喚者であり、魔法カードもそれを遵守する。
だが策はある、時に使い道の難しいカードですら、今になってみれば布石にしか見えなかった。
皆までは言わない、行動することで答える。
こくり頷き、魔法カードを使用した。
『接合』
カードから溢れた光のラインが、リザイアと『大悪魔』を結ぶ。
脈打つ波動が双方を優しく包み、目に見えなくとも中身は大いに変貌したはずだ。
「「これは・・・!」」
魔法効果は自然、二人の脳内に浸透しただろう。
おれが唱えた特殊魔法、『接合』の効果とは・・・。
【二体の盟友を選択する。選ばれた二体が同系種族だった場合、双方の能力、特技を共有し、自らの力として行使することができる。この効果はどちらかの盟友が帰還するまで継続し、効果時間中にどちらかの盟友が帰還した場合、接合されている盟友も帰還する。】
つまり・・・この魔法効果が続く限りは、リザイアに山羊の持つ『飛行』と『詠唱』が、逆に山羊はリザイアの『見参』と『見切り』が追加されたってこと。
まぁ『見参』に関しては召喚時効果だから、呼ばれてからだと意味無いんだがな。
因みに、やたら数の多い人族だと楽に『接合』できると思うだろう?
どっこいこの魔法、闇属性なんですよねー。
闇属性のフェアラートとかなら問題無いが、下手な相手に使うと・・・まぁ何と言うか「パァーン!」ってなる。
テキストには一切記述が無いにも関わらずだ。
一応公式HPでは公表されていたけどな。
そして最後の効果、あくまで帰還という表現だが道連れに近い。
闇属性以外には適用されない使い勝手の悪さと、道連れとしか見えない効果により、本来の用途以外で使う魔導師が増加。
結果、「無理心中」なんて不名誉な二つ名を付けれられていた。
とかく他の魔導師には、余り好まれなかったカードだ。
おれも一枚しか入ってないしな。
とにかくこれで・・・。
場は整ったと言えるだろう。
「なるほど・・・少し待ってくれ。」
リザイアは目を閉じ『魔王の左腕』召喚を詠唱し始めた。
相も変わらず人間の耳では聞き取ることが不可能な、不可解言語による詠唱。
「わ、我は・・・どうすれば!?」
当初の威勢はどこへやら、挙動不審に陥る山羊頭。
悪魔族の将軍様は肝っ玉が小さすぎた。
でもなんだろう・・・キョドってる所はそこはかとなく可愛いような・・・?
待て、落ち着けおれ。
ゆっくり唱えるんだ・・・あれはもふもふじゃない、もふもふじゃない!
おれは率直に希望を告げた。
「隅っこで大人しくしてろ?」
「はうっ!?」
山羊涙目、撫子姉さんが結界の維持をしながら目線で咎めてくる。
だって・・・山羊が吹っ飛んだら、リザイアまで帰っちゃうし?
山羊を弄っている間にリザイアの詠唱が完了。
「受け取れマスター。」
リザイアから渡されたカードを即座に発動。
『専属召喚・魔王の左腕』
カードが一際紅く輝いた後、おれの左手が見るからに禍々しい闇色のオーラを纏い、それが無骨だが荘厳な手甲へと変化する。
脳内に響く、無機質な女性の声、聞き慣れたインフォメーション。
【魔王の欠片を確認・限定条件の解除】
まぁ・・・魔王の使った魔法って言われる類の物が手札に無いんですがね!
『混沌の絆』とかあの辺のやつな。
わかってる、皆まで言うな。
むしろ・・・手札が一枚も無いんですけどね!
毎度毎度陥る手札枯渇に、間違いなく全米が泣いた。
(どっちにしろこれで決める!)
と言うか決めないと厳しい(手札的に・・・
決意も新た構えれば、青いおっさんが顔面蒼白になっていた。
赤くなったり白くなったり器用過ぎる。
「な!なんだそれはぁ!」
どうやらこの手甲が発する凶悪な魔力を感知したらしい。
おれは駆け出し宣言。
「てめぇをぶっ飛ばす切り札だよ!」
結界の外へ跳躍、しかしそこは吹雪の園。
ノモウルザもそれがわかっているからか、余裕の表情を滲ませた。
だが、おれも無意味に突っ込んだ訳じゃあない。
確信、それはすれ違い様に見た彼の赤い瞳。
満を持し、ロカさんが言った。
「ふむ、待たせたな主。ようやく掌握できたのである。」
ゾァァァァ!
おれが跳んだ先、吹雪が音立てて真っ二つに割れていく。
吹雪・・・雪と氷だったにせよ、元は結局水なんだぜ?
ロカさんはおれとリザイアのやり取りを横目に、ずっと吹雪の掌握を狙っていたのだ。
「ば!ばかなぁ!?」
さっきから叫んでばかりだなおっさん。
飛び出した先、そこは・・・おれのために、おれだけのために用意された花道。
ゴッ!ドガァァ!
繰り出した『魔王の左腕』は、ノモウルザの誇る壁を飴細工のように粉砕した。
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