・第百四十話 『妨害(チャフ)』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、今ウララはどうしてると思う?
兄貴はそれが心配だ。
クリフォードに聞いた情報から、おれたちはあえてウララを防衛に回したわけだが・・・。
その判断が果たして正解だったのか?
正直確証は無い。
連絡取ってみれば?って思うだろう。
それができたら良かったんだが・・・。
但し、なんとなく推察できることとして、やっぱり竜兵がここに居るのは『略奪者』にとっても、想定外なんじゃないかとは思う。
一番はローレンとオーゾルの存在か。
あと一つ・・・何かあれば今回の騒動にケリを付けられる。
おれはそんな予感がしていたのだが・・・そう簡単にはいかないよな。
■
ゴッゴバァ!パシャーン・・・
室内に響き渡る爆発音と、直後にガラスが割れるような乾いた音。
おれの拳は炎の魔力を伴い、確かに『幽霊船』のコアを砕いた。
あっという間、周囲に光の粒子が溢れ出す。
おれたちが潜り抜けてきた船内の廊下も、この豪奢な部屋・・・凡そ船長室と目される室内の調度品からも、とにかくそこかしこからだ。
(やっとか・・・。)
これは「やったか!?」では無いから、フラグは立っていないはず・・・。
そんな益体も無いことを考える。
おれの身体にも、相当な数の秋広ウィルスが潜んでいるようだ。
げせぬ・・・。
張り詰めた緊張が途切れかけ、無理矢理押さえつけていた毒の効果が忍び寄る。
「ご・・・ごほっ・・・。」
「ますたぁ!」
oh・・・咳と共にまた吐血ですよ。
さすがにこれは・・・いよいよまずいかもしれん。
倒れ掛かるおれを、イアネメリラが背後から抱きしめる。
そして足元、床が全て突然掻き消える。
襲い掛かる浮遊感。
都合、ヴィリスが海中に作り出した水泡の中へ放り出される形。
イアネメリラが抱いていてくれなかったら、また落下するところだった。
それに・・・アリアムエイダの鎮座する神殿が思ったよりも随分と近い。
本当に数瞬遅れていたら手遅れになった可能性がある。
かなりギリギリだったらしい。
心なしかアリアムエイダもその竜面を、ホッとさせているように感じられた。
「「きゃーーー!!」」
滞空するおれとイアネメリラの、斜め上方から悲鳴の二重奏。
悲鳴が二つってことは・・・シルキーも気が付いたか?
霞がかかったような、薄ぼんやりとした頭でその方向を見て絶句する。
(あいつら・・・何やってんだ・・・?)
二人揃ってなんとも不自然な格好で落ちていく。
女の子座りで必死にミニスカートの裾を抑えるアフィナと、ポニーテールがまるでヘリコプターのプロペラのようにくるくる回りながら、手足をジタバタさせるシルキー。
つっこみどころがありすぎて、逆につっこめんわ!
まぁヴィリスが、受け皿代わりの水泡を作って事無きを得たんだが。
眼下では未だゾンビの群れを制圧中な竜兵たちの姿が見えた。
だがそれは最早、掃討戦と言えるだろう。
バイアの放つ炎と風の『吐息』が、『大王海亀』の吐き出す激流が、ローレンとオーゾルが繰り出す水の刃が、敵を一切寄せ付けず木っ端微塵に吹き飛ばす。
いつのまに呼び出したのか、竜兵が乗っている『聖水竜帝』の『吐息』も凄まじい。
正に聖水の奔流とでも言った、光属性を伴う水流。
ゾンビには特効薬のように効いている。
その流れに飲み込まれれば、欠片も抗う術無く、光の粒子に変わっていた。
(『水竜』を『進化』でもさせたのか?)
ビチビチしていた『水竜』の姿が見えず、何となく予想をつける。
そうこうしている間に竜兵がおれに気付く。
「アニキー!」
よっぽど余裕があるのか、カードを回収しつつもこちらを見て、元気にサムズアップの竜兵。
おれもサムズアップを返しておく。
「殿下!そこへ!」
おれとイアネメリラ用にも水泡を作るヴィリス。
重力を感じさせず空中に浮かぶ水泡へ、イアネメリラがふわりと着地する。
彼女に抱きかかえられたままへたりこむおれに、カードが一枚飛んで来る。
目の前で浮かんだまま静止するそれを見れば、確かに『幽霊船』のカードだった。
■
カードに転じた『幽霊船』に右手を伸ばす。
ゆっくりとおれの掌に納まろうとしたそのカードが、ちょうど指先に触れるか触れないか・・・そこでキンッ!っと音を立て、周囲に鉛色の波動をばら撒いた。
「なにっ!?」
その光景を見守っていた仲間たちからも、「えっ!?」と驚きの声が上がる。
(なんだ?何が起きた・・・?)
別におれの身体に異変は感じられない。
いや、毒で相当に参ってはいるが、それ以上でもそれ以下でもない。
それに手に触れる時こそ怪しい反応はしたが、『幽霊船』は今現在大人しくおれの掌に納まっている。
考えられるとしたら・・・トラップ魔法?
だが『吸収』で『幽霊船』を検索した時は、『勝者』以外の強化はかかっていなかった。
と言うことは・・・トリガータイプ?
何らかの発動条件を満たすことで、自動的に発動するトリガータイプのトラップ魔法。
おそらくは所有者から完全にコントロールが離れた場合。
状況的にそれしか考えられない。
おれの身体には問題は起きていないし・・・効果は何だ?
マドカの使っていた盟友、それにかけられていたトラップ魔法。
効果がわからなくても確信する。
絶対に碌なもんじゃない。
思考の波に攫われるおれの下へ、ゾンビの群れを粗方駆逐し終えた仲間たちが急いで駆け寄って来る。
いつのまにかバイアも人化済み。
今は竜兵同様、『聖水竜帝』の背中に座っている。
おっさん二人はなぜか、『大王海亀』の甲羅に乗って。
「アニキ!さっきのは何!?」
やはり竜兵も気付いていた。
その表情が、如実に不安で彩られている。
「わからん・・・トリガータイプのトラップ魔法だと思うが・・・。」
「・・・要は破壊されたら発動・・・だよね?・・・あとは、鉛色の光・・・。」
おれに続き竜兵も考え込み、辺りがなんとも言えない空気に包まれる。
そう簡単に答えは出ない。
情報が少なすぎるんだ。
トリガータイプのトラップ魔法なんて、それこそ数限りなく存在する。
スタンダードだけならまだしも、そこに絶版カードや禁止カードが加われば尚のこと・・・。
水泡が岩場にゆっくりと着地。
今回はヴィリスも、自身をしっかり水泡で保護している。
「と、とりあえずセイ!解毒!」
おれの毒状態を思い出し、少しでも自分にできることをやろうと、アフィナが泡ごと飛んで来る。
シルキーも申し訳なさそうな表情でそれに続く。
おれがアフィナに解毒を施されている間に、新たな人物が現れた。
それは人物と呼称するのが正しいのかわからない存在だが。
青いチャイナドレスを着て、不思議な光沢を放つ青銀の髪を、後ろ頭で二つ輪を作るように纏めた20代後半に見える色っぽい女性。
『海龍』アリアムエイダの人化モードだ。
さっきまで彼女が鎮座していた神殿の上に目を向ければ、そこにはすでに何者も居ない。
これが間違いなく彼女本人、それも分体じゃなく本体の人化モードってことだろう。
「バイア様、お竜ちゃん・・・それに皆の衆、かたじけない。なんとか妾の守護する水域は守られたようじゃ。」
身体を折りたたむような心からの一礼。
重苦しい空気が一時的に凪ぐ。
竜兵が元気に笑い、バイアもそれに釣られて「なんのなんの。」と白髭を撫で付ける。
他の面々も目に見えて表情が明るくなり、おれも片手を挙げて答える。
まだ安心できないとは言え、最大の脅威は切り抜けたんじゃないか?
もしアリアムエイダに何かあったら、この海にどれほどの被害が出ていたことか。
想像するだけで背筋が寒くなる。
そしてローレンが改まった表情でアリアムエイダに伺いを立てた。
「『海龍』殿。我が家に伝わる口伝で、海底神殿には結界装置と、ヴェリオンに通じる転移門があると聞いているのだが・・・それは事実だろうか?」
(そんなものが?)
こっからまた船移動だと思っていたぞ。
ローレンの問いにはっきりと首肯を返すアリアムエイダ。
ヴィリスを見ると、彼女も知っていたのか確かに頷いた。
「良ければ神殿の扉を使わせて頂けないか?」
そうだな、そんな便利ツールがあるなら使わない手は無いだろう。
「もちろんじゃ。」
アリアムエイダも即答だった。
■
二人の話が纏まり、おれたちも安堵の吐息を漏らす。
そして竜兵が「あ!」っと何かに気付いた。
「アニキ!ヴェリオンに入る前に、クリフのおっちゃんとウラ姉に連絡を入れようよ!」
確かに・・・その方が良いだろう。
カスロからそんな暇も無かったしな。
おれは頷く事で肯定、後は竜兵にお任せだ。
面倒なんじゃない、身体がすごくだるいんだ。
追従するようにアフィナも叫ぶ。
「そうだね竜君!ウララには、またセイが無茶したって言い付けないと!」
その言葉で仲間たちがくすくすと笑う。
アフィナ・・・余計な事は言うな。
憮然とせざるおえないおれを尻目に竜兵が、『図書館』から「ドラゴンホットライン」を取り出した。
おれも『図書館』を展開、「ドラゴンホットライン」を出して『カード化』を解除。
具現化した銀板をアフィナに手渡す。
クリフォードとウララに連絡するなら二つ要るからな・・・。
銀板を操作していた二人が、同時に「あれ・・・?」と呟き首を傾げる。
「・・・繋がらない・・・。」
竜兵の発した声は、驚くほどか細かった。
(・・・まてよ・・・!)
おれの脳裏にスパークする一連の光景。
鉛色の光がまざまざと思い出される。
「竜兵・・・『妨害』だっ!」
「ああああ!アニキ!それだ!」
『妨害』・・・それは単純、かつイヤらしいトラップ魔法。
効果は『謎の道具』の能力を封じるだけなのだが・・・発動条件を様々、自己設定できるという悪意ある物。
そしてこの魔法・・・効果が劇的には見えないため、馬鹿げたほど範囲が広い。
おそらくは今、この国全体を包み込んでいるだろう。
そしてもし『略奪者』が、おれや竜兵が情報伝達に『謎の道具』を使っている等、何かしらの情報を掴んでいたとしたら。
これを封じられるとおれたちは連絡手段を失う。
いやまてよ・・・もしかして、そっちはそれほど重要じゃないんじゃないか?
気付いてしまうイヤな予感。
「おい・・・アリアムエイダ。結界装置と転移門ってのは・・・『謎の道具』じゃないよな?」
「ア、アニキ・・・。」
竜兵もわかったんだろう。
この最悪のトラップの真意が。
おれと竜兵の顔色を見て、仲間たちが一様に言葉を失う。
アリアムエイダも、まるで自分が怒られているように感じたのかもしれない。
「い、いや・・・神代期の『謎の道具』と聞いておるが・・・。」
「だぁ!やっぱりか!アリアムエイダ、すぐに結界装置を確認しろ!」
慌てて神殿に駆け出すアリアムエイダと竜兵。
マドカの野郎・・・『幽霊船』でアリアムエイダを倒せれば御の字。
もし逆に破壊されても『妨害』の効果で結界装置を無力化。
二つの保険をかけていた訳だ。
神殿に駆け込んだアリアムエイダが叫ぶ。
「いかん!結界装置と転移門、どちらも沈黙しておる!」
「なに!?」
寝耳に水、『妨害』の効果を知らないだろうローレンが驚くのも無理は無い。
ええい、最悪だろう。
アリアムエイダの隣から竜兵が顔を覗かせる。
「アニキ!これって、おいらたちの存在も理解してるんだとしたら・・・ウラ姉が!」
ああ、そうだろうよ。
たぶんおれたちのことはおまけなんだろうが、あわよくば邪魔者を排除したいって気持ちは変わらないはずだ。
おれと竜兵が海底に居るのはわかってるか謎だが、ウララがフローリアとシャングリラに居るのはもうバレてんじゃないか?
これに乗じて何かしら動くかもしれないな・・・。
くそっ・・・負けんじゃねーぞ!ウララ!
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