・第百九十話 『吹雪』
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吼え猛ったノモウルザが両手を打ち鳴らす。
バチィン!
轟音・・・そして空間に舞い降りる雹、雪、霜。
元より決して暖かではなかった室内の温度が急激に落ち込み、吐く息が途端白くなる。
明らか特技か能力。
(さすがは『氷雪神』ってやつか?)
「みんな、私の後ろへ!」
でっかなおっさんと真向対峙したのはアルカ様。
瞬時にして自身の後方に結界を形成、その中はうららかな春の如し温もり。
仲間たちや撫子姉さん、ポーラ一家も慌てて結界に飛び込む。
「うぅ・・・さむ・・・眠い・・・おやすみなさい。」
(フォルテー!?)
一人動いてない奴が居ました。
下がった気温に一度反応、考えることを放棄して再度眠りにつこうとしている。
それだめなやつ!永眠しちゃうからー!
躊躇無く結界の外に飛び出したロカさんが、襟首を咥えて引き摺ってくる。
外に出たのは一瞬だと言うのに、ロカさんの毛皮が真っ白、全身をガクブル震わせる。
おれはロカさんを抱き寄せ、魔力を譲渡しながら暖めるイメージ。
次いで引き寄せたフォルテの頬っぺたを、数回優しく殴打。
「寝るなフォルテ!寝たら死ぬぞ!」
バチバチ!
「ぎゃー!若様それで死ぬ!死んじゃいます!」
雪山遭難のセオリーでフォルテを起こすと、何とも身に覚えのない非難を受ける。
あくまでもおれは優しくしか叩いていない。
フォルテの両頬が真っ赤に腫れているのは・・・うん、全然問題無し。
おれがすっと金箱を差し出せば、全力で首を振り虚空から銀製の大弓『銀鴎』を引っ張り出す。
前髪で隠れて見えないはずの相貌が、確かにキラリ・・・輝いたような気がした。
「若様!僕はいつでもいけます!」
どうやら平和的説得が功を奏したようだな。
「セイ君・・・!ずいぶん余裕がありそうじゃないか!できればこちらも手伝って欲しいんだが!?」
息も絶え絶え、そんな調子で声をかけてきたのはアルカ様だ。
結界の外は真っ白、心なしか障壁の輝きも鈍くなっている。
(えええええ!?主神様余裕ちゃうのん!?)
失礼、思わずエセ関西弁が出ました。
おれの驚愕に気付いたか、彼女は「全盛期なら、どうと言うことは無いんだよ!」と、なんだか老いた剣豪みたいなことを言い出す始末。
大体にして、あのおっさんほんとに神様かよ?
処女処女って騒いでるし、やたら沸点が低い上に視野も狭い。
この吹雪だって、自分たちの信者であるポーラ一家を全く省みていないことは明白だ。
まぁ不完全体とは言え、主神様が押されてる時点で相当な力は持っているのだろうが。
なんとも違和感、いやな空気。
「アルカ様、あのおっさん何なんだ?いきなり襲い掛かってきたぞ?」
おれの疑問も最もだろう。
現にアフィナやシルキーも追随して、ウンウンとしきりに頷いている。
「この世界に居る神々は、大抵ベースとなる偉人賢人が居るんだ。セリーヌなら魔術の素になった太古のエルフだし、オーディアなら全世界に和平を説いた人魚の姫。セイ君の世界には悪神とか祟り神ってのは居ないのかい?偉人賢人が等しく皆善良だとでも?」
なんだかわからん問いかけ。
そりゃ世の中には色んな人間が居るだろうけどさ。
(まてよ・・・祟り神・・・善良?)
繋がるライン、導かれる答え。
「もしかしてノモウルザってのは・・・!」
額に脂汗を浮かべ、必死に結界の維持に努めるアルカ様がコクリ頷く。
「ああ!あいつは、この地方で何百人と言う民・・・それも年端も行かぬ処女ばかり狙って食い殺した巨人族の王。元の名を蛮族王ノモウルザ!古代兵器と共に封印された最悪の祟り神だよ!」
おいおい、蛮族王ってなんだよ?
世界の果てまで行っちゃうのかコノヤロウ。
とりあえずそんなの奉ったらいかんでしょうに。
しかも処女が供物って・・・まんま貪り食うつもりじゃないですか、ヤダー。
「と、とにかく手伝ってぇ!ふにゃぁ~!」
やべぇ、アルカ様が限界であらせられる。
なんか変な鳴き声上げて、膝もガクガクし始めた。
降臨時の威厳ある姿もどこへやら、今はもう歳相応の少女にしか見えない。
(だけどさ、手伝えって言われても・・・敵さん吹雪の中だぜ?)
逡巡するおれの肩に、優しく手が置かれる。
「せーちゃん、撫子もがんばるからフォローして?」
■
姉さんはおれにそれだけ言うと、またしても着物の胸元に腕を突っ込む。
彼女がゆっくりと引き出した物体を見て絶句。
(な・・・薙刀だとぉ!?)
金箱どころじゃねぇよ!
いや、確かにVRの頃、撫子姉さんの得物は薙刀だったけども。
どうやってそこに入れてたし。
なんかもう、つっこんだら負けな気がしてきた。
でもこの地域って、『謎の道具』の性能が封じられるんじゃなかったか?
おれの疑念を他所に、次いで彼女、静かに『魔導書』を展開する。
浮かび上がった六枚の中から一枚を選択、薙刀が明滅して刃と柄の間に四連なりの鈴が括られた。
(なるほど・・・。)
あれは『四元の鈴』、武器の属性を大まかな四元素「地水火風」のいずれかに任意変更できる『謎の道具』。
姉さんがシャラリ・・・薙刀の刃元に括られた鈴を鳴らして正面に構えると、薙刀の刀身が燃え盛る炎に転化した。
ふむふむ、そういう能力は発動する訳ね。
キッと前方を見据えて彼女は言う。
「ノモウルザ!いつまでそんなものに隠れているんですか?この臆病者!幸いこちらは貴方のむさ苦しい顔を拝まなくて済みますけどね!」
うん、挑発でした。
昔、彼女の家へ遊びに行った時は、「アップルパイ焼いたの、食べる?」ハートのエプロンで微笑んだ撫子姉さん。
それが今や・・・「この臆病者!」である。
近所のホンワカお姉さんは・・・この世界に神は居ない!(血涙
いや、呼んで無くてもうじゃうじゃ沸くくらいいっぱいいたわーorz
冗談はさておき、さすがにそんな安い挑発には乗らないだろう・・・そう思っていた時期がおれにもありました。
「ぬぁんだとぉ!!!」
吹雪あっさり止む。
青いおっさんが顔を真っ赤にして怒る。
いや、意味がわからん。
とにかくどえらいご立腹で、巨人のおっさんが突っ込んできた。
おれ?慌てて『魔導書』展開しましたよ。
でもだめだわこれ、一枚増えて四枚になったけど、リザイアのコンボカードじゃあない。
ここに来て引きがイマイチとはなぁ。
おれが手札に意識を彷徨わせていると、おっさんが涎を垂らしながら激昂した。
「わしが優しくしておれば、どこまでも付け上がりおってぇー!」
さっきまでの会話でどこに優しさが含まれていたのか。
成分表に偽り有りで訴えるぞ?
「お前らが主神アールカナディアと大神アギマイラだとしても、今は所詮不完全な小娘に過ぎん!黙ってわしの胃袋に納まれば良いんだ!」
(うわぁ・・・。)
たぶんおれたちの気持ちは今一つになっていた。
一同、ただただドン引きである。
さすがに信奉者であるはずのポーラ一家も、主神様をマルカジリ発言には目を見張った。
しかし、相手は腐っても神。
伸ばした巨大な手が、アルカ様の結界をギャリギャリと軋ませる。
「はぁっ!」
撫子姉さんが薙刀を振るう。
剣閃が焔の鞭になって、ノモウルザの伸ばした手に襲い掛かった。
「温りぃんだよぉ!」
ノモウルザは焔の鞭を一瞥、「ぶふぅ!」っと息を吹きかければ、炎が燃え盛る形のままで凍りついた。
そして結界が破られる。
元よりアルカ様の限界も近かったのだろう。
抵抗むなしくパシャーン!
グラスが砕けるような音、陽だまりのような暖かい空気が消え去り、広間に溜まっていた冷気が辺りを支配する。
「きゃあああああ!」
アルカ様の悲鳴、まるで絹を引き裂くような。
彼女はノモウルザの野太い指に囚われていた。
牽制・・・矢を、火球を、雷を放とうとしていたフォルテ、アフィナ、シルキーに向けて氷の散弾が雨あられと降り注ぐ。
ロカさんが『魔霧』で防御するが、その結界ごと凍りついていく。
「ぬぅ!小癪な!」
「ロカさん、一回切り離せ!」
全身凍らされる前に間一髪、譲渡した魔力をある程度放棄して、子犬姿になり回避する。
「たぁー!きゃっ!」
遠距離を諦め薙刀で切りかかった撫子姉さんが、アルカ様を捕らえた手とは逆の手で乱雑に振り払われた。
彼女はそのまま弾き飛ばされる。
即座背後に回り、何とか支えることに成功。
良かった、傷は無さそうだ。
「まずはお前だ小娘!今日からわしが主神よ!」
捕らえた獲物・・・アルカ様をゆっくりと、ことさらに恐怖を煽る如く口元に近づけていくノモウルザ。
もう迷っている時間は無かった。
『魔導書』を二枚選択、一枚が瞳の紋章三つに変わり、金箱に吸い込まれていく。
もう一枚のカードは相棒だ。
自然、滑るように流れるように・・・唇に乗せていたのは召喚の理。
幾度と無く口にした、おれのエース盟友を呼ぶための合言葉。
(頼むぜ!ちゃんと召喚されてくれよ!)
前情報で荒廃した箱の内部が気になりすぎるが、今来てくれないと本当に困る。
『砂漠の瞳の長たる者、金色の運命背負いし者、我と共に!』
金色に埋め尽くされる世界。
願いは届く。
何も見えない聞こえない、やけに静かな一時を過ぎて、箱から現われたのは長身痩躯の浪人。
抜き身の大太刀を担ぎ、紅色の角持つ美丈夫は、小さく「チッ」と舌打ちした。
「マスター済まん。少しズレた。」
彼が振り返りおれに謝るのと、ノモウルザが「・・・えっ?」と呟くのは同時だった。
ドサリ・・・。
アルカ様を摘み上げていたノモウルザの腕が、根元から両断されて床に落ちた。
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