・第百四十七話 『汚染(プルート)』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、事件は会議室で起こってるんじゃない。
そう、事件は兄貴の前でいつも起きるんだ!
ごめん、自分で言ってて悲しくなってきた。
アイツはどこで道を踏み外したんだろう。
それとも、おれたちの考え方がおかしいって言うのか?
いや、違うだろ。
それが例え、己の意にそぐわぬ異世界でも、やっていいことと悪いことがある。
むしろ『地球』の記憶があるならばこそ、絶対に取ってはいけない手段。
そこに手を付けたアイツは、もう戻れないだろう。
ならせめて、同郷の人間が後始末をしてやるしかない。
これだけは言っておくぞ。
公害、ダメ、絶対!
■
『王都アクアマリン』・・・『深海都市ヴェリオン』最大の街にして、首都。
その街は海中深くにあるというのに、空気も陸地も存在していた。
切り立った崖面を背負い、仄かな緑光をまとうドーム状結界に守られて、歴史情緒豊かな町並みが見渡せる。
特に目立つのは、王城の中心を真っ二つに割るように、崖面から清廉かつ勇壮な滝が流れていること。
正直湿気がすごそうだが、人魚や水棲系獣人が住むには都合が良いのかもしれない。
そしてその滝を皮切りとした運河が、街の縦横に張り巡らされている。
街路には、いかつい鎧で武装したリザードマンの衛兵や、水棲の花束を売り歩く人魚。
売り物を背負った人族の商人を、対岸へ送り届ける亀人の船頭。
ファンタジーな住人が多いが、ちょうど・・・『地球』で言うところの水の都。
所謂、イタリアのヴェネツィアにも通じる感がある。
数々の難関を乗り越えて辿り着いた先。
おれはカードゲームの知識、そのイラストからそんな風景を想起していたのだが・・・。
「なぁオーゾル・・・これは・・・普通じゃないよな?」
おれの横で青ざめているおっさんへ、問いを投げかけながらも確信する。
「・・・一体・・・何がっ!?」
この国出身であるオーゾルが錯乱し、叫んでしまうのも止むおえないことだ。
おれたちの目の前に広がっていたのは、淡い緑光を放つドーム状の結界でも、清廉な水飛沫をあげる滝でもなく、毒々しい紫の結界と茶色く淀んだ汚水を垂れ流す滝だった。
更に輪をかけて不気味な点がある。
外から見ればこんなに瘴気漂う空間で、住人と思われる雑多な種族が、平然と日常生活を送っていた。
そう、世界が明らかに歪んでいると言うのに、人の営みだけが正常。
そこがかえって気持ち悪かった。
「まさか・・・こんな・・・。」
きつく己が得物、三叉槍を握り締めたまま、呆然とヴィリスが呟く。
彼女も出奔したとは言え、この国の王族だったんだ。
当然良い気分じゃないだろう。
アフィナやシルキーも声は無い。
二人でぎゅっと手を握り合い、物言わずその光景を見つめている。
原因・・・と言うか、元凶はわかっている。
間違いなくマドカの仕業だ。
「ますたぁ・・・。これは『反転』?」
イアネメリラがおれの腕を抱き、ついぞ最近使われたばかりの魔法を疑った。
パッと見はそう見えるかもしれない。
だがこれは違う。
『反転』ならば核となる楔、モノリスが現れないとおかしいし、大抵の場合『反転』された土地は、その上に住む者へ影響を与える。
生きながら腐っているような土地の中、人だけに影響が無いなんて・・・。
いや、影響はあるんだろうが、それに気付けないだけか。
「これは『反転』じゃないな。」
確信を持って否定された言葉に、他のメンバーの視線も自然とおれに集まる。
「殿下・・・心当たりがお在りですか?」
代表するようにヴィリスが問いかけ、おれは「・・・まぁな。」と答えた。
目の前の光景、と言うよりもこの状況に覚えがある。
「これは『汚染』だろう。」
おれの言葉に小首を傾げる仲間たち。
数瞬後、イアネメリラとヴィリスが揃って、ハッとした表情になる。
二人には思い当たる物がある・・・つまりはアレだ。
盟友にはわかっても、この世界の住人たちにはわからない魔法。
『地球』のカードゲームでしか、存在していなかった魔法だってことだ。
それも効果のことを考えたら、当然なのかもしれないな。
「セイ、『汚染』って?」
思考の波に沈みかけたおれを、アフィナの声が呼び戻す。
「ん・・・ああ・・・。」
なんと言って良いか・・・。
たぶんこの世界の住人には理解できない、その魔法の効果。
こんなもの、その土地で実際生きている人々にとっては悪夢でしかない。
おれは少し迷ったが、結局そのまま伝えることにした。
■
「土地を・・・汚す?」
「ああ。」
繰り返すアフィナの声が硬い。
だがおれも、そうとしか言いようが無い。
もちろんそのことによって起こり得る、諸々の問題はあるのだが、『汚染』の主目的はそこにあるのだ。
きっとそんな魔法、この世界にはそうたくさんは存在していないのだろう。
当たり前だ。
自分の住む場所を汚したい者など、本来居るはずがないのだから。
強いて言うなら、『聖域の守護者』ティル・ワールドが放った魔法『終末』が、それに近いかもしれない。
だがあの魔法の使用目的も、人を殺す為の物だったように思われる。
そういう意味でも『汚染』という、土地そのものに害をなす魔法は異質なんだろう。
「セイさん、『汚染』で土地が汚れると・・・どうなるの?」
シルキーは聡明だ。
問題の本質を図ろうとしているとも言える。
「色々問題はあるんだが・・・まず、人が住めなくなるな。」
「「「なっ!?」」」
アフィナ、シルキー、オーゾル、この世界の住人が一斉に驚きの声を上げる。
おれは悲しげに目を伏せる二人の盟友、イアネメリラとヴィリスを尻目に説明を続けた。
「おれの居た世界で使われた『汚染』の魔法は、配置された土地を汚し、その恩恵を消失させる。例えば・・・この結界とかもそうだな。今は拮抗してなんとか体裁を保っているようだが、この後ドンドン弱体化されるのは目に見えてるな。そうして一定時間経つと・・・。」
一度言葉を切ったおれを、シルキーはじっと見つめてくる。
たぶん話の前後でわかったのだろう。
「一定時間経つと・・・?」
促すようにアフィナが呟き、誰かがゴクリと喉を鳴らす。
「その土地は完全に破壊される。上に立ってる奴も諸共にな。」
要は時限爆弾だ。
時間がかなり長めなのは救いだが、それでもこの雰囲気なら一、二日しか持たないだろう。
沈黙する一同。
これがカードゲームだってんなら、確かに有効な一打だろう。
だがここは現実、異世界『リ・アルカナ』だ。
(マドカよ・・・そこまでするのか?)
そんなに親しくなかったとは言え、面識のある同郷の人間が繰り出した一手に、おれも憤りを禁じえない。
(そうか、お前はもう戻れないところまで踏み込んだんだな。)
そのことに気付き、少しだけ寂しい気持ちになった。
「セイ殿!解除方法は!?」
意を決し、オーゾルが叫ぶように問いかけてくる。
己が故郷に向けられた悪意の牙に、その語気が荒くなるのも仕方の無い事だ。
おれは一つ頷き、「ある。」とだけ答えた。
解除方法はある・・・もちろん簡単ではないが・・・。
「一つは浄化だ。広域の・・・それこそ、この都市全部を覆い尽くすくらいの浄化魔法。」
おれの言葉と視線の先、シルキーに全員が注目する。
彼女は申し訳無さそうに俯き、フルフルと弱く頭を振った。
「ごめん・・・とても無理だよ。」
(だろうな・・・。)
如何に規格外、『一角馬』の王女と言え、今までの行動からも彼女がそこまでの力を持っているとは思えなかった。
それこそ、ウララクラスの力があればできたかもしれないが。
「ますたぁ・・・一つはって事は、まだあるんだよね?」
言葉尻を捕らえたイアネメリラの問いに、静かに首肯を返す。
もちろんある・・・が、それは浄化よりもっと難しいだろう。
黙考していたオーゾルが当たりを付けた。
「もう一つは・・・術者の排除ですかな?」
「そうだ。」
あの魔法は設置型じゃない。
土地を破壊するまでは、ずっとその場で魔力を送る必要がある。
そこを強襲されれば魔法は止まるし、術者本人にも危険が及ぶ。
だからこそ、アイツの・・・マドカの本気さが伺えた。
おれは仲間たち一人一人の顔を見つめた。
「やることはわかった。」そう言いたそうな仲間たちが、それぞれしっかりと頷きを返してくる。
問題はマドカがどこに居るのかだが・・・。
当然見える所には居ないだろう。
いやむしろ、巧妙に隠れていると思った方が良い。
(どうしたって偵察が必要か・・・。)
「セイ殿、このオーゾルが偵察に出ますぞ。」
おれの思考を読むように、確固とした意思をその目に宿したオーゾルが宣言する。
確かに彼は『隠密』の特技を有している。
それは知っている、だが・・・危険だ。
さすがに一人で行かせるのは忍びない。
「セイ殿・・・リューネ様の安否も確かめたいのですぞ・・・。」
それを言われると弱い・・・。
八歳の女王が今どうなっているのか?
おれたちにはそれを窺い知る術が無い。
「ふぅ・・・わかった。」
ため息一つ、おれは決断した。
「では!」と一声、さっそく動き出そうとするオーゾルを手で制す。
マドカじゃないが、保険の大切さは身に染みて居た所だ。
訝しむオーゾルに、「まぁ待て。」と声をかけながら、おれは『図書館』を展開、一枚のカードを抜き取る。
そして『魔導書』の一枚と入れ替えた。
(使うこと・・・無いと思ってたんだがな・・・。)
「魔導書」
目の前に浮かび上がるA4のコピー用紙サイズ、六枚のカード。
自分でも気持ち悪い引き、さっき入れたばかりのカードが、ちゃんと手札に入ってくる。
ウララが見たら、また「デビルドロー」って言われるんだろうな・・・。
そんな益体も無い事を考えながら、二枚のカードを選択。
灰色のカード一枚が、目の紋章三つに変わり、金箱に吸い込まれていく。
中空に浮かぶ光るカードを見据え、召喚の理を唱えた。
『砂漠の瞳の暗殺者、影に漂い泳ぐ者、我と共に!』
理を聞いたイアネメリラが眉を顰める。
彼女には誰を呼んだのかわかったらしい。
船上が輝く召喚光に照らされる。
光が収まればそこに・・・こげ茶の皮鎧と、ぴったりとした黒い服に身を包んだ男が傅いていた。
奇怪な文様のタトゥーが彫られたスキンヘッドの頭を、深く低く下げ続けるその男。
「主様・・・先日の非礼。平にご容赦を・・・。」
彼は少々辛気臭い声でそう告げた。
「セ・・・セイ・・・この人って!」
アフィナが驚くのも無理は無い。
この男の名は、『影人』フェアラート。
『略奪者』に使役され、『涙の塔』でおれを刺した暗殺者だった。
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