・第百六十四話 『初遭遇』
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマ励みになります。
※三人称視点でお送りします!
そこはまるでトラップハウス。
何処からとも無く飛んでくる毒矢が、虚空に揺れる巨大な刃の振り子が、突如地面から突き上げてくるトゲ鉄球が、無機質な殺意と無慈悲な悪意を持って、彼らに襲い掛かっている。
そんな場所。
四人は、完全に閉じ込められていた。
燃え盛る炎のように赤い髪を短髪にした美少年。
手にした流麗な長剣で、飛んできた槍を華麗に捌いた少年が叫ぶ。
「シュウ!これはどういうことですかっ!?」
振り返ったそのタイミング、少年の死角から飛び出した円月輪を、おおよそ人が持つには馬鹿げたサイズの大剣、その腹で弾く老人も同様だ。
「タウンハンター殿!話が違うっ!」
『レイベース帝国』の最高戦力、『剣聖』デュオル老と『皇太子』デューンに責められ、長身の青年は何も言わずに眼鏡の位置を直す。
(そう言われても困る・・・。)
それがセイたちの幼馴染、川浜秋広・・・『運命の輪』の秋広率直な感想だった。
自身も襲い来るトラップを避けつつ、何が起きているのか思案中である。
そんな彼を心配そうに見上げる女性。
狐耳と狐尻尾をくったり力無く、誰が見ても可哀想に思うほどへたらせた美人は、意を決したように秋広に言う。
「あき!降ろして?ちゃんと避けるよ!」
現在彼女・・・獣人種狐族の美女デイジーは、秋広の小脇に抱えられていた。
長身とは言え細身な秋広、女性とは言えスタイルの良いデイジーを軽々と抱え、いとも容易く致死性のトラップを避け続ける。
「だめだよ。デイジーにもしもの事があったら、僕が死んじゃう。」
そんな彼女に微笑みかけ、照れもせず吐いたセリフにデイジーが赤面、「なっ!」と言ったまま俯いてしまう。
秋広は「うまくいった!」とばかりニヨニヨしていた。
突如イチャイチャし始めた二人に、黙ってはいられないデューンとデュオル老。
「シュウ!」「タウンハンター殿!」
苛立ちを隠そうともせず、秋広を睨みつける。
しかし秋広、「ごめん、ごめん。」と全く悪びれようともせず二人の熱視線を受け流し、現在の状況に陥った要因を思案した。
■
『灰雪の道』にて、『吹雪竜帝』・・・『真賢者』ガウジ・エオのペットを見つけ、先行きは明るいと思えた。
「では・・・ガウジ・エオの住処は近いのですか?」
未だ半信半疑、秋広に襲い掛かる素振りを見せないドラゴンを、何とも言えない表情で見つめながらデューンは聞く。
デュオル老もあえて何も言わないが、その瞳が明らか期待に満ちていた。
「うーん・・・近いっちゃ近いんだけど・・・。」
秋広はいまいちはっきりしない。
その様子を訝しむ二人が視線で促せば、何とも無体な事を言い出すのだ。
「気紛れな人だからね・・・。向こうが会いたいと思えばすぐだし、会いたくないと思われたら無理なんだよ。」
「なんとっ!?」
「それは困る!」
慌てる帝国の最高戦力は、「そんなことが許されるのか?」そう言わんばかりの表情。
それも仕方が無いこと、二人には目的がある。
どうしても『真賢者』ガウジ・エオに会い、確認したいこと、問いかけたいことがあるのだから。
だからこそ本国から隠れるように、供の者すら付けずにこんな北国までやってきた。
しかし会えるかどうかすら相手次第とは、あんまりにもひどいではないか?
秋広とて彼らの必死さから伝わる思い、それはわかっているのだが・・・。
むしろ自分だって再会できる自信は半々、あの日の偶然、出会いはまさに僥倖だったのだ。
よもや嫌われていることは無いと思うが・・・。
実際問題、『真賢者』ガウジ・エオと言う人物。
「会いたくなければ一生会わない。」・・・それがまかり通ってしまう大物だ。
途方に暮れる二人へ、秋広は希望を告げる。
「まぁ・・・ブリ君が姿を見せるってことは、会えないってことは無いと思うよ?本当に会いたくないならノーリアクションだからね。ただ・・・。」
言いよどむ秋広。
それは漠然とした予感と悪寒。
「「「ただ・・・?」」」
奇しくも三人の声がハモる。
終始大人しいデイジーも、伝説の人物、もはや空想の産物とまで言われた賢者に興味はある。
「たぶん試されてるかな・・・。来れるもんなら来てみろ・・・的な?」
やれやれと肩を竦める秋広と、顔を見合わせる他の三名。
ガウジ・エオのペット、『吹雪竜帝』のブリ君に別れを告げ、「まぁ進もうか。」と秋広が促した。
苦い顔をした三人が追従する。
そんな時、デューンが「あれ?」と小首を傾げる。
デューンが気付いたのは不自然な魔力、何気なく踏み出した一歩先、足元にそれは感じられた。
バヅンッ!
ブレーカーを落した時のような音、雪原から紫の光が立ち上る。
紫光が不可思議な文様を描き、四人を囲むように展開された。
「なんじゃっ!?」「罠っ!?」
デュオル老とデューンが叫び、同時に飛び退く。
デイジーは出遅れた・・・むしろ常人ならそれが当たり前。
咄嗟に動けたのはデュオル老やデューンの武人としての感覚だ。
いや、秋広も動いていた。
身を竦めたデイジーをあっさりと抱え上げ、二人同様後方へ飛び退く。
しかし・・・紫光の魔法陣は、想像以上に広範囲だった。
四人を襲う一瞬の酩酊感。
そして気が付けば、トラップハウスさながらの世界。
正直訳が分からなかった。
少なくとも・・・この世界の住人である三人には・・・。
■
トラップを避けつつも、呑気に思案する秋広に対し、デューンは苛立っていた。
彼の責任では無いだろうが、先ほどの言葉がひっかかる。
それを確かめるため詰問口調になったデューンを責めるのも可哀想な話だろう。
しっかりしているとは言え彼はまだ15歳、『地球』の日本で言えば中学三年生か高校一年生程度の年齢だ。
むしろそんな彼から二つ、或いは三つしか違わないと言うに、異様に落ち着いている秋広やセイの方が異常である。
「シュウ!先ほどガウジ・エオが、私たちを試していると言いましたね!?」
言外に告げるのは、「ガウジ・エオの仕業か?」と言うこと。
デュオル老が向けてくる鋭い視線も、同じ事を雄弁に語っていた。
秋広も言葉の意味にはすぐ気が付く。
「違うね。あの人は変わっているけど、気に入らないからと他人を害す人じゃないよ。」
しかし即答、即否定。
安易に他人を信用するような秋広ではないが、それだけは自信を持って断言できた。
さもなくば転移した直後、秋広が救われることも無かっただろう。
そしてこのトラップは、完全に人を殺すのが目的だが、彼の人物ならこんな回りくどいことをしなくても容易。
それこそ直接手を下す。
「じゃあ誰がっ!?」
それが判れば苦労はしない。
だが、秋広の脳裏には一つの可能性が浮上していた。
(これって・・・『死の舞踏』じゃないか?)
致死性のトラップを避け続けるほど、徐々にその考えが確信に変わる。
少なくとも今までの生活、転移してから調べたこの世界の事象とは逸脱していた。
『地球』での記憶、秋広はVRの『リ・アルカナ』で、全く同じ光景を見たことがあったから尚更に。
(自分以外、幼馴染たちも同様に転移しているのではないか?)
それは当初より念頭にあったし、もちろん彼らの情報も得ようとしたのだ。
しかし秋広の転移した場所は余りにも不遇、情報だって簡単には集まらない場所。
ガウジ・エオ・・・彼の人物に会えて居なかったら・・・秋広はそう思うと未だにゾッとする。
だが、幼馴染たちもきっとこの世界でうまくやっている。どこか確信めいた思いもあった。
(ウララと竜はちょっと心配だけど。)
少なくともセイは『魔導書』の力に気付いているだろう。
つまりこの世界ではありえない現象を起こせる。
(今回のこれが『死の舞踏』だとしたら・・・。)
当然幼馴染たちが自分にする行いではない。
そのことが意味することを、だからこそ確信する。
(転移者で・・・敵が居るね!)
気付けば早い、秋広は順応性の高い男だ。
これが『地球』のカードゲーム『リ・アルカナ』を踏襲する世界なら、己が知識道り・・・或いは近しい関連性が出てくるはず。
そう思えば捉え方も変わった。
ガウジ・エオに教わった、魔力感知を試してみる。
巧妙に隠されているが、すぐに見えてくる違和感が三つ。
「ディー君、右斜め12歩先目の前。リオル老、後方18歩下。切って。」
違和感の二つにデュオル老とデューンを向かわせる。
言葉少なに指示されるも、そこは帝国の最高戦力が二人。
感じる物があったのか、「ぬ?心得た!」「わかりました!」と即座、指示された場所を己が得物で斬り付ける。
パシャーン!とガラスが割れるような音。
トラップハウスと化していた空間が、元の雪原に様変わり。
「小癪な!幻術の類か!」
「・・・こんな魔法は・・・。」
呆気なく変わった風景にデュオル老は憤り、デューンは眉を顰め考え込む。
その間に秋広は、もう一つの反応・・・一箇所だけやたら離れた反応に目を細め、デイジーを抱えていない方の腕を振り抜いた。
振られた手の先を見れば、そこには細工美麗な銀色の長銃が握られている。
「少しでも邪魔になるまい!」そう思い身を縮こめ目を瞑るデイジー。
その反応に場違い、ほっこりしたものを胸に感じながら優しく降ろしてやる秋広。
地に足が着いたことで目を開き、困惑しつつ見詰めてくる彼女に、「すぐ終わるから待っててね?」と声をかけ、地面へ片膝を突いた。
長銃を構えれば、どこからともなく聞こえてくる女性の声。
【アキヒロ、うちを使うほどか?】
「わからないけどね・・・念のため?」
【ふむ。】
その声はどこからともなくではなく、秋広の持つ銀色の長銃から聞こえてきた。
「『喋る長銃』!?」
「なっ!?その銃は!」
デューンとデュオルは目を見開く。
その銃を少年は初めて、そして老将は20年ぶりに見た・・・。
二人の反応を目端に捉えながらも、秋広は黙って引き金を引く。
銀色の長銃から放たれた、銀色の弾丸が目標の違和感へ迫り・・・魔力の障壁に阻まれ、その障壁を砕いて消えた。
「ハッ!こいつぁ・・・とんだ大物がかかっちまったなぁ!?」
そんなことを言いながら現われたのは、白いローブを纏い奇怪な蛇の面を被った人物。
声からして男だろう。
帝国の二人には、そのいでたちに想起される人物が居た。
いつのまにか皇帝の客将になっていた胡散臭い男・・・『特設内政顧問』ツツジ。
緊張感を高める二人の姿に気を引き締めた秋広は、目まぐるしく頭を回転させていた。
実に秋広、『略奪者』との初遭遇である。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。