・第百三十六話 『幽霊船(ゴーストシップ)』後編
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おれたちが降り立った甲板上は正にカオス。
半円状十重二十重と囲んだゾンビな乗組員どもが、腐った身体を揺らしながら迫ってくる。
なかなかの恐怖映像、子供なら間違いなくタイガーホースだ。
現にアフィナとシルキーは反撃こそすれ、身を寄せ合い震えている。
むしろ悲鳴も上げずに居るので、頑張っていると言えるだろう。
イアネメリラとヴィリスは、さすがに英雄級盟友だ。
不快そうな表情こそ浮かべるものの、水槍と魔力球によって黙々と処理作業を進める。
一番ワリを食ってるのはおれだろう。
甲板上を陸生に対応させたため、ヴィリスが降り立つことはできないそのツケ。
そして攻撃手段が肉体言語ゆえ、自ずと敵のまん前、それも超近接での立ち回りを余儀なくされている。
今まさしく、全敵勢のヘイトを一心に受けていた。
だが・・・問題はそこじゃない。
「ますたぁ・・・キリが無いね・・・。」
おれの背後、中空に浮かぶイアネメリラが、すこぶる鬱陶し気に漏らす。
『地球』の知識があればすぐお察し頂けるだろう。
どんな作品だろうと、ゾンビに対する共通の認識があるはずだ。
それは痛覚の欠如であったり、致命傷に対する抵抗性。
アンデット・・・その名の通り「不死」、つまり生半可な攻撃じゃ倒せないってのは、『地球』だろうが『リ・アルカナ』の世界だろうが共通らしい。
現状有効な効果を出せているのは、シルキーとヴィリスだけ。
言わずもがな『浄化の雷』を使用しているシルキーの光属性と、水槍の高火力による肉体の消失を狙った攻撃だ。
アフィナの火魔法が、もっと効いてくれると思ったんだが・・・。
残念ながら水棲の魔物や、直前まで水中に居たことによる湿気を含んだ敵勢のせいで、目立った戦果は得られない。
イアネメリラの魔力球は、本人同様闇属性。
さすがに無効化や吸収されるなんてオチは無いが、それでもせいぜい体勢を崩す程度。
おれの打撃も然り、相手が骨そのものである『スケルトン』だったりすれば、余裕で粉砕・・・再起不能にすることも可能なのだが・・・。
さすがに腐肉を纏ったゾンビ相手には手こずっている。
群がる敵をフットワークで避けながら、ハタと思い当たる。
おれが『地球』に居た頃、中学まで通っていた空手道場の先生。
彼が、「ちょっとだけかじった。」と言っていた中国拳法。
ちらっとやり方を聞いただけ、しかしその先の知識は、秋広がおれの部屋に置いていった格闘漫画に載っていた。
(だめもとで試してみるか・・・。)
付け焼刃も良いところだが、なんとなくできそうな気がする。
「グルウァァァ!!」
どんよりと濁った瞳、口角から涎を垂れ流して突っ込んできた『赤熊』が、その異様に発達した豪腕を横薙ぎに振るう。
これぞまさしくベアクローって奴だろう。
普通に当たれば人体など木っ端の如く吹っ飛ばされる一撃。
しかしおれは、あえて前に出る。
横薙ぎの一撃を避け、赤い獣毛に包まれた胸元に向けて掌打。
敵に触れるか触れないか、その直前に掌から魔力を打ち出すイメージ。
所謂『発剄』と呼ばれる中国拳法の極意。
『地球』では気の力をどうのこうのと聞いていたが、今回それを魔力でやってみた。
ドンッ!
おれの掌打が当たった場所が陥没。
直後そこから紫色の光を放ち、『赤熊』の身体が仰け反った。
まるで内部から破壊されたと言わんばかり、腐汁と光の粒子を撒き散らしてカードに変わる。
「「えええっ!?」」
アフィナとシルキーが「理解できない!」と言った叫びを上げる中、おれは確かな確信を得ていた。
(これは・・・使える!)
魔力でやってみたのが正解だったんだろう。
気合ならまだしも、気の力とか言われても、正直・・・わからん。
だがおれは、この世界に来てから、魔力の感覚だけは実に良く触ってきた。
カードを使用する時は元より、なんだかよくわからん膨大な魔力総量を有し、『魔力炉』と化して他人に魔力を譲渡していたくらいだから・・・。
咄嗟の思い付きが僥倖だった。
手札を消費しないで基本攻撃力の底上げが出来るとは・・・。
さすがに出力等は要調整だろうな。
体長3m、大型の熊さんが一撃で光に変わる攻撃、下手な相手には怖くて使えない。
間違いなく「人に向けてはいけません。」の注意書きが書いてあるはずだ。
■
おれの「なんちゃって発剄」が火を噴き、徐々に敵勢が減っていくんだが・・・。
一つ・・・謝りたいことがある。
さっきおれは自分がすごい事をした気になっていた。
「なんちゃって発剄」を開発したことだ。
ところがどっこいだぞ?
思わず死語も使っちゃうぞ?
おれの動きを見ていたイアネメリラさんがだ。
「なぁるほど~、そうすればいいんだ~。」なんて、いつもの甘ったるい声を発した。
直後、彼女が放った紫に色付く魔力球。
それが『豪腕蟹』の体内に、音も無く吸い込まれていったかと思うと・・・。
鉛を髣髴とさせる刺々しい蟹は、甲殻の隙間から紫の光を溢れ出させて爆散した。
「「・・・・・・。」」
「ええっ!?」
アフィナとシルキーは絶句。
今度はおれが「聞いてないよ!?」の声を上げる羽目になった訳だ。
「できそうだったから真似しちゃった~、てへっ。」
いやいや、真似どころの話じゃないぞ?
おれが打撃のインパクトの瞬間に発動している「なんちゃって発剄」を、遠距離から魔力球で行うとか・・・。
(イアネメリラさんすげぇ・・・。)
おれは再度、彼女のハイスペックさを思い知らされた。
それはともかく。
処理部隊が二人から倍の四人になったことで、戦況は一気に加速する。
もはやゾンビたちは大した障害となり得ない。
このままいけば、問題なく家捜しタイムに突入・・・コアの破壊も容易だろう。
そんなことを考えていた時に、それは突然起こった。
いや、前情報として持っていたのに気付けなかったのは、おれの油断だな。
別に攻撃を受けた訳でもない、おれたちとは違い有効な攻撃手段を見出せず、最早びっくりするため要員、空気と化していたアフィナが、突如バランスを崩したようにふらつく。
慌てて隣に居たシルキーが支えるが、支えた当人も同様にバランスを崩す。
半ば抱き合うように、もつれ合って甲板に膝を突く二人。
「あ・・・あれ・・・?」
「う・・・うぅ・・・。」
二人はすぐに立ち上がろうとしているのだろうが、どうにも力が入らないようでそのまま座り込んでしまう。
その後は揃ってイヤイヤをするように、頭をゆるゆると振っている。
端目で見ただけではわからないが、どうも意識が朦朧としているような?
(なんだ?何が起こっている!?)
「殿下!」
その異変に最初に気付いたのは、海中でおれたちを俯瞰するように見ていたヴィリス。
そしておれも違和感に気付く。
「甘い・・・匂い・・・。」
頭に響く警鐘。
『幽霊船』のカードテキストと、アリアムエイダの言葉が脳裏を過ぎる。
「妾の本体が手強いと見るや、毒攻撃と遠距離砲撃に切り替えたようじゃ。」
「・・・毒か!」
腐臭とはまた違う、作り物めいた甘い香り。
おれは慌てて片手を使い、鼻と口を覆う。
それを見てイアネメリラも右ならえ。
いよいよ防衛部隊が減った『幽霊船』は、甲板上に毒を散布したようだ。
たぶん肉体的に最も脆弱なアフィナが第一に、次いでシルキーが被毒した。
放っておけば、海中に居るヴィリスはまだしも、おれとイアネメリラも危険だろう。
逆にゾンビな奴らは毒なんて効かない。
(詰めが甘い!)
自分のミスに情けなくなるが、今はここを乗り切るのが先だ。
おれはイアネメリラに指示を出す。
「メリラ!羽根で風を!」
「了解!」
返事と共に、その黒翼で風を起こす。
おれたちの様子を伺いながら、飛び掛る隙を伺っていたゾンビの残党も、強風によってたたらを踏む形。
一気に距離を取るためバックステップ。
アフィナとシルキーを抱え起こす。
「セ、セイ・・・?ボク・・・?」
アフィナはまだいい。
なんとか意識がある。
後からかかったはずのシルキーの方が深刻だ。
気温は寒くないはずなのに青い顔、両手で自信の身体を抱きしめ呼吸も荒い。
「くそっ!やられた・・・。毒を使うのは知ってたのにな。」
(早くシルキーを治療しないと・・・。)
この毒の効果はどれほどか・・・。
わからない。
VRでは甘い匂いなんて当然感じなかったから、感覚としては画面上にデバフ効果として表れるだけだった。
そしてライフを見られるのなら、どのくらいのペースで減っていくかも把握できる物。
しかしこれは現実。
実際問題、砲撃と共に被毒したアリアムエイダが、その分体を消失させてしまうほどの威力だったんだ。
決して生易しい物ではないだろう。
気ばかりが焦る。
しかし、治癒系統の魔法を使えるアフィナも被毒中。
たぶんローレンとオーゾル、どちらかは解毒魔法も使えそうだが、当然下に戻る暇も無ければシルキーを落すのも論外。
おれの焦りを察知し、シルキーの様子に気付いたアフィナが、辛そうな顔をしながら治癒魔法をかけようとするのを押し留め、おれは『魔導書』を展開する。
イアネメリラに牽制を任せて、確認した現在の手札は五枚。
ドロータイミングが過ぎて、新たなカードを一枚引いている。
(これを使うしか・・・。)
新たに増えた一枚のカードを見て、覚悟を決めた。
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