・第百四十三話 『祈り(セイグレイス)』
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※続々ウララサイド&帝国サイドです。
戦場に美姫が舞う。
純白の『翼獅子』から舞い降りた少女は見目麗しい。
およそ血なまぐさい空間には場違いな容姿。
いっそ整い過ぎていると言っても過言ではない。
まだあどけなさを残していながら、あと数年で完成されるだろうことを疑う余地も無い、未成熟な乙女のみが発する色香。
彼女が激しく動く度、身に纏うピンクのドレスが翻り、追従するようにふわりと舞うツインテール。
その姿を見た者、少なくとも生ある者が抱く感情は一つであろう。
ただただ・・・「美しい・・・」と。
しかし、その美少女が通り過ぎる先には、等しく滅びがある。
踊るように、舞うように、彼女が駆け抜けるのは、帝国軍の『魔導兵器』が進軍する、まさにそのど真ん中だ。
その美少女の名はウララ。
戦場に降り立った残酷な女神。
今回その華奢な外見からは、とても想像できない膂力で振り回される得物は、巨大な杭だった。
丈は1m半、直径は50cmはあるだろう。
片側にコの字型、持ち手と思われるパーツと鎖を付けられた、燐光を発する無骨な杭。
彼女は、その自身の身長と同じサイズの杭を、まるで小枝のように振り回し、突き刺し、投げつける。
型など無い、ただ無造作に振るわれる巨大な杭の暴威が、『レイベース帝国』の誇る『魔導兵器』の集団を、ただの鉄塊に変えていく。
彼女が使用している武器が、そのような特殊な物であるのには理由がある。
最早ウララの代名詞とも言える巨大ハンマー、『女神の鉄槌』。
あえてそちらではなく、この杭を使っている理由。
『聖杭』アトウンメント・・・「償い」と銘打たれたこの武器は、圧倒的に強力な『女神の鉄槌』に勝る効果が一つある。
それが『機械殺し』・・・機械属性を持つ盟友を一撃で屠るというそれである。
その杭の一投は、機械そのものである『魔導兵器』にとって・・・正しく致命の一撃。
いとも容易くその存在を、カードへ変えて行くこととなっていた。
当然『魔導兵器』とて反撃はしている。
ドラゴン対策とは言え『砕竜』という兵装、円形の回転ノコギリであるそれは、見るからに軽装である少女に当たれば、簡単にその肉体を切り裂くであろうし、先ほどから森に放つ予定だった『火炎放射』も、ひっきりなしに浴びせかけている。
何より『魔導兵器』の金属ボディが掠るだけで、普通の人間など紙切れに等しい。
しかし・・・それが何一つ当たらないのだ。
ウララは事前に強化魔法をかけ終えている。
直感強化魔法『額力』で底上げし、鋭敏な感覚で敵の行動を事前に察知する。
そして運動強化魔法 『脚力』によって、更に洗練された身のこなしで、『魔導兵器』の重たいが遅い攻撃を、易々と回避する。
『火炎放射』がその身を舐める。
されど彼女は怯まない。
上空を追走する『獅子王』カーシュの放つ風刃が、彼女を守るように半円に展開した『天使兵』の張る魔力壁が、ウララを傷つけることを決して許さないから。
それを理屈ではなく感覚でわかっている彼女は、ただ前に進む。
攻撃の後には硬直が来る。
それが『魔導兵器』の最大の弱点。
動きが止まれば叩きつけられ、突き刺さる巨大な杭。
数々の国家を蹂躙しつくした帝国のアイデンティティー。
確かな性能に裏打ちされた、金属と魔導の最高傑作がブリキのおもちゃのようだった。
「さっすが『聖杭』アトウンメント・・・『機械殺し』は伊達じゃないってね!」
ウララは朗らかに笑う。
駆逐された『魔導兵器』から立ち上る光の粒子が、彼女の美貌と相まって幻想的な絵画のようだった。
夥しい枚数のカードが、空の向こうへ飛んで行く。
「なるほどね・・・。『魔導兵器』は『略奪者』の盟友って訳でも無いのね。」
アンティルールが発生しないことから、それは明らかだった。
間違いなく輪廻の輪に戻り、『カードの女神』の力を取り戻す糧となっているのであろう。
そのことを確認しながらも、ウララは『魔導兵器』を屠り続ける。
彼女が戦場に降り立って実に数分。
その間にカードに変えられた『魔導兵器』は、すでに四分の一・・・500体をゆうに越え、ウララの周辺には奇妙な空白が出来上がっていた。
ウララを正面に、背後を守るかのように降り立つ『天使兵』20騎。
巨体の影響を一切感じさせず、横に佇むように舞い降りるカーシュ。
【側室よ。このまま狩り続けるのか?】
カーシュの言葉通り、最早これは狩りである。
「側室って言うな!」と抗議の声を上げながら、ウララは現状を把握する。
『魔導兵器』の進軍はすっかり鈍った。
後陣、クリフォードは森での防衛主体としても、マルキストが後詰めに入れば一気に押し込める。
ならば次に自分に求められることは・・・。
彼女の視線の先は敵軍本陣、アンデットの巣窟と思われるそこ。
ウララは『聖杭』アトウンメントを大地に突き刺し、『魔導書』を展開する。
眼前に浮かび上がるA4のコピー用紙サイズ、四枚のカード。
ドロータイミングを過ぎて、手札が一枚増えている。
思わずニヤリとしてしまう。
まるでアイツ・・・セイの「デビルドロー」が乗り移ったようだ。
(ここでこれを引くなんてね。)
「派手な奴行くわよ?天使たちは合唱しなさい!」
ウララが二枚のカードを選択しながら指示を出す。
その言葉に20騎の『天使兵』は「「「「ハッ!!!」」」」っと敬礼を返し、一斉に翼を広げ詠唱を始める。
一枚目の魔法が、ウララのカードから放たれた。
『祈り(セイグレイス)』
ウララの背中に一対の光る翼が生まれ、その身を空中に持ち上げる。
その翼はドンドン巨大化していき、自軍の『天使兵』を優しく覆っていく。
同様に浮き上がる兵たちの顔が、驚愕に包まれる。
なぜなら・・・その翼に触れた瞬間、とんでもない力と高揚感が全身から湧き上がってきたからだ。
『祈り(セイグレイス)』の効果は多重強化・・・光属性の自軍を二等級引き上げる。
それにより最低でも仕官級、中には将軍級上位を含む『天使兵』たちは、最低でも指導者級、中には英雄級も含むという集団に昇華した。
ただ強くなっただけではない・・・この魔法の恐ろしい所はもう一つある。
強化を受けた『天使兵』は、全員がそれを理解した。
「もういっちょいくわよ!『閃光』!」
単純な攻撃魔法であるはずの『閃光』が、ウララ本人と20名の『天使兵』全員から同時に放たれた。
『祈り(セイグレイス)』のもう一つの効果、意志の同調により一つの魔法が全員から発動する。
天より大地に突き刺さる、明らかに本来の威力では無い強力な白光。
都合21条にも及ぶ極光が、敵本陣を無差別に蹂躙した。
■
白亜の城、帝国の『アークキャッスル』。
その最奥、余人入りえぬ豪華な執務室に、二人の男が居た。
ガシャン・・・
取り落としたグラスが、音を立て砕ける。
「ツ・・・ツツジ殿・・・それは事実・・・なのか?」
言の葉が喉に絡みつく。
驚愕の表情を取り繕うことさえできないその男。
常に自信に満ち溢れ、並み居る猛者をその武力とカリスマで従えて来た王。
『紅帝』カーマイン・G・レイベースは、彼の生涯で最大と言えるほど驚いていた。
「ええ、残念ながら間違いありませんネー。これを見て下さいヨー。」
奇怪な猿面の男、『略奪者』ツツジは、その手を軽く振るう。
カーマインの眼前に現れる、タブレットの画面のような四角い板。
そこには人族や妖精、天使や魔物によって蹴散らされる『魔導兵器』と、帝国兵の姿がまざまざと映し出された。
「余は・・・余は!未だ時期尚早と言ったはずだぞ!?」
耐え切れずカーマインが叫ぶ。
ツツジはいつもの両掌を上に向け肩幅に開く・・・所謂「お手上げ」のポーズ。
「一応は止めたんですけどネー。所詮私は『特設内政顧問』。武家の方たちを諌めることはできませんでしたヨー。ウーツ卿やブリット卿は、戦功を焦ったようですネー。」
「無能がっ!」
吐き捨てたカーマインの表情は、苦渋に満ち満ちていた。
確かに両名聞き覚え、心当たりのある名前だ。
優秀ではあるのだが、少々野心に過ぎる点を懸念していた者たち。
そんな奴らが、現在備蓄中であった戦力を持ち出し、フローリア相手に独断専行。
相手がシャングリラと同盟していたこともあり、見事に壊走・・・全滅したと言うのだ。
しかも敵国の被害は皆無。
一方的にこちら側が浪費しただけらしい。
情報は完全に事後報告。
カーマインはその件、何一つ知らされぬよう厳重な情報統制が敷かれていた。
そしてツツジもそんな情報統制に阻まれ、今の今までカーマインに報告相談ができなかったと言う。
ツツジの言には多少違和感を覚えるものの、それを問いただすことも躊躇われる。
あくまで彼は協力者なのだから・・・。
歴戦の英雄であり、戦の申し子であるカーマインは、前回の手痛い敗戦からしっかりと学び、その認識を改めていた。
どうにも彼の国は、ただの小国ではない。
今は兵力を蓄え全軍、全力を持って一気に叩き潰す。
そう考え、ツツジから下法である『屍兵』を用立ててもらい、新型の『魔導兵器』を開発していた。
対ドラゴン兵装『砕竜』や、森林除去用の『火炎放射』もそのためだった。
それが数名の不心得者によって全滅・・・彼の怒りはいかほどか?
握り締められ真っ白に色を変えた拳が、それを如実に体現していた。
ツツジはなおも「お手上げ」のポーズを続けたまま、「ま、気持ちはわからなくも無いですけどネー?」と呟く。
「なんだと・・・?」
ギロリ、正しくそんな擬音が響きそうな視線を、ツツジへと向けるカーマイン。
ツツジは、「そんなに怒らないでくださいヨー?」とわざとらしく慌てた素振りを返す。
カーマインの怒りが収まらないのを見て取り、彼はその考えを語った。
「いえね、ガイウス殿やキルア殿が歯も立たなかったフローリア。そこへ同数の兵を率いて出向き完勝。わかりやすい英雄でしょう?褒美も名声も思いのまま・・・まぁ、勝てれば、ですがネー。」
「ばかがっ!」
吐き捨てるも理解するカーマインは、頭痛を禁じえなかった。
短絡にも程があると言う物だ。
強者こそが正しいとされる帝国の矜持、それにこんな所で足を引っ張られることになろうとは。
だが今回の全滅は、もっと深刻な問題を引き起こすかもしれない。
少しだけ自制したカーマインは、はっきりとは伺えないツツジの面の奥、その瞳を見つめるように問いただす。
「計画はどうなる?」
その真面目な表情に、「誤魔化しは無用。」そんな圧力が込められているのを見て取ったツツジ。
少し逡巡し答える。
「単純計算で・・・三ヶ月は遅れますネー。保険がうまくいけばいいんですが・・・正直厳しいでしょうネー。」
「そうか・・・。」
カーマインは静かに呟き目を伏せた。
「陛下・・・迷っている時間は更に減りましたヨー。このままだと確実に・・・。」
「世界は壊れる・・・か。」
途切れたツツジの言葉を繋ぎ、同時に頷き返す二人。
その言を最初は信じなかったカーマインも、ツツジの起こす数々の御技により、今は何一つ疑っていない。
実際にはツツジ・・・何一つ真実を告げては居ないのだが・・・神ならざる身、いや神さえも彼に欺かれている事を知りえるはずも無い。
カーマインは考える。
(いよいよ、なりふり構ってはいられないのでないか?)
「ガキとジジイを呼び戻すか・・・。」
帝国の最大戦力、奴らには少々権限を与えすぎた。
今こそ帝国の為に働いてもらうしかない。
その言葉を聞きツツジが「あ!」と何かを思い出す。
「それなんですがねぇ・・・デューン殿下と剣聖殿・・・どうも『氷の大陸メスティア』に行ったみたいなんですよネー?」
「なん・・・だと!?」
さっぱり意味がわからないカーマインは、確かに響く頭痛と胃痛に悩まされることになった。
そんなカーマインを横目で見ながら、ツツジは猿面の奥で酷薄な笑みを浮かべていた。
(計画通り・・・)と。
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