・第百八十二話 『罅割窟』中編
弾き飛ばされた銀槍が空中で霧散、完全にその効力を失う。
正直勘弁して欲しい。
仮にも奥義、フォルテにとっては最高の一撃だ。
それをいとも無造作に・・・或いは相性が悪かったのか?
「ルゥゥゥガァァァァ!!!」
フォルテの攻撃でおれたちを改めて敵認定、血走った瞳、大口を開けて吠え猛る『雪巨人』。
服を身に纏う程度の知能を持ちながら、言語を解する類の存在には全く見えなかった。
しかし戦闘において言うなら、それなりの知能を持っているのは疑う余地も無い。
吠え猛り憎々しげにこちらをねめつけながら、それでも奴はすぐには近付いてこない。
アフィナの火球、フォルテの初弾を見て、遠隔攻撃を警戒しているのだろう。
「悪い冗談だべ!」
タタタン!
問答無用、呆けたのも一瞬で、ポーラがその腕前を披露する。
神速の抜き打ちで三発、両目と額を狙った銃撃。
異世界でも銃は銃だ。
普通なら弾速は不可視、彼が今までの戦いで眉間を正確に狙っていなければ、おれでも弾道の予測は困難だっただろう。
相手がただ図体がでかいだけの獣だったなら、予定通り物言わぬ骸に変わっていたはず。
しかし巨人は曲りなりにも知能があり、まして遠隔攻撃を警戒していた。
カカッ!
刹那、自身の目の前に掲げた棍棒で、あっさりと銃弾を防ぐ巨人。
そりゃそうなるよな・・・。
「そんなっ!?」とか叫んでるポーラには悪いが、完全に予定調和ですよ?
巨人は棍棒を降ろし、大きく息を吸い込み始める。
元より巨大な胸板が、更に膨れ上がった。
(これは・・・まずい!)
この手のテンプレはもううんざり、所謂ドラゴンがお得意な奴でしょう?
「ロカさん!」
「承知!」
巨人の怪しげな挙動にロカさんの名を呼べば、すでに「わかっている」と言わんばかり、おれたちの前面に躍り出る。
ロカさんがその身体から、漆黒の霧・・・『魔霧』の障壁を生み出したのとほぼ同時、巨人が大口を開け『吐息』を吐き出した。
細かな砕氷と雪が混じった『吐息』・・・言うなれば『吹雪の吐息』って奴だろう。
ロカさんの障壁に阻まれてこちらに被害は無いが、直で食らっていたらと思うとゾッとする。
いや、違うな。
これは飛び来る氷雪だけが危険なんじゃない。
「アフィナ!火玉で周囲を暖めろ!」
そう、気温・・・一気に冷やされていく温度に危機感。
アフィナは一度きょとんとするが、「わ、わかった!」と答え周囲に火玉を浮かばせる。
多少なり上昇する空気に安堵も束の間、シルキーが鋭い悲鳴を上げる。
「セイさん!」
見れば巨人は『吐息』を吐き出しながら、天井に垂れ下がる氷柱を手折り、ロカさんに向けて投擲する構え。
(やろう・・・!)
即座に『魔導書』を展開。
目の前に浮かぶA4のコピー用紙サイズ、六枚のカードの内から、火属性初級攻撃魔法『火炎』を選択。
アフィナがよくやる火球同様、小さな火球を生み出し投げつける。
迫り来る氷柱と火球が空中で交錯、小型の爆発を起こし粉々に。
埒が明かないと思ったか、巨人が『吐息』を止め棍棒を構え直した。
「ロカさん、『魔霧』まだいけるか?」
『吐息』を耐え切り障壁を解除、ロカさんが「無論!」と答える。
ロカさんの身体から噴き出した闇色の霧が、意志でも持つかのように巨人に牙を剥く。
多種多様な効果を持つ『魔霧』の中でも必殺の効果、屍毒で持って巨人を屠ろうと考えたのだが・・・。
巨人に纏わり付いた『魔霧』が、キラキラとした氷の結晶に変わり通路の床に降り注ぐ。
「なんと・・・!」
「まじかよ・・・。」
おれとロカさん、驚愕の呟きに答えるのはポーラ。
「セイ、『雪巨人』の体温はマイナスなんだべ!水や氷の魔法は効かねぇし、下手な火魔法でもあっさり消されちまうだ!」
なるほど確かに・・・『魔霧』は魔力を纏う毒の霧だが、霧ってことは水属性。
凍らされてしまうのも頷けるが・・・実に面倒くさい。
そして状況は更に悪化。
「ルガァァァァ!」
ビリビリと大気を震わせる巨人の咆哮。
呼応するかの如く巨人の背後から、『雪蝙蝠』や『雪狼』が何匹も集結。
隊列を組むようにおれたちの眼前に展開し、襲いかかる隙を伺っている。
思えば遭遇した時も狼を四匹従えていた。
もしかすると・・・この巨人は魔物を使役するような力まで持っているのだろうか?
■
蝙蝠には、フォルテの銀矢とシルキーの雷撃で弾幕を張る。
銀矢に翼や胴体を射抜かれ、或いは雷撃に絡みつかれてビクリと震え、あえなく絶命。
墜落する途中でカードに転じ、洞窟の出口へ向けて飛んでいく。
「くっ!『雪蜥蜴』もおるべ!」
魔眼で警戒するポーラの猟銃から三発の銃撃。
横壁に張り付き体色を擬態させ、回り込もうとしていた『雪蜥蜴』が姿を現し、やはり眉間を貫かれてカードに転じている。
おれとロカさんは『雪狼』の処理だ。
おれの拳も、ロカさんの爪や牙も無双状態。
近寄る敵に一切情けはかけず、黙々と作業のように蹂躙する。
むしろそれしかやりようが無かった。
「ルゥゥガァァ!ルゥゥガァァ!」
巨人が何事か吠えながら、ドスドスと床に棍棒を叩き付ける。
何を言っているかおれたちにはさっぱりわからないが、けしかけられてでもいるのか、次々と命を散らしながらも魔物の進撃は止まらない。
本当に厄介な敵だ。
「アフィナ!」
「わかってる!」
巨人がまたもや天井から氷柱を手折ると、おれたちに向けて投擲し、それをアフィナが火球で撃ち落す。
所詮は能力や特技で作り出した物でも何でも無い自然物の氷柱、おれの初級攻撃魔法でも迎撃できたことから、アフィナはそちらの迎撃に専念させている。
現状火力を一枚落すことになってしまっているが、放置もできない以上割り切るしかない。
それに「あの」アフィナだ。
攻撃参加もしながら敵の動向に注意なんて・・・まぁお察し下さい。
そんな攻防をしばらく続けている。
そろそろ攻勢に出たい所、元よりおれは守勢は苦手なんだよ。
「魔導書」
飛び掛ってくる爪を振るう『雪狼』を殴り飛ばし、はたまた地面から牙を剥く個体を踏み抜きながら、『魔導書』を展開。
五枚のカードの中から一枚を選択。
「全員ジャンプ!」
おれの言葉に迷わず跳び上がる仲間たち。
意味がわからずきょろきょろと視線を泳がせるポーラ。
「のわわっ!?」
アフィナが風魔法で巻き上げたようだ、グッジョブ。
同じく跳び上がり、おれは魔法名を唇に乗せる。
『熱波』
火属性上級攻撃魔法『熱波』・・・地面に足を付けている者を、敵味方問わず火達磨に変える魔法。
逆巻く炎が床面を舐め、埋め尽くすように奔る。
飛んでいない魔物・・・『雪狼』や壁ではなく地面に擬態していた『雪蜥蜴』が炎に包まれ、カードに変わり飛んでいく。
アフィナが風魔法を操り、仲間たち全員を軟着陸させる。
『熱波』の効果は一瞬、魔法の発動も早ければ持続性も皆無だ。
発動の瞬間中空に居たおれたちが、炎に巻かれる事は無い。
「セ・・・セイは本当に魔導師だったんだべな・・・。」
ポツリ、呟くポーラ。
だから最初からそう言ってるだろうに?
そんなことより・・・。
通路に立っていた者はひとたまりも無いはずなんだが・・・。
居るね・・・居るよ、未だ健在。
黒髪黒髭に青い体の巨人、『雪巨人』が鬱陶しそうに身体を揺すれば、絡みついた炎が剥がれて消えた。
さすがに無傷では無いようで、身体のあちこちに火傷・・・焦げている感じ。
「ルゥゥゥガァァァ!!」
しかし再度咆哮、巨人の奥から駆けつける魔物の群れ。
もうね・・・すごく面倒くさい。
『追放』でも使ってさくっと処理したいなぁ。
もしくはもっと高威力の火魔法か。
引いてないから無理だけども。
「セ、セイ・・・どうするだ?一回退いて体勢を立て直すだか?」
ポーラが弱気発言、両親を助けに来たんだろう?
まぁこういうのが初めてなんだろうし仕方ないか。
チラリ、他のメンバーを一瞥。
仲間たちは・・・うん、まだ心は折れていないようだ。
ロカさんは特に何も言わずに狼たちを張り倒しているし、フォルテも真面目に蝙蝠を叩き落している。
アフィナとシルキーは、おれの目線に気付いてこくりと一つ頷く。
「任せる」ってことね。
さすがにおれと同行した経験の差が出たかね。
この程度の魔物の群れは日常茶飯事だ・・・不本意だがな!
「ポーラ、どうせこいつを倒さないと先に進めないぞ?覚悟決めろ。」
「だ・・・だか・・・。」
言葉に詰まるポーラ。
おいおい、今更後ろ向きにならんでくれ。
それにおそらくだが・・・この後はもっと面倒くせーのが待ってるぜ?
正に経験者は語るって奴だ・・・不本意だがな!
まぁでも・・・こんな所で腰が引けてもらっちゃ困るんだ。
いっちょ不安を払拭してやるかね。
「ポーラ、あんなのはただでかいだけのおっさんだ。お前は、おれたちが見つけにくいトカゲをしっかり駆除するんだ。」
「でかい・・・おっさん!?・・・だどもセイ!矢や銃も効かね、炎も振り払う。どうやって倒すだ?」
彼の肩をポンと叩き『魔導書』を展開。
カードを一枚選択して即発動。
『朱の掌』
魔力が込められた言霊、応えるのはカードに宿る力。
朱色の魔力が集束、おれの拳を鮮やかに彩った。
幾度と無く繰り返してきた構え、両脚を肩幅腰だめに拳、一度目を閉じ呼気を整える。
括目、ニヤリ・・・できるだけ自信満々に。
「決まってるだろう?殴って倒すんだよ。」