・第百七十二話 『狂気烏賊王(フューリーテンタクルロード)』後編
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おれたちは、なかなかに追い詰められていた。
現在甲板にはおれとロカさん、ブリッジに続く扉でアフィナが待機。
操縦桿の前はシルキーと交代した。
ピリリと首筋に走る悪寒。
「ロカさん!またアレが来るっ!」
「ぬぅ!小癪な!」
巨大イカ・・・『狂気烏賊王』が、三角形の頭に魔力を貯めているのが見て取れた。
魔力はイカの額とも言うべき場所にある、黒い宝石のような所に集束。
直後、圧倒的な水流となって、勢い良く噴き出してくる。
この攻撃は二度目・・・一度目はうまく射角を逸らすことで事無きを得たが・・・。
思わず目を見開く。
その水流の中には取り込まれた犠牲者の成れの果てなのか、幾多の骨や頭骨がふんだんに混入されていた。
ほとんどが一般的な人型サイズのもの、しかし中には大型の海獣だったであろう骨も混在している。
こんなもんまで取り込んだのか・・・とか、宝石から水はまだしも骨出るのはおかしいだろとか・・・つっこみたい所は山ほどあるが、状況はそんな緩いものではない。
ロカさんの能力、『水支配』によって水流の威力は収まるが、いかんせん異物である骨片が防ぎきれない。
しかも本来なら支配できるはずの水が、相手も同等の性能を持っているらしく、お互いに支配権を握ろうと拮抗しているとか。
当然『水支配』に集中しているから障壁も薄いわけで・・・。
ギャリン!ギャリン!と音を立て、骨片が障壁を滑っていく。
アフィナが慌てて風の障壁を外側に張り、ロカさんの障壁維持を補助する。
「セイっ!」
アフィナの逼迫した声、言いたいことはわかる。
なるほどたしかに、こいつはアフィナでは荷が勝ちそうだ。
骨となってなお刺々しく、明らか巨大生物の頭骨・・・水流に乗って回転しながらこちらに迫ってきていた。
「ハァァァッ!」
呼気を吐き出し丹田に構えた拳、迫り来る大型海獣のものだろう骨片を下方向から突き上げ、なんちゃって発剄で弾き飛ばす。
けれど・・・後から後から溢れ出す物量に、反撃の糸口は見えず防戦一方。
「我輩を舐めるなである!」
気合のこもった怒声、水流を力尽くでねじ伏せ、そのコントロールを奪ったロカさんが、水へ闇の魔力を纏わせ槍に変える。
暗水色に染め上げられた水槍を、水面から突き出たイカの頭部に向けて解き放つ。
うねりを上げて水面を滑った水槍が、『狂気烏賊王』を串刺すように見えたその時、見えない壁にぶち当たりただの水滴に転じた。
「ぬぅ!効かぬであるか!」
臍を噛むロカさん。
正確には効いていないのではない。
少なくともロカさんの魔力、闇に属する物は敵の体表まで到達していた。
しかしどうにも魔法抵抗が高い、特に水。
闇の魔力の方は無効とまではいかないが、あの巨体・・・ほとんど効果が無かったのだろう。
「ロカさんやっぱり・・・。」
「魔力に対する何らかの能力を持っている。主の洞察は間違いないのである!」
苦々しく漏れ出た呟きに、確信を持って答えるロカさん。
おれは奴が現われた直後、古代級火属性攻撃魔法『炎帝』をぶっ放したのだが・・・まさかの無傷だった。
追撃をかけたアフィナの風刃とシルキーの雷も同様。
そこから導き出される答えは、魔法耐性しかありえなかった。
魔力で全開の強化をかけたとはいえ、中級魔法の『火弾』で触手を吹き飛ばせた事も考えれば、魔法耐性があるのは胴体だけなのだろう。
「シルキー!赤いボタンだ!」
窓越しにかけた指示に頷いたシルキーが、操縦桿の横に備えられたボタンを押す。
赤は・・・魚雷だ。
コンココンコン・・・バシュバシュバシュ!
水面に気泡でシュプールが描かれ、都合三本、船の側面から魚雷が発射された。
ファンタジーな世界観をぶち壊し、竜兵が作った近代兵器が牙を剥く。
「カロ!カロロロロロ!」
爆雷をもらっているからか、イカの触手に付いたデスマスクが一斉に叫ぶ。
ドンドンドン!と水中で爆発・・・しかしイカ本体には損害無し。
どうやら奴は水中に潜む触手を犠牲に、魚雷を全て叩き落したようだ。
「ぬぅ!竜兵君の兵器でもだめであるか!」
「セイ!どうするのっ!?」
二人の焦る声を背に、おれは一つの光明が見えていた。
奴は魔法を胴体で受けても悠然としているのに、魚雷は慌てて叩き落した。
その上爆雷では確かにダメージを受けていたのだ。
導き出されるのは「魔法耐性があっても物理耐性は無い、或いは弱い。」ってこと。
それにあの頭部に光る宝石。
いかにも過ぎる弱点じゃないのか?
■
しかしだ、攻略法はわかれど、実行するのは難しい。
おれやロカさんが直接殴りに行こうにも周りは海面、はっきり言って手詰まりだ。
「ロカさん、アフィナ、障壁の維持だ。シルキー、魚雷を撃ち続けてくれ!」
現状それしかない。
神妙に頷く三人、ロカさんがおれの前・・・船の舳先で『魔霧』を全開に。
アフィナ、シルキーも指示道りに動き始める。
それとは別に、おれは祈るような気持ちで『魔導書』を開く。
この状況を打破できるカードは確かにある。
しかし枚数は多くない、おそらく一枚。
魔法が効きにくい、近接攻撃が難しい敵、そんな『狂気烏賊王』を相手取れるのは・・・。
「魔導書」
目の前に浮かび上がるA4のコピー用紙サイズ、五枚のカード。
『火弾』と『炎帝』で消費した二枚、ドロータイミングで新たに引いてきたカードが、正しくおれの望んだ者だった。
召喚の理を唱えようとして、ハタと気付く。
ロカさんの言葉「箱の中が戦場。」と、アフロってた哀れな姿。
無いとは思うが、箱内で戦闘中だから呼び出せないなんてこと・・・いやまさか・・・でも・・・。
変態による召喚妨害だとかの記憶が脳裏を過ぎり、一瞬にして不安が首をもたげる。
「ロカさん、フォルテはどうしてる!?」
障壁の維持に勤しみながらおれを振り返ったロカさんは、狼フェイスで器用に「なるほど。」と言った表情を見せて答えた。
「フォルテはサーデイン殿の後ろに居たのである!立ったまま寝ておった!」
(おうふ・・・相変わらず過ぎる。)
ある意味予想通り、呼ぼうとしている盟友の現状に少々眩暈。
一番安全な場所でサボるのは、あいつの常套手段だった。
カードを二枚選択。
一枚が盾の紋章三つに変わり、箱の中に吸い込まれていく。
光を放ち始めたカードを見据え、召喚の理を唇に乗せる。
『伝説の旅を続けし者、魂に嘆き秘めし者、我と共に!』
右手に携えた金箱の蓋が開き、金色の召喚光に輝く世界。
光が収まった時・・・そこには、誰も居なかった。
(って、おいいいいいいいいい!?)
いや、箱の中から指先だけ出ている。
細い指先、まるで白魚のようなと評される類の綺麗な指先だ。
パッと見完全にホラーだが、間違いなく奴である。
「おまっ!さっさと出て来い!」
思わず指に向かって怒鳴れば、箱の中からいかにも不本意と言う声が聞こえてくる。
「ええ?若様、時間外ですよ?」
時間外!?時間外ってなんだ!?
「えー?サーデインさんまでそんな事言うんですかー?・・・うーん、確かに若様が死んじゃうと困りますけどー・・・。」
全く持って渋々、いやいや感を全力で振りまきながら、その少年・・・ギルド『伝説の旅人』所属の英雄級盟友、『嘆きの射手』フォルテが姿を現した。
くすんだ金髪のショートカットだが、瞳は前髪に隠れていて見えない。
射手らしいハーフカットの皮鎧を町人のような服装の上に付けている。
フォルテは箱から出た途端、甲板にがっくりと膝を突きorzの構え。
そして何を言うかと思えば・・・。
「嗚呼・・・働きたくない・・・働いたら負けだと思うんです・・・。」
完全にニートである。
「主!」「セイ!」
困惑しきりのおれとは別に、障壁班が注意を喚起。
またしても水流攻撃が来そうな雰囲気。
「くっ!フォルテ!一回は防ぐからあの宝石を撃ち抜け!」
イカに視線を移し、やる気こそ無いが凄腕の射手であるフォルテに指示を出す。
ロカさんとアフィナ、三人係りでなんとか水流を防ぎ、返事の無かったフォルテに目をやれば・・・。
ふぁぁぁぁ!?目を離した瞬間に丸まって寝てるんですが!?!?
予想以上の無気力に思わず絶句。
明らか狸寝入りのフォルテに、ロカさんの中で何かが切れたのがわかった。
あ・・・噛んだ。
「ぎゃああああ!?」
さすがに噛まれるとは思っていなかったのか、跳ね起きるフォルテは頭をしきりに摩る。
そしておれを恨みがましく見つめる。
いや、目が隠れてるから判別できないんだけど、何となく雰囲気で・・・。
「若様ひどいです・・・僕はなんて不幸なんだ・・・。」
被害者ぶるフォルテにロカさんが牙を見せると、慌てて「わかった!わかりましたよ!」と叫び、虚空から銀色に輝く長弓を取り出す。
そしてフォルテ・・・「こういうのは、兄さんの分野だと思うんだけどなぁ・・・。」などと呟きながら、弓に矢を番えるのだった。
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