・第一話 『悪魔(デビル)』
荒野の中、一人の少年が佇んでいる。
少し異国の血が混ざっているのであろうか?
不思議な光沢の紫がかった髪と、少々鋭すぎる目つきをしているが、確固たる意志を感じさせる魅力的な藍色の瞳、身長もそれなりで容姿は整っている。
おそらく、町を歩けば異性が半数以上は振り向くであろう。
上下ともに動きやすそうな、鴉の濡れ羽を思わせる漆黒の衣装に身を包み、腰のベルトには金色の美麗な装飾を施された箱が取り付けてある。
彼の名は九条聖現在、高校二年生の十七歳。
『リ・アルカナ』のトップランカーの一人。
通称『悪魔』のセイ、と呼ばれる男である。
彼はじっと、100mほど先にある切り立った崖の上を見つめていたが・・・
突然感じた、後ろからの危険信号に、反射的に右に跳ぶ。
一瞬後、今までセイの立っていた所のすぐ後ろに、突然現れる大きなトカゲ型の魔物。
テンプレのRPGなどで、良くお目にかかれるであろう、体長5mほどの赤い鱗のドラゴン。
そのドラゴンが、目に付いた人間を「喰ってやる」とでも言わんばかり、大きな口を開きセイへと襲い掛かる。
突然現れたドラゴンの放った一撃は、辺り一面をもうもうとした砂塵で覆う。
どうやらセイは上手く避けたようだ。
砂煙の中から飛び出した、セイが小さく呟く。
「魔導書」
セイの身体の前に、一枚がA4のコピー用紙程度の大きさのカードが六枚現れる。
六枚のカードはパッと見、光っているカードと灰色のカードがあった。
セイはその内の二枚、灰色のカードと光っているカードを一枚ずつ、軽く左手の中指で押す。
灰色のカードは光の粒子に変わった後、まるで目のような紋章を3つ生み出した。
もう一枚の光っていたカードは、中空に回転しながらとどまっている。
そして紋章と光るカードは、セイがいつのまにか腰のベルトからはずし、右手で持っていた金色の箱の中へと吸い込まれていく。
その不思議な現象をまんじりと観察するでもなく、何事も無いように走り始めるセイ。
セイは、走りながら考えていた。
(ドラゴンが現れた場所も考えると、アイツもそばにいる・・・)
やっと砂塵の中から頭を出したドラゴンが、瞳に獲物を捕らえ追撃してくる。
後ろから徐々に、迫り来るドラゴンを無視してひた走る。
セイは切り立った崖の前へとたどり着き、崖の上に立つ人影をみつけ、召喚の理を唱え始める。
目の前に立ちふさがるドラゴン。
おそらくはかの者の代名詞、『吐息』を吐くつもりなのであろう。
大きく息を吸い込むドラゴン。
時を同じくして、唱え終わる理。
『砂漠の瞳の長たる者、金色の運命背負いし者、我と共に!』
セイの流れるような呪文が終わり、握っている箱が金色に輝き蓋が開く。
眩い閃光、一瞬の沈黙、光が収まった時・・・
そこには・・・セイともう一人。
一振りの血に塗れた大太刀を持った、長身痩躯の男が立っていた。
陶器のような白い肌に、肩までの黒髪、金色の瞳を輝かせたその男、とてつもない美丈夫であった。
その立ち姿は濃紺の着流しに身を包み、まさに浪人と言った所だろうか。
額の両側に一本ずつ、まるで珊瑚のような真っ赤な角が生えているので、人ではないと判るだろう。
セイの召喚した、指導者級盟友。
『金色の瞳』リザイア、である。
ドサッ・・・2人の前で、ドラゴンがゆっくりとバラバラに崩れ落ちていく。
リザイアが刀を振り、血糊を払い腰の鞘へと収める。
バラバラになっていくドラゴンは、光の粒子に変わり、そこにはドラゴンのイラストが描かれたカードが一枚残された。
「ありがとうリザイア、助かった。」
セイは彼の肩を叩きながら、そうねぎらう。
話しかけられた男は、
「お呼びかい?マスター。」
と答え、その容姿に相応しくない、野性的で男臭い笑みでニヤリと笑いかけた。
その時だった。
先ほどセイが人影を見止めた辺りから、理を唱える声が響き・・・
ドクンッ・・・大地が突然揺れ動く。
ドクンッ、ドクンッ 鼓動が秒刻みになる。
「チィッ」
圧倒的な悪寒に襲われたセイの口から、思わず舌打ちが漏れる。
セイには解かったのだ、一体何が産まれようとしているかが。
大地が割れ、大いなる樹木が芽吹いてゆく。
その樹はとても不思議だった。
その巨木は樹木であるにもかかわらず龍だった、そして龍であるにもかかわらず、樹でもあったのだ。
『天空を支える者』龍樹マヤ、神に次ぐかなり高位の召喚魔法である。
腕だけでも20mはありそうなその巨大な樹の龍は、大地の裂け目からのっそりと、半身を荒野へ乗り出し吼えた。
「カォォォォォォォォォン」
まさに大地を揺るがすような咆哮。
「どうする、マスター?」
リザイアはまるで明日の朝食でも聞くかのように、腕組みをしながらセイへと問いかける。
二人がまるで小人になってしまったような錯覚、いかにも力不足に見えた。
セイは少しだけ考えると、
「よし・・・直接本体を叩こう。魔導書」
と、つぶやき五枚のカードを展開させた。
そして今度は灰色のカード二枚、光っているカードを一枚選択する。
二枚の灰色のカードは、一度光の粒子になった後、羽のような紋章と、星のような紋章になって、またセイの持つ金箱の中へと消えていく。
そして残った、一枚の光るカードを見ながら、セイは理を唱え始めた。
『伝説の旅を続けし者、世界の希望と歩みし者、我と共に!』
箱が開き、またもや金色に包まれる世界。
セイの立っている場所の少し上の中空に、薄桃色のウェーブがかった長い髪と少したれ目な碧眼、褐色の肌を持つ肉感的な美女が浮かんでいた。
服装はまるで近東の踊り子さんか?と思うような、扇情的な衣服であるが、最も目を引くべき所はそこではない。
彼女の背中には、大きな一対の黒い翼が生えていた。
『黒翼の堕天使』イアネメリラ、である。
「呼んだぁ?ますたぁ~」
まさにひらがな表記すべきような、甘ったるい声を出しながら彼女はセイにまとわりつく。
しかし、
「メリラ、飛んでくれ。リザイア時間稼ぎ頼む。」
更に表情を引き締めたセイの言葉に、二人は一斉に頷くと、
「「了解」」
と答え、イアネメリラはセイと手を絡ませ、空中に一気に飛び上がる。
そしてリザイアは刀の柄に手を重ね、今や完全に姿を現した龍樹マヤへと向けて、全力で駆け出した。
セイとイアネメリラが崖上に姿を現すと、そこには一人の少年が待ち構えていた。
まるでプテラノドンのような、体長3mほどの翼竜の背で、刃渡り1mはあろうかという、ナタのような片刃の大剣を、軽々と肩に担いで待っていた少年。
派手なデザインのTシャツとハーフパンツ、野球帽から明るい茶髪がはみ出している。
激戦の最中、いかにも場違いな格好に見えたが・・・
やんちゃそうな瞳を輝かせて、彼はセイへ声をかける。
「待ってたよ!アニキ!」
彼の周囲にはすでに五枚の魔導書が展開されている。
「準備は万端って訳だ?魔導書」
セイも即座に三枚の魔導書を展開するが・・・
セイがカードを選択する直前、セイをアニキと呼んだ少年のカードが牙を剥く。
『重力の鎖!』
地面から、鈍色の鎖が三本飛び出すと、セイの足に絡みついた。
鎖の効果によって、セイの感じる重力は三倍。
とてもイアネメリラが支えられるとは思えない。
セイは一切の躊躇も見せず、イアネメリラと繋いでいた手を離し、崖へと急速に引き寄せられながらもカードの選択を終える。
そのカードは虚空に浮かぶことも無く、また箱へと吸い込まれることも無く、イアネメリラの手に収まる。
「メリラ頼む。」
言葉少なに告げたセイへ向け、イアネメリラはしっかりと頷き、おもむろに人には理解不可能な言語で詠唱を始めた。
少々体勢を崩しながらも、何とか崖へと降り立つセイ。
しかし鈍色の鎖の効果で、動きは拘束されてしまう。
その時イアネメリラの詠唱が終わり、カードは紅く光り輝きながらセイへと一直線に飛んでいく。
セイがカードを受け取るために、そちらへ視線を向ける。
それを好機と見た少年は、翼竜を駆りセイへと襲い掛かろうと、大剣を上段に振り上げた。
「今日こそ勝たせてもらうよ!アニキ!」
そう告げて、翼竜の背を足場に跳躍しようとした時、動いたのはイアネメリラである。
「りゅうへ~にはぁ、無理と思う~。」
そう言って、イアネメリラが小首を傾げた瞬間。
「しまっ!!」
少年が気付き、叫ぶが時すでに遅し。
足場にしていた翼竜が突然落下を始め、少年は翼竜と共に崖上へ墜落してしまう。
これはイアネメリラの持つ特技である『忘却』。
自分より格下の盟友の特技や能力を一つ、無かったことにする力である。
この場合、彼女が『忘却』させたのは、翼竜の『飛行』の能力だった。