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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第四章 氷の大陸メスティア編
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・第百八十三話 『罅割窟』後編


 クンッと一瞬前のめり、自然な前傾姿勢、重心を前に落とし猛然と駆け出す。

 

 (『幻歩ファントムウォーク』が欲しかったな・・・。)


 自分の動きが決して鈍重だとは思わないが、身体能力強化の『幻歩ファントムウォーク』がかけられなかったのは少々残念だ。

 しかし、そんなことを考えた瞬間、不自然に軽くなる身体、一気に加速。

 一瞬で通り過ぎた仲間たちの中、サムズアップのアフィナ。

 

 (風魔法の身体強化か!)


 『幻歩ファントムウォーク』ほどの全能感じゃないが、十分実用的・・・いやむしろありがたい。

 後で褒めてやらないとな。

 

 おれと巨人の間には魔物の群れがある。

 床面を駆ける狼の群れと、宙を舞い来る蝙蝠の群れ、壁面から回り込むトカゲの群れ。

 雪を冠する魔物たちワックワクの大集合である。

 巨人は魔物たちに指示を出しているのだろう。

 「ルガァ!ルガァ!」と意味不明な雄たけびを上げ続けている。

 巨人が叫ぶ度、密度を増して襲い掛かってくる魔物たちの中央、通路のど真ん中をあえて推し通る。


 「主!」「セイさん!」


 ロカさんとシルキーの叫びが同時に聞こえ、反射的にサイドステップ。

 巨人の投擲した氷柱と、ロカさんが撃った水球が空中で交わり、一瞬の均衡。

 双方あえなく粉砕すると思った所に、シルキーの放った雷が接触した。

 狙った訳では無いのだろうが、背筋を伝う嫌な予感に慌てて距離を取る。


 直後・・・爆発。

 氷片と雷を纏った水滴が、周囲に降り注ぐ。

 バキバキバキ!バチチチチ!

 どんな化学反応を起こしているのか、魔物や床面壁面に付着した水滴から、溢れ出すのは氷片と雷の迸り。

 被害甚大、避け切れなかった魔物たちが、為すすべも無く光の粒子、そしてカードに変わっていく。

 おれは運良く生まれた花道を悠然と駆ける。

 この間に距離はかなり詰めた!


 殴り、蹴倒し、踏み台にして跳びながら、おれ一人巨人に向けて肉薄。

 しかし敵さんの守りもなかなか堅牢。

 時折混ぜてくる氷柱攻撃も鬱陶しいんだよなぁ・・・。


 「セイ!無茶だべ!一回戻るだ!」


 トカゲを撃ち落しながら叫ぶポーラ。

 倒すそばからおかわりが来てるからな、確かにこのままじゃあジリ貧だろう。

 だが・・・。

 おれが駆け出した時すでに、あいつは集中に入っていた。

 普段の行動がどんなに無気力でも、おれと盟友ユニットの間に確かにある信頼。


 「若様、行きます。」


 小さくともはっきりと響く少年の囁き。

 次いで後方から、銀光と共に告げられる奥義の言葉。


 「奥義シャグランフレッシュ」


 本日二発目、フォルテの放つ銀槍が飛来。

 タイミングはバッチリ、今それが欲しかった。

 ちょうど『雪狼スノウウルフ』を踏み台にして跳びあがったおれを、まるで狙い撃つかのような銀の槍。

 もちろん本当におれを狙っているわけじゃない。

 そのまま進めばきっちり巨人の心臓にぶち当たることだろう。

 あくまで・・・妨害されなければだが。


 おれはアフィナのかけてくれた風魔法のおかげで、空中で多少の無理が利く。

 さっと身を屈めて手を伸ばし、銀槍の胴部分を掴む。

 当然『ハンズ・オブ・ヴァーミリオン』のかかった左手で。

 仲間の放った技と言え、さすがに奥義を素手で掴むのは怖い。


 【さすがは若様、飛ばすわよ~?】


 頭の中に響くのは、無機質ながらどこか惚けた女性の声。 

 おれが銀槍を掴んだ瞬間加速。

 なるほど・・・あえて弾速を緩めてくれていたわけだ。


 悠々と群れの頭上を飛び越えて、巨人の手前ぽっかりと開いた空間に降り立つ。 

 そのまま突き進む槍と共に、おれは巨人へ向けて走る。

 驚愕・・・まさかこんな方法で飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。

 巨人はその顔にはっきりと動揺を貼り付けて、それでも銀槍とおれを迎撃しようと棍棒を掲げ、そこで明らかに逡巡した。

 つまり・・・どちらを迎え撃てば良いのか。

 どんな軌道を描いたとしても、両方同時には捌けない。

 そして選択、銀槍を弾き飛ばすための横薙ぎな大振り。

 常識的に考えたら正解なのかもしれない。

 8mを越えるであろう巨人に対して、おれの体躯はせいぜい四分の一。

 明確な武器である銀の槍を撃ち落し、急所には届かないであろうおれの攻撃は、そのフィジカルで受け止めるつもりらしい。

 だが・・・愚策!魔物をあれだけ殴り飛ばしているのに舐められた物だ。



 ■



 体格差があろうとやりようはいくらでもある。

 銀槍を弾き飛ばした巨人の手前、あえてくるりと一回転。

 回転の勢いを乗せて一撃、捻りの入った拳を巨人の膝横にぶち込んだ。

 ゴガァ!人体が奏でてはいけない音を出しながら、おれの左拳を伝って魔力が流れ込む。

 溢れ出す炎の魔力が集束、爆発、破砕。


 「ガッ!グギャァァァ!?」


 何が起こったか理解できない、しかし痛みは現実だ。

 巨人は目を白黒させながら、がくりと片膝を突く。

 慌てて振り下ろしてきた棍棒の雑な一撃をさっくりと避け、次いで反対側の膝にも痛撃を叩き込む。

 再度、爆発・・・どうやら『ハンズ・オブ・ヴァーミリオン』から生まれる炎の魔力・・・『雪巨人スノウジャイアント』相手に効果はバツグンのようで。 

 もはや自分の体重を支えきれなくなった巨人、両足は膝立ちで振り下ろした棍棒に身を預けるような形。


 それでも諦めていないらしい。

 おれの姿をしっかりと見据え、大きく息を吸い込み始めた。

 

 「しゃらくせぇ!」


 おれは棍棒を足がかりに跳躍、掌底で巨人の顎をかち上げる。

 『吐息ブレス』を強制的にキャンセル。

 「グッ!ギガァ!」と唸り、直接掴もうと伸ばしてきた手を更に踏み台に、とうとう奴と視線を合わせられる位置まで跳び上がった。

 今度は噛み付くつもりなのか、大口を開けて迫る巨人。

 ここまでなっても諦めない奴に、ある意味感心しつつおれは、空中で制動してトドメに入る。


 半回転でテンプルに拳を叩き込み、その反動を利用して喉元に後ろ回し蹴りを食らわせ、更にその勢いで上昇。

 空中で前転、頭頂部に踵落とし、背後に回って頚椎に正拳・・・そして炎の爆発。

 さすがにここまでやれば終結、光の粒子に転じ始めた巨人を蹴って、ふわりと地面に着地。

 すぅっと呼気を整えれば、魔物の群れも鎮圧される所。

 ポーラだけが口をあんぐり、信じられない物を見る目でおれを見ていた。


 「う・・・嘘だべ?」


 小さく呟くポーラの肩を、後ろからアフィナがポンポンと叩く。

 振り返ったポーラへ向けて、両手を腰に胸をグンっと反らし、すさまじいまでのドヤ顔。


 「考えるな、感じるのだ。」


 なんだそれ・・・。

 おそらくはおれの幼馴染たちの悪影響と思われる・・・。

 どこの剣豪だよ。


 っと・・・無駄な時間をかけ過ぎた・・・。

 奥へ進もう。

 

 前進することしばし、幸いあれから魔物があまり襲い掛かってきていない。

 未だにそこかしこに潜んでいるのはわかるのだが、巨人を倒してからは大人しい物。

 たまに散発的な襲撃もあるが、ほとんどロカさんが『索敵』、フォルテが即応して撃ち落す作業に成り代わっていた。

 ポーラ?ポーラは・・・。 


 「もう・・・もう・・・おいは何を信じていいだか・・・大体にしてどうなってるだべ・・・本来なら地下三階に居るはずの『雪巨人スノウジャイアント』がこんな浅いとこにおるし・・・周りの衆はやたら強えし・・・そもそもセイは人外だし・・・。」


 色々と許容量オーバーだったらしく、さっきからまともに機能していない。

 おい、仕事しろよ?

 周りの衆が強えの所で、アフィナがまたしてもドヤァになってすごくウザい。

 ロカさんとかフォルテのことですよ?お前は暖房ですからね?

 あとおれは人外じゃありません。

 ポーラには帰った後、ゆっくりお話する必要があるようだ。


 彼の顔色が真っ青だったり(白熊なのに!)、ずっとブツブツ呟いていたりするが、今はそれどころじゃなかった。

 

 「セイさん・・・さっきのって・・・やっぱりそうなの?」


 すっと寄って来て耳元、囁くシルキーの声は暗い。

 視線の先はおれの掌にあるカード。


 「・・・わからん。他の魔物は輪廻に戻っていたからな・・・。ただ『死屍累々(コープスフェスティバル)』の被害者の件もある。最大限の警戒はするべきだろう。」


 おれの掌に納まっているカードは『雪巨人スノウジャイアント』。

 そう・・・アンティルールが適用されていた。

 やはりここでも・・・やつら、『略奪者プランダー』が関係しているのだろうか?

 巨人は他の魔物を操っているように見えたし、巨人だけが使役されていた?

 そもそもの問題として、死ねば等しくカードに変わり、輪廻の輪に戻るはずのこの世界の住人たちを、勝手に回収できるのは何故なのか・・・。

 少なくともおれや幼馴染たちはできない。


 (いや・・・本当にそうなのか?)


 バイアやサラ、アリアムエイダのケースはなんだったのか・・・。


 堂々巡りの思考を切るように、ポーラが呟く。


 「ここが・・・分かれ道だべ。」


 目の前には真っ直ぐに続く道と、明らか緩やかな下り坂になっている通路。

 所謂T字路ってやつだ。

 本来なら真っ直ぐ進めば出口、しかし当然ながらおれたちが選択するのは下り坂だ。


 「セイ、本当に一度戻らなくていいだか?」


 不安そうに確認してきたポーラだが、おれの顔を伺うとすぐに「いや・・・そうだな。こんなとこで躓いてる場合じゃないべな・・・。」と自己完結。

 率先して下り坂に足を踏み入れた。


 「主・・・おかしいのである。」


 下り坂の途中、ロカさんの忠言、訝しむ声音は硬い。

 おれも違和感に気付く。


 「人の・・・手が入ってるな。」


 ただの洞窟だったはずなのに、途中から下り坂が下り階段に。

 周囲の壁面も、ただ氷雪が吹きつけたような物から、磨かれた氷面の如く形状が変わっていた。


 「ポーラ・・・。」


 「いや・・・おいも詳しいことはわからねぇべ。ここは自然の洞窟だったはずだぁ・・・。」


 ポーラもわからないらしい。

 不信感が募り始めるが、警戒を密にしながら進むしかない。

 どうしたって後戻りの選択肢は無かった。


 階段を最後まで降り切ると、完全に平らな床面、壁面、天井。

 もはや疑う余地も無く、明らか人工物の様相を呈する洞窟内。

 少しだが、気温も上昇している気がする。


 そして・・・アフィナが打ち上げた、灯り代わりの火玉が照らす通路の奥。

 人よりも大きく、絶対に人ではないのに人型の生物。

 灯りに反応してか、奥を見ていたそいつはゆっくりとこちらを振り返る。


 頭部がヤギ、体表は黒く、足が蹄・・・蝙蝠のような翼を背中に生やし、二叉の槍を横抱えにしたそいつに、おれは見覚えがあった。


 「人族か・・・愚かな・・・。」

 

 ヤギの口からどうやって声を出してるとか・・・そんな事を考えている場合じゃない。

 こんな所になんでこいつが・・・。

 いつのまにかおれは呟いていた。


 「悪魔族・・・だとっ!?」




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