・第百五十九話 『独白』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、ままならないな。
兄貴が考えていた以上に根は深い。
この世界の住人たちを思い、自分の中での常識と照らし合わせたおれの行動。
そこに後悔はないし、間違っているとも思わない。
だがしかしだ。
『地球』でだってそうだったように、常識なんて物は立場や主観で簡単に様相を変える、実に移ろいやすい物なんだ。
実際、どうなんだろうか?
おれたちを含み、この世界に転移させられたと思う者たち、その中でこの事態を受け入れ、環境に適応した・・・或いは納得した者がどれだけ居るか。
少なくともおれたちは運が良い。
いや、転移させられたことは十分不運と言えるんだろうが、その後の出会い・・・最初に保護された人々を含め、各国の指導者や英雄それに神、ほとんどが友好的で親身になってくれた。
もちろん類稀な力を持つおれたちと、ことさら敵対する危険性を感じてのこともあるんだろう。
それでもおれたちが助けられたのは事実。
だが・・・もしもだ・・・。
そんな幸運な出会いも無く、ただただ『地球』への未練だけで過ごしてきたら?
おれだってわからない。
もしあの時、『回帰』の存在を知らず、この先どれほどの事を為せば、君と再会できるかわからなかったとしたら・・・。
マドカの吐露した胸中は、おれの想像よりずっと重いものだった・・・。
■
くたり・・・と意識を失い、跪くように倒れるマドカの姿に、仲間たち全員が息を吐く。
おれも思わずそれに追随、確かに心底疲れていた。
緊迫していた空気が少しだけ弛緩する。
(正直本当にしんどかった・・・。)
様々な要因が絡み合い、最後は何とか無傷の勝利を得られたが、一歩間違えたら大変な方向に転んでいたこと・・・想像に難くない。
シルキーが『一角馬』の姿から、いつもの金髪ポニテな美少女姿に人化し、アフィナと共に近付いてきた。
他の仲間たちもそれに続く。
二人はおれの側まで来ると、確かめるように伺うように、小さく言葉をかけてくる。
「セイさん・・・。」
「セイ?生きてるの?」
アフィナの安否確認はマドカの状態。
いくらなんでも失礼じゃなかろうか?
さすがにおれも拳一発で殴殺はしていない・・・はず。
人一人が一撃死とか、どんな人外だ。
「アフィナお前・・・おれを何だと?」
「えっ!?だってボク・・・セイがドラゴン殴り倒したの知ってるよ・・・?」
「「「・・・・・・。」」」
場を沈黙が包む。
あったな・・・そんなこと。
でもあの時は強化魔法かけてたしね?うん。
とりあえず・・・と、無言で『図書館』から取り出したロープの『カード化』を解除。
おれがマドカを簀巻きにしようとしていると、音も無く影から現われたフェアラートが、「自分が。」と言ってロープを受け取り、手際良く簀巻きにしていく。
「カオス念のためだ。」
「うん、もう縛ってあるよ旦那♪」
青白ストライプなピエロに声をかければ、すでにおれの思惑を察して行動済み。
当面の危機は去ったと考えて良いだろう。
それを聞き、本当の意味でやっと一息。
座り込んだおれを、イアネメリラが優しく支える。
どうやら自分でも気付かないうちに、かなり気を張っていたらしい。
おそらく原因は、少なくとも同郷の人間と相対したから・・・思っていた以上におれにとってはショックだったのかもしれないな。
座り込んだついで、銀板を操作し竜兵をコール。
さすがに心配してるだろうしな。
すぐにいつもの呼称、「アニキー!」と元気な声が返ってくる。
おれは竜兵に、「とりあえず終わったぞ。お前はゆっくり来い。」と声をかけた。
「うん!わかったよ!でも、エイダ姉の神殿から転移できるし、そこまで時間はかからないと思う!」
竜兵の言葉に、「そう言えばそうだな。まぁ無理はするな。」とだけ釘を刺し、通話を切った。
おれと竜兵の会話を待っていたらしいフェアラートが、おれに問いかける。
「主様・・・マスクは?」
フェアラートの問いかけに、「ああ、脱がしとけ。」と答えそちらを見やれば、マスクの下から現われる予想道りの髑髏面。
おれの記憶にあるマドカの顔、そのものだった。
仲間たちもその顔は予想外だったのか、一様に言葉を失っている。
まぁ認識阻害?なんて効果を考えなければ、いっそ無意味にも思える変装だよな。
奴にも色々あるんだろう、あえてそこには触れないでやれ。
ぱちゃん・・・と、小さな水音を立て、おれの元までやってくる小さな人魚姫。
「お兄様・・・ありがとうございます。」
まだまだ問題は山積だが、目の前の脅威が片付いたこと、素直に喜び頭を垂れるリューネの姿に、思わずポンポンとその頭を撫でる。
顔を赤らめ、「・・・お兄様。」と呟いた幼女は、「堪え切れない!」とでも言わんばかり、おれの胸に飛び込んできた。
それを優しく抱きとめながら、おれはこの先のことを尋ねる。
「リューネ、この後はどうするんだ?」
腕の中、おれの顔を見上げたリューネは少しだけ逡巡し、「オーディア様をお呼びしようと思っています。」と答える。
■
(『平穏の神』オーディアね・・・。)
この国の守護神であり、『海龍』アリアムエイダ同様、或いはそれ以上に海に重きを置く女神だったはず。
この国の惨状をどうにかしてもらうこともそうだが、『回帰』のパーツにかけた封印も解いてもらわなければいけない。
それ以前にこんなになるまで放置した件、少々問いただしたくもあるのだが・・・。
まぁこの世界の神様、意外とフットワークは軽いくせに、うっかりだったり操られてたりと、色々問題もあるようだし・・・万能な神様って言うより、ちょっと強い精霊くらいに考えておいた方が良いのかもしれないな。
ともあれ、おれに否定する材料は無いが・・・懸念だけは払っておこう。
「生贄は無いよな?」
そう、この世界の神は顕現するとき、大抵生贄を求めるから。
おれの問いにしっかりと頷くリューネ、「ヴィリス様とわたくしが居るので問題ありません。」と自信に満ちた表情だ。
ヴィリスに目線を流せば、彼女もこくりと頷く。
「なら良い。」と了承を返し、おれはゆっくり立ち上がる。
そして待っていた仲間たちを伴い、オーディアの神殿・・・その扉の前に並び立つ。
因みにマドカは簀巻きにされた上、カオスにずりずりと引きずられていた。
(まぁ放置もできない以上、連れて行くしかないんだが・・・。)
先ほどまで激戦を繰り広げた同郷の男、その哀れな末路に何とも言えない物を感じつつ、おれはそっと目を逸らした。
目線の先、リューネを皮切りに、合わせる様に歌うヴィリス。
祝詞のようなその合唱に、神殿の扉が光を放ち、ゆっくりと内側に開いていった。
中央に噴水をたたえ、水路の張り巡らされた円形の広間。
『平穏の神』オーディアの神殿は、そんな場所だった。
水路を先行する二人の人魚が、噴水の前に辿り着き、静かにおれたちを待つ。
「それではヴィリス様、お願いいたします。」
「はい、リューネ様。」
そんな軽いやり取りの後、改めて合唱を始める二人。
清廉、静謐、高貴・・・見事なハモリで歌い上げる、扉を開くときよりも更に美しい歌声に、その場に居たものは聞きほれる。
そして噴水に鮮やかな緑光が集い、それが徐々に人型を形成していく。
同時に水柱の上、巨大な二枚貝が浮き上がり、口を開けばそこには真紅の玉座。
玉座の上にたおやかに、明らかに一般の人族や人魚とはかけ離れたサイズ、立てば4mは下らない人魚が現われた。
濃い緑色の豊かな髪、その豊かな髪で上半身の大事な部分・・・まぁ胸だが・・・を隠している。
正直目のやり場に困る。
慌てて跪いたオーゾルに驚愕した。
どうやらさすがの変態貴族も、自国の神に懸想することは無いらしい。
そして彼女が閉じられていた瞳を開けば、ヴィリスやリューネと同じ、マリンブルーの瞳が存在していた。
彼女は少しだけ口角を上げ、柔らかい声を発した。
「リューネ。それに・・・ヴィリス。オーゾルもですね。よくぞこの危機を乗り越えてくれました。それに異世界の魔導師セイと、その仲間たちにも心よりの感謝を・・・。」
深々と頭を下げる人魚の神様に、どうやら思い描いていた人物像と合致したことを理解した。
だからこそ「なんで放置したのか?」そう思ってしまうのだが。
おれがオーディアと会話をする直前、突然一人の男が笑い声を上げた。
「ぐ・・・はっ!ははははは!何が女神だ!たかがカードの分際で!おい、『悪魔』!貴様はどこまでこの茶番を続けるつもりだっ!?」
それはマドカ。
苦しそうに、しかし耐えられないと言うように。
脱がされたマスクのせいで、表情がはっきりとわかるようになった、まるで骸骨のような男。
そこに浮かんでいたのは憎悪、そして侮蔑。
全員が言葉無く、奴の姿を凝視していた。
「おい、オーディア!貴様が神だと言うなら、今すぐ俺を元の世界に戻して見せろよ!?何の権限があって貴様らは俺たちを・・・俺をこんな世界に連れてきやがったんだ!?」
余りにも都合の良いセリフ・・・しかし、心からの慟哭。
そうわからせるほどに激しく、そして切実に訴えかけるマドカ。
マドカの言葉を聞き、オーディアはすっと目を伏せた。
「それは私にはできませんし、貴方がこの世界に来た理由もわかりません。」
静かに淡々と、けれど嘘ではないとわかる言葉。
おれや仲間たちはそう思った・・・しかし奴は違った。
「ふざけるなっ!貴様らのせいだろう!?何とかしろよ!」
ロープで物理的に、カオスの特技『傀儡』で魔力的に、完全に身動き一つ取れないほどに縛られているのにも関わらず、血走った瞳で歯を剥いて、人魚な神に食って掛かる。
おれもさすがに黙っていられなくなった。
「マドカお前・・・いい加減にしろよ?てめぇがどんな事由を抱え、こんだけの事を引き起こしたかは知らないけどな。それでもお前がやった事、決して許されるもんじゃないんだぞ。」
「黙れ『悪魔』!カードに過ぎない、現実じゃないこの世界を、あっさりと認めた貴様なんぞに、俺の気持ちがわかってたまるか!」
静かに、けれど確かな怒気を持って告げたおれの言葉も、奴には届かない。
むしろ矛先がおれへと向かった。
そして言い返された事が、逆におれの胸を突く。
(あっさり・・・?)
おれがあっさりこの世界を受け入れた・・・?
そう見えるのか?見えるんだろうな・・・。
残念ながらそれは違う。
おれだって常に葛藤しているさ・・・美祈にだって会いたい、できるなら今すぐに。
「お前・・・確か社会人だったよな、マドカ?」
確かそう、『地球』の記憶が正しいなら、こいつは普通のサラリーマンだった。
自分よりだいぶ年上、10くらいは違うはず。
少なくともそんな相手に完全なタメ口のおれや幼馴染たち、今はつっこまないで欲しい。
『リ・アルカナ』のトップランカーなんて、そんな奴ばっかりだ。
だがしかし、ここではあえてそれに触れる
「それが何だ!?」と叫んだマドカに、おれは言う。
「社会に出てるような人間が、たかが高校生のガキに何度も説教させんじゃねぇよ!何度言ったらわかる?この世界の住人に迷惑をかけるな!」
おれの憤りを聞き、少しだけハッとした表情をしたマドカは、今までの行動が嘘のように狼狽し、けれど静かに絶叫した。
「新婚・・・だったんだ!三カ月後に子供も産まれるって・・・!わからない・・・もう、この世界に来てからおれは10年越えている!身体があんまり・・・丈夫な女じゃないんだ!くっ・・・うぅ・・・恵子ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
おれたちは・・・その独白を黙って聞いていることしか出来なかった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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