・第百八十四話 『大悪魔(グレーターデーモン)』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、君も聞きなれた言葉だと思う。
兄貴の称号と言うか・・・通り名は『悪魔』だ。
元はカードゲーム『リ・アルカナ』の、トップランカーに付けられるタロットの称号。
それがいつのまにやら一人歩き。
地元じゃ九条聖=悪魔、九条美祈=悪魔の妹なんて、不名誉な覚えられ方をしていたよな。
確かに少々思い当たる節が無い訳でもない。
肩で風切っちゃうような代紋持ちの方々や、女神過ぎる君の魅力に吸い寄せられる羽虫ども・・・話し合い(物理)があったことは否定できない。
だがそれは、基本相手に問題があった訳で、兄貴の方から喧嘩を売ったのでは無いと理解してくれているだろう?
誠に遺憾な出来事だったな。
それはそうと・・・現在兄貴、本物の悪魔と対峙しています。
■
「え・・・悪魔・・・族?」
ポツリ・・・呟くアフィナの声、応える者は誰も居ない。
他のメンバーも声こそ出さないが、緊張感を強めたのが空気でわかる。
思わず声が漏れてしまうほど驚愕した訳、見覚えがあったのは『地球』でだ。
つまりカードゲーム『リ・アルカナ』に存在した盟友。
魔族の中でも特にポピュラーな悪魔族、その中の一体『大悪魔』の姿がそこにあった。
目まぐるしく交錯する思考、訴えかけてくる異常。
元を正せば、おれたちがこんな場所に居る理由。
それは『最後の港町』ミブへ向かう海路で、『狂気烏賊王』なんて者に襲われたからだ。
そして・・・『罅割窟』で起きていた異変。
中へ入ってみれば地下三階に居るはずの『雪巨人』が、一階の・・・それも入り口付近をうろついていて、倒せばアンティルールが発動した。
地下二階に下りてみれば、明らかに人の手が入っていると思われる洞窟。
待ち受けていたのは、本来なら魔族の国である『砂漠の瞳』に住んでいるはずの『大悪魔』。
最悪なのは『狂気烏賊王』と『大悪魔』に共通点があること。
つまり・・・どちらも『狂気の女神』アギマイラに属する存在。
なんとなく思う・・・確認は取っていないのだが、あのデカいイカとこの洞窟が異変を呈したのは同時期なんじゃないか?
(偶然?・・・まさか。)
自分でも馬鹿らしくなるような自問自答。
どう考えても偶然な訳が無い。
狙いはわからないが、良くないことが起きているのだけがはっきりとわかる。
一歩前へ、全員を庇うような位置取りで動けば、山羊頭の悪魔は興味深気に目を細めた。
睨み合い沈黙・・・双方特別な一手を振るえぬまま。
ただ、問答無用で襲い掛かってくる雰囲気ではない。
そこが逆に不気味、そして不自然。
ややあって先に口を開いたのは山羊悪魔だった。
「どうやって愚かな人族が・・・いや、獣人や精霊の類もおるようだが、ここまで辿り着いたかは知らぬが・・・ここは貴様らの立ち入って良い領域ではない。今ならば見逃してやるゆえ・・・退ね。」
こちらを完全に馬鹿にしたような物言い、そこに秘められているのは明確な侮蔑。
やたら流暢に自分の要望だけを告げ、こちらに口を挟む隙を与えないもの。
しかし・・・「はい、そうですか。」と言うとでも思ったか?
言葉が通じる以上は色々聞きたいことが出てきたのだが、聞いたところで素直に答えてはくれないだろう。
ならばお返し、こちらも要求を告げるのみ。
元より撤退は選択肢に入っていない。
この洞窟を抜けて内陸に行かなきゃいけないし、ポーラの両親の安否も確かめないとならない。
「お前が何を持ってしておれたちを愚かって言うか知らないが・・・その奥に用事があるんでね。邪魔立てするなら・・・。」
そこで思わせぶりにセリフを一度切り、自身を鼓舞するためにも丹田の構え、呼気をしっかり整える。
即応、左腕に集束する魔力が朱色に、アフィナの掲げた火玉よりもはっきりと輝き出す。
おれの左腕、脈打つ『朱の掌』の魔力に目を止め、山羊顔を器用に歪ませた悪魔。
不快を満面に滲ませて、「邪魔立てするなら?」と聞き返してくる。
まるで一種の演劇のように、予め決められていたセリフをなぞる如く。
相変わらずテンプレを踏襲する世界にうんざりするが、おれは気を取り直し言葉を紡ぐ。
「力尽くで・・・推し通る!」
全身を一瞬沈み込ませ、即座に走り出せる体勢。
おれが両足に力を込めるのと、悪魔が「愚か者が・・・」と呟いたのは奇しくも同時。
一歩踏み出した瞬間、感じる嫌な気配は悪魔の後ろから。
いつもの危険感知、首筋に感じるチリリとした寒気。
自然に半身になった悪魔の、元居た場所を突き抜けて、鎖付きの鉄球が飛び出してきた。
■
「主!」
いつも通りロカさんが叫ぶ。
暗闇から飛来した鉄球は一直線、間違いなくおれを狙っていた。
(上等!)
考えるより先に動く身体、巨人のおかげで筋肉は十分温まっていた。
沈み込んだ体勢から捻りを加え、溜め込んだ運動エネルギーを爆発させる。
「っらぁぁぁ!!」
裂帛の気合、突き出す左拳。
ゴッ!ガァァァ!
ぶつかり合うおれの拳と金属製の鉄球が、空中で拮抗・・・轟音を響かせる。
朱色の魔力を指先で弾くように、鉄球との接点で解けば弾き飛ばされたわむ金属の鎖。
おれは金属の鎖を無造作に掴み、掌に一回転巻きつけ力いっぱい引っ張った。
「おおおぉぉ!」
自然漏れる雄たけび、引き合う力は序盤こそ拮抗するも・・・ズルリズルリと引き摺る音が聞こえ、通路の奥から鉄球の投擲者が姿を現す。
懸命に鎖を支え続けるそいつは、頭に一本角を持つ体長3m大の巨人、最も特徴的なのは一つ目であること。
『一眼鬼』・・・『雪巨人』よりは小さいが、豪腕を振るう鬼人族の一種。
額に汗浮かべ歯軋り、おれはすっと力を抜き鎖を放す。
突然均衡を崩された『一眼鬼』は、バランスを保てずに尻もちをついた。
驚き目を見開いたのは『大悪魔』だ。
余裕綽々の態度が一変、二叉の槍をこちらへ向けて、転んだ『一眼鬼』とおれを何度も見比べる。
いや・・・『一眼鬼』もビビってるな・・・。
なんか、「お・・・おで・・・おでが引っ張りっこで負けた?」とかブツブツ言ってる。
「おで」口調なのかー、なんかアリアンを思い出すな。
「ば・・・ばかな!貴様・・・本当に人族か!?」
失礼な・・・純度100%の人間ですがなにか?
おれが何かを言う前に、ポーラがボソリ。
「それはおいも謎だべ・・・。」
まさか身内に裏切られるとはorz
それでも何とか気を取り直したのか、「さっさと起きろ!」と『一眼鬼』を叱咤し、自身も蝙蝠羽根で宙に舞う『大悪魔』。
人間には聞き取れない言葉で何事か叫ぶ。
(なんか超音波的な・・・。)
効果はすぐにわかった。
通路の奥から短剣や小弓で武装した『小鬼』数体と、最後にのっそり・・・巨大な戦斧を担いだ牛頭人身が一体現われた。
またしても団体さんである。
「『小鬼』と・・・牛族・・・?」
「違う。」
シルキーの呟きを即座に否定。
どうやら最もメジャーな魔族である『小鬼』のことは知っていたようだが、獣人族と馴染み深いこの世界ではごっちゃになっているのかもしれない。
あの牛頭人身の存在は・・・『牛頭鬼』。
れっきとした魔族だ。
もはや完全に理解できてしまった。
『大悪魔』から始まり、『一眼鬼』に『小鬼』。
終いには『牛頭鬼』・・・全てがカテゴリー魔族、どんなに鈍くたって気付く。
こいつらは全部『狂気の女神』アギマイラ縁の者たちだ。
揃いも揃って敵意がむき出し、襲い掛かってくるのも時間の問題。
だが・・・『大悪魔』が攻撃指示を出すよりも早く、真っ先に動いたのはフォルテだった。
ルォン・・・涼やかな竪琴の音色、そんな音が静かに響く。
気付けば、全ての『小鬼』の頭部に、銀色の矢が生えていた。
光の粒子を撒き散らし、カードに変わるとおれに向かって飛んでくる。
(これも・・・アンティ!)
呆けた敵の隙を逃さず、おれを含めて仲間たちが全員動き出す。
ああ・・・ポーラだけ付いてこれてないな。
うーん、やっぱり潜り抜けた修羅場の数ってのが・・・まぁいい。
一気に肉薄したおれの拳を、斧の平面で受けてたたらを踏む『牛頭鬼』。
『一眼鬼』が再度投げつけた鉄球は、ロカさんが斜めに張った障壁で受け流され、ただ壁に食い込むのみ。
『大悪魔』も、一人浮かんだは良いがアフィナに周囲の空気をかき乱されて姿勢の制御に手一杯だった。
(こいつら、思ったより強くない。)
方針を転換、これなら生け捕りでもいける。
聞きたいことが山ほどあり過ぎる。
「殺すな!」
おれの真意が伝わったのか、仲間たちは行動を変化させた。
シルキーの『浄化の雷』が、鉄球から鎖を伝って『一眼鬼』へ。
あえなく弛緩、完全に意識を失う。
『牛頭鬼』にはロカさんの『魔霧』が忍び寄り、一瞬で全身を覆い尽くして麻痺させる。
『牛頭鬼』の身体を踏み台にして駆け上がる。
中空へ躍り上がったおれを、下からアフィナの風魔法が押し上げ、その勢いのまま『大悪魔』を殴り飛ばす。
「がぁ!」
苦鳴、床へと叩き付けた悪魔の羽根を、フォルテの銀矢が縫い付ける。
羽根を自力で引きちぎり、無理矢理起き上がろうとした『大悪魔』の肩口に、どすっ・・・ロカさんの前脚がのしかかった。
うん・・・ポーラが空気、働け?
「くっ!貴様ら何者だぁ!愚かな人族風情が・・・許さん!許さんぞぉ!」
おおー、メンタル強いな。
もう完全に詰んでると思うんだが?
ゆっくりと近付きながら語りかける。
「おれたちの事はどうでも良いだろう?お前らの事を教えてくれよ。詳しく、わかり易く、包み隠さずな?」
おれのイイ笑顔を見て、「くっ!殺せ!」とか山羊頭が口走る。
それは・・・女騎士がオークに捕まった時しか使っちゃいけないセリフだと思うぞ?
おれは静かに彼女の名を呼んだ。
「シルキー。」
彼女は何も言わず、ただ黙っておれの側へ来る・・・指先を雷でバチバチさせながら。
見る間山羊の目が恐怖に彩られ、突如聞き覚えの無い大声が響いた。
「やめてーーーーーーー!!!」
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