・第百六十五話 『炎帝(バーニングカイザー)』
三人称視点、続秋広サイドです。
顔や表情など隠れていて見えない。
にも関わらず、何処か軽薄さを確信させるような声音。
秋広が銀の弾丸で打ち抜いた先、破られた魔法障壁の奥から現われた蛇面の男を見て、その場に居た一同は同様の感想を抱いた。
初めてその異様を見た秋広、デイジーは困惑、しかし帝国に所属するデューンとデュオル老の心境は違う。
(余りにも似すぎている。)
二人が想起するのは猿面の男。
格好は元より、何処かこちらを見下すような雰囲気・・・。
漠然とした雰囲気ではあるが、それがはっきりと感じられデュオル老は盛大に舌打ちした。
デュオル老本人としては、秋広の使用する銀色の長銃にも、色々と思うところがあるのだが、現状それを問いかけるタイミングで無いことくらいは弁えている。
デューンはもう少し冷静だ。
忌々しく思う気持ちはデュオル老と寸分変わらないが、情報を引き出そうという意識が残るくらいには自制できている。
何よりも今回の遠征の目的・・・そこにはこの事も含まれているのだから。
「ツツジの・・・手の者ですね?」
問いかけは疑問符こそ付いているが断定。
抜き身の長剣を構え、蛇面の男を青い瞳で睨みつける。
秋広も剣呑さを増した二人の様子を端目で捉えながら、静かに状況を整理していた。
(ツツジ・・・ね。)
こんな状況でデューンが出した名前だ。
重要な・・・そして友好的では無い相手なことに疑いは無い。
秋広は心のメモに、その名をしっかりと刻み込む。
男はそんな面々を見回し、質問に答えることなく再度笑う。
「ハッ!こりゃぁイイ!ドラ息子と老害を連れ戻すだけの簡単なお仕事が!まさかまさかの『運命の輪』様発見とはねっ!」
「ホイールオブ・・・フォーチュン?」
デューンがその目線を追えば、明らかに秋広の方を向いている。
理解できない、或いは信じられない。
少なくとも同行したこの数日、秋広に不審な点など見つからなかった。
よもやあいつと・・・ツツジと繋がりがあるとでも?
迷ったデューン、率直に尋ねる。
「シュウ・・・貴方はあいつと面識が?」
あえて言葉をぼかす。
目の前の蛇面だけではなく、「ツツジ」の意味も含めての「あいつ」。
それを聞き、デュオル老もデイジーも、さっと秋広の様子を伺った。
しかし当の秋広は、困惑気味に眉を顰めている。
「・・・さてね?わからないな・・・。」
デューンの言いたいこと、なんとなく秋広にもわかっているが、目の前の男にも・・・当然ツツジとやらにも心当たりなど無い。
ただわかるのは・・・蛇面の男は『地球』での秋広の称号を言の葉に乗せたと言うこと。
それが意味することは?
「君は・・・僕のことを知っているのかい?」
長銃の狙いは付けたままで問いかける。
男は仮面越しにもわかる、明らかな喜色を滲ませ答えた。
「知ってるぜぇ?『力』も『正義』も・・・ついでに『悪魔』もなぁ!」
その口から飛び出したのは、懐かしき幼馴染たちの称号。
秋広も思わず目を見開く。
「竜、ウララ・・・セイも?あいつらもやっぱり、この世界へ・・・。」
まともな返事など期待はしていない、半ば独り言のような呟き。
されど予想に反し、蛇面の男はその呟きを拾ったようだ。
うんうんと頷いている。
異世界組三人も呟きを拾えてはいたが、聞きなれない名前と「この世界」と言う言葉の意味がわからない。
ひとしきり頷いた後、蛇面の男が叫ぶ。
「ああ居るね!相変わらずお前らは面白いよなぁ!?何処へ行っても話題の中心だ!」
それは揶揄でも厭味でもなく、心底から「面白い」と思っている声だった。
(見た目に反して親切なのか?)
秋広がそう思ってしまうほど、簡単に情報を寄越す男。
利用できるなら・・・そう思い、一番気になっていることを聞いてみた。
「あいつらは・・・どこに?」
そこで空気が変わった。
いつのまにか男の横、頭部と同位置に浮かんでいるテントウムシ。
雪原に浮かぶテントウムシは酷く場違いで、一瞬呆ける「タウンハンター」一行。
そして、蛇面の男から滲み出ていた、何処かしら軽い雰囲気が霧散し、濃厚なプレッシャーとなって襲い掛かってくる。
「時間切れらしい・・・一応名乗っとくぜ?オレは『太陽』のテツ・・・それじゃ始めようかぁ!?楽しい楽しい殺し合いって奴をよぉ!」
そう言って男は駆け出し、秋広は絶句した。
■
「魔導書ぁ!」
蛇面の男、目の前に浮かぶA4のコピー用紙サイズのカードが五枚。
それを軽快に、トントントンと三枚選択。
一枚が炎の紋章三つに変わり、男が握る金色の箱に吸い込まれた。
そして一枚が光り輝き、世界が金色に染まる。
光が収まれば、男の両脇に体長2m、両手に曲刀を携えたリザードマン。
その体色は、一般的リザードマンの青や緑と違い、燃え盛る炎の如く真っ赤だった。
体表もゴツゴツとした岩肌のようで、硬質な鱗に包まれる長い尾の先、赤い炎が燃えている。
(何だ!こいつは!?)
デューンは焦った。
未だかつて見たことの無いような種族、決して普通のリザードマンではない。
デュオル老が小さく呟く。
「バカな・・・『竜人』じゃと・・・?」
「え!老師・・・?」
デューンも知識としては知っている。
だが・・・『竜人』は20年前の大戦で絶滅したはずなのだ。
しかも奴らは、どう見ても『太陽』のテツと名乗った男がカードから呼び出したように見えた。
『竜人』二体がデューンとデュオル老に肉薄する。
その速度は尋常ではなかった。
振り下ろされた、或いは横薙ぎに繰り出された曲刀を、己が得物で弾く二人。
突然始まった戦端なれど、デューンやデュオル老の武は、それに容易く反応できた。
『レイベース帝国』の最高戦力、その名は伊達ではない。
しかし・・・その二人を釘付けに、自由にはさせない『竜人』。
弾かれ距離を取り、立ち居置を入れ替えながら切り結ぶ。
「くっ!強い!」
「ぬぅ!小癪な!」
苛立つ二人、混乱深まる中、デイジーが叫ぶ。
「あ・・・あきぃ!」
デューンが慌ててデイジーの目線を追えば、テツの頭上に赤い巨大な火球。
蛇面の男の口上、『太陽』のテツと言う名乗りに気を取られ、思考の波に攫われかけた秋広は、気付くのが少々遅れた。
デイジーの叫びと、必死に袖口を引っ張る姿に我に帰る。
「おらよっ!『炎帝』!」
無造作に、掲げた手を振り下ろす『略奪者』テツ。
その動きに呼応するかのように、巨大な火球が撃ち下ろされる。
「いかんっ!タウンハンター殿!」
「シュウ!」
救助に動こうと思えば、合わせて切りかかってくる『竜人』に阻まれ、デューンとデュオル老は彼の名を呼ぶことしか出来なかった。
(間に合わないっ!)
そこに待っているのは不幸な未来だけ。
思考が結びつくのは容易い。
『港町カスロ』のギルドでは凄腕と聞き、実際それなりの腕前を見せていた秋広だったが、二人にとってはあくまで「それなり」・・・おおよそこの窮地を脱するような実力など持ち合わせていないこと・・・簡単に想像がついた。
しかし・・・そんなことは当たり前なのだ。
異世界テンプレを正しく理解している秋広は、デューンたちと・・・いや、デイジーと出会った時からずっと、カードの力を使っていない。
その実力をほとんど公開していなかったのだから・・・。
当の秋広、呼ばれ、気付いて、一瞬で状況を把握。
(まったく・・・こういうのはセイの役割だよね?)
心の中で不本意な巻き込まれ状態であることに悪態をつきつつ、眼鏡をくいっと持ち上げる。
そして覚悟を決めた。
(まぁ色々と問題や疑問はあるけど・・・とりあえず、デイジーたんを守らないとね。)
脅威は目の前、巨大な火球。
すでにその熱量を肌で感じるほど。
『魔導書』
静かに告げられた言葉と共に、秋広の目の前A4のコピー用紙サイズ、浮かぶカードが六枚。
一枚を選択し、魔法名を唇に乗せる。
『氷壁』
氷の壁を産み出すだけ、単純な防御魔法。
されど、それで十分。
巨大な火球を阻み、砕け相殺する氷の壁。
辺り一面、輝くダイヤモンドダストが舞い落ちる中、秋広はテツの様子を伺っていた。
「ヒュウ!さっすがだねぇ!楽しくなってきたぁ!」
ご機嫌な雰囲気を隠そうともせず、興奮しきりのテツ。
デューンとデュオル老、それにデイジーは、その光景を呆然と見つめていた。
【いいのかいアキヒロ?】
周囲に響く長銃からの声。
銃弾を放ってから今まで押し黙っていたが、秋広の行動に思うことがあったらしい。
「うーん・・・仕方ないよね。静かにしててくれてありがとうね?」
【ふむ】
良くわからない会話だが、秋広と長銃にはそれだけで伝わるようだ。
「シュウ!しっかり説明してもらいますからねっ!」
耐え切れず叫んだデューンに、秋広は苦笑いで答えるのだった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。