・第百五十七話 『死(デス)』後編
「ますたぁ!」
イアネメリラの叫びが、どこかぼんやりと聞こえる。
絶対不可避・・・そんなタイミングで突き出されたフェアラートの凶刃は、正確におれの命を刈り取るために振るわれた。
以前にも見た、むしろついさっきこちらが、敵の首魁マドカへ向けて振るった一撃。
おれは全く驚かない。
ヒントはすでにもらっていたからだ。
マドカはフェアラートを見た時言っていた。
「お前か・・・。」と。
いくら『地球』のカードゲームで知識があったにせよ、まるで既知の間柄のようなセリフ。
どう考えてもこれはおかしいだろう?
瞬間の閃き、即座に回避率強化魔法『朧』の破棄効果を使用する。
強化を解除することによって、一時的に全ての攻撃を中和するそれだ。
おれの目の前に広がる闇色のマントが、フェアラートの双剣を翻弄、無効化した。
効果時間が残っててくれて良かったぜ。
おれに刃が届かなかったことを確認し、フェアラートが距離を取ろうと跳び退る。
「カオス!」
「あいよ、旦那♪」
緊迫した場面に相応しくない明るい声、カオスが両手を広げ不可視の糸・・・『傀儡』を発動する。
跳び退った中空、不自然にガクンと身体を弾かせるフェアラート。
その表情は底冷えする不敵なもの。
フェアラートが全身に力を込め、カオスの拘束から逃れようとする。
元より完全な拘束、意識の剥奪など狙えない。
相手は英雄級、カオスの特技と相性が悪すぎる。
カオスの全身がぷるぷると震え、「んっくく!」と呻き声を漏らす。
語尾に♪を付ける余裕すら無いようだ。
だが時間稼ぎは十分。
おれが一気に距離を詰めフェアラートの襟首を捕まえるのと、カオスの糸が全て破られるのはほとんど同時。
本当にギリギリ、もうちょっと遅かったら『影化』されていた。
破られた糸をカオスが再度張りなおし、フェアラートの身体を縛り、イアネメリラがフェアラートに、魔力塊を撃ち込もうとするのを必死にやめさせる。
「ますたぁ!どうして!?」
「違和感がある!確認するまで待て!」
不服そうなイアネメリラが渋々了承。
「殿下!」「お兄様!?」「セイ殿!」「フェアラートさん!なんで!?」
異変に気付いた仲間たちも口々に叫び、援護に駆けつけようとこちらに注意を向けるが、おれはそれを止めた。
「お前らは目の前に集中しろ!」
そう、カオスの奮闘で数こそかなり減らしているが、親玉の『餓蛇髑髏』はもちろん、眷属の『蛇頭』も未だ健在。
おれやイアネメリラが手を離せない今、仲間たちにはそっちのケアをしてもらわねばならない。
あれほど激昂したマドカが大人しいのも気になるが、おれも今は目の前のこと。
つまりフェアラートの心変わりを突き止めなければ。
「ますたぁ、何が違和感なの?」
油断無く、彼女らしくない鋭い目つきでフェアラートを睨みつけるイアネメリラ。
「・・・おれには、今のフェアラートが素だとは思えない。むしろこいつの本来の姿は、さっきまでの・・・おれたちの側に居た時の姿なはずなんだ。」
おれの言葉に目を見開くイアネメリラとカオス。
「ますたぁ・・・。」「旦那・・・それは・・・。」
口々に言いよどむ二人の盟友」(ユニット)。
『開放』の効果で動き出したフェアラート、きっとマドカの使役する盟友だったのだろう。
あの時は違うと思った、確かにアンティルールだと。
しかし思い返せば、こいつはアンティルールにのっとっていない。
彼はおれに倒された訳ではなく、自身の特技による『自爆』。
その上おれがフェアラートのカードを手に入れたのは、あくまで人伝て・・・サリカから渡されただけだ。
そこまで理解して、普通なら答えは一つ。
「最初から、おれの盟友になっていなかった。」と。
だが・・・と思う。
全然納得がいかなかった。
わかってるよ、甘い考えって言いたいんだろう?
もしくはおれの願望?一度仲間になった盟友に悪い奴が居ないとでも・・・。
否、それは確信だ。
こいつは、フェアラートは違う。
フェアラートのカードテキストにはしっかりと書いてあった。
それは能力や特技の表記なんかじゃない、彼自身の背景。
【『砂漠の瞳』に所属する、誇り高き暗殺者。その戦果は、『砂漠の瞳』の長である『金色の瞳』リザイアに、「一騎当千に値する。」とまで言わしめた。しかし、彼は金では動かない・・・彼が動くのはあくまで義の為、情の為。故にフェアラートは、非戦闘員や民間人を決して狙わない。】
このテキスト、そしておれの召喚に応じた時、心に伝わってきた感情の奔流。
アフィナにお礼を言われた時、柄にも無く照れていた横顔。
全てが符合して、どうしようもない違和感になっていた。
■
おれに捕まれ、カオスに縛られたままのフェアラートに、魔力の揺らぎを感じ取る。
チリリと首筋に悪寒。
いつもの危険察知で周囲を一瞬見渡しても、仲間たちとマドカはこう着状態。
すぐにどうこうなる雰囲気じゃない。
(何だ・・・?『自爆』か!)
おれが気付くよりも早く、イアネメリラが問答無用、『忘却』を発動した。
遅延は数秒、迷ってる暇は無い。
「フェアラート!戻って来い!」
叫ぶ・・・ただただ「届け!」と願い。
フェアラートの濁っていた虹彩が、一瞬焦点を合わせ小さく、本当に小さく「主・・・様・・・。」と呟く。
眉根を寄せ、ひどく辛そうに、それでも『自爆』を踏みとどまったのがわかった。
確信に真実味が加わる。
(やはり・・・フェアラートは苦しんでいる!)
己が本意と違う、それこそ『略奪者』の悪意とでも言うべき支配に、彼は必死で抵抗している。
フェアラートが掠れた声を搾り出す。
「主・・・様!こ・・・殺して・・・!自分を・・・殺し・・・てくださ・・・い!もう・・・抑えられ・・・ないんです!・・・蟲がっ・・・!」
つぅーっとその瞳から一筋涙が零れ、「自分を殺せ。」と彼は言う。
誇り高き暗殺者のはず・・・英雄のはずの彼がするには、余りにも悲しい決断と懇願。
そのやり取りで、イアネメリラとカオスも完全に事態を飲み込んだ。
二人の期待と祈りを込めた視線が、等しくおれを貫く。
盟友が、仲間が闘っていて、見捨てられるのか?
(否・・・断じて否だ!)
絶対に看過出来ない、していい訳が無い。
頭の中、フェアラートが必死で訴えた情報と、手札のことが渦巻いていた。
彼は今確かに言った・・・「蟲が」と。
その言葉が意味することは、『地球』のカード知識にヒットする。
間違いなく『獅子身中の蟲』の魔法だろう。
罠魔法の一種であるそれは、付与されたカードを相手の『魔導書』へ、強制的に贈り付ける。
本来なら使えない弱体が強力な盟友や、呪われた装備などを押し付けるのが目的だ。
優秀な盟友であるフェアラートにかけられていた理由も、なぜ強制的に『魔導書』に封入されなかったのかもわからないが、今は考えないことにする。
そう、大事なのは打開策。
思い当たったくだらない罠と、カオスを召喚する際・・・オニキスの追加効果で引いた一枚。
引いた時はいまいちわからなかった。
何を意味しているのか・・・どのタイミングで使うのか。
だがきっと、おれのドローに無意味な物なんて無い。
『鉛喰い』が現われた時は、「ここか?」とも思ったりしたが・・・違った!
これが、このタイミングこそが重要だったんだ。
(また「デビルドロー」って言われるな・・・。)
こんな状況でも思わず微苦笑が浮かぶ。
幼馴染の・・・降りかかる障害を全て、細腕に似合わぬ鈍器で粉砕する真っ直ぐな少女。
きっと今もおれや竜兵のため、フローリアで一人奮起しているであろうウララ。
アイツに習っておれも、自分の仲間くらい余裕で救ってやるさ。
「ますたぁ・・・。」「旦那・・・。」
「任せろ。」
突然苦笑いしたおれに、不安そうな声をかける二人の盟友を安心させるため、ことさらにはっきりと告げる。
「主・・・様!が・・・あああああああ!こ・・・!殺してっ!」
額に大量の汗を浮かべ、口角から泡を噴きながら、それでも自身を押さえつけ、必死に身悶えるフェアラート。
あくまでも「自分を殺せ。」と願う男に一言。
「フェアラート、ちょっと痛いぞ?我慢しろよ!」
フェアラートが一瞬、ほんの一瞬だけ呆けた表情になるのを端目に、おれは『魔導書』を展開した。
迷わず一枚を選択し、その場で即発動する。
『内部破壊』
魔法名を宣言すれば、おれの左腕・・・フェアラートの襟首を掴んだ指先に、闇色の魔力光が集まってくる。
集まった魔力光がおれの手を経由して、フェアラートの身体へ潜り込んでいく。
直後・・・彼の身体から、ボゴンッ!ドゴンッ!っと、およそ人体が奏でてはいけない音が響き、おれの手に掴まれたまま前後に激しく揺さぶられる。
「ぐっ!があ・・・あああ!!!」
叫ぶフェアラート。
(済まんな、こんな方法しかない。だがおそらく・・・。)
ごぷりっと嫌な音を漏らし、フェアラートが体内から異物を吐き出した。
現れたのは蟲・・・!
そうとしか形容のしようが無い、どこか百足を髣髴とさせるような体長1mほどもある蟲。
フェアラートを縛っていた悪意の化身、『獅子身中の蟲』の正体は、体外に放出されると同時、光の粒子を撒き散らし虚空へ消える。
おれが使った闇属性魔法『内部破壊』、本来の用途は『魔導兵器』に乗り込む搭乗員本人や、強固な鎧に身を包む敵、或いは核を内包する異界の盟友など・・・所謂、外が硬くて中が脆い相手に使う代物。
きっと「人体に向けて使用してはいけません。」って書いてある気がする。
だがそれを、独自の解釈で今回使わせてもらった。
「蟲」が「体内」に居るなら、そいつだけを狙えるはずだ・・・と。
むしろそうでなければ、おれがあのタイミングでこのカードを引いた意味が無い。
そして狙いは的中。
完全に自我を取り戻したフェアラートは、片膝を地に突き臣下の礼。
「主様・・・二度も貴方に剣を向け・・・!」
「構わん。働きで返せ。」
呟くように、されど慟哭するように、言いかける言葉を途中でぶった切り、あえて突き放す。
こいつの性格上、きっと優しい言葉なんて求めちゃいない。
そんなの・・・この短い付き合いだってわかるぜ?
フェアラートは眩しそうにおれの顔を見上げ一つ頷くと、今までで一番はっきりと宣言した。
「この命に代えても!」
そして彼は、静かにおれの横に並び立つ。
イアネメリラが斜め後ろ中空に控え、カオスがくるくると回る。
他の面々が、『蛇頭』を屠りながらもほっと一息。
ヴィリスに目配せを送ると、彼女はしっかり頷いた。
それは事前に打ち合わせたことが成った合図。
奴ら『略奪者』の、最も悪質な点「不利になったら転移で逃げる。」を、彼女の海魔法結界が封じたということ。
(あいつは気付いているか?)
不気味なドクロ面の男、表情は読めないままだが・・・。
おれは奴を見据え、呼気を整える。
さぁマドカ・・・お前の悪あがきは、しっかりとぶち破ったぞ。
そろそろOshiokiの時間だな。
いつもお読み頂きありがとうございます。
良ければご意見、ご感想お願いします。
※前の方を読み返していてビックリ!
()の中って、いつのまにかルビになってたんですね!
読みやすいかも!ってのと共に、魔法名に付くルビがすげー厨二wヤダーw
左手人差し指に40kgの鉄塊を落下させた作者近況でしたorz
セイと違って右利きで良かった!