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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第三章 深海都市ヴェリオン編
167/266

・第百六十話 『有罪(ギルティ)』

いつもお読み頂きありがとうございます。

ブクマ励みになります^^


※5/26 ちょっとだけ加筆と修正しました。

 異世界からこんばんは。

 おれは九条聖くじょうひじり、通称『悪魔デビル』のセイだ。

 美祈のことを思い出す。

 兄貴はきっと今、ひどく動揺した顔をしてるんじゃないか?

 「お前だけじゃない!」と切り捨てるのは簡単だ。

 第一、そのやり方が正当なはずは無い。

 それでも思ってしまう、わかってしまう。

 最愛の人間から不条理に引き離されたことの疑問、苦しみ・・・そして痛み。

 結婚していたこと、子供が産まれること、10年以上この世界に居ること。

 どれもが初耳、まして10年なんて・・・。

 見た目には寸分変わらないんだ。

 おれの記憶にあるマドカの、最後に見たその姿と。

 いくら元からの老け顔だったにしても、一切経年を感じさせないなんてあるんだろうか?

 だがその言に嘘は微塵も感じられず、奴が告げた言葉は、おれたちにとって驚愕に満ちていて。

 そして・・・伸ばしたこの手は何も掴めない。



 ■



 告げられた言葉は衝撃だった。

 誰もが言葉を発せ無い。

 静かな神殿内、響くのはオーディアの鎮座する噴水から流れ落ちる水音と、体裁も無く泣き崩れる男の嗚咽。

 所在無く目線を彷徨わせる仲間たち。

 それは女神と言えど同様で、痛ましげにマドカを見つめるオーディアからは、憐憫の感情すら感じ取れた。


 しかし・・・。

 たとえどんな事情を抱えていようと、奴が行った行為を正当化することも、許容することも出来ないのは道理。

 奴が家族の下を求めたように、この世界の住人たちにだって家族は居るし、その家族を今回の件で失ったものだって多い。

 語られた告白と世界が被った悲劇。

 その二つを天秤にかければ、導き出される答えは一つ、『有罪ギルティ』だ。


 少し後・・・なんとも言えない空気の中、奴が落ち着くのを待つ。

 おれは縛られたまま蹲るマドカに近付き、心の中溢れる感情と葛藤を押し殺して問いかける。


 「せめて理由、一連の凶行に及んだ、『略奪者プランダー』の思惑を聞かせろ。」


 そうでなくちゃ・・・あんまりすぎるだろ?

 おれの静かな声音に面を上げ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔そのままで、マドカはゆっくりと語りだす。

 それは遠い日・・・奴がこの世界に転移してきたその日から・・・。


 「・・・10年前のある日、俺たちはダブルスの最中、この世界に転移した・・・。メンバーは俺、『節制テンパランス』、『魔術師マジシャン』、そして『女帝エンプレス』・・・。俺が気が付いた場所、そこは禍々しい沼地だった・・・。」


 (ホナミとハル以外にももう一人・・・『魔術師マジシャン』・・・サカキか!)


 称号を聞けば、霞がかった記憶の縁から浮かび上がる名前。

 盟友ユニットカードをほとんど使わない、魔法や罠を駆使する変わったスタイルの男。

 榊智則さかきとものり・・・通称『魔術師マジシャン』のサカキ。

 『地球』の記憶にあるスタイルと、『略奪者プランダー』の鳥面、その行動が自然と合致した。


 (間違いない。)


 竜兵の仇敵とも言うべき人物の正体に思い至り、一層胃が重くなるような気持ちを抱く。

 

 一度言葉を切ったマドカを見れば、フェアラートに切られた腕が痛むのだろう、その顔色は悪い。

 募る感情を押さえつけながらと言った体ではあるが、どこか憑き物が落ちたかのような表情で、おれの顔を見つめていた。

 更に言葉を紡ぐマドカ。

 どういう心境の変化か・・・。

 まぁ、予想としては「社会人」の一言が、『地球』の人間にとって、なにかしらの感銘を与えたんじゃないかとは思う。

 

 「そこはこの世界と異界の境界線。年中溢れ出す毒と腐泥が沈殿するような場所・・・。草木や虫、動物全てが何らかの形で捻じ曲がり、まともな生物など皆無の沼地で俺は・・・腐肉を齧り、泥水を啜って一週間待った。」


 そんな狂気染みた環境で、「待った。」と言うのは・・・事実そうなんだろう。

 おそらくは助け、或いは夢が覚めるのを。

 おれや幼馴染のように、最初に誰とも出会わず、そして余りにも生き難い環境に落された絶望。

 それはおれたちにはわからない。


 「俺が環境や魔物に怯え、死を想起した時あいつは現われた・・・。猿面を被った男・・・ツツジだ。」


 (ツツジ・・・あいつか。) 


 帝国との戦いに横槍を入れてきた男。

 何とも人を食った虫使い・・・虫・・・使い?

 おれが何かに引っかかっている間に、マドカは話を続けていた。

 

 「あいつはこの世界が異世界であることを語り、おれの現在置かれている状況を説明した・・・。そして『地球』へ帰る手段も。」


 「帰る・・・手段?」

 

 おれの呟きに小さく「ああ。」と答え、マドカはその恐るべき方法とやらを告げる。


 「この世界に住む生物のカード、それを100万枚集め、あいつが神託を受けたと言う神に奉納すれば、この世界へ強制的に召喚された人々を帰してくれると言う。俺たちは・・・その言葉を信じた。」


 一同絶句。

 マドカの言葉が頭を回る。

 100万枚のカード・・・。

 ・・・つまり100万も生物の生命を奪うと?

 

 「だから・・・お前は・・・。」


 「そうだ。そのために生物を狩っている!ツツジはゲームだと言った、こんな世界現実じゃ無いと!だから・・・だから俺たちは!」


 おれの言葉を遮り叫んだマドカ。

 その瞳は、自身の言を納得できていないことも、ありありと物語っていた。

 悲しげに目を伏せるオーディアや、言葉も無く立ち尽くす仲間たち。

 この世界の人間が言えないなら、あえておれが言うしか無いのだろう。 


 「それでもお前は・・・間違ってる。」


 「わかってるさ!」


 そう叫んだマドカはぐっと口元を食いしばり、静かにその瞼を閉じた。



 ■



 (どうすりゃいいんだ・・・。)


 おれだってまだ17のガキだ。

 『地球』に帰りたい気持ち、痛いほど理解できるし、さっきの叫びには確かな葛藤と後悔が見て取れた。

 もちろんマドカのやった事は許されることじゃない。

 しかし、それよりもっと醜悪な問題が出てきてしまった。

 100万って何だよ・・・規模がでかすぎる。


 (少し・・・時間が欲しい。)


 胸に渦巻く感情に、正直心からそう思う。

 おれはマドカから目を逸らし、オーディアに向けて正対する。


 「オーディア・・・聞いての通りだ。お前はどう思う?」


 二枚貝の玉座から、おれたちのやりとりを見守っていた人魚の神は、真摯におれを見つめてきた。


 「セイ様。この世界の神は・・・少なくとも我々、アルカ様に近しい神は、異世界の民に直接手を下すことを良しとしません。」


 (そんな矜持があるのか・・・。)


 だけど今はそんなこと言ってる場合じゃないと思うが?

 おれの不服を見て取ったのだろう、オーディアは真面目な表情そのままに語る。


 「幸い・・・と言って良いのかわかりませんが、我が国の女王である『歌鮮姫』リューネがここに居ます。私は彼女の采配に任せようと・・・。」


 「おまっ!?リューネはまだ八歳だろうがっ!?」


 続けられた言葉、責任放棄にも聞こえるそれに思わず激昂。

 いくら王女とは言え、八歳の子供になんて残酷なことを!


 「お兄様!わたくしなら大丈夫です!」


 そんな感情に身を焦がしたおれを、小さいが決然たる声で止めたのはリューネだった。

 「だが・・・!」と、なおも言い募ろうとしたおれを、イアネメリラとヴィリスが諌める。

 リューネは静かにマドカへと近寄り、幼女とは思えぬ威厳ある雰囲気で問いただす。

 

 「マドカ様?でよろしいですか?」


 その雰囲気に当てられたマドカも、「あ、ああ。」と小さく頷く。


 「まず最初に・・・。マドカ様の為されたこと、そして他の皆様が行っていること、この国の王女として・・・いいえ、この世界に住まう一個人として、決して許せるものではありません。けれど・・・貴方様の言、本当にお辛かったことだけは伝わりました。そしてお話の内容を聞くに、全ての元凶はそのツツジ様とおっしゃられる方だと思うのです。一先ず・・・その方のことを教えていただけませんか?」

 

 (すごいなリューネ・・・八歳でも王族ってのはここまでなのか。)


 思わず感嘆、誰しもが衝撃で流してしまったことを、正確に見据えて問いただした。

 つまりそれは『略奪者プランダー』の中でも特異な存在、猿面の男ツツジのこと。

 しかし、ツツジの正体に迫った際、マドカは「それは・・・。」と言った後、明確に口を閉ざした。


 (後押しくらいにはなるか?)

 

 「マドカ、おれは100万枚のカードを集めなくても、『地球』に帰れる方法を知ってるぞ?」


 目を見開くマドカに、言外に告げる取引。

 つまり、『回帰』のことを教えてもいいから、ツツジのことを話せと・・・。


 (小ずるい話だ。)


 ふと自嘲気味に思う。

 マドカがこの先どんな罰を受けるのかはわからない。

 今回仕出かしたことを考えれば、きっと無事では済まないだろう・・・しかし或いはリューネなら・・・。

 寛大な措置を期待できるのかもしれない。

 奴の事情を知ってしまい、ある意味では逃避・・・これも必要なことだと言い訳しながら・・・。

 『図書館ライブラリ』から『カード化』してあった『回帰』のパーツ、パールになったそれを取り出し掌の上で解除する。


 「・・・オーディア、この封印解いてもらえるか?」


 「ええ、もちろんです。」


 そうしてオーディアに近付き、パールを渡そうとした時チリリと首筋に危険察知。

 聞き覚えのある声が響いた。


 「なんかそれ、大事そうなものやん?」


 「なにっ!?」


 直後キュドッ!っと微風を孕む、輝く光で作られた槍がおれを襲う。

 慌ててサイドステップで避けるも、『回帰』の封じられたパールはおれの手を離れて宙を舞い、その玉石に光の槍が突き刺さる。

 一見して脆そうな真珠は砕けることも無く、不自然に宙を滑り飛んで行く。

 パールが飛ぶ方向、光槍が放たれた先を振り向けば、白ローブに猫面の小柄な人物と、どこか見覚えのある八枚翼の天使。


 「・・・桜庭春さくらばはる・・・!」


 おれの呟きに、「あらなんや?バレとるやん?」などと言いながら、その少女はゆっくり近付いてくる。


 「お前・・・どうやって?」


 ヴィリスが張った海魔法の結界があるはずだ。

 普通の転移ではここに来れない筈。

 しかしそんなおれたちの思いを嘲笑うように、「ん?歩いてきたで?」と軽い調子で答える少女。

 一拍も置かぬ間に影から影へ、ハルの影から現われたフェアラートが双剣を突きつければ、八枚翼の天使が障壁で防ぐ。

 底冷えのする声で短的に、「割るで?」と告げられ身が竦む。


 「フェアラート!」


 おれの叫びに反応し、「くっ!」と小さく呻きながら、再度影へと潜り込むフェアラート。


 (最悪だ・・・なんてタイミングで・・・。)


 幾本もの光の槍を宙に舞わせ、マドカへ歩み寄るハルと天使。

 「・・・ハル・・・。」と呟きながら顔を上げたマドカへ、ハルは冷たく言い放つ。


 「まどかっち~?ツツジっち裏切ったらあかんやん?」

 

 「俺はっ!裏切ってなど・・・!」


 おれたちが動き出す間も無く、天使が掲げた光の槍を解き放つ。

 イアネメリラやヴィリスが障壁を張るが、目標はおれたちじゃない。

 光る槍全てが、マドカに振り注いだ。


 「「「なっ!?」」」


 おれや仲間たちの驚愕の声が走り、次いでマドカの「ガッハァ!」と言う叫びが響く。


 「け・・・恵子ぉ・・・。」


 そして・・・マドカは光の粒子を撒き散らし、一枚のカードに転じた。

 それは『リ・アルカナ』の背表紙そのままに、しかしイラスト、テキスト部分は見たことも無いカード。

 大鎌を携えた骸骨のイラストに、『デス』と名称が書かれていた。


 (これは!一体どういうことだ!?)


 混乱覚めやらぬ中、生まれたカードを引っ掴むと懐へ、逆に手元に拳大の氷と金箱を取り出すハル。

 「かるやん、入っとき?」と八枚翼の天使・・・そう、倒したはずの『天尊』カルズダートへ声をかければ、天使は物言わず箱へと消える。

 直後ハルは、地面へ氷を叩きつけた。


 「待てっ!」


 おれの叫びも、伸ばした手も届かない。


 「ほな、さいなら。」


 たったそれだけ言葉を残し、彼女は一瞬で掻き消える。

 あっさりと、そして淡々と、仲間のはずのマドカを害し、おれたちの大切な物を奪って去っていく。

 我に返った時には、もう決して取り返しの付かぬ事だけがわかった。






ここまでお読み頂きありがとうございます。

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