・第百七十四話 『ドリル』
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※6/23 誤表記修正
海面に浮かび上がる巨大な光の帯。
光の帯を割って飛び出した輝くカードが、遥か上空へと飛んで行く。
あれは『狂気烏賊王』のカードと見て間違いないだろう。
そしてそのことが指し示す意味は・・・。
アンティルールが適用されなかった以上、奴はあくまでもこの世界の生き物。
逆にこの世界の生き物をカードとして回収できる『略奪者』についての謎は残る形だが・・・今は良い。
とにかく前情報通り、『狂気の女神』アギマイラの眷属って話も、あながち嘘では無いのかも知れない。
せめて輪廻の輪に戻った奴が、アルカ様が力を取り戻す要因になってくれるのを祈るばかりだが・・・。
それとは別に、突然襲い掛かってきた悪意ある魂の奔流。
光の帯から飛び出したカードは一枚だった。
奴に取り込まれた犠牲者たちは、未だ輪廻の輪に戻れていないと言うこと。
解き放たれたデスマスクの群れが、新たな犠牲者・・・或いは道連れを探しているかのように見える。
本体が破壊されることで発動するトリガー能力のような物だろうか?
立つ鳥跡を濁さずって言うだろう・・・どこまでも厄介な!
「ロカさんっ!」
「ぬぅ!小癪なっ!」
一瞬で状況を判断、舳先へと進み出たロカさんが『魔霧』の障壁を強化。
濃厚な闇の魔力が船体を覆い尽くす。
膨大な魔力を消費しているのがわかり、おれも並んで彼の肩に手を乗せる。
惜しみなく魔力を譲渡して援護。
障壁にぶち当たるデスマスクが、「ウォォン!アォォン!」と耳障りな声を上げる。
なんとも嫌な感じ、おれやロカさんはまだしも、心の弱い人間なら引きずりこまれるかもしれない。
ガタガタと揺れる船の上、しばし翻弄されることになる。
仕事は終わったとばかり、甲板で丸くなり寝転がるフォルテ。
いつのまにか得物の銀弓・・・『銀鴎』も仕舞い込んでいる。
もはやこのニートに期待はできない。
むしろ揺れる船上で一切動かず、怨嗟の声を子守唄に眠れる姿はいっそ感心すら覚えた。
「きゃ!・・・どうして!?」
短い悲鳴が後ろから・・・アフィナだ。
振り返ればアフィナを押しのけるように、ブリッジで転がしておいたはずの海賊船長が立っている。
腕などは縄で縛られたままだが・・・足を縛った縄が無い。
「セイさんごめん!受身も取れなさそうだったから足だけっ・・・!」
窓越しに詫びてくるシルキー。
優しい彼女としては、いかな悪人でも縛られたままであちこち打ち付けられる姿に、同情してしまったのかもしれない。
(しかし何故・・・甲板へ?)
船長の思惑が計り知れない。
戦闘中あれだけ怯えていたんだ、自分から外に出てくる理由が不明。
だが、アフィナを押しのけ進む船長の表情を伺って、なんとなく想像がついてしまう。
その顔に浮かんでいたのは恐怖と苦痛。
未だ障壁に向かってくるデスマスクたちと同じ類の物。
逆に生身であるからこそ、ことさらに不気味と感じる。
(呑まれたかっ!)
聞こえてくる怨嗟の声は、おそらくだが精神攻撃のような物なのだろう。
ある程度以上・・・それこそおれクラスや、ロカさんフォルテのような英雄級の実力があれば跳ね除けられるんだろう。
或いは仲間認定されているアフィナやシルキーは、ロカさんの障壁の効果もあった・・・いや、竜兵の作ったブレスレットの保護機能かもしれないな。
リーンドルで二人が攫われたことを気にした竜兵が、「ブレスレットに精神攻撃防御の効果付ける!」って鼻息フンスで話していた。
結果・・・実力も足りず無防備だった船長は正気を失った。
このパターンは想定外、いや・・・油断していたと言うべきか。
苦悶の表情を浮かべたまま、フラリフラリと前進。
倒れこみそうに身体を傾けたかと思うと、猛然とした勢いでこちらに突っ込んでくる。
(まずいっ!)
狙いは明確。
障壁の要、ロカさんだった。
普段ならなんの問題も無い動き、ロカさんならあっさり避けるだけだろう。
しかし今は・・・集中を乱すだけで事足りる。
「だめぇ!」
叫んだアフィナが咄嗟に船長に飛び掛り、その身体に組み付くが、ものともせずに振り回しおれへ向けて彼女を飛ばす。
(なぜ飛び掛ったし!?)
せっかく魔法が使えるんだからそっちで対応して欲しかった。
だが、魔力譲渡していたおれも一瞬対応が遅れる。
ただアフィナを受け止めることしかできない。
「くっ!」
思わず漏れる呼気。
別にアフィナが重いって訳じゃない、むしろ彼女の年齢を考えれば軽すぎるくらいなのだが・・・。
隙は十分、間に合わない!
「ぬぅ!」
船長がロカさんにぶち当たり、双方もんどりうって空中へ。
舳先に居たのが災いし、船外へ飛び出しそうなロカさんに手を伸ばす。
ぎりぎり尻尾を捕まえるが、重い!
戦闘モードの体長2mになってもらっていたロカさん、このままでは支えきれない。
おれは止むおえずロカさんに譲渡した魔力を奪う。
「主!いかんのである!」
抗弁は聞かない、子犬モードに変じたロカさんを引き寄せる。
しかしそれは、『魔霧』の障壁が途絶えることを意味していた。
■
船長は間に合わない。
絶望を顔に貼り付け、船外へと飛び出した彼がデスマスクの群れに攫われ、波間に消える。
末路を考えると気の毒には思うが・・・おれの手は二本しか無い。
おれたちに向かってくる個体を、船室から飛び出したシルキーの雷が吹き散らす。
しかしジリ貧、このままではまずい。
見れば海面が隆起、津波と化して船に襲い掛かる気配。
一度消えた障壁、傾いた天秤が戻せない。
このまま甲板で耐えるのは厳しい所だ。
「アフィナ!風だ!」
「わかった!」
ロカさんを頭の上へ放り投げ確かにしがみついたのを確認、アフィナを抱えたままバックステップで船室へ向かう。
途中でフォルテの襟首を掴み回収。
直後、身体に吹き付ける突風。
アフィナの巻き起こした風に乗り、転がり込むように船室へ退避。
(おうふっ!)
なぜか空中でもつれ合い、アフィナの胸部が顔に押し付けられる。
相変わらずテンプレをはずさない能力は健在のようだ。
「やんっ!セイのエッチ!」
アフィナは慌てて身体を離し、自身の胸を腕で守るように隠す。
こんなタイミングでラッキースケベとか・・・おれは断じて求めていない。
ロカさんが頭から飛び降り、フォルテを船内へ無造作に投げ捨てる。
「ぐえっ!若様ひどいっ!」とか抗議の声が聞こえたが無視。
シルキーが扉を閉め、魔力を再度譲渡したロカさんに障壁を張ってもらう。
「セイ!津波がっ!」
「わかってる!」
あれはまずい。
船室の窓から見える船の前面に、全高10mになろうかという水の壁。
頂点から降り注ぐように、ゆっくりとこちらへ落ちてくる。
(ターボだけで切り抜けられるか!?)
自問自答、答えは否だろう。
かなり頑強に造ってくれている船だが、ほぼ停止状態からのターボだけで、迫り来る津波を突破できるとは思えなかった。
上から叩き付けてくる水圧も宜しくない。
船ってのは下からの衝撃に備えがあれど、大抵は上からの攻撃に弱いとか何とか、何かの話で聞いた事がある。
現に『幽霊船』と闘った時も、船底部分は竜兵の『高貴なる大地』や、おれの『二重』付きの拳に耐え切った。
おれはブリッジに駆け込み操舵桿を手前に引っ張り反転、グッと押し込むことで機能を動かす。
(兵器もそうだが・・・まさかこんなすぐ使う事になるとは!)
心の中で盛大に毒づく。
呪うべきは巨大イカの情報を寄越さなかったヴェリオンの皆さんやアリアムエイダか、それともきっちりトラブルに巻き込まれるおれの体質か。
どこかから「後者です。」と言う声が聞こえた気がする・・・うるさい!
ウィーン・・・ガコ、ガシュン!
およそファンタジーらしからぬ音を立て、舳先の部分が変形。
漢の浪漫・・・無骨なドリルが現われる。
回転、螺旋の回転、ドリルが回る。
併せて船のあちこちから、ガシュンガシュンと不穏な音。
たぶん潜行用の隔壁?的な装甲板でも纏っているのではなかろうか。
事実、ブリッジの窓にも硬質な鉄板が競り上がってくる。
程なくして狭まる視界。
とりあえずの直進には問題無いと判断し深くは考えない。
この時にもう少し慎重であったなら・・・後になってそう思うのだが、それは窺い知れぬ事だった。
決断、進行方向を多少変更、少しだけ海面側・・・下方向へ向ける。
「全員衝撃に備えろ!」
アフィナ、シルキーはおれの言葉に、慌てて周辺の手すりなどにしがみつく。
ロカさんは障壁の維持を優先、それでも四肢を踏ん張っている。
フォルテは・・・なんか隅っこで丸まってるな。
あれで防御姿勢のつもりなんだろうか?
もうつっこむの面倒くさいから見なかったことにしよう。
操舵桿の横、黄色のボタンを押し込む。
ターボが発動、停泊状態からの爆発的加速。
後ろに引っ張られる強力なGを全身に受けながら、それでも操舵桿から手は離さない。
すぐに衝撃、津波とぶち当たったんだろう。
「ひゃあああ!」「きゃーーー!」「ぬぅぅぅ!」「・・・zzz」
各々の発する悲鳴を聞きながら・・・約一名寝てる?寝てるよね?
斜め下、海面に向かって突き進んでいるのであろう船の性能を、今は黙って信じるのみ。
竜兵がおれのために造った船だ、きっといける!
しかし・・・そう思ったのも束の間。
しばしガタガタと揺れ続けた船、突如後方で爆発。
「・・・は?」
船体を表すモニターを見れば、ターボを司る後方のエンジンが一基、赤く染まって表示されている。
つまりは故障ってことだろう。
竜兵が出発ギリギリまで整備していた船だ。
本来ならありえないこと。
(・・・外的要因か!)
いつのまにか忍び寄って来ていた触手の一部や、打ち出された骨片がターボのエンジン部に入り込んだ・・・そんな可能性は十分にある。
偶然か、はたまた狙ってかまでは判断できないが。
そこまで当たりを付けた時、いつぞやも感じたことのある酩酊感。
それは『森の乙女』カーシャの『ゲート』を潜ったとき、或いはPUPAからこの世界に飛ばされた時に感じたもの。
おれは暗転しそうな意識を必死に繋ぎ止めようと、唇を強く噛み締めたのだが・・・抵抗むなしく意識を失うのだった。
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