・第十五話 『生贄』
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異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈は今頃、どんな景色を見ているのだろうか?
兄貴は今日、湖の上を歩いたよ。
その先の景色もとても素敵なものだったけど、おれはキレた。
もちろん景色とは別の件だ。
たとえ異世界でも、越えちゃいけない一線ってあると思うんだ。
■
湖を越えて町に入ると、そこは花と緑に溢れる平和そうな町並みが広がっていた。
(とても戦争前の国なんて思えないな・・・)
そんなことを考えながら、道行く人々を観察する。
街はまるで、妖精と精霊の見本市のようだった。
エルフやドワーフを筆頭に、小さな羽根妖精や小人族、木の様な肌や草花の髪をした樹人族、宙を漂う火や水の精霊なんかが、穏やかに生活しているように見えた。
創作物なんかだと、エルフとドワーフの対立なんかは良く描かれるが、この国、この街ではそんなこともないらしい。
おれは、念のため『双子巫女』の塔から持ち出した、ローブのようなものを羽織り、湖上で施した隠密行動の補助魔法『影歩』をいつでも発動できるようにしている。
妖精族の街で人族は目立つらしいしな。
ロカさんにも一応、箱の中に隠れてもらっている。
精霊族の中には、ロカさんの姿を知ってる奴がいるかもしれないからな。
おれはそんなに目立つ格好では無いらしいが、なぜか道行く人々が一瞬固まった後、そそくさと距離をとる。
しまいには小さな集団を作り、何事か相談しだした。
いやな予感がする。
しかしなぜ?
彼らのひそひそ話と視線の先はおれではなく、アフィナらしい。
自覚はあるのか、おれの陰に隠れようと身を竦ませるアフィナ。
そんな彼らの声が断片的に耳に入る。
「・・・やっぱり『風の乙女』」「・・・逃げたんじゃない?」「・・・忌み子の生贄」
一瞬、体内で血が沸騰したような感覚を覚える。
(『生贄』だと・・・?)
おれは即座に『影歩』を発動し、アフィナの襟首を掴んで裏道と思しき枝道に駆け込んだ。
「ちょっ!セイ痛いよっ!」などと、小声で抗議してくるが今はそれどころじゃない。
周りに人影が無くなったのを確認し、おれはアフィナを解放する。
「おい、『風の乙女』ってのは、一瞬で街がザワめくほど有名人なのか?」
おれの問いかけに、つーっと目線を逸らし「いやー、タハハ・・・」と乾いた笑いを漏らすアフィナ。
答えを渋るアフィナを目線で促す。
「んっと、『風の乙女』が有名というか・・・ボクが・・・かな」
「どういうことだ?忌み子ってのはそこまで忌避されるものなのか?」
さっき街の人々が漏らした呟きの補足を求める。
「うんまぁ・・・」そう言ってアフィナが、ポツリポツリと重い口を開く。
その話によると、もともと寿命の長い妖精種は子孫繁栄の能力が乏しい。
それは同種族でもそうなのだが、特に異種族同士で子を成す事は一万人に一人とかの、ばかげた確率の話らしい。
そしてそのばかげた確率を成し遂げた双方にも、大抵不幸が訪れる。
それは莫大な寿命の消耗。
平均寿命が1000歳近い、エルフやドワーフであるアフィナの両親も、約100歳前後で他界しているらしい。
実に人生の九割とは・・・おれにも十分禁忌と言える行動に思えた。
両親の寿命を食らって産まれる子供、『忌み子』とはそんな存在。
ゆえにこの禁忌を破った親はもちろん、子供も永年の迫害を受けると言う訳だ。
「それにね・・・ボクのお母さん、先代の『風の乙女』シイナは、この国の大臣様の家系でね。ミッドガルド家って言う、れっきとした貴族様なんだ。今の大臣様・・・一応ボクの祖父に当たる方なんだけど、お母さんの行動に激怒しちゃってね、苗字も取り上げられちゃったくらいなんだよ。」
本来なら由緒ある貴族のお嬢様だったと言うわけか。
この世界、相変わらずテンプレははずさない。
言うべき事は終えたとでも言うのか、ほぅっと息を漏らすアフィナ。
だが、おれが本当に聞きたいのはそこじゃない。
「まだ隠してる事があるだろう?『生贄』ってのはなんだ?」
更に視線を強めたおれに、「うっ・・・」っとばつの悪そうな顔をするアフィナ。
「・・・大臣様お抱えの占い師様がね、現在の悪い星の流れは『忌み子』のせいだって。だから『忌み子』を生贄にして『双子巫女』様の結界陣を再強化して、それにボクが志願したことにすれば、先代『風の乙女』が起こした不祥事も緩和されるだろうって。」
なんて理不尽だ・・・。
自分でも気付かないうちに拳を握り締めていたのか、おれの手をアフィナがそっと自分の手で包み込みながら続ける。
「でもねセイ、不安だったけど決定に従って派遣された結界塔で、子供の居なかったセル様、ネル様はボクを自分の娘のように可愛がってくれて。生贄なんて間違ってるから、なんとか別の手段を探そうって仰られて、それで『流転』を使ったの。」
そんな背景があったのか。
たしかにあの理知的な老婆たちが、なぜリスクだらけの『流転』なんてものに頼ったのか?それはずっと疑問だったんだ。
「その事を王は?」
「詳しくは知らないと思う・・・あくまでボクが自分で志願したことになってるし。」
自分の祖父を「大臣様」と呼び、寂しそうに微笑むアフィナは、とても15歳の少女のようには見えなかった。
■
それにしてもだ・・・。
大臣のお抱え『占い師』とか、怪しさが天井知らずなんだが。
こういう場合、大抵その『占い師』が陰謀の黒幕だったりするんだろ?
それが示した策も『生贄』とか・・・
『生贄』、ゲームだった『リ・アルカナ』にも存在したが、おれが断固として使わなかった行為。
更に強力な盟友や術を使うために 己が盟友を対価にする。
偽善と言われても、おれには絶対に看過できない。
そんなことをするくらいなら、おれは対価に自分の生命を差し出す。
だからおれの『魔導書』に、『神』は居ない。
『神』の召喚はみな『生贄』を求めるからだ。
自分の中で、マグマが煮えたぎってるんじゃないかと思うほど、心が熱い。
ふざけるなよ・・・いくらアフィナが『忌み子』でも、『占い師』とやらの暗躍があったにしてもだ。
当人がたとえ不本意だったとしても、血を分けた孫なんだろ大臣?
それにこいつは、両親を失った美祈と一歳しか変わらない子供なんだぞ?
アフィナの本当の境遇を聞いたせいか、自分でも驚くほど憤っている。
「ロカさん、聞こえてるか?」
おれの問いかけに、箱の中から「無論。」と返答が返ってくる。
「『魔霧』毒無しで、視界阻害増し増しで頼む。」
「承知。」
箱から飛び出したロカさんに魔力を譲渡し、殺傷力を抑えた『魔霧』を発動してもらう。
「ちょっ!セイ!?」慌てるアフィナに、おれは自分の着ていたローブを脱いで少し乱暴に被せ、自分は『影歩』の効果を強化して影を纏う。
「おい、フード被っとけ。」
「突然なにっ!?きゃっ!」
意味がわからないだろうアフィナを強引に抱えると、おれは少しだけ力を込めて走り出す。
「なんなの・・・?」とか呟きながらも、諦めたのか素直にフードを深めに被るアフィナ。
その姿を確認し、おれとロカさんは霧がたちこめた街へ飛び出した。
「主、宮殿か?」
「ああ、ちょっと急用ができた。」
腕に抱えたアフィナが驚いているが、美祈にいつもしていたように(・・・)ポンポンと頭を二回撫ぜてやる。
どうしてだろうな?なんか自然にやっていた。
それでなぜか安心したのか、安堵の表情を見せてギュっとおれにしがみつくアフィナを抱えなおし、一気に走る速度を上げ『マルディーノス宮殿』へと向かう。
「主、道程は我輩に任せるのである。」
そう言って2mほどの戦闘モードになり、かなり高速で走るおれたちを置き去りにして、ロカさんが先行する。
相変わらず、ロカさんの男前が止まらない。
おれが女だったら惚れているだろう。
濃い霧に煙る街の中、宮殿にはあっさりと着いた。
入り口付近などに、衛兵のような者が数人倒れていたが眠っているだけだろう。
遠目からだが負傷の様子も見えないし、定期的に胸が上下している。
(まぁ、ロカさんが眠りの霧でも使ったんだろうな・・・)
わかりやすい造りだな。
まさに神殿の様相を呈す建物内。
ただただ直線の続く、赤絨毯の巨大な回廊を進む。
宮殿内に入っても外と状況は同じようで、謁見の間と思わしき大きな扉の前まで、活動する人間とは(・・・)誰とも会うことは無かった。
「主、この先は超古代級の結界がある。街を覆っている神代級ほどではないが、範囲を限定することによって強度を上げているようである。」
扉の前でロカさんと合流し、抱えていたアフィナを降ろしてやる。
「ありがとうロカさん、ここまでで大丈夫だ。おれはあくまでも『話し合い』に来ただけだからな。」
「承知。」と言う言葉を残し、箱に消えていくロカさん。
自分でも声が冷たくなっていたのはわかったが、おれはアフィナの手を引いて謁見の間の扉に手をかける。
「・・・セイ。」不安そうなアフィナの頭をもう一度、ポンポンと撫でてやってから、扉へ力を込めるとゆっくりと観音開きの扉が開いていく。
おれはこの世界で、容赦も遠慮もしない。
まぁできるだけ隠密行動は心がけたいが・・・
正直襲撃さながらの登場になるが、おれの逆鱗に触れたんだ、諦めろ。
おれはゆっくりと、謁見の間に足を踏み入れた。
さて、鬼が出るか、蛇が出るか・・・。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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