・第百八十五話 『地下三階』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、少々危ないところだった。
兄貴は子供を苛める悪い人ではありません。
考えたらそうなんだよな。
実在する人々の暮らし、成長し時に代替わりもある世界。
一応念頭にはあったはずなんだが・・・。
魔物にだって子供が居たように、魔族にだって子供は居るだろう。
おれたちにも『地球』に帰るという命題があるように、この世界で生きている者たちにもそれぞれの立場や思惑がある。
それにしても次から次へと・・・。
ちょっと神様の大安売りが過ぎると思いませんか?
■
制止の叫び、声の主はすぐに見つかった。
魔族たちが現われた通路の奥、暗がりを浮かんで飛んで来る小さな影。
人間の子供、ちょうど五歳児かそこらくらいの小柄な体躯で、背中から一対の小さな蝙蝠羽根。
青白い肌をして、頭部と胴体がほとんど同サイズのそいつは・・・『妖魔』。
やはり『砂漠の瞳』に属するはずの魔族だった。
「子供・・・?」
不安気に呟いたのはアフィナ。
「違う。あれが成体のはず・・・」答えようとして言葉に詰まった。
(本当に・・・そうか?)
元来小柄な魔族のはずではあるのだが・・・言われてみればVRで見たときよりも、一回り小さいような気がする。
もしかして本当に子供なのだろうか?
その『妖魔』は、警戒するおれたちの様子に構うことも無く一直線。
おれの目の前、ちょうど倒れ伏す『大悪魔』の前へ躍り出ると、精一杯両手を広げ・・・まるで悪魔を庇うような姿勢。
それはただ必死さが伝わってくる行動で・・・。
「おっちゃんを殺さないでー!」
目尻に涙を溜めて懇願してきた。
そして悪魔を「おっちゃん」呼びしたことで、図らずも浮かべた疑念に答えが出てしまう。
つまりそう、この『妖魔』はまだ子供なんだろう。
おれの隣で指先をバチバチさせていたシルキーもすっかり意気消沈、なんともバツが悪そうな表情。
悪魔は悪魔で「何故ここに来た!?危険な人族が居るんだぞ!」など喚いている。
イヤイヤと頭を振る『妖魔』と、「こいつに手を出すな!おれを殺せぇ!」と猛る山羊。
うん、なんだこれ?
なんかこう・・・おれたちが悪人っぽくなってきたぞ。
えーっと、先に鉄球投げつけてきたのはそちらですよね?
そもそも開口一番、「愚かな人族」発言だったじゃないですか、ヤダー。
「ロカさん・・・。」
誤魔化す訳じゃ無いが居心地が悪い。
目線でロカさんに尋ねれば、「むぅ・・・。」と一度唸った後に続けるのはこんな言葉。
「敵意が無かったので・・・我輩の『索敵』に引っかからなかったのである。」
なるほど・・・戦闘中だったのも見落としの一因かもしれないな。
ロカさんの『索敵』にそんな不便があるとは思わなかった。
普段があまりにもハイスペック過ぎるチート犬だからなぁ。
「セイ・・・。」「セイさん・・・。」
アフィナとシルキーがおれをじっと見つめてくる。
わかってるよ・・・ちょっと現実逃避しただけじゃねーか。
それにしてもどうしたもんか。
仕方ない・・・少しカマかけてみるか。
構えを解き「・・・おい。」と声をかければ、「ヒッ!」と短く悲鳴を上げて両手を頭に、ガクブルの様相を呈す『妖魔』の子供。
(うーん、ちょっと傷つくぞ?)
しばし沈黙、おそるおそる「おっちゃんを・・・殺さない?」と問いかけてきた『妖魔』に、とりあえず首肯を返す。
ほっとしたのか大袈裟に胸を撫で下ろす『妖魔』へ、山羊が「人間を信用するな!」とか叫んだが、ロカさんに前脚でもふっとされて沈黙。
やっとのことで聞く姿勢を見せた『妖魔』の子供に、おれは決定的な質問を投げた。
「アギマイラは、この洞窟で何をやっている?」
一同沈黙。
事の重要さを理解していないのは『妖魔』だけなのだろう。
彼は一人あっけらからん、正直に答えを返してきた。
「お館様?お館様は・・・なんか壁に埋まっているよ?」
嫌な予感ほど得てして当たるもんだよなぁ。
やっぱ居るのかよアギマイラ・・・orz
■
凍りつく空気、仲間たちは「そんなバカな」とでも言いた気におれを注視。
『大悪魔』はその山羊面を器用に真っ青に変える。
いや、ポーラと言いこいつと言い、獣顔で真っ青ってどういう状況だよ?
「若様?アギマイラが顕現しているのですか?」
一人飄々としていたのはフォルテ。
こいつは元からあんまり興味が無いスタンスだったが、さすがに他国の守護神の名前は放置できなかったか。
おれは頷き、「間違いないだろう。」と答える。
まぁちょっと考えればわかることだ。
ここまでお膳立て、関連する事由が多すぎる。
ただ誤算があったとすれば、『妖魔』の言っていた「壁に埋まってる」発言だな。
本来ならばずっと南の砂漠地帯を拠点にする『砂漠の瞳』の守護神。
それが世界の北端で顕現し、ましてや壁にinしている状況って何なんだ?
「・・・貴様!どこでそれを・・・。」
ロカさんにアイコンタクト。
それを正確に読み取ったロカさんが、『大悪魔』に再度体重をかけ、余計な茶々を入れないようにする。
この際山羊頭は無視、組みしやすそうな『妖魔』の子供と直接交渉。
「おれたちをアギマイラの埋まってる壁とやらに連れて行ってくれ。」
『妖魔』は目を見開き、「おっちゃんを殺さない?お館様も・・・。」と聞いてくる。
一瞬迷う・・・正直確約はできない。
すでに満身創痍の山羊はまだしも、神が襲い掛かってきた場合はこちらもそれ相応の対応をせざるおえないだろう。
だがそれをこの『妖魔』が理解しているかどうか。
「確約はできない。おれたちに危害を加えようとしたなら、反撃はする。」
結局本音、適当にごまかすことを是としない自分に苦笑する。
どう考えても良策とは言えないけどな。
『妖魔』は少しだけ逡巡するも、「わかった。」とコクリ、一つ頷いた。
騒ぎ出しそうな魔族たちを、ロカさんの『魔霧』で強制的に眠らせた後、おれたちは『妖魔』の案内を受けて更に洞窟の奥へ。
何度か他の魔族の姿を見かけるが、すぐに視線外へ逃げていく。
おれは『魔導書』を展開しながら歩いていた。
(リザイアは引いている・・・最悪アギマイラが襲ってきたとしても・・・。)
保険、おれの有するカードの中で、神に対抗しうる最短の答え。
そのコンボの片割れであるリザイアはすでに手札の中にあった。
問題はもう一枚を引けるかどうかと、箱の中がどうなっているかだ。
程なくして・・・やはり人工的に形成された雰囲気を匂わせる階段を降り、地下三階・・・この洞窟の最深部と目される場所へ。
先行する『妖魔』から、「ここだよ。」と告げられ見渡せば、そこは広大な広間。
正しく前情報通り、先が見通せないほどの広い空間に、清廉な冷気が漂っている。
(ただ・・・これは・・・。)
仲間たちも気付く。
特にロカさん、アフィナ、シルキーは目を見張った。
ポーラとフォルテも何かしらに気付いては居るのだろうが、前述の三人ほどじゃあない。
「セイ、これって!」
アフィナを皮切りに、「主・・・。」「セイさん!」と三者三様、おれの顔を伺う面々。
両者を分けた違いは何か?
答えは・・・。
「あぁ、神域だな。」
以前神召喚の場を・・・『天空の聖域』シャングリラで、『正義神』ダインの召喚を目撃しているかどうかだった。
ゴクリ・・・ポーラが唾を飲み込む音がやけに響く。
同じ神でも、セリーヌやオーディアとは明らかに違う明確なプレッシャー。
気を抜けばこちらを押しつぶそうとしているのかと疑いたくなる重圧は、あの時のダインから感じた物に良く似ていた。
「こっちだよ。」
蝙蝠羽根を羽ばたかせ、こちらを振り返りながら飛ぶ『妖魔』を見失わぬよう、促されるままゆっくりと進む。
どれくらい歩いただろうか?
アフィナの火玉以外光源が無いし、何だか時間の感覚までおかしくなるような・・・。
しかし、目的地は突如判明した。
暗闇の中、微かに灯る光点は青。
柔らかな青い燐光が少しずつ近付いてくる。
確かに・・・壁だった。
おれたちが辿り着いたのは、広大な広間に似つかわしい、巨大すぎる青い壁。
その壁には、いくつかつっこまなければいけない所があった。
淡い燐光は壁が発する物、一定間隔で壁から蛍のような光が零れている。
色は無色透明。
最奥までは見通せないが、かなりの透度を誇るそれはまるで氷の壁。
その範囲を良く見れば、最初は巨大過ぎて気付かない、気付いてからはその非常識さに戸惑う巨大な魔法陣。
視線が届く距離はほんの末端だった。
アフィナが魔法陣をなぞるように火玉を増やす。
そして・・・一番の問題。
魔法陣の中央・・・壁の中には、羊のような巻角を頭に生やした赤い髪の褐色美女。
高下駄を履き前合わせの着物、まるで花魁のような衣装。
妙になまめかしく着崩しているのが目に留まる。
今は目を閉じているが、その瞳はおそらく髪同様の赤なはず。
(間違いない・・・アギマイラだ。)
『地球』のカードゲーム『リ・アルカナ』、そこで見たものと寸分違わぬその姿がそこにあった。
唯一違和感を感じるとすればそれはサイズだろう。
この世界の神はアルカ様以外巨体・・・4m級の体躯を持っていた。
しかし、壁に埋まっているアギマイラらしき女性はどう見ても人間サイズ。
それにしても・・・いつかの光景に良く似ている。
ウララが罠にかかって『晶柩』に囚われた時とそっくりだ。
注視して違和感。
ただカードの知識として記憶していると思っていたのだが・・・。
(見覚え・・・何か引っかかる・・・。)
観察していたおれの思考もそこまで、自然・・・鼓動が高鳴る。
「ポーラ!」
ただ壁上を見上げていたポーラがおれの声に反応し、走り寄って来て絶叫。
「おっとぉ!おっかぁ!」
目を凝らせば壁の奥、皮鎧を纏った白熊と白ウサギの獣人女性が埋まっていた。
その表情は良く見えない、もちろん生死の判断も。
符合するのはどう考えてもポーラの両親。
いや、母親が白ウサなのは知らなかったが・・・。
一体これはどういう事なんだよ?
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