・第百八十八話 『気付き』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、君は覚えているのだろうか?
兄貴は完全に忘れていた。
そう、撫子姉さんのことだ。
あんなにお世話になったのにな・・・。
この世界の謎パワーは『地球』にも影響を及ぼすのだろうか。
撫子姉さんの存在が、更なる不安を煽る。
おれたちは、もっと色々忘れてしまっていることがあるのかもしれない。
もしかして・・・君もおれのことを忘れているのか?
そして転生、新たな神の情報、トラブルは尽きない。
とりあえず・・・彼女の言う結婚云々は別として、同郷の恩人に無理難題をふっかけた神様は、全力で殴ろうと思います。
良いよね?
■
撫子姉さんの結婚発言により、場の空気は完全におかしなことになっていた。
ポーラ親子や、彼女の使役する盟友である魔族たちは呆然としているし、アフィナとシルキーはいつもの如く顔を寄せ合い会議中。
おい?チラ見やめろ、うざい!
ロカさんがとても不安そうにおれを見上げる。
「主・・・婿入りであるか?我輩・・・タキシードを着た方が良いのであるか?」
うん、落ち着け。
なぜに婿入り&タキシードを着るって言う思考になったのか、こっちが混乱するぞ。
犬用タキシードを着たロカさんは・・・確かに可愛いとは思うが。
このままじゃ収拾が付かない。
おれは大きくパンパン、二度手を叩き注目を集めることに成功する。
撫子姉さんの肩を掴み、暴走させないよう語りかける。
なんか潤んだ瞳で、「せーちゃん、大胆!まだ早いわ!」とか言ってるから逆効果だったかもしれない。
頬をぽぉっと染め、小さく頭を振って「イヤイヤ」、天然なんだろうがなんともあざとい。
惑わされませんよ!?
と・に・か・く!
「撫子姉さん!結婚とか・・・なんでそんな飛躍した話しになったのか、ちゃんと説明してくれ。」
おれの真剣な表情に気付き、姉さんは一瞬ぷくぅっと頬を膨らませるも、すぐに態度を改める。
同じく真剣な表情になってイスに腰掛け、やっとこさ事情の説明をしてくれた。
「せーちゃん、撫子が望まぬ求婚を受けたって話はしたじゃない?」
「まぁな、『氷雪神』ノモウルザだっけか?」
彼女の問いに首肯を返す。
『地球』のカードゲーム『リ・アルカナ』には存在しなかったけど、ポーラたちが奉っていて撫子姉さん自身も遭遇しているのなら、そりゃ実在しているのだろう。
姉さんは一度視線を落とし、『地球』時代の黒髪から赤く変貌してしまった髪を、指先でくるくると弄んだ。
そしてため息一つ。
「どうもあいつ・・・撫子の美貌だけじゃなくて、内包する能力を奪うのも目的みたいなのよねぇ。」
「そんなことができるのか?」
彼女はこくりと小さく頷き、困り顔。
「本来のアギマイラなら神格の都合で無理なんでしょうけどね。撫子は今分体・・・凡そ三割程度の力しか無いのよ。当然無理矢理って訳にはいかないんだけど、心が折れていたら危なかったわ。」
なるほど・・・それで封印して閉じ込めるって行動に出たのか。
しかしなぜそこから結婚話に飛ぶのだろうか?
おれの疑問を表情から読み取り、撫子姉さんは話を続ける。
「状況的に・・・ノモウルザを納得させるのに一番良いなって思って・・・。あいつ処女厨だったしさ。婚約者が居るとなったら引くと思うんだ。」
まじかよ・・・神様も処女厨なの?
脳裏に過ぎるのは、やたら偉そうな口調で話す角を生やした少年のことだった。
おそらくアフィナとシルキーも同一人物を思い浮かべているだろう。
双方何とも言えない表情で、頬を伝う汗・・・おれは見逃さなかった。
そこで突然、顔を真っ赤に染めてもじもじし始める撫子姉さん。
「も・・・もちろん!撫子は処女だよ!?でも・・・ほら、せーちゃんなら良いかなって!ううん、変な意味は無いんだよ!?最後に会ったのは20年も前だけど、その時からまた格好良くなってるなーとか・・・実は子供の頃からす・・・好きだったとか!?むしろこうして会えたからには絶対逃がさな・・・もとい、離れたくないなとか!?」
うん、姉さん落ち着け。
なんか色々聞いたらいけない情報が垣間見えた気がする。
彼女にとっては20年でも、おれにとっては半年前なんだよなぁ・・・。
それほど外見が変わったつもりも無いんだが、おそらくは孤独補正で知人がランクアップしちゃってるだけなんじゃなかろうか。
子供の頃から好きだったなんて言われると、どうして良いか戸惑うな。
ただ・・・「絶対逃がさない」って言いかけたよね?なにそれこわい。
近所のホンワカお姉さんが、どえらい肉食系に成長していた事実。
姉さんの謎告白の後、アフィナとシルキーがやたら親しげに話しかけていた。
いやな予感しかしねぇ。
■
実際ノモウルザは何とかしなきゃいけないだろう。
どこに居るのかも判ってないんだが、少なくともおれの恩人をあんな目にあわせたんだ。
正直・・・奴が泣くまで殴るのを辞める自信が無い。
「とりあえず、一回里まで戻るか。」
積もる話は有り余っているのだが、話し出せばそう簡単には終わらないだろう。
この場所は決して長時間の会議に向いてる訳じゃない。
里まで行けば暖も取れるし、多少の便宜も図ってもらえる。
それに、ポーラ一家の無事を早く伝えてやりたいってのもあった。
「そうだね。えっと・・・ポーロさん、ロントラさん、ポーラさん・・・撫子も皆さんの里へ行っても良い?改めてちゃんとお詫びがしたいな。」
申し訳無さそうに切り出す撫子姉さんに、気の良い獣人一家は一も二も無く頷いた。
「何をおっしゃいますべ!是非ともおいどもの里さ顔出してくだせ!住人一同歓待させていただきますべ!」
口角から泡を飛ばしかねない勢いの父親ポーロに、「良いのかな?」なんてポリポリ頬を掻く彼女。
おれは「気にしなくて良いんじゃない?」と微笑みかけた。
しばし逡巡、眩しい笑顔で「うん!」と頷いた撫子姉さんは、記憶の中にある彼女の表情と寸分違わなく、先ほどの告白を思い出し思わずおれまで頬が熱くなる。
(可笑しいよな・・・『地球』の姉さんは黒髪黒目の日本人100%だったのに。)
要は・・・容姿なんてその人の持つ本質には、なんら影響が無いってことなのかもしれない。
「お館様・・・おでらはどうしたらいい?」
一瞬ブルーなスプリングに侵食されかけたおれを引き戻したのは、所在無さ気に佇む『一角鬼』。
そうだったよ、こいつらも何とかしてやらないと・・・。
撫子姉さんは「ごめんごめん!」と両手を合わせ、自身の盟友に謝りながら集合を促した。
「ミナ、チカクニ、イル。」
暗闇から姿を見せたのは『牛頭鬼』。
山羊がボッコボコで引き摺られているけど・・・あれは自業自得、見なかったことにする。
その後も多数の魔族が現われ、アフィナやシルキーは少々怯えを滲ませる。
ロカさんが反応してないんだから敵意は無いだろ?
撫子姉さんはくるり周囲の魔族を見回すと、「うん、ちょっと待ってね!」と言い、おもむろに自分の着物の中・・・開き過ぎと思える胸元へ腕を突っ込んだ。
(ちょ!?なにごと!)
彼女はおれたちがつっこむ隙も与えず腕を抜き出す。
その手にしっかりと握られていたのは、見覚えのあり過ぎる金属製の箱。
正しくカードゲーム『リ・アルカナ』の『魔導書』を収める金箱だ。
いや、冷静に分析している場合じゃないぞ。
どう考えたって、あのサイズの箱が収まる程のゆとりは無いだろうが!
青いタヌキのポケットじゃあるまいし!
だが・・・余計な事は言わない方が良いだろう。
ポーラの父親がその胸元に釘付けの視線を送り、ウサ耳奥さんに思いっきり抓られている。
そして・・・突如、キッと振り返ったアフィナとシルキーの瞳に、未だかつて無いプレッシャーを覚えた。
もちろん即座に目を逸らしましたよ?
心の中で盛大に突っ込みを入れている間に、全ての魔族がカードに変わっていた。
撫子姉さんが手を伸ばすと、大人しくその手の中に戻っていくカードたち。
彼女はカードを大事そうに、一枚一枚確認し始めた。
しばらくして・・・泣きそうな顔をする撫子姉さん。
「足りないよぉ・・・。」
おれよりも五つ、この世界での滞在期間を考えるともっと年上なはずの彼女は、年端も行かぬ少女のようにぐずぐずと泣き始める。
いやいや、カードゲーマー・・・『リ・アルカナ』の魔導師としてはその気持ち頷けるが、さすがにどうなんだ?
おれの仲間たちやポーラ一家も、どうしていいかわからずおろおろとするばかり。
(そう言えば・・・。)
行きがかり上倒してしまった『子鬼』のカードを、『図書館』から抜き出す。
「姉さん・・・ごめん。道中で倒さざるおえなかったんだ。この世界ではどうも・・・アンティルールが起用されてるみたいでさ・・・。」
そう言葉を紡ぎながら、そっと『子鬼』のカードを束ねて差し出す。
撫子姉さんは零れる涙を着物の袖口で拭いながら、恐る恐るカードを受け取ろうとした。
そして・・・おれと『子鬼』のカード、撫子姉さんが指先を通して一繋ぎに・・・。
刹那、迸る閃光。
目を焼くほどの爆発的光量、されどその本質は妙に温かみに満ちていて。
「なにっ!?」「ぬぅ!?」「きゃー!」
仲間たちの驚愕の声と悲鳴が響き渡る中、おれだけはやけに心が凪いで居た。
(そうか・・・!条件が!)
それは気付き。
あの時、ウララと共に聞いた情報。
力を取り戻すプロセス、輪廻の輪に戻ったこの世界の住人たち。
神殿奥、或いは神の顕現による空間の神域化。
そして・・・おれの『図書館』から派生する『加護』の力。
期せずして、条件が整っていたのだ。
ここまで言えばもうお分かりだろう?
「セイ君、久しぶりだね?まさかこんなタイミングで再会するとは思っていなかったよ。」
おれの『図書館』にそっくりだが、装飾が緑のカタログを抱えた少女が微笑む。
以前見た12歳ほどから更に成長、15歳ほどまで齢を重ねたように見える銀髪赤緑オッドアイ、厨二臭丸出しの美少女。
この世界の主神アールカナディアヴェルターシュが、燐光を放ち中空に浮かんでいた。
「ま・・・まさか・・・アールカナディア様・・・!」
零れた呟きは、一体誰の漏らした物だったのか。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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