・第百八十三話 『罅割窟』後編
クンッと一瞬前のめり、自然な前傾姿勢、重心を前に落とし猛然と駆け出す。
(『幻歩』が欲しかったな・・・。)
自分の動きが決して鈍重だとは思わないが、身体能力強化の『幻歩』がかけられなかったのは少々残念だ。
しかし、そんなことを考えた瞬間、不自然に軽くなる身体、一気に加速。
一瞬で通り過ぎた仲間たちの中、サムズアップのアフィナ。
(風魔法の身体強化か!)
『幻歩』ほどの全能感じゃないが、十分実用的・・・いやむしろありがたい。
後で褒めてやらないとな。
おれと巨人の間には魔物の群れがある。
床面を駆ける狼の群れと、宙を舞い来る蝙蝠の群れ、壁面から回り込むトカゲの群れ。
雪を冠する魔物たちワックワクの大集合である。
巨人は魔物たちに指示を出しているのだろう。
「ルガァ!ルガァ!」と意味不明な雄たけびを上げ続けている。
巨人が叫ぶ度、密度を増して襲い掛かってくる魔物たちの中央、通路のど真ん中をあえて推し通る。
「主!」「セイさん!」
ロカさんとシルキーの叫びが同時に聞こえ、反射的にサイドステップ。
巨人の投擲した氷柱と、ロカさんが撃った水球が空中で交わり、一瞬の均衡。
双方あえなく粉砕すると思った所に、シルキーの放った雷が接触した。
狙った訳では無いのだろうが、背筋を伝う嫌な予感に慌てて距離を取る。
直後・・・爆発。
氷片と雷を纏った水滴が、周囲に降り注ぐ。
バキバキバキ!バチチチチ!
どんな化学反応を起こしているのか、魔物や床面壁面に付着した水滴から、溢れ出すのは氷片と雷の迸り。
被害甚大、避け切れなかった魔物たちが、為すすべも無く光の粒子、そしてカードに変わっていく。
おれは運良く生まれた花道を悠然と駆ける。
この間に距離はかなり詰めた!
殴り、蹴倒し、踏み台にして跳びながら、おれ一人巨人に向けて肉薄。
しかし敵さんの守りもなかなか堅牢。
時折混ぜてくる氷柱攻撃も鬱陶しいんだよなぁ・・・。
「セイ!無茶だべ!一回戻るだ!」
トカゲを撃ち落しながら叫ぶポーラ。
倒すそばからおかわりが来てるからな、確かにこのままじゃあジリ貧だろう。
だが・・・。
おれが駆け出した時すでに、あいつは集中に入っていた。
普段の行動がどんなに無気力でも、おれと盟友の間に確かにある信頼。
「若様、行きます。」
小さくともはっきりと響く少年の囁き。
次いで後方から、銀光と共に告げられる奥義の言葉。
「奥義シャグランフレッシュ」
本日二発目、フォルテの放つ銀槍が飛来。
タイミングはバッチリ、今それが欲しかった。
ちょうど『雪狼』を踏み台にして跳びあがったおれを、まるで狙い撃つかのような銀の槍。
もちろん本当におれを狙っているわけじゃない。
そのまま進めばきっちり巨人の心臓にぶち当たることだろう。
あくまで・・・妨害されなければだが。
おれはアフィナのかけてくれた風魔法のおかげで、空中で多少の無理が利く。
さっと身を屈めて手を伸ばし、銀槍の胴部分を掴む。
当然『朱の掌』のかかった左手で。
仲間の放った技と言え、さすがに奥義を素手で掴むのは怖い。
【さすがは若様、飛ばすわよ~?】
頭の中に響くのは、無機質ながらどこか惚けた女性の声。
おれが銀槍を掴んだ瞬間加速。
なるほど・・・あえて弾速を緩めてくれていたわけだ。
悠々と群れの頭上を飛び越えて、巨人の手前ぽっかりと開いた空間に降り立つ。
そのまま突き進む槍と共に、おれは巨人へ向けて走る。
驚愕・・・まさかこんな方法で飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。
巨人はその顔にはっきりと動揺を貼り付けて、それでも銀槍とおれを迎撃しようと棍棒を掲げ、そこで明らかに逡巡した。
つまり・・・どちらを迎え撃てば良いのか。
どんな軌道を描いたとしても、両方同時には捌けない。
そして選択、銀槍を弾き飛ばすための横薙ぎな大振り。
常識的に考えたら正解なのかもしれない。
8mを越えるであろう巨人に対して、おれの体躯はせいぜい四分の一。
明確な武器である銀の槍を撃ち落し、急所には届かないであろうおれの攻撃は、そのフィジカルで受け止めるつもりらしい。
だが・・・愚策!魔物をあれだけ殴り飛ばしているのに舐められた物だ。
■
体格差があろうとやりようはいくらでもある。
銀槍を弾き飛ばした巨人の手前、あえてくるりと一回転。
回転の勢いを乗せて一撃、捻りの入った拳を巨人の膝横にぶち込んだ。
ゴガァ!人体が奏でてはいけない音を出しながら、おれの左拳を伝って魔力が流れ込む。
溢れ出す炎の魔力が集束、爆発、破砕。
「ガッ!グギャァァァ!?」
何が起こったか理解できない、しかし痛みは現実だ。
巨人は目を白黒させながら、がくりと片膝を突く。
慌てて振り下ろしてきた棍棒の雑な一撃をさっくりと避け、次いで反対側の膝にも痛撃を叩き込む。
再度、爆発・・・どうやら『朱の掌』から生まれる炎の魔力・・・『雪巨人』相手に効果はバツグンのようで。
もはや自分の体重を支えきれなくなった巨人、両足は膝立ちで振り下ろした棍棒に身を預けるような形。
それでも諦めていないらしい。
おれの姿をしっかりと見据え、大きく息を吸い込み始めた。
「しゃらくせぇ!」
おれは棍棒を足がかりに跳躍、掌底で巨人の顎をかち上げる。
『吐息』を強制的にキャンセル。
「グッ!ギガァ!」と唸り、直接掴もうと伸ばしてきた手を更に踏み台に、とうとう奴と視線を合わせられる位置まで跳び上がった。
今度は噛み付くつもりなのか、大口を開けて迫る巨人。
ここまでなっても諦めない奴に、ある意味感心しつつおれは、空中で制動してトドメに入る。
半回転でテンプルに拳を叩き込み、その反動を利用して喉元に後ろ回し蹴りを食らわせ、更にその勢いで上昇。
空中で前転、頭頂部に踵落とし、背後に回って頚椎に正拳・・・そして炎の爆発。
さすがにここまでやれば終結、光の粒子に転じ始めた巨人を蹴って、ふわりと地面に着地。
すぅっと呼気を整えれば、魔物の群れも鎮圧される所。
ポーラだけが口をあんぐり、信じられない物を見る目でおれを見ていた。
「う・・・嘘だべ?」
小さく呟くポーラの肩を、後ろからアフィナがポンポンと叩く。
振り返ったポーラへ向けて、両手を腰に胸をグンっと反らし、すさまじいまでのドヤ顔。
「考えるな、感じるのだ。」
なんだそれ・・・。
おそらくはおれの幼馴染たちの悪影響と思われる・・・。
どこの剣豪だよ。
っと・・・無駄な時間をかけ過ぎた・・・。
奥へ進もう。
前進することしばし、幸いあれから魔物があまり襲い掛かってきていない。
未だにそこかしこに潜んでいるのはわかるのだが、巨人を倒してからは大人しい物。
たまに散発的な襲撃もあるが、ほとんどロカさんが『索敵』、フォルテが即応して撃ち落す作業に成り代わっていた。
ポーラ?ポーラは・・・。
「もう・・・もう・・・おいは何を信じていいだか・・・大体にしてどうなってるだべ・・・本来なら地下三階に居るはずの『雪巨人』がこんな浅いとこにおるし・・・周りの衆はやたら強えし・・・そもそもセイは人外だし・・・。」
色々と許容量オーバーだったらしく、さっきからまともに機能していない。
おい、仕事しろよ?
周りの衆が強えの所で、アフィナがまたしてもドヤァになってすごくウザい。
ロカさんとかフォルテのことですよ?お前は暖房ですからね?
あとおれは人外じゃありません。
ポーラには帰った後、ゆっくりお話する必要があるようだ。
彼の顔色が真っ青だったり(白熊なのに!)、ずっとブツブツ呟いていたりするが、今はそれどころじゃなかった。
「セイさん・・・さっきのって・・・やっぱりそうなの?」
すっと寄って来て耳元、囁くシルキーの声は暗い。
視線の先はおれの掌にあるカード。
「・・・わからん。他の魔物は輪廻に戻っていたからな・・・。ただ『死屍累々(コープスフェスティバル)』の被害者の件もある。最大限の警戒はするべきだろう。」
おれの掌に納まっているカードは『雪巨人』。
そう・・・アンティルールが適用されていた。
やはりここでも・・・やつら、『略奪者』が関係しているのだろうか?
巨人は他の魔物を操っているように見えたし、巨人だけが使役されていた?
そもそもの問題として、死ねば等しくカードに変わり、輪廻の輪に戻るはずのこの世界の住人たちを、勝手に回収できるのは何故なのか・・・。
少なくともおれや幼馴染たちはできない。
(いや・・・本当にそうなのか?)
バイアやサラ、アリアムエイダのケースはなんだったのか・・・。
堂々巡りの思考を切るように、ポーラが呟く。
「ここが・・・分かれ道だべ。」
目の前には真っ直ぐに続く道と、明らか緩やかな下り坂になっている通路。
所謂T字路ってやつだ。
本来なら真っ直ぐ進めば出口、しかし当然ながらおれたちが選択するのは下り坂だ。
「セイ、本当に一度戻らなくていいだか?」
不安そうに確認してきたポーラだが、おれの顔を伺うとすぐに「いや・・・そうだな。こんなとこで躓いてる場合じゃないべな・・・。」と自己完結。
率先して下り坂に足を踏み入れた。
「主・・・おかしいのである。」
下り坂の途中、ロカさんの忠言、訝しむ声音は硬い。
おれも違和感に気付く。
「人の・・・手が入ってるな。」
ただの洞窟だったはずなのに、途中から下り坂が下り階段に。
周囲の壁面も、ただ氷雪が吹きつけたような物から、磨かれた氷面の如く形状が変わっていた。
「ポーラ・・・。」
「いや・・・おいも詳しいことはわからねぇべ。ここは自然の洞窟だったはずだぁ・・・。」
ポーラもわからないらしい。
不信感が募り始めるが、警戒を密にしながら進むしかない。
どうしたって後戻りの選択肢は無かった。
階段を最後まで降り切ると、完全に平らな床面、壁面、天井。
もはや疑う余地も無く、明らか人工物の様相を呈する洞窟内。
少しだが、気温も上昇している気がする。
そして・・・アフィナが打ち上げた、灯り代わりの火玉が照らす通路の奥。
人よりも大きく、絶対に人ではないのに人型の生物。
灯りに反応してか、奥を見ていたそいつはゆっくりとこちらを振り返る。
頭部がヤギ、体表は黒く、足が蹄・・・蝙蝠のような翼を背中に生やし、二叉の槍を横抱えにしたそいつに、おれは見覚えがあった。
「人族か・・・愚かな・・・。」
ヤギの口からどうやって声を出してるとか・・・そんな事を考えている場合じゃない。
こんな所になんでこいつが・・・。
いつのまにかおれは呟いていた。
「悪魔族・・・だとっ!?」