・第百六十六話 『誘導(リモート)』
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目の前に二枚と五枚のカードを浮かばせて、テツと秋広は差し向かう。
片やデューンとデュオル老は、そんな二人を視界の端、未だ『竜人』たちに阻まれていた。
幾度目かの激突でデュオル老は、久方ぶりの焦燥を感じていた。
(おかしい・・・!強すぎる!)
彼が三つの時に剣を握り、早60年。
帝国に仕官して初陣を飾ったのが10の頃。
それからは53年、数多の戦場で夥しい数の敵兵を屠ってきた。
相対した敵・・・雑兵は元より将軍級や指導者級、果ては英雄と言われる者たちとの邂逅もあり・・・そのほとんどを彼は切り捨ててきた。
当然その中には、今剣を交えている『竜人』も存在している。
しかし、そのどれと比べても今目の前に存在する二体は、群を抜いていた。
思わぬ苦戦、それは愛弟子も同じようで・・・。
「くっうぅ!老師・・・『竜人』とは・・・かくもっ!」
長剣を横にして二刀を防ぎ、死角から飛んできた尻尾の一撃に吹き飛ばされるデューン。
「ぬぅ!殿下っ!」
自分に切りかかってきていた個体を力ずくで押し返し、慌ててデューンの下へ跳ぶ。
思わず偽名や設定すら頭から消失した。
決してデューンが弱い訳ではない。
むしろ相手が異常なほど強すぎるのだ。
秋広もその光景を見て予想が確信に変わる。
『魔導兵器』や『機神』なんて戦力を持つ『レイベース帝国』の中で、文句なしに最高戦力と称される二人を翻弄できる盟友。
「『双竜』アゴス・ウングス・・・!」
眼鏡を持ち上げ呟けば、「せーかい!」とでも言うように頷く蛇面の男。
デュオル老は眩暈がした。
思わず口を突いて出る、「ばかな・・・。」と言う呟き。
20年前に滅んだ一族どころか・・・200年も前に名を馳せた英雄の名前だった。
だがデュオル老、逆に納得できた。
そうとでも言われなければ、自分や愛弟子であるデューンが苦戦する訳も無い。
「デューン君、デュオル老。死なない程度に堪えてくれるかな?」
二人を振り向くことも無く、淡々と告げる秋広。
彼らには自分の身を守ってもらわなければいけない。
なにせ全員が視界内に居るなど、秋広のスタイルに全くそぐわないのだから。
とてもではないが全員を守るなど無理。
単純に・・・近すぎるのだ。
目を見開くデューンと、内心「気付いていたか・・・。」と思うデュオル老。
「タウンハンター殿!わしらのことは心配無用じゃ!」
デューンを助け起こし、秋広へと叫ぶデュオル老。
足手まといなど持っての外。
『剣聖』の称号を舐めてもらっては困る。
秋広は一つ頷き、カードを一枚選択した。
『泡の檻』
魔法名を唱え、効果をデイジー(・・・・)に発動する。
透明な泡がデイジーを包み込み、宙へと浮かぶ。
もちろん攻撃魔法ではない・・・言うなれば拘束、別の一面では保護。
効果を解除しない限り、外からも内からも一切の攻撃、行動を阻害する魔法。
「え!ちょっ!?あきぃ!」
突如閉じ込められたデイジーが暴れても、泡はびくともしない。
そしてその光景、秋広は見もしなければ声もかけない。
デイジーはすぐに秋広の行動を理解し、そして泣いた。
足手まといなのが悔しくて、助けにならないのが情けなくて。
【いいのかいアキヒロ?泣いているよ?】
長銃から咎めるような声に、「後でフォローするよ。」と短く答える秋広。
正直・・・余り余裕が無かったのだ。
落ち着いているように見えて、秋広は珍しく混乱していた。
相手が口にした『太陽』と言う称号。
しかし自分の記憶には、該当する人物が居ない。
明らかに『地球』のカードゲーム、『リ・アルカナ』と関係があるはずなのに、秋広の脳裏に浮かぶ称号持ちは、幼馴染を除きたったの四人。
世界ランキング一位『法王』の神館宗一郎と第二位の『戦車』ブラッド・伊葉・・・それから『吊られた男』と『愚者』の二人。
後ろの二人と面識は無いが、それでも確かに覚えている(・・・・・)。
だが・・・称号持ちは本当にそれしか居なかったか?
まるで霞がかかっているように、答えがどこにもみつからない。
それが秋広の心から余裕を奪っていた。
「待たせた・・・かな?」
目の前、火球を放ってから一定の距離、律儀に待っていたらしい蛇面の男・・・テツに声をかける。
努めて冷静、動揺などおくびにも出さず。
「ハッ!良いぜぇ・・・!どうせ不意打ちにも対応できるんだろうからなぁ!」
吐き出すような笑い声、実に楽しげに・・・。
そして秋広の対応に微塵も疑いを抱かない。
事実・・・今までに何かしようものなら、即座に対応できるカードは手札にあった。
「準備もできたようだし・・・始めようや?」
膨れ上がる殺気、カードを一枚選択するテツ。
「君には色々と質問があるんだけど。」
「悪いが答えらんねぇなぁ・・・やり方は任されてるが・・・雇い主に怒られちまうんでねっ!」
そしてテツが使用したカードは、鉄製の丸太のような外見に回転駆動を確信させる円環、持ち手とトリガーを擁した両手持ちの兵器・・・ガトリングに姿を変える。
肩掛けのベルト位置を調節、「楽しもうぜぇ!秋広ぉ!」叫びトリガーを引くテツのガトリングから、炎の弾丸が掃射された。
■
雪原を舐め、溶かしながら火線が奔る。
またしても『氷壁』を使用、一時的に猛攻を防いだ秋広は、銀の長銃で応戦しながら走っていた。
(本当に良くないよ・・・距離が・・・。)
秋広の得意な距離は長~超長距離。
もちろん近接戦闘もできない訳ではないが、今回の相手・・・テツの近~中距離制圧能力は図抜けていた。
自然・・・自身の適正距離にまで下がりたい秋広は、戦場を移さざるおえない。
『泡の檻』のよって守られているとは言え、非戦闘員のデイジーを巻き込まないのは安心だが、デューンやデュオル老とも離れてしまった。
つまりは援護することもされることも出来ないわけで・・・。
更には追われる立場になり、手札を減らしてしまう。
「音に聞こえた『運命の輪』が、逃げるばっかりかよぉ!?」
苦し紛れ放った銀弾を火弾の掃射で消し飛ばし、まるで「期待はずれだ。」とでも言うように煽るテツ。
【済まないアキヒロ。うちの弾と相性が悪いな。】
「うんまぁ・・・想定内かな?」
呆気なく消された自弾を嘆く長銃に声をかけ、秋広は目まぐるしく頭を回転させた。
(相手の手札は1、こっちは2・・・だけど武器の相性も最悪、距離を取りたくても追って来る・・・。)
雪煙を上げて迫り来る火弾を避け反撃を返しながら、終着点は見えていれど決して良くない状況に歯噛みする。
ただ・・・多少の焦りはあれど、秋広全く諦めていない。
なぜならここはもう、あの人物の領域だからだ。
自分たち四人だけだったらまだしも、こうまで状況が動けばあの人も黙っていないだろう。
だが布石は打っておかないといけない。
思い出すのはテツの言。
彼は「雇い主」と確かに言った。
そして戦闘開始前、会話する気配を感じさせた彼の様子が変わった瞬間。
(テントウムシが現われてからだ・・・。)
あのテントウムシが、自分の想像している通りのものなら・・・『覗天道虫』なら、使役者と視覚を共有している。
或いは・・・ここは異世界、実験こそして来なかったが音すらも共有する可能性だって・・・。
つまり今尚テツの横に浮かぶテントウムシが、「雇い主」とやらに情報を送っていると見て間違いないだろう。
(だとすれば・・・優先すべきは!)
そう思い秋広、賭けに出る。
『霧』
選択した一枚のカードから濃厚な霧が噴き出す。
(これで見失ってくれると良いけど・・・。)
「甘ぇ甘ぇ!ガムシロップより甘ぇなぁ!」
しかしテツ、火弾の掃射であっさりと、濃厚な霧を吹き飛ばす。
そして完全にではないが晴れた霧の先、霞む秋広の姿を確認してカードを一枚選択。
「意外と・・・大したこと無かったなぁ・・・。」
どこかつまらなそうに、そんな感想をもたらし魔法を唱えた。
『獄炎』
赤い赤い炎が奔る。
地面は雪原だと言うのに、縦横無尽、地面を滑るように多量の炎が秋広へ。
一瞬にして秋広の姿は炎の海に包まれた。
■
デイジーは中空に浮かび自身を守る泡の中、遠方で巻き起こる戦闘の余波を見つめていた。
悔しくてぎゅっと握った拳が、血の気を失い白くなってしまっているのも気付かずに、ただ秋広の身を案じている。
本来であれば相手の感知外から、一方的に痛撃を叩き込むことを得意とする秋広。
それは短いながらも共に旅したデイジーにもわかっっていた。
自分と言う足手まといを抱え、守るために戦場を移した秋広が、眼下の雪原で追い立てられている。
突如襲い掛かってきた奇怪な仮面を被る男。
男が放ってきた火力は絶大で、秋広は防戦一方に見えた。
苦し紛れ・・・そうとしか見えない濃霧を発生させる魔法も、男が携えた見たことも無い凶悪な火器の前にあえなく霧散。
そして直後、男が魔法を使用。
火の海に沈んだ秋広を見て、デイジーは膝から崩れ落ちた。
「う・・・うそ・・・あきっ!いやああああああああああああ!!!」
しかし・・・秋広は・・・燃えていなかった。
「あーりゃりゃ!しぶてぇ!」
テツが毒づく中、平然とした姿の秋広。
『霧』の効果は濃霧だけではない、擬似的な分身を作り出すこともできる。
最初から『獄炎』はミスディレクションされていたのだ。
秋広にとって元より『霧』は見せ札、一瞬だけ姿を隠してくれればそれで良い。
もしもの時のため、手札を使い切らせたかった。
それに気付いたテツだったが、優位は揺らがない。
この間に距離を取っているならまだしも、秋広の居た場所はテツの射程のままだった。
「だがよぉ!もうアンタ・・・飽きたぜ?」
「結局悪あがきか」と勝利を確信。
テツが構えたガトリング、今にも火を噴き、凶弾を吐き出すのを待っている。
「そうだね。もう終わるよ。」
秋広の告げた言葉にテツは、「あぁん?」と訝しむもトリガーを引こうとした。
しかし慌てて身を屈める。
今までテツの頭があった場所、そこを銀弾が飛んでいく。
「くだらねぇ!」
いつのまにか手札を無くした秋広に、テツは今の現象がカードの効果だと気付く。
(おそらくは『跳弾』・・・いや、跳ねる場所が無いから『誘導』か!)
必殺の一手だったんだろうが、避けたし弾自体を潰せばいいだけだ。
簡単に結論付け、テツは反転してきた銀弾を撃ち抜こうとした。
トリガーを引く。
複数の火弾が銀弾へ向かう。
この弾幕の中、どう『誘導』した所でテツ本人へは届かないだろう。
簡単にわかるくらい物量差があった。
確かにテツへ向かっている銀弾、狙いは悪くなかったがこれで詰み・・・。
傍目に見れば、或いは当事者であるテツもそう思った。
されど銀弾は、火弾を全て避け、目標に突き刺さる。
パギャン!と音を立て、撃ち抜かれたのはテントウムシ。
そう・・・秋広は最初から、『覗天道虫』を狙っていた。
テントウムシが光の粒子を撒き散らし、あっという間カードに変わる。
「んなっ!?」
驚いたテツが目を見開き、短絡思考。
(くそがっ!とりあえず殺っちまう!)
トリガーを再度引き絞ろうとした瞬間、横合いから突き出された棒が、彼の頭をしこたま打ち据えた。
ボッゴォグシャァ!!!
凡そ木製の棒・・・杖の形状をしたそれと、人体が発してはいけない類の音。
為すすべなく昏倒するテツ。
非現実的な光景を産み出したのは・・・。
「人ん家の庭で・・・ドンドコドンドコじゃかましぃ!」
雪原にありえない薄着・・・ビキニにしか見えない服にはちきれんばかりの豊満なボディを包み、木製の杖を携えた赤銅色の肌をした美女。
頭にいかにも魔女が被るような帽子を被っているのはなんなのか。
むしろ隠すor守るべき場所は別じゃないのか?
そう問いかけたくなるような違和感をバリバリに滲ませながら美女は、ジロリ・・・ではなくギロリとしか表現できない目線で秋広を睨み、心底いやそうに呟く。
「出戻りにしては早すぎるだろう?・・・なぁ、秋広。」
それに対して秋広は、タハハと笑い眼鏡を持ち上げた。
「今日も素敵にエロいですね!『真賢者』ガウジ・エオ様!」
『真賢者』ガウジ・エオは、あの日気紛れで助けた異世界人の悪びれない態度に、盛大なため息を吐くのだった。
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