・第十七話 『自由神』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、君は世界一可愛いので、おれが居ない間に悪い虫が付いていないか、とても心配だ。
兄貴は今、なんともいえない気持ちと戦っている。
異世界にもストーカーって居るんだな・・・
こっちに来てから変な奴と、やたら出会っている気がする。
類友!?ちょっと待て!
おれはちょっと妹スキーをこじらせてるだけで、普通だぞ?・・・だよな?
■
おれが一気に距離を詰め、紫ローブの懐に潜り込み鳩尾に拳を叩き込む。
当然、かなり手加減してだ。
「げふっ!!」っと、くぐもったうめき声を上げながら崩れ落ちる紫ローブの腕を取り、後ろ手に捻りあげ、深く被っていたローブをまくるとそこには・・・
まったく見覚えの無い、エルフ族の男の顔があった。
(・・・誰だこいつ?)
てっきり固有名詞持ち(ネームレベル)の奴が、出てくると思ったんだが。
(いや、この考え方でいると、足元すくわれそうだな。)
中途半端に自身の記憶と同じ顔を見るせいで、つい何度も同じ事を考えてしまう。
おれは、苦悶に喘ぐその男の顔を、謁見の間に居るメンバーにゆっくりと見せ付けていく。
『歌姫』とクリフォードは、神を呼ぶ儀式で余裕がなさそうだ。
途中で止めるって訳にもいかんのだろう。
鎧ドワーフと羽根妖精二人、もちろんアフィナも首を振っている。
サーデインに至っては肩を竦めて、妙に板に付いたアメリカンなポーズ。
(やっぱりお前には、心当たりがあるんだな。)
おれは紫ローブの腕を拘束したまま、一人驚愕に満ちた顔をする老エルフに向けて近づいていく。
「おい大臣、こいつは誰だ?」
大臣は、おれの問いに一度大きく頭を振った後、
「少々風体は変わっておるが・・・おそらくゴードンと言う男だ。」
と、答える。
(ゴードン?やっぱり知らない名前だな?)
しかし、そこで思いがけない人物が、訝しげに呟いた。
「・・・ゴードン?」
それはアフィナ。
「アフィナ、何か知ってるのか?」
おれが問いただすと、アフィナは「すごく小さい時だったから、あんまり良く覚えてないんだけど・・・」と、前置きしてから語りだす。
「たしか・・・ローズクォーツ家っていう、ミッドガルド家と対を成す貴族の人で、私が産まれる直前に行方不明になったって・・・」
アフィナを手で制した大臣が、重い口を開く。
「そこからはわしが話そう。そやつがわしの記憶通りの人間なら、名はゴードン・ローズクォーツ。先代『風の乙女』シイナ、つまりわしの娘の・・・婚約者だった男だ。」
なんだと?
意味がよくわからないおれと、「え?」と言う表情で絶句するアフィナ。
その沈黙を破ったのは紫ローブ、ゴードンの弾けるような哄笑だった。
「アハハ!アハハハハ!そうさ!おれがシイナの夫になるはずだったのに!あのアバズレはぁ、泥臭いどこの馬の骨とも知れぬドワーフなんかと、ガキまでこさえやがってさ!」
突然笑い始めたゴードンは、己が身勝手な欲望を語りだす。
「おれが!貴族たるおれこそが!『風の乙女』の力を手に入れ、新たな王として即位するはずだったのに!あのアバズレのせいで台無しだぁ!」
口角に泡を溜めながら叫ぶその姿は、とても正気とは思えない。
当事者である大臣とアフィナ以外の面々は、非常に気持ち悪いものを見ているような顔をしている。
そしてゴードンは暗い炎を目に宿しながら、頼んだわけでもないのに聞きたくも無かったことを、恍惚とした表情でぶちまける。
「だから・・・だから殺してやったんだ、あのアバズレも・・・ドワーフも・・・あの時はスっとしたなぁ・・・子供の為に許してと請うあの女を、何度も何度も何度も何度も殴って蹴って最後に崖に落としてやった!それなのに!それなのにぃ!なんでお前が生きてるんだよぉ!」
突然激昂するゴードンと、奴の話した内容に顔面蒼白で、「ひっ」と小さく悲鳴を漏らし退くアフィナを、サーデインが優しく抱きとめる。
もうだめだコイツ。
これ以上は、色んな意味で精神衛生上よろしくない。
ぷるぷると震えていた大臣が、突然懐剣を抜き放つ。
「貴様が!貴様が娘をぉ!」
「そうさジジイ!それなのにお前は『占い師』殿~なんて言っちゃって、おれの言うこと何でも信じてさ!この数年、笑いを堪えるのにどれだけ我慢したか!娘が娘なら親も親だ!アーハッハ!」
我慢の限界か、懐剣を振りかぶり突っ込んでくる大臣。
おれは、その懐剣の腹を手の甲で受け流し、ゴードンと大臣を思い切り殴りつけた。
気を失うゴードンと大臣を一瞥し、おれは「どっちも同罪だ。」と吐き捨てた。
■
余りの衝撃的な事実に、アフィナはサーデインの胸で泣きながら気を失った。
おれが『図書館』から出したロープで、大臣とゴードンを縛り上げ、床に転がした所で、サーデインがアフィナをおれに預けてくる。
残念な奴だが、アフィナの境遇と涙に心が痛い。
むしろこの境遇でも、あんなに明るかったアフィナを、ここまで痛めつけるこのばかどもに心底はらわたが煮えくり返る。
おれが怒りに燃えてる間に、神の召喚が済んだらしい。
おれは『図書館』から出した毛布を床に敷き、アフィナをそっと横たえてから振り返る。
中央の巨大な玉座に、その玉座がちょうど良いと思える巨体の、銀髪に緑の目をしたエルフ族男性が座っている。
「『自由神』セリーヌ様、召喚にお答え頂き感謝します。」
そう言ってクリフォード以下、おれとサーデイン以外の面々が跪く。
クリフォードが横目で促してくるが、おれには最初からそのつもりは無い。
おれに習ってか、サーデインも畏まることは無かった。
「この国は、この国の神であるあんたは、こんな蛮行を見過ごすのか?」
「・・・初対面で、なかなか手厳しいな・・・」
おれの不遜な物言いに周りは息を呑むが、セリーヌから返ってきたのは苦痛に満ちた声だった。
おれが少々、頭に血が上りすぎているのを感じたか、サーデインが珍しくおれの肩に手を置き「主殿、私が・・・」と囁いたので、後を譲る。
「セリーヌ様、本来ならば跪く所、我が主共々ご容赦願いたい。我が主殿は少々剛毅な方ゆえ、このような場でも動じられるお人ではない。されど、とてもお優しい方ゆえ、先ほどの蛮行を見過ごせるようなお人でもないのです。『自由』を愛する神である貴方様と言えど、他人の運命を捻じ曲げる『自由』など、認めてはならぬのではないでしょうか?」
セリーヌはサーデインの苦言を、目を瞑り黙って聞いていた。
サーデインさん・・・言葉こそ丁寧だけど、おれと言ってることあんま変わらないね?
リアル慇懃無礼って逆に怖いな。
セリーヌは一度深く深く嘆息し、「全て私の不徳の致す所、これは言い訳になるが・・・」と、前置きしてから話し始めた。
「約10年ほど前から、『戦神』オーギュントの力がとても強い。人の性とは思いたくないが、平和や自由を求める思いより、争いや力を求める思いのほうが、圧倒的に高まっているんだ。神界でもなんとかそのパワーバランスを崩そうと、私や『平穏の神』等ががんばっているが、別次元からの圧力でうまくいかないんだ。本来なら今回のような件は、私の庇護下ではとても看過できない事、当然介入したはずなんだ。」
後からなら何とでも言える・・・そう思ったおれの目線を感じたのか、セリーヌは「例えばそうだね。」と呟き、ゴードンへ掌を向けると柔らかな緑色の光線を当てた。
ゴードンは気を失ったまま「狐の女・・・おれが選ばれた・・・力をくれるって。」と呟いた。
「この三つのフレーズ、『狐の女』、『選ばれた』、『力をくれる』、これが別次元の圧力だと、私たちは睨んでいる。その証拠に、最近世界で起きる凄惨な事件の解決後、この言葉を毎回のように聞くんだ。そしてこの言葉を発した人間は、もうまともではない。」
「『略奪者』・・・?」おれの呟きを、耳ざとく聞きつけたセリーヌが「教えてくれ。」と言って来る。
この話何回目だ・・・後は、クリフォードとサーデインに任せよう。
おれの目線を受けて、『カードの女神』の語った話をクリフォードが説明し、サーデインが補足していく。
「そうか・・・アルカ様が・・・。私はこの話を神界で急いで同志に伝えたい、呼び出されたばかりで申し訳ないが帰還して構わないか?」
話が終わり、そんなことを言い出したセリーヌを、当然おれは止める。
「おいまて、こっちの問題が何も解決してないだろうが?このばか二人の処分と、おれが帰る方法を済ませてから帰れ。」
「ああ、済まない異世界の魔導師殿、もちろんだ。」
この世界の神様は、みんな慌てん坊なのか?
「この男、ゴードンには『解けぬ茨の園』を与える。」
その言葉でゴードンの体が浮き上がり、中空に現れた緑色の輪の中へ消えていく。
訝しんだおれの表情を見たサーデインが、「何千年も、茨でできた迷路の中を、裸足で歩き続けるんです。道中では自分の一番恐ろしい者が、ずっと追いかけてきます。出口を見つけたら傷を癒された後、入り口へ戻ります。」と、囁いてきた。
うわ・・・えげつな・・・癒してダメージエンドレスとか・・・『正義』なツインテールのアイツの顔が浮かぶ。
まぁゴードンのやった事を考えたら、それでも足りない気がするが・・・。
「『自由』を謳う、私の使う力とは思えないのだが・・・」などと、ちょっと黄昏ている神様を見て、溜飲を下げるか。
「大臣、ヒンデック・ミッドガルドは家名を剥奪、『精霊王国フローリア』からの永久追放を命ずる。なおミッドガルド家は、『風の乙女』アフィナに継がせるものとする。クリフォードよ、良いな?」
やっと名前が判明した大臣は国外追放か・・・
アフィナお前、寝てる間に貴族になってるぞ?
「御心のままに。」とか言ってるクリフォードは、ほっといて・・・
おれの聞きたいことの、答えはあるのか?
そしてセリーヌは一度目を閉じ、少し言いにくそうに、
「・・・異世界の魔導師殿、君たちが元の世界へ帰るには、遺失級転移魔法『回帰』が必要になるだろう・・・。」
と、告げた。
マジか・・・
いや、ある程度覚悟はしていたが、まさか遺失級だったか・・・。
「ふぅ~、その『回帰』ってのは、どうすれば手に入る?」
落ち込んでも仕方ない、ため息交じりで聞くおれに、セリーヌは説明する。
「『回帰』は、いくつかのパーツに分かれた魔法なんだ。この魔法の産みの国である『精霊王国フローリア』に三つ、あとはおそらく色んな国に分かれて四つあるはずなんだ。」
七つのパーツを集めるとか・・・どんな願いも叶う竜でも出てくるんですかね・・・?
「とりあえず私が一つ持っている、これを君に渡そう。この国にある残りの二つは、『オリビアの森』と『涙の塔』で、それぞれの『乙女』が保管しているはずだ。そして、このカードはお互いが一定距離に入ると共鳴する、その共鳴は枚数が多いほど、遠くまで大きく感じられるようになるんだ。」
そう言ってセリーヌが渡してきたカードを受け取り、ひとまず『図書館』に収納した。
その様子を確認したセリーヌが、ゆっくりと足先から消えていく。
「アルカ様の加護を受けし異世界の魔導師殿よ、私の臣民たちが迷惑をかけたこと、平にご容赦願う。君が帰る手段を探すついでで構わない。どうか、ほんの少しだけ世界の異変を正してほしい・・・。」
この世界の神様は、去り際に呟くくせでもあるのか?
まぁたぶん、道中の悲劇は見過ごせないんだろうな。
金箱へ去っていくサーデインを見送り、おれはこの日アフィナとともに宮殿の客間で眠りに付く。
もちろん、ベッドは別だ。
そして・・・夢を見た。
夢の中の美祈は、なぜかカードゲームの『リ・アルカナ』を、必死でやっていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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