・第百五十話 『歌鮮姫』
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異世界からおはよう。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、何かしらの悪意を感じるよ。
兄貴の交渉相手、またもや幼女とは・・・。
『カードの女神』と言い、『闇の乙女』と言い、この世界は幼女に重役をやらせる癖でもあるんだろうか?
いや、交渉といっても大したことする訳じゃないんだがな。
「オレ、オマエタチ、タスケル。インディアン、ウソ、ツカナイ。」的な。
これで事足りるはずなんだ。
すまん、わかってる。
おれはインディアンでもないし、カタコトになる必要もない。
ちょっと逃避したくなっただけじゃないか・・・。
おそらく、たぶん、きっと・・・秋広の呪いなんだ。
おい、せめてこの世界の貴族王族で話を付けろよ!
なんで全部おれに丸投げなんだ?
■
珊瑚礁へと墜落したエイゾンビが、切断された両翼の傷口から暗闇を撒き散らす。
その闇を媒介に、フェアラートが更に転移。
闇から突き出た二本の刃が、巨体をただの肉塊へと変える。
その度に噴き出す体液というか、おそらくは瘴気のようなものが、フェアラートに吸い込まれるように収束していく。
そして彼の掌に集まった闇は、最初から無かった物の如く忽然と消失する。
砕けた珊瑚礁に確かな存在の証を残しつつ、仮初めの命で動いていた哀れな骸は、いつのまにか一枚のカードに転じていた。
エイ型の魔物ゾンビを容易く葬り、現れたカードを掴んだかと思うと、甲板に出来た影の中に姿を現すスキンヘッドの暗殺者。
まさにその動きは『影人』・・・奴の称号通りな所作だった。
「フェアラート、ご苦労。」
怯えを孕むアフィナの視線を背中に受けつつ、なればこそ少々尊大に彼を労う。
おれの盟友になったからには、そんな考えも雰囲気として伝わってしまうのだろうが。
フェアラートは、「いえ。」と短く答え丁寧に一礼。
おれの側まで歩み寄り、恭しく手にしたカードを差し出す。
「『イビルマンタ』か・・・そのままだな。」
カードを確認し、思わず呟く。
どうやらゾンビではなかったらしい。
おれの記憶には無かったが、これも異界の盟友だった。
テキストを見ると、どうにも厄介な能力を持っているらしく、今回フェアラートが居てくれなければ問題が悪化したかもしれない。
それは盟友型『汚染』のような物だった。
案の定、エイが撒き散らしていた暗闇は生者に良くない物のようで、倒された後も周囲を異界化してしまうらしい。
いかにもマドカが使いそうな盟友だ。
カードを『図書館』に収納しつつ、そんな闇の中を出入りしていたフェアラートは大丈夫なのか?と、気になり聞いてみる。
「フェアラート、身体は大丈夫か?」
「はい、問題ありません。」
間髪入れず答えるフェアラート。
本人がそう言うなら平気なんだろう。
次いで海中、ヴィリスが何かを抱え上げて戻ってくる。
何かと言ってもわかってはいるんだが・・・。
彼女が抱えてきたのは見るからに幼い人魚。
まったく身動きする気配が無いところを見ると、気でも失っているのだろうか?
最悪の事態だけは回避できたと思うんだが・・・。
その容姿はまだはっきりとは見えないが、状況的にもあれが『歌鮮姫』リューネで間違い無いはずだ。
水泡まで到達したヴィリスが、「イアネメリラ様、お願いします。」と声をかけてくる。
「はぁ~い。」
おれの斜め後ろ中空で待機していたイアネメリラが、ヴィリスの意図を汲み重力制御の魔法を発動した。
水泡からゆっくりと甲板へ、幼い人魚が降りてくる。
ヴィリス同様、鮮やかな緑の髪を肩口程で切りそろえ、小さな桜色の唇とやたら長い睫毛を持つ相貌を、きゅっと引き締めている。
確かに美形、十年もすれば男を魅了して止まないであろう、美貌の片鱗が見て取れた。
幼女はヴィリスとは違い「ホタテビキニ」では無く、白いタンクトップのような服を着ている。
(ああ・・・間違いないな・・・。)
完全に『地球』のカードゲームで見た姿と一致する。
彼女の姿を見止めたオーゾルが、「お・・・おおお・・・リューネ様・・・。」なんて呟き、若干ハァハァしながら吸い寄せられるように歩み寄っていく。
リューネに手を伸ばし、その身体を受け止めようとするおっさん。
その目に怪しい光(偏見)を見て取ったおれは、止むおえず代わりに受け止めることにした。
いや・・・偏見じゃないかもしれない。
アフィナとシルキーがおっさんをがっちり捕まえている。
彼女達も潜在的犯罪者の存在に気付いたらしい。
まぁ二人とも覗きの被害者だしな。
(軽いな・・・。)
重力制御のせいだけでもないだろう。
年齢八歳と考えれば当然かもしれない。
そんな感想を抱くおれの腕の中へ、幼女は淡い燐光を放ちながらふわりと着地した。
■
ヴィリスは今、船を『王都アクアマリン』へ向け転進させている。
もちろん行きとは違い、人に負荷をかけない程度の速度だ。
フェアラートは自ら立候補での周辺警戒中。
まだまだ何かありそうだしな。
それは奴にも何となく感じているところがあるらしい。
甲板上ではアフィナがリューネへ回復魔法をかけ、気を失っている幼女へと無闇に近寄ろうとするおっさんを、イアネメリラとシルキーが視線で牽制している。
自国の王女だからな・・・変態で無ければ別段おかしな行動には見えないんだが・・・変態だからな・・・。
そして幼女はなぜかおれの腕の中で熟睡中。
うん、どういう状況だコレ?
いや、なんか降ろそうとしたら女性陣からすこぶる反対されてな・・・。
床に毛布でも敷けば良いんじゃないか?と思ったんだが、そういう問題でも無いらしい。
どういう問題だよ・・・?
「んっ・・・んぅ・・・。」
短い呻きと共に、幼女の長い睫毛がふるふると揺れる。
少しずつ瞼が持ち上がり、これまたヴィリスそっくりなマリンブルーの瞳が開かれていく。
完全に開いた目がおれを見据え、未だ意識が定まらないのだろう、こてんと音がしそうな勢いで首が傾げられる。
「目が覚めたか?」
努めて優しく、ずっと一人で逃げ続けていただろう幼女へ声をかけた。
幼女はまじまじとおれを見詰め、突如得心したかのように言葉を発する。
「・・・王子・・・様!」
仲間たちが一斉に、「ぶふーっ!」と噴き出す。
おれは今、明らかな渋面になっているはず。
努めて優しくが持続不可能である。
「・・・違う。」
なにがどうしてそうなった?
理解は及ばないがとりあえず否定しておく。
幼女はおれの言葉など聞いていないのか、腕の中でワタワタと暴れ始め、確かに歌が巧いのであろう美声で騒ぎ出す。
「ああ!わたくしの祈りが通じましたのね!オーディア様感謝致します!絶対の窮地に現れ、わたくしを颯爽と助けて下さったのがこんな素敵な殿方だなんて!きっとアレですわ!記憶にはございませんが、キ・・・キスで起こされたのですよね!?古来よりそうですわ・・・眠り姫を起こすのは王子様のキスって決まっていますもの!その先は決まっています。そう、けっ・・・結婚ですわ!でもでもわたくし・・・まだ八つですのよ!?気が早いですわ・・・いいえ、早すぎます!・・・ですが母上は12歳で結婚したと言いますし・・・あと四年、そうですわね。あと四年、お待ち頂ければ良いのですわ!これが・・・わたくしの運命ですのね!?」
口を挟む暇も無い・・・ただただ、勘違いがすげぇ・・・。
窮地を颯爽と助けたのはヴィリスだし、起こしたのはアフィナの回復魔法だ。
この世界の八歳ってこんなにマセてんのか?
それに・・・なんか色んな童話が混ざっている気がするぞ。
人魚姫とか、白雪姫とかな。
ひとしきり悶絶(おれの腕の中で)した後、急にキリっとした表情を見せるリューネ。
「と言うわけで、式は四年後にお願いしますわ!それまでは婚約者と言う事で!」
いや、何が「と言うわけで」だよ?
おれは盛大に嘆息した。
■
状況を説明することしばし。
やっと納得したような幼女と、床に手を突きがっくりと項垂れるオーゾル。
なんでお前がそんなに落ち込んでるんだよ・・・。
不吉な呟きが聞こえてくる。
「リュ・・・リューネ様が嫁に・・・。このオーゾルは・・・どうすれば?いや、真の漢はYes!ロリータ、No!タッチですぞ。それにセイ殿ならリューネ様をきっと幸せに・・・。ですが、リューネ様はまだ八歳、まさかセイ殿も・・・漢なのですかな?同好の志なのですかな?」
おい、結婚なんてする訳ないだろ!
それとおれを勝手に同志にするな、そっちは秋広のテリトリーだ!
え?幼女?
現在進行形でおれの腕の中、ずっと上目遣いで見つめてきますが何か?
まて!通報はやめろ!おれは無実だ!
仲間たちの生暖かい眼差しが不快だぞ。
元はと言えばお前らが、抱いとけって言うからおかしくなったんだろうが?
どうしてこうなった。
それはともかくだ。
情報の擦り合わせと、これからの行動を決めないとな。(逃避
「では・・・皆様は我が国の窮地に、フローリアから援軍に来てくださったんですのね?」
「ああ・・・と言っても、こっちの都合もあるんだがな。」
おれの返しにリューネは全員を見回し、「・・・そうですわね。何かご事情がありそうな方々が集まっておられますもの・・・。」と呟く。
若干八歳とはいえ、なかなかに聡明らしい。
「王都は・・・アクアマリンはどうなっていますの?」
「王都か・・・。」
質問に答えが詰まる。
だが、聡明な彼女はそれだけで察したらしい。
さっと表情を曇らせ、「絶望的ですのね・・・。」と一人ごちる。
「・・・とりあえず今、おれの仲間が結界の修繕に向かっている。おれたちはその間に街を取り戻さなきゃいけない。リューネ・・・お前の歌が鍵になるだろうが・・・できるか?」
竜兵の安否にも気持ちを馳せながら、八歳の幼女に頼らざる得ない状況を憂うしかない。
そんなおれの様子に気付き、そっと小さな掌を重ねてくるリューネ。
「もちろんですわ。わたくしが必ず街を浄化してごらんにいれます!ただ・・・その後は、お力をお貸し下さいまし・・・。」
発した言葉は十にも満たない幼女とは考えられないほど力強く、為政者の威厳をしっかりと含んでいた。
だが、彼女の最後に続けた助力を願う言葉、その時にはっきりと気付く。
リューネの手は小さく震えていた。
(当たり前だよな・・・。リューネは父母も、頼れる者も皆失っているはずだ。)
おれは仲間たち一人一人を見回し、最後にリューネを見てしっかり頷きを返す。
たくさんの言葉は要らない。
たぶん彼女もそんな物は求めていない。
おれは一言だけ、万感の思いを込めて彼女に告げる。
「任せろ!」
リューネの表情がパーッと明るくなる。
それはまさしく歳相応の笑顔だった。
突然がばっとおれの首元に抱きつき、彼女はすぐに照れくさそうに身を離す。
そしておれの腕からするり抜け出すと、計算された淑女のような上目遣いで言った。
「あ!あの!わたくし・・・貴方様を・・・お兄様と呼んで良いですか!?」
(お兄様か・・・。)
『地球』でおれを待っているであろう妹の事を脳裏に浮かべ、おれは自然と微笑んだ。
「ああ、好きに呼べ。」
「は、はい!お兄様!わたくしを・・・この国をお救い下さいませ!」
この日おれに、二人目の妹ができた。
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