・第十八話 『狩猟蜘蛛』
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異世界からおはよう。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈は、あの日のことを覚えているだろうか?
兄貴は、あの日の言葉を少し訂正したい。
美祈が小学校三年生くらいの時だったかな?
部屋に現れた小指の爪ほどのサイズの蜘蛛を見て、とても怖がった君。
おれはその蜘蛛を、窓から逃がしてやってこう言った。
「あいつだって怖いんだ、こっちが何もしなければ襲ってきたりしないさ。」
訂正:こっちが何もしなくても、襲ってくる奴は居ます。
■
「・・・忘れてたぁ!」
目覚めて叫んだおれの声に驚いて、隣のベッドで寝ていたアフィナが「んあっ!?」とか言っている。
昨日は頭に血が上って、すっかり忘れてしまっていた。
そう、幼馴染なあいつらのことだ。
(しまったー、セリーヌに聞いときゃ良かった。)
過ぎてしまったことは仕方ないが、一応クリフォードにも確認しておこう。
着替え始めたおれを見て、アフィナが「どうしたの?」と尋ねてくるが、「昨日聞き忘れた事を聞きに行く。」と短く答える。
「ボクも行く!」
昨日の状態から、もう立ち直ったのはすごいと思うが。
「来るのは良いが、取り合えず着替えろ。」
昨日ベッドに運び込む際に『歌姫』が、「このままじゃ寝苦しいわ。」とか言って、アフィナの服をはだけていたので、かなりあられもない姿になっている事を指摘してやる。
アフィナは一度自分の格好を確認した後、「うひゃあ」などと奇声を発してベッドに潜り込む。
おれは着替え終わったので「先に行くぞ。」と声をかけ、客間から出ようと扉を開けた。
「あ!あの!」
「なんだ?」
かけていた毛布の上から、目だけを出したアフィナに呼び止められる。
「・・・昨日は、ボクの為に怒ってくれて・・・ありがとう。」
「・・・成り行きだ。」
おれの答えに、「それでもありがとう!」と、今度は元気に言ったアフィナを残し、おれは客間の扉を閉めた。
扉の向こうで、「昨日からセイが優しい~!もしかしてボクに惚れた!?うれしいけど困る~!」とか、叫び声が聞こえてきたが、気にしてはいけない・・・。
困らなくて良い、その可能性は0だ。
■
謁見の間には、目の下に隈を作ったクリフォードと側近連中が待っていた。
さすがに昨日の事件の後じゃ、事後処理で眠る間も無かったんだろう。
おれは『図書館』から、保存してあった紅茶を、人数分カップに注いで振舞ってやる。
「これは?」訝しげな顔をするクリフォードに、「紅茶だ。」と答え、おれも口をつける。
うん・・・紅茶だ。
おれが飲んだのを見て、おそるおそるといった感じで謁見の間に居たメンバーも、カップを傾ける。
失礼な奴等だ、毒など入っていない。
一口飲んだ連中が、一瞬絶句した後「これは!?とんでもなくうまい!」とか騒いでいるが、たぶん気のせいだ。
「そうなんです!セイの作った物は、とてつもなくおいしいんです!」
その時謁見の間に現れたアフィナが、腕組みにドヤ顔でうんうん頷いているが、別にお前が威張る事じゃない。
「まぁクリフォード、呑みながらで良いから聞いてくれ。」
そう言っておれが昨日セリーヌに確認し忘れた、幼馴染たちの行方について尋ねると、クリフォードは、
「その件なんだが、セイは『幻獣王』ロカを使役できると聞いたが、友人たちの中で同様に、『精霊王国フローリア』の民を盟友にしている者は居るか?」
と、逆に聞き返してきた。
「この国にドラゴンは居たか?」
「いや、居ないな。」
「じゃあ天使は?」
「天使と称される有翼種は、『天空の聖域シャングリラ』にしか居ないな。」
おれの質問の意味が良くわからなかったのか、アフィナが「セイ、どゆこと?」と聞いてきたので簡潔に答えておく。
「ああ、おれの幼馴染のうち二人は、その種族しか使わないんだ。」
ポカーンとした顔をするメンバーを促し、「一人だけ使うかもしれない奴が居る。」と、クリフォードに答える。
たしか秋広が、数枚使っていた気がする。
「そうか、今朝方セリーヌ様から神託があってな、この国の民の魔力を、ありえない場所で感じたそうだ。確証は無いが、それがセイの友人の一人ではないか?とな。」
「それで、ありえない場所ってのは?」
その答えに、おれは絶句する。
『氷の大陸メスティア』・・・『レイベース帝国』の更に北、北極点に程近い雪と氷に閉ざされた人跡未踏の大地。
秋広~!どこまで行っちゃってんのー!?
うん、仕方ないあいつは後回しだな・・・。
海渡らなきゃいけねーし・・・
それはともかく、『回帰』のパーツ集めに行かないとな。
「これは、セイに『回帰』のカードを渡すようにと、したためた手紙だ。」
そう言ってクリフォードは、おれに二通の手紙を手渡し、
「すぐに出発するかね?」
と尋ねるので、おれは街で最低限の準備をしたら、すぐに出る旨を伝えた。
「そうか、案内は・・・居ない方が良いか。」
誰かを案内役に付けてくれるつもりだったらしいが、おれの事はあまり公にならない方が良いだろう。
かぶりを振ったおれに、
「ボッ、ボクはセイについてくからね!?」
残念な方から主張が入る。
それを見て一度頷いたクリフォードは、フラグを立てた。
「ふむ、アフィナが共に行くのなら、まずは『オリビアの森』が良いだろうな。少々やっかいな森だが、案内が居なくてもアフィナもエルフ族だ。まさか森で迷うこともあるまい。」
おいまてクリフォード、こいつは前科一犯だ。
クリフォードの言葉が正しいなら、たぶんこの残念はエルフじゃない。
「も、もちろんですよ!エ、エ、エルフが森で迷うわけ無いじゃないですか!」と叫んだ残念の、こめかみに流れる汗を、おれは見逃さなかった。
「クリフォード、こいつはっ・・・」抗議しようとするおれを、後ろから残念が「セイ、早く行こう!」と引きずる。
こいつ時々ありえない馬鹿力出すんだ。
おそらくドワーフ族の潜在能力的なものなんだろうが・・・
そしてあわただしく謁見の間から退出したおれは、クリフォードが去り際に呟いた、「いや、待てよ今『オリビアの森』はあの時期か?・・・まぁセイなら心配するだけ損だな・・・」と言う言葉を聞き逃した。
■
「うわぁーん!セイ見ないでー!」
足に糸を巻きつけて木の枝に逆さ吊りになり、必死にスカートを両手で押さえているアフィナを見て、おれは途方に暮れていた。
「だからお前・・・ズボン履けって言っただろうが・・・。」
「だってー!お母さんが、ミニスカートとハイソックスの間の絶対領域は鉄板だって!」
・・・先代『風の乙女』さん、あなたの娘は確実に残念に育ってますよ?
ここは『オリビアの森』の中。
道中は、予想に反して順調に進んでいた。
そうアフィナがおれの制止を聞かず、いやな予感のした小枝を踏んで逆さ吊りになるまでは・・・
街で準備を済ませ森に向かう際、当然おれはロカさんを呼ぼうとした。
しかしなぜか、今日に限って引きが最悪で、何度引き直してもロカさんを引けない。
カードゲームの『リ・アルカナ』では、余りにも手札が悪い時、引き直しが認められている。
もちろんデメリットはある。
引き直す度に、手札が一枚ずつ減らされるのだ。
初期の手札は六枚、当然0枚になれば引き直しはできない。
このルールは、この世界でも適用されるようで、おれは『魔導書』が残り二枚になった所で諦めた。
斥候能力持ちの盟友はおろか、エルフ族であるサーデインまで引けないとは・・・。
そしてこれは、引き直しをしている間に判明したことなのだが、VRの時には三分で一枚供給された新しいカードが、この世界では三時間に一枚しか供給されない。
これはおれの、最大の弱点になるかもしれない。
そんな事を考えて、現実逃避していたがそうも言ってられなくなった。
森の奥から、体長1m程の蜘蛛がわらわらと姿を現す。
獲物はもちろん、罠にかかった残念な人。
後で知ることになるのだが、この蜘蛛は『狩猟蜘蛛』と言う名で、普段はそれぞれの縄張りに単体で住んでいる、比較的危険度の少ない魔物らしい。
しかしこの時期繁殖期を迎え、非常に獰猛になり野生の狼等も罠にかけ、群れで襲い貪るらしい。
クリフォードがおれに伝えたかったのは、この事だった。
そしてその罠を残念さんが、ものの見事に踏み抜いたわけだ。
「いやぁー!セイ、助けてぇ!でも見ないでー!」
うん、どうしろと?
「アフィナ、火で追い払うとかしてみろよ。」
「ボク、両手が塞がってるから無理ぃぃぃ!セイがやってー!」
ええい、めんどくさい!
おれの火魔法なんか森で使ったら、『災害』になるわ!
だから森に入る時、あれだけズボンを履けと・・・
しかし困った、あんなでかい蜘蛛、絶対素手で触りたくない。
アフィナが、巨大蜘蛛に貪られるグロ映像も見たくはないし、背に腹は変えられない。
おれは、渋々『魔導書』を展開し、一枚を目のような紋章三つに変え、残りの一枚を選択、召喚の理を唱える。
『砂漠の瞳の後継者、冷蔑湛えて微笑む者、我と共に!』
辺りが金色に染まり、現れた豹柄ビキニアーマーの女はおれを見て、
「ご主人様、貴方のエデュッサが参りました。伽ですか?伽ですね。」
と、妖艶に微笑んだ。
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