・第百六十七話 『壁画』
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※三人称視点、『略奪者』側です。
カツーン・・・カツーン・・・カツーン
朽ちた廃墟に、靴音が響く。
石を削りだして作ったであろう外壁も、大人が三人は居ないと囲めないような柱も、どこか破損し見る陰も無い。
当時は権勢を誇り、荘厳だったであろう巨大な石造りの階段は、あちこちが欠け瓦礫が転がっている。
そして廃墟・・・雨風こそ凌げそうだが、そこには人の姿など無かった。
否・・・今だけは人影がある。
朽ちかけた階段を降りているのは奇妙な二人。
片方は白ローブに猿を模した面、もう一方は同じく白ローブに獅子を模した面。
『略奪者』ツツジと、獅子面の人物はただ黙し、ゆっくりと地下へ向け歩を進めていた。
程なくして・・・。
「ここかい?」
「ああ。」
そんな会話を交わし立ち止まったのは神殿。
神像や祭壇は完全に打ち壊され、如何なる神が祭られていたかは想像も付かない。
だが・・・顎に手を当てたツツジ、「ここは確か・・・。」と呟く。
そして少々逡巡。
「テ・・・ティ・・・何だっけ?」
どうやら思い出せなかったらしく首を捻る。
それを見て獅子面の人物、深々と嘆息し「『学問の神』ティエルザだ。」と答えを提示した。
「ああ!そうそう!それだ!」
パンパンと掌を打ち鳴らし、喉に引っかかった魚の小骨が取れたかのように、喜色を滲ませるツツジに対し、獅子面の人物は苦言を呈す。
「自分が滅ぼした国と神くらい覚えていたらどうなんだ?ツツジ・・・。」
そんなセリフを吐かれたツツジと言えば、ポリポリと頭を掻きながら平然とのたまう。
「そんな事言われたってさ・・・レオ?俺がどれだけ国を滅ぼしてると思ってるのさ・・・こんな小国、いちいち覚えてらんないよ。」
レオと呼ばれた男は、「それもそうか。」と両掌を上向きに肩を竦ませ、所謂「お手上げ」のポーズ。
ツツジの言葉通り、ここは50年前の大戦勃発時・・・混乱のドサクサに紛れてツツジが滅ぼした国。
当時は『記録の都』と呼ばれ、今は『亡国』と称される廃墟・・・トリニティ・ガスキン。
セイの使役する盟友で、ギルド『伝説の旅人』を代表する一人の騎士、『不死鳥を追う者』ラカティス・サンシャインの祖国だった。
「それで見逃しってのは?」
ツツジが辺りを見回せど目ぼしい物は無い。
ただ十全に、破壊の痕跡が残るばかり。
レオは「こっちだ。」と祭壇の方へ、ツツジはその後ろを付いていく。
祭壇の裏手に回ると、埃被ったそこかしことは違い、明らかに最近になって動かされた跡が残る石のタイル。
レオがそのタイルをズラせば、タイルと同じサイズ、正方形に開いた穴。
穴に手を突っ込んだレオが何かを操作する。
ゴゴ・・・ズズズ・・・と音を立て、祭壇の裏側に下へと続く階段が現われた。
「いやぁ・・・手が込んでるねぇ・・・ほんと良くみつけてくれたよ。」
感心しきり、レオの仕事を労うツツジ。
そこには珍しく含みの無い、心からの賞賛があった。
「ま、偶然だがな・・・。」
そんな言葉を残し、レオは先立って階段へ進む。
「あ!ちょい待ち!テツが・・・『運命の輪』と接触した!」
それは視界に飛び込んできた情報だった。
『レイベース帝国』の最高戦力、デューンとデュオル老の回収に向かわせた『太陽』のテツ。
彼が偶然秋広と遭遇し、情報共有の為に付けていた盟友『覗天道虫』が視覚情報を送ってきたのだ。
「そうか、それは朗報だな。」と頷くレオだがすぐに、「ツツジ、とりあえず行こう。」と促す。
「わかった・・・。」
『氷の大陸』メスティアでの動向が気になるツツジだが、小さな声で「魔導書」と呟く。
彼の目の前にA4のコピー用紙サイズ、六枚のカードが浮かび上がった。
その中から一枚を選択。
カードは光を放ち彼の持つ金箱に吸い込まれ、適正な魔力を与えられるとすぐに小さな輝く蛍になって飛び出した。
そしてレオの前、階段に先行し暗い道程を照らし出す。
二人はその後、静かに階段を降り始める。
人一人しか通れないような階段は、どこまでもどこまでも・・・それこそ地獄にでも続いているかのように、ひたすら下へ向かって伸びていた。
再度カツーン・・・カツーンと靴音だけが響く中、ツツジが沈黙を破る。
「密教の類・・・?でも神殿にあるのはおかしいか・・・。」
目的がわからない。
レオから聞いているのは、「まずいものを見つけた。」と言う報告のみで、「見た方が早い。」と言われ同行してみれば、確かに怪しげな秘密の通路。
「灯台下暗し」で神殿地下に作られた邪教関連かとも思ったが、そんな気配は伝わってこなかった。
どちらかと言えば静謐な、云わば資料室のような空気。
ツツジの問いかけにレオは、「どちらかと言えば・・・記録室と言った所だな。」と答える。
首を捻るツツジ。
会話の最中唐突に、下り階段は終わった。
■
地面が平坦になったことを感じ足元を見れば、床面の素材が変わっている。
石の階段だった場所が、金属を思わせる磨かれたタイルに。
下を確認している間に、レオは壁面を触っていた。
また何かを操作した雰囲気があり、少しして世界に光が差す。
それは呼び出した蛍の小さな光に慣れていたツツジにはひどく眩しくて、掌を眼前にかざして光を遮った。
目が光に慣れた頃を見計らい、そっと掌をどければ・・・そこは中々広い部屋だった。
床面は全て平坦、磨かれたタイルが敷き詰められている。
そして壁面・・・。
「・・・へぇ・・・。」
ツツジの口から漏れたのは、感嘆とも呆れとも取れるような一言。
見渡す限り全方位の壁面に、見事としか言えない秀麗な壁画が描かれていた。
それはこの世界の歴史だろう。
赤と緑のオッドアイ、銀髪の美女が掌にカードを浮かべているところから、世界が生まれるまでの成り立ち。
それぞれの神と信奉する国々。
数多く起きた戦争と、それの結末。
異界の邪神や魔王を、結託して討伐する多種族の英雄。
そんな色々が事細か、文章こそ無いが絵だけで容易に伺えるよう描かれていた。
「これは・・・確かにすごいね・・・。」
『学問の神』ティエルザを奉り、自ら『記録の都』を名乗っていたトリニティ・ガスキン。
そう思えば頷ける面もあるが、まさか地下に・・・隠されるように存在しているとは思いも寄らなかった。
しかし、これだけならわざわざ自分を案内するまでも無い。
レオは無駄なことはしない男だ。
おそらくはまだ隠し玉があるのだろう。
そうツツジは考え、そしてその予想は当たる。
「それは良い。この世界の子供が読む絵本にもなっているような内容だ。」
歩き出したレオが部屋の奥へと進む。
「問題はこれだ。」
そう言ってクイっと親指、後ろ向きで示した壁画。
ツツジは一瞬絶句、その後弾かれたように笑い出した。
「くふっ!くふふふふ!あぁまずい!これはほんっとーにまずい!」
そこに描かれていた壁画は・・・。
三つの目を持つ巨大な藍色の人型、『魔王』と呼ばれた存在に相対する三人の人物。
半袖のYシャツと紺色のスラックスに、筋骨隆々の身体を無理矢理押し込めたような悪人顔の男。
口にはくしゃくしゃのタバコを咥え、両腕に添うような棒状の得物・・・トンファーを握っている。
もう一人は岩に足をかけ、かっちりとしたスーツに身を包み、黒髪をオールバック・・・いかにも知的な印象を受ける眼鏡の横顔。
魔王を指差すその先に、幾多の属性・・・炎、氷、水、土、稲妻を髣髴とさせる球体を操っているように見える。
そして・・・最後の一人。
巨大な甲虫の背に乗り無数の蟲に守られた、金髪のツンツン頭と下品なほど片耳に多数開けられたピアスの男。
どう見ても・・・ツツジだった。
そして壁画は続く。
巨大な魔物を倒した三人、内の悪人顔の男と眼鏡の男が宙に開いた穴に消えていく姿と、それを見送るツツジの姿。
その壁画にだけは、この世界の魔法文字が彫ってあった。
曰く・・・「世界を救いし異世界の勇者、イバ、ソウイチロウ、地球へ帰る。ツツジ、世界の管理者として『リ・アルカナ』に残る・・・。」と。
「いやっ!これはっ!本当に予想外!くふっくふふ!なるほどなるほど!レオが俺を連れて来る訳だ!」
堪えきれない嘲笑、ツツジは身を捩って笑っていた。
しかしレオは笑えない。
こんなもの・・・全てが瓦解する引き金になりかねないのだ。
「抜かったなツツジ・・・見るものが見れば、一発で色んな事が露見する。当然神々が見れば、世界にかけた認識齟齬の魔法すら危ういだろう。」
ツツジはひとしきり笑った後、突然真面目な・・・冷淡な声音に変わる。
「まさかね・・・俺もこんな物が残っているとは・・・壊せる?」
即座に破壊を選んだツツジにレオは、「いや無理だ。神代級の保護魔法がかけてある。」と答えた。
神代級ではさすがのツツジにも手出しできなかった。
イライラとする気持ちを押さえつけ、何か手は無いかと思案するも良い案は浮かばない。
「封印・・・しとくしかないか・・・。」
「そうだな。」
結論は双方同じだった。
特にこれといった物が無い廃墟・・・それがこの世界に置ける、現在のトリニティ・ガスキンのイメージだった。
しかしそれも万全ではない。
何かの拍子にこの場所を、それも転移者に見つけられては、とんでもないことになる。
どんな封印が良いか・・・迷う内に事態は悪い方へ急変した。
「あぁっ!くそっ!」
「どうした?」
突然宙を仰ぎ叫んだツツジに、冷静に尋ねるレオ。
「あいつやっぱり厄介だぁ!秋広の野郎・・・『覗天道虫』狙いやがった!」
それは先ほど朗報だったはずの凶報。
「隠れると一番面倒な奴」・・・それがせっかく見つかったのに、またしても情報が遮断されたのだ。
更に問題は、秋広と相対していた『太陽』のテツの安否。
少々協調性にかけるとは言え、貴重な戦力であることに変わりは無い。
「・・・テツはどうなった?」
それを正しく認識するレオの問いにも、ツツジは「わかんないわ・・・。」と頭を振るしかなかった。
ツツジは頭を抱え、「うぅーーーー」と一つ唸った後、カードを一枚手渡しレオに要請する。
「とりあえず大体の場所はわかったからさ、レオは秋広の補足に向かってくれる?ここは俺が何とかしとくわ。」
レオは静かに「良いだろう。」と頷いた。
そして二人同時、転移の力で何処かへ移動する。
二人は幸い最後まで気付かなかった・・・。
この場所にもう一人、隠れてずっと見ていたことを。
ツツジとレオが消えた後、壁面がゆらりと揺れる。
そこに現われたのはホナミ。
彼女は壁画をつぶさに調べ、呆然とした面持ちで呟いた。
「一体・・・どういうこと?」
但し、これが良くないことの前触れだと言うことだけは、本能ではっきりと分かっていた。
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※第三章これにて閉幕。
次回より第四章『氷の大陸』メスティア編が始まります!
その前にキャラ紹介やら、今までの見直しやらしますがっ!
続けてご愛顧頂けると幸いですorz