・第百七十三話 『嘆きの射手(アルシェ・ドシャグラン)』
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異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈すまん、毎度毎度の事ながらボヤかせてくれ。
兄貴はこの世界に来てから、本当に床ドンしたくなることが増えた。
主におれの盟友、本来なら頼れる相棒であるはずの奴らのことである。
何度か話したように『地球』でも闇属性は敬遠されていた。
それは能力の特殊性であったり、はたまたその盟友独自の性格、自由奔放過ぎる点に目がいくからだろう。
しかしだ。
同じ闇属性でも、ロカさんやアルデバラン、フェアラートのように真面目な奴ら。
エデュッサやカオスのようにトラブルそのものな存在。
一概に闇属性だからどうこうで決着が付く話ではない。
イアネメリラ?ああ・・・うん。
彼女はなんというかアレだ・・・おれに対する保護欲がオーバーフローしているだけで、基本的に無害と言うか、むしろおれにとってはありがたい盟友だからな。(遠い目
そこで今回の問題。
属性抜きに箱内で暴れているらしいプレズントやラカティス、そしてニート丸出しのフォルテ・・・こいつらは等しく、ギルド『伝説の旅人』の所属だった。
結論・・・おれの使役する盟友に問題があります。
リーダーだったウィッシュさんよ・・・良くこいつらまとめてたもんだよorz
■
番えた弓弦を引き絞れば、だらけきったフォルテの雰囲気が劇的に変わる。
車の運転中、性格が変わる人なんてのが良く居るだろ?
言わばあんな感じ、伸ばされた前髪で未だ瞳は窺い知れないが、口元はきゅっと真一文字、その真剣さは確かめる必要も無い。
弓使いとは思えないほどたおやかな指先に、いつのまにか銀色の矢弾が装填。
見るものを等しく魅了する美しい射姿は、揺れる船上でも一切崩れない。
ある種神秘的、神々しさすら纏い、静かに呼気を整える。
「ふっ!」
掛け声は小さく、フォルテ自身は特に気負うでもない。
ルンッ!と弓弦が小気味良い音を響かせ、巨大イカに向け銀の矢を解き放つ。
空気の膜を切り裂いて、突き進む銀色の矢弾。
一本の矢が二本、二本が四本、倍々ゲームのように空中で膨れ上がる。
これは魔法攻撃ではなく、あくまでも物理属性・・・言うなればエデュッサが無限に産み出す投げナイフに近い物だ。
見る間に数十本に増加した矢弾が、巨大イカに降り注ぐ。
必殺の一撃に見えた・・・しかし。
水中から多数の水柱を伴って、イカの触手が本体を覆い隠して身を守る。
フォルテの放った矢弾は、水と触手に阻まれ胴体部分に届かなかった。
だが、これで確信。
やはり『狂気烏賊王』は物理に弱い。
明らかにフォルテの矢弾を嫌った動きだ。
【あらー、全部防がれちゃったわー?お姉さんショックー。】
突如響き渡る無機質ながら、どこか気の抜けた女性の声。
ショックと言いながら全くそれを感じさせない声は、まるで直接頭の中に響いてくるようで・・・。
察しの良い人ならすでに気付いているかと思うが、フォルテの握る銀色の弓から発せられたように感じ取れた。
銀色に輝く弓、『知恵或る弓』・・・銘は『銀鴎』。
意志を持ち、使用者を選ぶ『謎の道具』、『嘆きの射手』フォルテの専用武器だ。
その声に追随するように、フォルテがごね始める。
「だから言ったじゃないですか若様。こういうのは兄さんの担当だってー。」
次いで先ほども聞こえてきた弓からの声。
【確かにねー。私とフォルテちゃんの得意なのは面の制圧よー?狙撃はフェルナーちゃんと妹の方が上手よー。】
そんな事、今更言われること無くわかっている。
彼女・・・『銀鴎』の言うフェルナーちゃんと妹ってのは、フォルテの兄で同じくギルド『伝説の旅人』所属の英雄級盟友、『決意の銃士』フェルナーと、彼女の後継機である銀色の長銃、『銀燕』のこと。
カードでは銀銃を携えた長身の青年、眼鏡にロングコート姿の優男で描かれている。
パッと見ではフォルテとフェルナーが兄弟とは窺い知れない。
それもそのはず。
戦災孤児であるフォルテとフェルナーは血の繋がらない兄弟、『レイベース帝国』からの亡命者だったらしい。
どのようにしてギルド『伝説の旅人』所属になったか、詳しい経緯は語られていないが。
それはともかく。
彼女の言ったとおり、面制圧を得意とするフォルテと、一点の狙撃を得意とするフェルナー・・・運用方法の違いは押して知るべし。
今回のように明確なポイント、明らか弱点臭い宝石を狙うなどと言う話なら、当然フェルナーの方が向いている。
もちろんそのことは重々承知、おれだって使えるのならばそうする。
しかしだ。
フォルテと違い『決意の銃士』フェルナーは、なぜかVRに反応せず、カードゲームのときとは違い控え(サイド)に回さざるおえなかった。
それが導き出す答えは、未だ存命か『略奪者』が使役中ってことだろう。
願わくば前者であって欲しいのだが・・・本当にままならない。
「おれだってフェルナーが呼べるなら呼んでいる!触手はおれたちが抑えるから、フォルテはあの宝石を狙え!」
気付けば体育座りで顎を膝に埋め、「やる気無いですよー。」アピールを前面に押し出す形のフォルテ。
弓を構えたときの凛とした姿が嘘のよう、服装こそ兵士のそれだが・・・これでジャージでも着ていた日には自宅警備員にしか見えない。
息切れが早すぎる・・・なんて無気力な奴なんだorz
■
『魔導書』を展開。
現在の手札・・・浮かび上がったA4のコピー用紙サイズ、カードは三枚。
二枚を選択、強化魔法を発動させる。
一枚は跳躍強化魔法『翔歩』、もう一枚は攻撃強化魔法の『朱の掌』だ。
空中を足場にできるようになれば、なんとかイカの本体まで到達することもできるかもしれないが、ちょっと不透明なところだな。
それに魔法と火属性に変換された拳は、おそらく強固な魔法防御を誇る相手に効果が薄いだろう。
とは言え・・・人間をずぶずぶと吸収したようなブツに、直で触れるのはさすがにいやだったんだ。
やむおえずおれが直接触手を散らす予定、空いた射線にフォルテの矢を通す算段。
「ロカさん、守りは任せる。アフィナとシルキーもさっきまでの行動を継続、フォルテは大技を頼むぞ。」
「主!無茶はいかんのである!」
「えええ・・・若様アレ疲れるんですよー。」
ロカさんのかけてくるいつもの言葉に、「わかってる、触手を散らすだけだ!」と答え、空中を足場に大きく跳躍、三角跳びのイメージで、空気を蹴って速度を上げた。
フォルテの言葉は無視。
あえて何も言わないことで、断固とした命令とする。
端目に弓を構えて片膝を突いた所を見ると、さすがに状況を理解したか?
「セイっ!」と叫んだアフィナから、魔力の塊が飛んでくる。
なかなか器用におれの動きを読んだらしく、ちょうど次に跳ぼうとした場所を過ぎるように飛来する魔力の塊。
効果はわからないが、さすがに攻撃魔法ってことも無いだろう。
素直にアフィナの放った魔力の塊を身に受ける。
「ほう・・・。」
思わず声が漏れるほどの感嘆。
アフィナから受けたのは風の力、それが背中と足元に蟠ったのがわかる。
どうも効果は加速と空中制動のような?しかも結構強い。
要はバーニアとウイングをもらったようなもんか。
「助かる!」と声をかけ本人を見れば、ぐっとサムズアップにウィンク。
とかくおれのすることに苦言を呈すばかりだったのに、バックアップまでこなすようになるとは・・・明日吹雪になるんじゃないか?
まぁそれだけ付き合いも長くなったと思うべきか。
益体も無いことを考えている間にも、デスマスクを擁した触手が迫ってくる。
朱色の魔力に輝く拳で迎撃。
ちょうど一回り、自身の拳を延長するようなイメージで殴りつけて弾き、纏わせた魔力を送り込む。
炎の魔力が一瞬集束、触手を爆砕する。
結構触手も吹っ飛ばしたはずなんだが・・・。
(イカって足10本じゃないっけ?)
どう見ても海面から突き出た触手は10本以上ある。
異世界の・・・ましてや神の眷属なんて言われる魔物に、『地球』の常識は当てはまらないかもしれないが、いくら多くても100本、200本とかじゃないと思いたい。
何本もの触手が襲い掛かってくる。
相変わらず船自体も狙ってはいるようだが、単身空中に飛び出したおれを組し易いと思ったか、はたまた野生?の勘で脅威と思ったか。
『狂気烏賊王』の濁った瞳から伺うことはできない。
幾度と無く空気を蹴り、アフィナのかけてくれた風の加護で急加速、急制動。
拳からの魔力の爆発をあえて近距離で、わざと身体を弾くように舞わせて動きを読ませない。
デスフェイスから吐き出される黄土色の毒液を避け、或いは触手との間に風の魔力でクッションを置いて踏み台に。
徐々に減っていく触手、これ以上はいよいよ打ち止めか?
もはや船を襲う余裕は無さそうだ。
焦れたのか、それとも最初から狙っていたのか、まぁおそらくは悪あがきの類だろう。
イカが見るから醜悪な口・・・胴体の下部分をおれに向けてくる。
(このパターンは・・・!)
この手の生物の代名詞、墨でも吐きかけてくると見て間違いない。
しかしただの目くらましとは思えない・・・毒だの何だの、もしかしたら水流同様の骨片散弾などが、絶対に用意してあるはずだ。
だが・・・それは悪手。
攻勢が弱まったせいで、ロカさんがほぼフリー。
イカの本体からは少し離れた場所、その前面ですでに『水支配』をより強固な物に変えている。
ぶぅっと膨れるイカの胴体、全身に魔力が満ちていく。
「主!」
ロカさんの叫びと、おれが後方・・・船に向かって跳ぶのは同時。
イカが吐き出した不快な黒、緑色が混じりどう見てもヤバイそれは、ロカさんが垂直に噴き上げた海面に飲み込まれ、おれたちに届くことは無かった。
【用意が出来たわー。】
甲板に着地、頭に直接響いてくる声。
かなりの長時間甲板に片膝突き、じっと弓を構えたまま集中を高めていたフォルテの手元、そこにあったのはもはや矢と呼べる代物ではなかった。
太く、長く、細部に渡り装飾の施された槍・・・形状こそ矢であっても、それは槍としか呼び様がないほどのサイズ。
「フォルテ、やれ!」
「はい・・・若様。」
だれている時とは全く違う、静かだが熱のこもった声。
フォルテは奥義を解き放つ。
「奥義シャグランフレッシュ!」
ルゥオン!先ほどとは明らかに異なる弓鳴り。
水面を巻き上げながら貫く銀光が、ロカさんの噴き上げた水壁すら易々と食い破り、巨大イカ・・・『狂気烏賊王』に向けて突き進む。
突如現われた脅威に対し、イカは慌てて水柱や触手を伸ばすが・・・そのどれもが遅い!
イカのくせに驚愕「信じられない!」とでも言いたいのか、身を震わせた『狂気烏賊王』の胴体、宝石部分に銀槍が突き刺さる。
「カロ!カロロロロロロロ!!」
全てのデスマスク、或いは本体からも発せられた鳴き声が海の上で響き渡り、程なくしてイカは痙攣・・・海中へと沈んでいく。
そして、イカの沈んだ場所から膨大な量、不快な魔力・・・云わば魂の奔流とでも言うべき激流が襲い掛かってきた。
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