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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第三章 深海都市ヴェリオン編
173/266

・第百六十三話 『法王(ハイエロファント)』

いつもお読み頂きありがとうございます。

ブクマ励みになります^^


※地球側、三人称視点にてお送りします!


 カラン・・・。

 小さな音を立て、琥珀色の酒が注がれたグラスで氷が踊る。


 とある少々薄暗い応接間。

 特に贅を凝らしている訳でも無いと言うに、どこから見ても高級感漂う室内。

 二人の男が、革張りのソファーに腰掛け向かい合う。

 片方は筋骨隆々の身体を、白いYシャツと紺のスラックスに無理矢理押し込めた、まるで犯罪者のような人物。

 しかしその実態は現役警察官。

 そして『地球』のカードゲーム、『リ・アルカナ』世界ランキング二位にして、『戦車チャリオット』の称号を持つ男。

 皆さんもご存知、ブラッド・伊葉・・・その人である。

 伊葉は手に持ったグラスを煽り、眉を顰めて相手を伺う。


 その相手はかっちりとしたスーツに身を包み、黒髪をオールバック、眼鏡をかけたインテリ風。

 おおよそ伊葉ののような人物と関係があるようには見えない。


 伊葉の向かいに座った男、膝頭にひじを付き指を組む。

 眼鏡の奥の相貌は現在瞑られていて、その感情を伺う事はできない。

 いやしかし、眉間にはマリアナ海溝もかくやと言うほど、深い深い皺が刻まれ、少なくともご機嫌で無い事だけははっきりしていた。

 その男は実に深々と、重い重いため息を吐く。

 そして目を開くとチラリと壁を一瞥。

 壁には大型のスクリーンが埋め込まれ、そこでは四分割された画面に、まるでアニメのような光景が広がっていた。

 

 一つでは暗い森の中、弓を構えた狩人風の男が、狼や猪などを高速で射抜く。

 また違う画面では、骸骨兵士の群れを率いた『首無騎士デュラハン』が、純白の羽根と輝く槍持つ天使と相対していた。

 中にはアイヌのような民族衣装を着た美少女が短剣と拳銃で、甲冑を着込んだ騎士相手に無双している姿や、豪奢な金髪縦巻きロールをなびかせて、細剣レイピアと丸盾で『小鬼ゴブリン』を吹き飛ばす美少女の姿もある。

 

 そんな光景からすぐに目を逸らし、苛立たし気に伊葉を睨みつける。

 伊葉と言えば咎めるような目線を受け、「そんな顔すんな。」と呟くと、ふいっと視線を逸らす。


 「馬鹿も休み休み言えよ?伊葉・・・。」


 男が酷く腹を立てている理由は二つある。

 目の前に居る男が告げてきた情報と、壁に埋め込まれた大型スクリーンに映る映像。

 そのどちらもが、男の神経を逆なでしていた。

 伊葉は「チッ!」と舌打ちすると、ソファーに深々と身を沈め言い訳染みた言葉を吐く。


 「だってよぉ?仕方ねぇだろうが!」


 「仕方無いことあるか!この脳筋がぁ!」


 その態度に男、こめかみをピクピクさせながら吼えた。

 

 「伊葉!俺が何時称号持ちの関係者・・・それも年端もいかぬ子供を巻き込めと言った?」


 「わぁーってるよ!俺だって止めようとしたんだ!」


 二人は尚も言い争う。

 お互いの主張を譲るつもりは一切無い。

 それが傍目にも見て取れた。


 「大体にして良孝も良孝だ!自分の護衛しているお嬢様を巻き込むなど!あほか!?」


 「だぁーら!あいつにも色々あんだよ!」


 その言葉が癇に障ったのか、男は眦をきりきりと吊り上げ身を乗り出す。

 鬱積した思いを一気に吐き出した。


 「何が色々だ!どう考えても馬鹿だろうが!お前が止めろよ?先輩なんだろ!何かあってからじゃ遅いんだぞ!このポンコツ!」


 このセリフには伊葉も黙っていられなかった。

 今にも掴みかからん勢いで身を乗り出すと、男と顔を突き合わせ猛る。


 「あぁん!?誰がポンコツだゴルァ!?いっつもいっつも、現場でヒーコラ言ってんのはこっちなんだぞ!?ハゲ!」


 「黙れ!俺はハゲてない!筋肉だるま!」


 ヒートアップする二人は徐々に立ち上がり、テーブルを挟んで喧々囂々。

 殴り合いになるのも、時間の問題かもしれない。


 「うるせぇ!陰険眼鏡が!大人しく引きこもってろ!」


 「誰がお前の暴れた後始末してると思ってんだ!寝言は寝て言え!」


 「よぉし良い度胸だ!表出やがれっ!」


 約10分ほども経っただろうか・・・散々罵り合った二人は、ゼーハーと肩で息をして、同時にソファーに座り込んだ。

 そして再度二人顔を見合わせ、同時に壁のモニターを確認すれば、すでに先ほどのシーンは終わり、新しい顔ぶれが闘っていた。

 男は眉間に寄った皺をグリグリと親指でほぐし、伊葉に問いかける。


 「どうにも・・・ならんのか?」


 その声は苦渋に満ちていて、先ほどまでの勢いは微塵も感じられない。

 伊葉の表情もそうだ。

 「やるせない。」そうとしか表現できない感情、思いで頷き答える。


 「ああ、放っとく方がずっと危ねぇ。あの娘たちは間違いなく、こっち側に来るぜ・・・。」

 

 それを聞いて男、「そうか・・・。」と呟き黙考した。



 ■



 男の名は神館宗一郎かんだてそういちろう、警視庁の官僚・・・伊葉の上司だ。

 そして、カードゲーム『リ・アルカナ』の世界ランキング第一位、『法王ハイエロファント』の称号持ちでもある。

 

 彼が異世界『リ・アルカナ』に、伊葉を含む三名と転移したのは遥か昔。

 約200年の時を経て、伊葉と二人『地球』に戻ってきた。

 しかし・・・『地球』に戻ってきてみれば、そこは全く時間の経過など感じさせないままだった。

 事実二人の環境に何一つ変化など無かったのだ。

 伊葉も宗一郎も、最初は夢だったのかと疑った。

 けれど、あの世界で過ごした期間はとても夢などとは思えず、一緒に転移したはずの二人のことを誰一人覚えていなかった。

 そう、親や近しい友人だったとしても・・・何一つだ。

 まるで世界に拒絶されているかのように・・・。


 奔走して調べた結果、実際には違った・・・。

 極一部、『リ・アルカナ』のトップランカー、それも宗一郎や伊葉が語った時、その時まるで思い出すかのように記憶を取り戻す。

 そうした何人かの現象で、ことさら異世界転移の真実味が帯びてきた。


 しかし問題は連鎖する。

 二人が相談した称号持ち、彼らも揃って姿を消す。

 全員では無いが、何者かに仕組まれているかのようだった。

 その情報が禁忌であると、被害者を増やして良いのか?と、そう言われている気がして二人は口を噤んだ。


 だが、それは無意味だった。

 二人が口を噤んだ後も、次々姿を消していくトップランカーたち。

 頭を抱えた二人に、アドバイスをする者が現われた。

 それは『愚者ザ・フール』の称号持ち。

 異世界転移の情報を知りながら、この事件に巻き込まれなかった奇跡的人物。

 彼は仮説を立てた。


 「PUPAピューパでダブルスをした称号持ちが、異世界へ転移するのではないか?」


 二人は情報を探り、それが正解であるとほぼ確信を得る。

 ならばダブルスなんて持っての外。

 むしろPUPAピューパを使わせない方が良い。

 普通ならそう考える。

 しかし、そこで二人の意見が分かれた。

 

 転移してしまっている人間をどうするのか?

 自分たちが巻き込まれた手ひどい惨状、今現在その暴威に晒されている者を見捨てるのか?

 事実一緒に転移した二人、『ワンド』は死んで『審判ジャッジメント』は行方不明。

 二人は彼らを見捨て、この世界に帰ってきているのだから。

 宗一郎は小を切って大を救う派。

 それが伊葉には容認できかねた。

 しかし宗一郎の言い分もわかる伊葉、一度は堪えPUPAピューパの凍結に尽力した。


 だが・・・そんな二人の葛藤を嘲笑うかのように、全ての根回しが挫かれる。

 製作者、販売元さえわからないカードゲーム『リ・アルカナ』の本部から、信じられない程強力な圧力がかかったのだ。

 そして世論も後押しした。

 全世界で類稀無い人気を誇る『リ・アルカナ』。

 時代の流れは男たちの叫びを無視した。

 全ての企みが瓦解し、被害はことさら拡大する。

 

 気が付けば14名、称号持ちの魔導師たちが姿を消していた。

 伊葉は決意する。

 「もう一度あの世界に行き、転移した奴らを連れ戻してくる。」と・・・。

 その為に情報を集め、力を蓄え準備に励む。

 他の称号持ちの説得もしていた。

 事情を知らない者からすれば、大の大人が何をしているのか?そう思わないことも無いが、伊葉は真剣だ。

 もはや宗一郎も反対などできなかった。


 そんな折、宗一郎の預かり知らぬ所で伊葉・・・出会ってしまう。

 家族を、兄と姉を転移で失いながら、その記憶を確かに宿す二人の美少女。

 美祈とアスカだ。

 タロットの称号一歩手前、『ソード』と『聖杯カップ』の称号持つ彼女たちは、確固たる意志を持って伊葉に会いに来た。

 その姿がかぶる・・・自分の腕の中で失われた命・・・『ワンド』のあいつと。

 目を見てわかった・・・「彼女たちを諦めさせることは敵わない。」

 伊葉は、軋む良心に蓋をして、彼女たちを鍛える事を決意する。

 そしてその成果、予想していた以上に彼女たちは力を付けた。


 「後悔は・・・無いのか?」


 宗一郎は静かに問いかけた。

 伊葉は胸ポケットから、くしゃくしゃのタバコを取り出し火を点ける。

 「・・・禁煙だぞ?」の苦言に、「うるせぇ・・・。」と呟き紫煙を吐き出す。


 「あの娘らの・・・望んだことだ・・・。」


 その声は酷く苦しげで、自責の念に駆られていること、想像に難くない。

 宗一郎は緩く頭を振り、ため息一つ。

 一度言いかけ、そして思っている事とは違う言葉をかけた。


 「俺は・・・行けんぞ・・・。」


 「わかってる。お前はこっちを何とかしてくれよ・・・。」


 袂を分かった訳ではない。

 異世界の事もそうだが、『地球』のことだって異常なのはわかっていた。

 どちらかが残り、相応の始末をつけねば・・・いつまでたってもイタチごっこ。

 悲劇も涙も止まらない。

 もはや思いは同じ・・・されど。

 お互いその言葉は紡がない。


 壁のモニターを見れば、もうすぐ今大会の結果が出る。

 賭けられた称号は二つ・・・おそらくはあの娘たちが獲るのだろう。

 宗一郎は自分のグラスを手に取り、静かにウイスキーを煽った。

 万感の思いを込め、腐れ縁の親友に声をかける。


 「・・・帰って来いよ?」


 「・・・ああ。」


 カラン・・・。

 飲み干した宗一郎のグラスで、音を立て氷が踊った。





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