・第百三十七話 『吸収(アブソープション)』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、心配かけてごめん。
兄貴はまたしても無茶します。
いつも通り・・・言い訳だけはさせて欲しい。
『幽霊船』は毒を使う。
事前に情報を持っていたのにも関わらず、いざその時になるまで見過ごしていたツケ。
それが本来、おれが守ってやらなきゃいけない二人の少女に牙を剥いた。
注意深く行動していたら、対策はできていたはずなんだ。
イアネメリラがその翼で風を巻き起こし、毒の滞留を防いでくれたことから見ても、アフィナに風魔法の結界でも張ってもらえば良かったんじゃないか?とかな・・・。
相変わらずおれの引きは健在だ。
今引いてきたカードに対しても心底そう思う。
まぁ問題が解決するからといって、おれに問題が無い訳でも無いのだが・・・。
■
ドロータイミングを経過していた事で、引いてきた一枚のカード。
アフィナとシルキーが被毒してしまった現状で、その魔法カードを使うのに迷いは無い。
迷いは無いが覚悟が必要だった。
(ええい!ままよっ!)
今時滅多に聞かない言葉、死語と言われても仕方ないような捨て鉢の気合を入れ、一枚のカードを選択する。
だがおれが詠唱するのではだめ。
黙ってイアネメリラに投擲する。
彼女は相変わらずその翼で風を起こし、敵方のゾンビたちを翻弄しながらも、おれが投擲したカードをしっかりと受け取った。
カードを確認して、イアネメリラの少し垂れ目な碧眼が吊り上がる。
「ますたぁ!だめ!」
いつもの甘ったるい口調ではない、明確な怒気を孕んだその言葉。
即座に否定が返ってくるが、押し問答をしている余裕は無い。
「メリラ、今のところ他に方法が無い。」
彼女の激しい口調とはうらはらに、おれは静かな声音で告げた。
「でもっ!」っと、更に何か言いかけるイアネメリラを手で制し、おれの決意が揺らがないことを目線で語る。
「ヴィリス!詠唱の時間を稼いでくれ!」
「了解!」
海中に居るヴィリスに声をかけ、イアネメリラの仕事を引き継がせる。
果たしてヴィリスは、海水を小魚の群れに変え、おれたちの前へ展開した。
無数の小魚たちが渦を巻きながら上昇すると、そこから気流が発生、微風がそよぐ。
イアネメリラの産み出した風とは違い、強風とは言えない為ゾンビたちが徐々に近寄ってくる。
産み出される風こそ微風だが、小魚の居るところまで踏み込んだ敵はただでは済まない。
一歩でもその領域に差し掛かれば、魚一匹一匹が鋭きナイフ、または凶暴な弾丸になって、獲物の身体を抉っていく。
おれからカードを受け取ったイアネメリラだが、ヴィリスが足止めを引き継いでも詠唱を始めない。
何度も受け取ったカードとおれの顔に、視線を行ったり来たりさせている。
「メリラ!早く!」
彼女の気持ちもわからんでもないが、おれもつい語気が荒くなってしまう。
腕の中のシルキーは明らかに弱っている。
異変に気付いたときより呼気も弱まっている気がするし、なによりその身体がずっと震えている。
先に影響が出たアフィナより、重篤な容態になってしまっている理由はわからないが、少しでも早く何とかしないと・・・。
これはおれが唱えるだけじゃ足りないんだ。
「頼む・・・。」と願いを込めて、イアネメリラをじっと見つめる。
イアネメリラは目尻に涙を浮かべながら、「ますたぁのばかぁー!」と叫んだ後、魔法の詠唱を始めた。
おれがイアネメリラに詠唱を頼んだ魔法。
そのカード名は『吸収』。
カードテキストはこうだ。
【対象の付加効果を一つ奪い、発動者に付与する。但し、この魔法を詠唱したものが、いずれかの『詠唱』スキルを有していた場合、その効果は範囲となる。】
つまり相手のエンチャント、バフ効果を一つ奪って自分の物にしてしまう魔法。
なんだか強力に聞こえるかもしれないが、対個人ならそこまでの物でもない。
大抵の魔導師が使用する強化魔法は、身体強化系がほとんどだし、あくまでも付加効果を奪うだけで、武器や防具なんかのブーストも奪えない。
もちろん相手が、極悪な強化を使っていれば話は別となるのは自明の理だが・・・。
それにしても奪えるのは一つだ。
何を使ってくるかわからない相手を警戒するよりも、それこそ優秀な強化魔法一枚を代わりにした方が、賢い選択と言えるだろう。
だがこの魔法は、『詠唱』の『能力』を持つ盟友が使うこと、そのワンクッシュンを挟むことで化ける。
ターゲットが「対象」から「範囲」に拡大するんだ。
その効果は劇的だろう。
範囲内にもし、強化魔法がかかった者三人が居れば・・・一気に三つの強化魔法を吸収できる。
こうなれば話は違う。
そんな理由もあっておれは、このカードを一枚だけ『魔導書』に入れていた。
■
詠唱が終わったのを見計らい、シルキーとアフィナを甲板に横たえ立ち上がる。
明確な怒りの表情で、それでも詠唱が終わった『吸収』のカードを、おれに手渡すイアネメリラ。
「ますたぁのばか・・・!」
普段は実に蕩けた表情の彼女が、眦を吊り上げておれを非難する。
今は甘んじて受け止めよう。
「ごめんなメリラ。これしか方法が思い浮かばん。」
頬を膨らませ、プイっと顔を背けたイアネメリラが、それでもおれにぎゅっと抱きついてくる。
「ますたぁに無茶させないって言ったのに・・・。」
呟く彼女の瞳から零れ落ちた涙が、おれの法衣に染みた。
イアネメリラを優しく引き剥がし、「どうなるかわからん。頼むぞ!」と声をかけてから、おれは『吸収』の魔法を発動した。
カードが光の粒子に変わり、光の粒子が黒い魔法文字に変わる。
魔法文字は何個かの円環を作り、その円環がおれの身体を囲むように、回転しながら宙を舞う。
回転がドンドン加速して、文字の詳細が一切読み取れないほど速くなった時・・・円環は一気に弾け飛んだ。
おれを除く甲板上に居た全ての者に、魔法文字が飛んで行く。
魔法文字はダメージを与えるでもなく、静かにそれぞれの体内へ浸透して行った。
それには敵味方の区別も無い。
距離的に遠かったヴィリスを除き、イアネメリラやアフィナ、シルキー、そして未だ10体程度残っているゾンビにもだ。
どういう仕組みか謎だが、魔法文字が接触した者の状態が脳裏に表示される感覚。
そこからおれは奪う物を選択していく。
ゾンビたちからは奪える物が何も無いようだ。
選択を終える度に、その個体から魔法文字が抜け出し、逆におれの身体へ染み込んで行く。
だが元よりそんなのは後回し。
おれは、アフィナとシルキーに付けられた効果・・・「毒」を迷うことなく奪った。
そう・・・奪えるのは強化だけじゃない。
弱体だって奪うことは可能なんだ。
(まぁ・・・こんな使い方する奴、そうは居ないだろうけどな・・・。)
自嘲気味にそんなことを考える。
「毒」奪取と共にアフィナとシルキーの身体から飛び出し、おれの身体へ染み込む魔法文字。
同時に訪れる、雪山にでも居るかのような寒気と倦怠感。
とても立っていられる気がしない・・・。
「がっ・・・ごふっ・・・。」
「ますたぁ!」
「殿下っ!」
思わずがっくりと膝を突き、咳き込むと・・・吐血である。
これは素直にやばいかもしれない。
この世界でも明らかに強靭な肉体と思えるおれでこうなんだ。
アフィナとシルキーがあのままだったら、本当に命の危機だっただろうことは、想像に難くない。
「だ・・・大丈夫だ・・・。」
全然大丈夫に思えない声でやせ我慢。
戦闘継続中のイアネメリラとヴィリスは、如何にも後ろ髪引かれる思いと言った表情で、おれを気にしながらもゾンビの数を減らす作業。
そこでアフィナが飛び起きる。
シルキーはまだだ。
だが苦しそうだった表情が和らぎ、呼吸も通常のそれに戻ってきていることから、おれの企みが成功したことを確信した。
アフィナは数瞬きょろきょろした後、グロッキー状態のおれに気付く。
「セイ!また無茶したんだね!」
そう言いながら駆け寄ってきた彼女が、おれに治癒魔法をかけ始める。
少しだけ身体が楽に・・・なんとか動けそうだ。
ぼんやりした頭のせいで、流していた情報にふと目を留める。
(なるほど・・・!だからか!)
おれは気付いた。
如何に相手の独壇場とも言える海中戦とは言え、なぜこうも『幽霊船』が強力なのか。
マドカは『幽霊船』にも保険をかけていた。
その保険とは・・・強化魔法『勝者』。
通常の身体強化系魔法等とは、一線を画すその魔法。
かけられた対象は攻撃防御全てにおいて強化され、まさに勝者となることを約束される。
凶悪と言って言いバランスブレイカーなカードで、もちろん『地球』のスタンダードルールでは禁止指定を受ける物だった。
(だがっ・・・!)
立ち上がるおれをアフィナが支える。
「セ、セイ・・・?」
不安そうな表情だが、おれがやらなきゃいけないことはわかっているんだろう。
アフィナはそれ以上何も言わなかった。
『吸収』の効果は継続中。
そしてまさに『吸収』を使われた相手からすれば、悲劇としか言いようの無いめぐり合わせ。
これはマドカ最大のミスだ。
いやむしろ・・・ここまで全部計算尽くでのドローだったのか?
少々背筋に薄ら寒いものを感じたりもするが・・・せっかくだ。
悪いが最大限利用させて頂く。
おれは『幽霊船』に付与された、『勝者』の効果を奪い取った。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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